風紀委員 藤堂正道 -最愛の選択-

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二十七章

二十七話 クロッカス -切望- その一

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 八乙女先輩との会合から一日が過ぎた。
 嘆願書を提出した今、浪花先輩の停学撤回と実行委員復帰、却下された出し物を再度エントリーさせることの審議が先生達の間でされているはず。
 このまま何事もなく認められたらいいんだけど……新見先生が黙って静観しているとは思えない。

 空は曇で覆われ、太陽がみえない。普段より寒く感じる。雨が降らなければいいんだけど。
 朝の通学を終え、校門を過ぎようとしたとき、違和感を覚えた。この感じ……覚えがある。何度もあったからすぐに気づけた。
 校門に表示されている学校名が変わっている。BL学園から青島高等学校に戻っていた。

 全てが終わるのね……。
 なぜかそう思ってしまった。この一連の騒ぎが終わろうとしている。押水先輩のときのように。
 ちょっと待って。まだ、獅子王さん達のことは解決していない。なのにどうして……。

「おはよう、嬢ちゃん」

 用務員のおじさんの声に、現実に引き戻される。

「おはようございます。学校名、元に戻ったんですね」
「ああっ。これからは伝統を大切にするんだって言われてのう。本当に伝統が大切なのか、わしには分からん。新しい風を取り入れるのも大切なことじゃとわしは思う。なぜなら、この学校の主役は未来ある子供達なのじゃから」
「……私もそう思います。伝統も新しい試みも、どちらも必要だと思います。どちらかだけなんて決めつけるのは選択の余地をせばめるだけです」

 この考えは獅子王さん達と触れ合って気づけたこと。恋愛に異性も同性も関係ない。
 好きなら好き。それでいいと思う。同性愛の反対の意見も、賛成の意見も間違ってはいないと思う。
 大切なのは自分の気持ち。それを貫き通すこと。フラれても、諦めなければきっと、想いは届く。そう信じている。

「お嬢ちゃん、いい目してる。なるほどな、お前さんが……」
「?」
「お嬢ちゃん、この学校の信念を知っておるかの?」

 この学校の信念? なにそれ? 食べられるの?
 冗談はここまでにして、青島高等学校の信念か……なんだっけ? 生徒手帳に書いてあった?
 教育方針は『自由な空間と豊かな環境の中、自己啓発じこけいはつうながす』だよね?
 それと関係があるのかな? だとしたら……。

「生徒の自己啓発ですか?」
「そうじゃ。より高い目標を、より大きな成功を、より充実した生活を生徒達の手で切り開く、それがこの学校の信念じゃ。時代は変われど、未来を切り開くのは強い意志を持つ生徒達じゃ。教師はただそんな生徒達を見守るだけでええんじゃ。お前さんはどうかの? 道を切り開くことができるかな?」

 この用務員さん、私の今の状況を知っていて尋ねているの? 透きとおった曇りのない用務員さんの目に、私は真面目に答えなきゃって思った。
 なぜ試されているのか分からないけど、用務員さん一人に堂々と言い返せないのなら、新見先生を言い負かすことなんてできないよね。
 胸を張って答えなきゃ。

「道を切り開いてみせます。この道は私一人で切り開いた道ではありません。多くの人に支えてもらって、みんなで繋いだ道です。私はその道を突き進んで、自分の役目を果たします」
「自分の役目?」

 そう、私には役目がある。この騒ぎを起こしてしまった張本人として、とるべき責任と役目を果たす。
 その役目とは……。

「嘆願書の内容を先生方に認めてもらうことです」
「……そうかい。ふふっ」

 えっ、笑われちゃったんですけど。私、真面目に答えたよね?
 用務員さんはまるで、孫を見るかのような慈しみのある目で私を見ている。だから、文句の一つも言えなかった。

「本当に時代が変わっても、強い意志は生徒に宿るんじゃのお。だから、生徒を信じられる……」
「どういう意味ですか?」
「こっちのことじゃよ。頑張りなさい」

 用務員のおじさんは手を振って去っていった。なんだったの?
 ポケットの中でスマホが震えた。橘先輩からの呼び出しみたい。きっと、嘆願書の事だよね。
 私はすぐに風紀委員室に向かった。



「おはようございます、橘先輩」

 風紀委員室には橘先輩が席に座って私を待ってくれていた。机にはカップが二つ用意されていた。

「おはよう、伊藤さん。悪いね、朝早くに。よかったら飲んでよ」
「はい、ありがとうございます。それより何かあったんですね」

 私は椅子に座り、カップに口をつける。
 温かい……それにほんのり甘い。橘先輩が持ってくる紅茶って本当に美味しい。気持ちが落ち着いてくる。
 橘先輩は私が紅茶を飲んだことを確認してから、話をしてくれた。

「新見先生から連絡があったんだ。嘆願書について聞きたいことがあるって」
「悪あがきですね」
「全くだよ。僕がとどめをさそうと思う」

 うわ~、すごく楽しそう……。
 橘先輩に任せておけば安パイだけど、この件については……。
 私は今までの事を思いだしていた。先輩、獅子王さん、古見君、浪花先輩、馬淵先輩、八乙女先輩……。
 彼らに託されたものがある限り、私がやらなきゃ。

「あ、あの、橘先輩……」
「まさか、伊藤さんがやりたいって言いださないよね?」
「……そのまさかです。ごめんなさい!」

 怖い! 怖いよ、橘先輩! 本気で睨んでるよ、私の事! 絶対に怒ってるよ!
 私だって、私だってね、橘先輩に逆らいたくてやってるわけじゃないの。反抗期でもなんでもないの。だから、怒らないでね、橘先輩。私、胃が痛いの。

「ごめんなさい? いいよ、謝らくても。僕よりうまく、完璧にできるから言ったんでしょ? 頼もしくなったね、伊藤さん。うれしいよ」

 痛い! 胃が痛いから苛めないで! いたいけな後輩をじわじわと苛めないで! 私も再起不能になっちゃいますから!
 橘先輩の機嫌をこれ以上損ねないようにしつつ、私は慎重に言葉を選びながら説得を開始する。

「この件は橘先輩には役不足ですし、下々の私に任せてみてはいかがでしょうか?」
「僕がやることに何か不満があるの?」

 ああっ、やめてよ、橘先輩。胃が痛いから! だけど、やめるわけにはいかない。

「ありません。ですが、お願いします! みんなのおかげでここまでくることができたんです! その想いに応えたいんです! 我儘わがままを言ってごめんなさい! 許してください! 勘弁かんべんしてください!」

 これで通って! 私、もう無理だから! ぽんぽん、痛いの!

「伊藤さん、新見先生は職員室で話を聞こうとしている。これは尋問じんもんなんだよ。周りは先生方しかいない。完全にアウェイだ。僕も正道も助けに入ることができない。完全に一人なんだよ。戦えるの? 一人で」

 えっ? もしかして、私のことを心配してくれていたの? ううっ……橘先輩って……。
 でも、だからこそ、私がやらなきゃいけないの。
 私は真っ直ぐ橘先輩を見据えて意思を表示する。

「……戦えます。だって、この日の為に私と橘先輩は話し合ってきたんですから。もし、戦えないなんて言ったら、私はこの作戦を考えた自分と橘先輩を信じていないことになります。橘先輩、私達の作戦は負けませんよね? 信じていいんですよね? だったら、私は胸を張って一人で戦えます! どうか、認めてください!」

 そう、この日の為に私と橘先輩、今はここにいない先輩と三人で頑張ってきた。私達三人が協力すれば怖いものはない。
 獅子王さんの事で敵対している私達だけど、それでも、押水先輩のハーレム発言を引き出したチームワークは抜群だと信じている。

 これからまた三人で事件に立ち向かうとき、きっと私はサポート役に徹することになる。自分の器くらい自分がよく知っている。
 だから、私メインで事件にあたるのは今回で最後。その最後の我儘を受け入れてほしい。

「……ずるいね、伊藤さん。そんな言いからされたら何も言えなくなるよ」
「そ、それじゃあ……」
「任せるよ。伊藤さんに」

 や、やったぁああああああああああああああああああああああああ!
 橘先輩に認めてもらった! やった! やった!
 戦いはこれからだけど、うれしくてたまらない。

「まあ、新見先生は伊藤さんを指名してきたんだけどね」
「それなら私でいいじゃないですか! 最初っからそうしてくださいよ!」

 えっ? なにそれ? 私の感動を返してよ! 意地悪なんだから!

「別に新見先生の指名に従う理由はないでしょ? 伊藤さんは体調不良って言えばいいんだし。それにやるからにはとことんやらないとね。完膚なきまでに叩きのめすのが礼儀ってもんでしょ?」

 いやいや! そんな礼儀は知らない。きっと風紀委員だけの礼儀だよね? 怖いよ、本当に。
 先生の言うことはちゃんと聞いてあげようよ~。私が言うのもなんだけど。

「聞き取りは一応、放課後にするって。それが終わった時点ですぐに結論を出すみたい。事実上、最終決戦っていったところだね」
「望むところです! 私、負けませんから!」

 私の意気込みに、橘先輩は笑顔になってくれた。放課後までにやれることはやっておこう。
 橘先輩と一緒に、尋問対策の最終チェックをすることにした。
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