風紀委員 藤堂正道 -最愛の選択-

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十章

十話 真相 その四

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「平村さんに罪をなすりつけようとしたわけだから、原因は平村さんにあると俺は思っている」
「真子っちゃんに原因?」
「ああっ。覚えていないか? 昨日、職員室から体育館に向かうときに話した内容を」

 庄川はうつむき、そのときのことを思い出すように口にする。

「確か……腕時計がハンパなく高いって話っすよね。その後、どうして腕時計を学校に持ってくる羽目になったのかを話していたっすよね?」

 そう、ここで平村が俺達に話してくれた内容の中に、動機があると俺は思っている。
 では、平村の話のどこに司波達が犯行を決意した動機があるのか?
 それは……。

「司波さんと結菜さんが口喧嘩になったとき、平村さんが二人に喧嘩をやめるよう声をかけた事、そこに動機があると俺は考えている」
「はぁ? なんでそれが動機になっちゃうわけ? 真子っちゃんは二人の喧嘩を止めようとしたんでしょ? 喧嘩を止めたら恨まれるって訳が分からないっすよ。もし恨まれても、それは完全に逆恨みじゃないっすか!」

 確かに庄川の言うとおりだ。善意で喧嘩を止めようとして、逆に恨まれるのはお門違いだと思うし、そんなことが恨みを買う理由になり得るのかと普通なら考えるだろう。
 だが、平村と過ごすうちに、平村の性格を知って、俺はある結論に思い立った。
 平村が司波達に恨まれた理由は……。

「平村はきっとこう発言したんだ。『腕時計なんかで喧嘩しないで』って」
「あ~あ……なるね、そういうこと」

 庄川は納得したといった顔で頷き、井波戸は苦笑していた。
 平村は悪いヤツではないのだが、思った事を口にしてしまう癖がある。
 口は災いの元。まさにその通りだろう。

 結菜が誕生日に高級な腕時計をプレゼントされた事でつい、クラスメイトに自慢した。それを司波は気にくわなかった。
 司波は腕時計が趣味で時計に愛着も思い入れもあったから、結菜の自慢話が余計に腹立たしかったと思う。
 お互い腕時計に譲れない想いがあったのに、平村は腕時計を軽視するような発言をしてしまった。
 これが、司波達が平村に濡れ衣を着せて困らせようとした原因となったと考えられる。

 俺は司波達の想いも分かるし、平村の気持ちも分かる。
 平村としては腕時計の事よりも友達の喧嘩を止める方が大事なことだと思っていたのだろう。
 だが、腕時計の事で喧嘩している相手に腕時計などどうでもいいと言われて、喧嘩をやめるだろうか? やめるわけがない。
 俺だったら口出しするなって怒鳴ってしまうかもしれない。

 平村はそこのところを深く考えていなかったため、恨みを買ってしまったのだ。

「井波戸さん、キミは一連の流れから平村さんをはめる算段を思いついた。それは腕時計を盗み、その腕時計を平村さんの鞄に入れて困らせようとした。司波さんは平村さんと仲がよかったが、それゆえ、仲のいい友達が自分の事を分かってくれなかった、味方になってくれなかった事を恨んでしまった。その隙をついて、井波戸さんは司波さんに話を持ちかけた。司波さんにとって結菜さんと平村さんに一杯食わせることができるから二つ返事でOKを出した。髙品さんは司波さんと親友だったので協力したってところか」

 こうして、井波戸主体で腕時計盗難事件が実行された。
 髙品が仮病を装い、司波が付き添いで体育館を出た後、腕時計を平村の鞄に入れた。アリバイ工作を済ませた後、体育館に戻り、後は、結菜が腕時計がなくなったことに気づけばいいだけ。
 井波戸が誘導して、先生に平村の鞄から腕時計を発見させ、平村に濡れ衣を着せる……はずだった。

「計画は順調に進んでいたように思えたが、問題が発生してしまった。白部さんが平村さんの鞄から腕時計を発見し、自分の鞄に入れてしまったことだ。腕時計を盗む計画は短時間で行わなければ時間的に間に合わない。だから、司波さんは慌てて腕時計を平村さんの鞄に入れてしまったせいで、腕時計が鞄に入りきらなくて、鞄が開けたままになってしまった。そのせいで、白部さんは平村さんの鞄の中が見えてしまい、気づいてしまった。それを井波戸さんは見ていたんだ」
「……」

 平村さんがロッカーの前で棒立ちになっていた白部を見て、不思議そうにしていた為、井波戸も不審に思ったのだろう。だから、白部が平村の鞄から腕時計を見つけた事に井波戸は気づけた。
 白部はそのとき、どうして平村の鞄に見慣れない腕時計があったのか、疑問に思っていたのだろう。
 そして、結菜が腕時計がないと騒ぎ出したとき、白部は咄嗟に状況を把握した。

「そして、白部さんは平村さんをかばうため、腕時計を自分の鞄に入れてしまった。キミは焦っただろうな。これでは計画が崩れてしまう。しかも、結菜さんが腕時計がなくなったと騒いでしまった後だから、下手に動けない。井波戸さんは咄嗟に計画を変更した。本来なら荷物検査で一回目に腕時計が発見される予定だったが、二回目に腕時計が見つかるよう仕組んだ。一回目の荷物検査で井波戸さんが白部さんの鞄から腕時計を取り出し、平村さんの鞄に移動させる。荷物検査を終えた後、腕時計が見つからないことで騒ぎ出した結菜さんを気遣うフリをして、もう一度荷物検査をすることを先生に進言し、二回目の荷物検査を実行させ、本来の計画通り先生に腕時計を発見させたってわけだ」

 これが腕時計盗難事件の全貌ぜんぼうだ。
 犯行は井波戸、司波、髙品の三人で実行された。平村と白部の無実が証明されたわけだが、手放しで喜べなかった。二人の親友が犯人だった為だ。
 三人の動機については、司波は結菜と平村を一時的に困らせたかった。
 髙品は親友の司波を手伝っただけ。
 なら、井波戸は?
 その疑問を口にしたのは庄川だった。

「なあ、美花里。嘘だよな? なんで、美花里が親友の真子っちゃんをいじめるわけ? 二人のこと、いつも気にしてたじゃん? なんでなんだよ!」
「……その理由についても藤堂先輩に聞いてみたら?」

 全く庄川を相手にしていない井波戸の態度に、庄川は怒りよりも戸惑いの色が強く出ていた。
 井波戸が平村を陥れようとした理由。
 それは……。

「平村さんの事が気に入らないから。違うか?」
「答えになっていないわね。なぜ、私が真子を嫌っているのかご教授いただけません?」

 井波戸が平村を嫌う理由か……。
 その理由とは……。

「白部さんが平村さんと仲がいいのが気にくわないから。平村さんのフォローを白部さんはずっとしてきた。白部さんは別に負担だとは思っていないようだが、井波戸さん、キミから見たら白部の優しさに甘えている平村さんに嫌悪していた。違うか?」

 俺の答えに井波戸は感心したように、嘲笑あざわらうように見下した態度をとる。

「へぇ……藤堂先輩って探偵になれる素質、あるんじゃないですか? 人の粗捜あらさがし、得意そうですもんね」

 井波戸の皮肉に真面目に答える気はないが、俺には探偵の素質なんてない。
 井波戸がなぜ、平村と白部を陥れようとしたのか? その理由だけはさっぱり分からなかった。

 井波戸の動機を推理してくれたのは伊藤だ。
 伊藤とはコンビを一時解消したその日からメールのやりとりを毎日していた。といっても、伊藤が報告と称してメールを一方的に送ってきたのだが。
 そのメール内容は今日何をしたのか、どんなことがあったのか、いろいろと書かれていた。風紀委員の仕事に関しては愚痴ばかりだったが。
 昨日の夜も風紀委員の仕事がなかったのに、伊藤がメールしてきた。苦笑しつつメールを見ているうちに、伊藤から腕時計盗難事件について進捗を尋ねられた。

 俺は腕時計盗難事件の全貌が明らかになったので、報告がてら疑問に思った事をメールした。
 井波戸がなぜ、白部と平村を陥れようとしたのか。三人は親友同士ではなかったのか?
 司波と髙品については理由はなんとなく推察できたが、井波戸は全く思いつく当てがなかった。

 井波戸は小学校のときからずっと二人のそばにいて、見守ってきた。事件があった後も二人のそばに居続けた。
 白部の無実を晴らすためいろいろと助力してきた。平村のアリバイを証明したのも彼女だ。
 そんな井波戸がなぜ事件に加担しているのか、理由が思いつかないのだ。

 メールを送った後、すぐさま伊藤から電話があり、詳しい事情を教えてほしいと言われた。
 俺は伊藤にできるだけ細かく状況を説明した。伊藤に状況を説明することで、事件の内容をおさらいし、新たな発見があるかもしれないと期待したが、何も思いつかなかった。
 動機は分からずじまいか……そう思っていたのだが、伊藤は即答で答えを導き出したのだ。
 白部に気にかけてもらっている平村が気に入らないことが原因だと。
 井波戸は白部を親友だと思っているが、白部は平村ばかり気にかけていて、そのことが不満に思っているのだと言っていた。

 最初はそんなことでかと思ったが、伊藤の話を聞いているうちに思い当たる節がいくつかあったのを思い出した。
 平村を掃除ロッカーに閉じ込めたのが白部なのか確認するため、中庭に白部を連れ出したとき、井波戸が白部をかばったこと。
 腕時計盗難事件の話を井波戸の口から聞いたとき、井波戸は白部に同情し、平村をけなしていたこと。

 青島東中に着いたとき、井波戸と白部、平村が懐かしそうにはしゃいでいたが、そのとき何か引っかかりを感じていた。それがようやく理解できた。
 井波戸は白部とばかり話をしていて、平村とあまり話していなかったんだ。
 まるで軽くあしらっているかのような態度に俺は引っかかりを感じていたわけだ。

 伊藤は俺に女の子のこと全然分かっていませんね~と何かいろいろと得意げに話していたが、俺は適当に相づちを打っていた。
 とにかく、俺が証明すべき事は全て終わった。
 後は司波達の時と同じように、井波戸から直接平村達に謝罪させたらこの事件は終幕だ。

「ねえ、藤堂先輩。一つ聞いてもいい?」
「なんだ?」
「私のこと、いつから疑っていたの? 少なくとも、先週の青島西中訪問したときには私のこと、疑っていましたよね? だからこそ、私と奏水達を分断した。違う?」

 俺達の思惑に気づいていて、それでものってくるあたり、井波戸は強気なヤツだと思う。
 俺が井波戸を疑っていた時期。それは……。

「お前と初めて会ったときからだ」
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