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二章
二話 ガキが生意気言ってるんじゃねえぞ! その二
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「よう、兄ちゃん。俺の事、覚えてる?」
「……アンタか」
声をかけてきたのは、自称黒井の兄だ。テストの帰り道、黒井の兄らしき男が、俺を待ち構えていた。
この間の続きか?
目の前にいる男は底が知れない。俺を威嚇するわけでもなく、ただ柔らかい笑みを浮かべている。
今まで俺に喧嘩を売ってきた相手とは全く違う雰囲気に、つい警戒してしまう。
男はにっこりと笑いながら近づいてきた。
「そう構えるなって。今日は喧嘩、売る気ないから」
「……」
今日は……か。
なんとなくだが、コイツとはいつの日か、本気で喧嘩する日がくるのかもしれない。そんな予感が頭によぎる。
そのときは、手加減なしの本気で殴り合うことになるだろう。でなければ、勝てる気がしない。
「それなら何の用だ?」
「せっかちなのは女の子に嫌われるぜ。俺はただ、情報交換がしたいだけ。いいよな、藤堂正道君」
心臓が大きく跳ね上がる。名前を知られているってことは、以前俺達はどこか出会ったことがあるのか?
目の前の男は黒井と揉めていた時に出会ったのが初対面だったのではなかったのか?
やはり、コイツは油断できない。
「……どうして、俺の名前を知ってる?」
「おいおい、それは冗談かマジボケか? 不良狩りの藤堂っていえば有名人じゃん? いや~、納得いったわ。俺の拳を避けることができるわけだよな。腕が鈍ったと思っちまったぜ」
男の指摘に、顔をしかめてしまう。
不良狩り。
不良を相手にしてきたら、勝手にその名で呼ばれるようになっていた。恨みを買われるのは仕方ないが、物騒な名前を勝手につけられるのは納得いかない。
「……別に好きで有名になったわけじゃない。勝手にそう呼ばれているだけだ」
「ふうん……」
人を値踏みような男の視線の中に、相手の強さを見定めようとする観察眼が見受けられる。対応を間違えれば、痛い目に合うな。
俺は目の前の男にいつでも対処できるよう、距離をとる。
「そう怖い顔で睨まないでくれよ。ビビっちゃうじゃない。今日は藤堂君と話がしたいだけだから」
「俺と話?」
「単調直入で聞きたいんだけど、藤堂君、麗子とどんな関係なわけ? あっ、麗子って俺の義妹の黒井麗子の事ね」
なぜ、俺の妹という言葉を強調するのかは分からないが、やはり目の前の男は、黒井の兄なのか?
黒井とは一年ほどの付き合いになるが、その間に兄の存在なんて聞いたことがない。
それに、これほどの男だ。要注意人物、もしくは不良の間で名前くらいは出てもおかしくはないのだが。
さて、どう答えるべきか。
「黒井から俺の事を聞いていないのか?」
「聞いてないから、こうして直接話しに来たわけ。けちけちしないで、教えてくれよ~」
「……風紀委員の先輩後輩の間柄だ。それ以上でも以下でもない」
俺はある程度素直に答えた。別に黒井とは仲良しこよしではない。それどころか、敵対関係がしっくりとくる。
御堂が風紀委員でなければ、黒井は風紀委員に所属していないし、黒井は俺の事、あまり良くは思っていないだろう。
「その割には、俺が麗子と話していたとき、怒ってなかった? 嫉妬しちゃったわけ?」
あのときは、上春達の事で苛立っていたので八つ当たりしていただけなのだが、そこは正直に言う必要はないな。適当に濁すか。
「あのときは悪かった。黒井が襲われていると勘違いしただけだ。風紀委員の立場として、見過ごせなかった。それだけだ」
「風紀委員の立場としてか……別に藤堂君は警察官ってわけじゃないでしょ? たとえもめ事だとしても、厄介ごとに割って入ると怪我することだってあるし、逆に恨みを買うかもしれないじゃん? どうして、そこまでやるの? 自己満足? それとも、偽善?」
男は笑っているが、目つきが睨みつけるように俺を見つめている。この手の非難は何度も受けているので、今更だ。
答えは決まっている。だから、俺は胸を張って答える。
「……納得いかないからだ」
誰かが理不尽な目にあっていることが、それを楽しんでいるヤツをのさばらせている事が納得いかない。そのせいで青島の評判が悪くなるのも許せない。
青島は元警察官である義信さんが護ってきた町だ。楓さんのふるさとだ。
だからこそ、この町が不良達の勝手な振る舞いのせいで、評判が落ちることが納得できない。
それに、相手を傷つける理由が短絡的で衝動的な行動なのが、一番許せない。
気に入らない、むしゃくしゃしたから人様を殴る理由など、誰が納得できるというのか。
だから、暴力沙汰を起こす相手に立ち向かうだけだ。
自己満足? 偽善? 大いに結構だ。別に俺は、誰かに感謝されたり、褒めてもらいたくて風紀委員として行動しているわけではない。全て俺自身の為。
俺の言葉に、男は目を丸くし、両手をパチパチと叩き、大笑いしだした。
「ぷっあっあははははは! なるほど、なるほどな! シンプルで分かりやすい! 俺は好きだぜ。シンプルなのは」
喧嘩売られた相手に好きだと言われるのは、妙な気分だな。コイツと話していると調子が狂う。
「話が脱線しちゃったから、戻すけど、他にも教えてくれない? なるべくなら、麗子に詳しい人、紹介してくんないかな? あっ、可愛い女の子がいいな。男はのーさんきゅ」
「なぜ、そんなことを俺に頼む?」
話を聞いていたかと言いたげに、俺は男に問いただすが、男は更に質問を重ねてきた。
「そりゃあ、麗子の好きな食べ物や趣味、考え方なんかを知っておきたいから。行動パターンや昔のチームの事も知りたいし」
「……お前、本当に黒井の兄か?」
「どうして、そう思うわけ?」
男は相変わらず笑っているが、どこか視線が鋭くなった気がした。用心しつつも、俺は自分の推測をぶつける。
「お前はまるで、黒井の事を分析しようとしている。普通、兄が妹を分析する必要なんてないだろ? 一緒に暮らしてきたのだから」
「俺は間違いなく麗子の義兄だぜ」
「それならば、なぜ、黒井はお前の事を嫌がる」
「思春期だから? 俺としてはどこぞやのアメリカンホームドラマみたいにいきたいもんだよな。毎回キスやハグしたいし」
どこまでもとぼけた野郎だ。ついムッとしてしまうが、どこか会話が噛み合っていない気がする。
なんだ? 俺は何か勘違いしているのか?
俺はふと、ある憶測を思いつく。最近、自分でも体験したではないか。きっと、そうだ。
黒井とこの男の関係。それは……。
「……黒井は恥ずかしがっていないと思う。きっと、納得出来ないことが原因でお前と距離をとっているだけだろ?」
「納得出来ないって何に?」
「両親の再婚だ」
男は黙り込む。その沈黙が正解だと確信させてくれる。
俺の勘違いは男が黒井の兄ではなく、義兄だったことだ。
コイツ、わざと勘違いさせるよう、義兄なのに、義兄《あに》と言いやがった。本当にややこしい。
両親の再婚なら、黒井の事をよく知らないのも、知ろうとするのも理解できる。きっと、目の前にいる男は再婚に賛成で、うまくいくよう、反対している黒井を説得したいのだろう。
上春信吾もそうだった。やたら俺に気遣い、ご機嫌を取ろうとする。
その行動が、男の行動にかぶって見えてしまい、両親の再婚で黒井と兄妹になったと推測できた。
男はぱちぱちと拍手してきた。
「正解、大正解。風紀委員は警察の真似事が得意みたいだな。いや、この場合は名探偵か?」
「……ただの憶測だ。推理じゃない」
「それでも凄いと思うぜ、マジで。この街は本当に面白いよな」
やはり、本土の人間か。
青島の住人は、この島に住んでいる者を島人、島の外の人間を本土の人間として言い分けているのだが、男がもし、島人なら、必ずどこかで会っているはずだ。
会っていないということは、島人ではなく、最近引っ越してきた人間になる。それならば、俺が目の前にいる男を知らないのも納得がいく。
「まあ、そんなわけだからさ、協力してくんない? 俺はさ、おふくろには幸せになってほしいんよ。俺のことで散々苦労してきたからな。頑張ってきたおふくろの幸せを子供の俺が願ったって罰は当たらないだろ?」
「勝手な考えだな。黒井の気持ちはどうなる? それを無視するのか? お前は自分の気持ちを黒井に押し付けているだけだ。だから、黒井は反抗しているのが分からないのか? それを理解してやれ」
母親の幸せを願う。言葉にすれば母親想いの優しい言葉だろう。
しかし、それは母親以外の事は何も考えていない、相手の都合を無視したものだ。そんなものに付き合う義理など、黒井にはない。
俺の指摘に、男は気を悪くせず、苦笑いを浮かべていた。
「厳しいね……お前とは気が合うと思っていたのに、勘違いしてたわ。確かに、お前の言う通り、俺の発言は相手の事を考えていないと思うわな。だけどな、親の幸せを願うのはそんなに勝手な事か? お前はただ、正論をかざして俺に説教しているだけだろ? 俺と同じ立場でないお前が何を言っても、説得力はねえし、逆に偉そうに説教するなって言いたいね」
男の言うとおりだ。これは男と黒井の家族の問題だ。他人の俺が口出す権利などない。
それでも、黒井の気持ちが分かる俺は、男に言ってやりたかった。
「……確かに、俺はお前の立場にはなれないし、理解できない。ただ、黒井の気持ちは分かる。俺もそうだからな」
「……どういうことだ?」
確かに、親の幸せを願っているヤツに勝手だというのは悪かった。
その謝罪の意味を込めて、自分の気持ちを正直に語る。
「俺も両親の再婚には反対しているからだ。勝手に人の生活に割り込んできて、今までの生活を壊していくヤツらを歓迎しろっていうほうがおかしいとは思わないか? 悪いが、俺はお前と違って、母親を恨んでいる。軽蔑しているといってもいい。そんなヤツが幸せになってほしいとも、一緒に暮らしたいとも思えない」
俺の回答がよほど驚いたのか、初めて男の素の表情が現れた。
少しだけしてやった気分になったが、どうして、こんなことを男に話してしまったのか、後悔してしまう。赤の他人に話すような内容ではないのに……。
「お前、さすがにその言い分は酷いだろ? 母親が腹を痛めてお前を産んでくれたことを忘れてない? そのおかげで生きているだろ? それを恨んでいるとか、憎んでいるとか、恩知らずにもほどがあるとは思わないのか?」
「お前の言葉をそっくりそのまま返してやる。理由も知らないくせに正論をかざして、俺に説教するな。俺と同じ立場でないお前が何を言っても、説得力はないし、偉そうに説教されても迷惑だ」
俺と男はにらみ合う。
なるほど、男の言うとおりだ。事情を知らない人間に正論を言われて説教されると腹が立つな。
俺達はしばらく無言でにらみ合っていたが、先に言葉を発したのは男だった。
「ふっ、あはははははははは!」
急に男が笑い出し、俺は戸惑ってしまう。喧嘩になる覚悟をしていたが、怒るどころか笑い出したのだ。
戸惑う俺に、男は表情を崩し、馴れ馴れしく俺の肩を叩いてきた。
「前言撤回。友達になろうぜ」
「はあ?」
いきなり何を言い出すんだ、コイツは?
理解できず、顔をしかめていると、男は笑いながら理由を話してきた。
「俺達はきっとわかり合えない。立場も事情も違うわけだからな。でも、だからこそ、俺達は腹を割って話し合えるとは思えないか? 言いたいことを言い合えるとは感じないか? ダチは結構いる方だけどよ、お前のように言いたいことをはっきりといってくれるヤツはそうはいねえよ。それに、お互い再婚の事で悩んでいるみたいだからな。だから、友達になろうって言ってるんだ。きっと、俺達の悩みなんて他人には理解されねえよ。立場は違うが、それでも、愚痴を言い合うにはお互い、いい相手だろ?」
「……別に俺は愚痴なんてない」
強がってみせたが、男はしつこく俺のメールアドレスを尋ねてきた。
あまりにもしつこかったのと、目の前にいる問題児の連絡先を知る事は風紀委員として役に立つのでは、という考えがあり、俺は諦めてメールを交換した。
「改めてよろしくな、正道」
「……お前の名前、聞いてないぞ」
「そうだっけ? 悪い悪い。俺の名前は武蔵野猛だ」
この馴れ馴れしい男の姿が、バカ笑いしている上春信吾に重なって見えたのはきっと気のせいではないだろう。
そう思いつつ、また頭痛の種が増えたことにため息をついた。
「……アンタか」
声をかけてきたのは、自称黒井の兄だ。テストの帰り道、黒井の兄らしき男が、俺を待ち構えていた。
この間の続きか?
目の前にいる男は底が知れない。俺を威嚇するわけでもなく、ただ柔らかい笑みを浮かべている。
今まで俺に喧嘩を売ってきた相手とは全く違う雰囲気に、つい警戒してしまう。
男はにっこりと笑いながら近づいてきた。
「そう構えるなって。今日は喧嘩、売る気ないから」
「……」
今日は……か。
なんとなくだが、コイツとはいつの日か、本気で喧嘩する日がくるのかもしれない。そんな予感が頭によぎる。
そのときは、手加減なしの本気で殴り合うことになるだろう。でなければ、勝てる気がしない。
「それなら何の用だ?」
「せっかちなのは女の子に嫌われるぜ。俺はただ、情報交換がしたいだけ。いいよな、藤堂正道君」
心臓が大きく跳ね上がる。名前を知られているってことは、以前俺達はどこか出会ったことがあるのか?
目の前の男は黒井と揉めていた時に出会ったのが初対面だったのではなかったのか?
やはり、コイツは油断できない。
「……どうして、俺の名前を知ってる?」
「おいおい、それは冗談かマジボケか? 不良狩りの藤堂っていえば有名人じゃん? いや~、納得いったわ。俺の拳を避けることができるわけだよな。腕が鈍ったと思っちまったぜ」
男の指摘に、顔をしかめてしまう。
不良狩り。
不良を相手にしてきたら、勝手にその名で呼ばれるようになっていた。恨みを買われるのは仕方ないが、物騒な名前を勝手につけられるのは納得いかない。
「……別に好きで有名になったわけじゃない。勝手にそう呼ばれているだけだ」
「ふうん……」
人を値踏みような男の視線の中に、相手の強さを見定めようとする観察眼が見受けられる。対応を間違えれば、痛い目に合うな。
俺は目の前の男にいつでも対処できるよう、距離をとる。
「そう怖い顔で睨まないでくれよ。ビビっちゃうじゃない。今日は藤堂君と話がしたいだけだから」
「俺と話?」
「単調直入で聞きたいんだけど、藤堂君、麗子とどんな関係なわけ? あっ、麗子って俺の義妹の黒井麗子の事ね」
なぜ、俺の妹という言葉を強調するのかは分からないが、やはり目の前の男は、黒井の兄なのか?
黒井とは一年ほどの付き合いになるが、その間に兄の存在なんて聞いたことがない。
それに、これほどの男だ。要注意人物、もしくは不良の間で名前くらいは出てもおかしくはないのだが。
さて、どう答えるべきか。
「黒井から俺の事を聞いていないのか?」
「聞いてないから、こうして直接話しに来たわけ。けちけちしないで、教えてくれよ~」
「……風紀委員の先輩後輩の間柄だ。それ以上でも以下でもない」
俺はある程度素直に答えた。別に黒井とは仲良しこよしではない。それどころか、敵対関係がしっくりとくる。
御堂が風紀委員でなければ、黒井は風紀委員に所属していないし、黒井は俺の事、あまり良くは思っていないだろう。
「その割には、俺が麗子と話していたとき、怒ってなかった? 嫉妬しちゃったわけ?」
あのときは、上春達の事で苛立っていたので八つ当たりしていただけなのだが、そこは正直に言う必要はないな。適当に濁すか。
「あのときは悪かった。黒井が襲われていると勘違いしただけだ。風紀委員の立場として、見過ごせなかった。それだけだ」
「風紀委員の立場としてか……別に藤堂君は警察官ってわけじゃないでしょ? たとえもめ事だとしても、厄介ごとに割って入ると怪我することだってあるし、逆に恨みを買うかもしれないじゃん? どうして、そこまでやるの? 自己満足? それとも、偽善?」
男は笑っているが、目つきが睨みつけるように俺を見つめている。この手の非難は何度も受けているので、今更だ。
答えは決まっている。だから、俺は胸を張って答える。
「……納得いかないからだ」
誰かが理不尽な目にあっていることが、それを楽しんでいるヤツをのさばらせている事が納得いかない。そのせいで青島の評判が悪くなるのも許せない。
青島は元警察官である義信さんが護ってきた町だ。楓さんのふるさとだ。
だからこそ、この町が不良達の勝手な振る舞いのせいで、評判が落ちることが納得できない。
それに、相手を傷つける理由が短絡的で衝動的な行動なのが、一番許せない。
気に入らない、むしゃくしゃしたから人様を殴る理由など、誰が納得できるというのか。
だから、暴力沙汰を起こす相手に立ち向かうだけだ。
自己満足? 偽善? 大いに結構だ。別に俺は、誰かに感謝されたり、褒めてもらいたくて風紀委員として行動しているわけではない。全て俺自身の為。
俺の言葉に、男は目を丸くし、両手をパチパチと叩き、大笑いしだした。
「ぷっあっあははははは! なるほど、なるほどな! シンプルで分かりやすい! 俺は好きだぜ。シンプルなのは」
喧嘩売られた相手に好きだと言われるのは、妙な気分だな。コイツと話していると調子が狂う。
「話が脱線しちゃったから、戻すけど、他にも教えてくれない? なるべくなら、麗子に詳しい人、紹介してくんないかな? あっ、可愛い女の子がいいな。男はのーさんきゅ」
「なぜ、そんなことを俺に頼む?」
話を聞いていたかと言いたげに、俺は男に問いただすが、男は更に質問を重ねてきた。
「そりゃあ、麗子の好きな食べ物や趣味、考え方なんかを知っておきたいから。行動パターンや昔のチームの事も知りたいし」
「……お前、本当に黒井の兄か?」
「どうして、そう思うわけ?」
男は相変わらず笑っているが、どこか視線が鋭くなった気がした。用心しつつも、俺は自分の推測をぶつける。
「お前はまるで、黒井の事を分析しようとしている。普通、兄が妹を分析する必要なんてないだろ? 一緒に暮らしてきたのだから」
「俺は間違いなく麗子の義兄だぜ」
「それならば、なぜ、黒井はお前の事を嫌がる」
「思春期だから? 俺としてはどこぞやのアメリカンホームドラマみたいにいきたいもんだよな。毎回キスやハグしたいし」
どこまでもとぼけた野郎だ。ついムッとしてしまうが、どこか会話が噛み合っていない気がする。
なんだ? 俺は何か勘違いしているのか?
俺はふと、ある憶測を思いつく。最近、自分でも体験したではないか。きっと、そうだ。
黒井とこの男の関係。それは……。
「……黒井は恥ずかしがっていないと思う。きっと、納得出来ないことが原因でお前と距離をとっているだけだろ?」
「納得出来ないって何に?」
「両親の再婚だ」
男は黙り込む。その沈黙が正解だと確信させてくれる。
俺の勘違いは男が黒井の兄ではなく、義兄だったことだ。
コイツ、わざと勘違いさせるよう、義兄なのに、義兄《あに》と言いやがった。本当にややこしい。
両親の再婚なら、黒井の事をよく知らないのも、知ろうとするのも理解できる。きっと、目の前にいる男は再婚に賛成で、うまくいくよう、反対している黒井を説得したいのだろう。
上春信吾もそうだった。やたら俺に気遣い、ご機嫌を取ろうとする。
その行動が、男の行動にかぶって見えてしまい、両親の再婚で黒井と兄妹になったと推測できた。
男はぱちぱちと拍手してきた。
「正解、大正解。風紀委員は警察の真似事が得意みたいだな。いや、この場合は名探偵か?」
「……ただの憶測だ。推理じゃない」
「それでも凄いと思うぜ、マジで。この街は本当に面白いよな」
やはり、本土の人間か。
青島の住人は、この島に住んでいる者を島人、島の外の人間を本土の人間として言い分けているのだが、男がもし、島人なら、必ずどこかで会っているはずだ。
会っていないということは、島人ではなく、最近引っ越してきた人間になる。それならば、俺が目の前にいる男を知らないのも納得がいく。
「まあ、そんなわけだからさ、協力してくんない? 俺はさ、おふくろには幸せになってほしいんよ。俺のことで散々苦労してきたからな。頑張ってきたおふくろの幸せを子供の俺が願ったって罰は当たらないだろ?」
「勝手な考えだな。黒井の気持ちはどうなる? それを無視するのか? お前は自分の気持ちを黒井に押し付けているだけだ。だから、黒井は反抗しているのが分からないのか? それを理解してやれ」
母親の幸せを願う。言葉にすれば母親想いの優しい言葉だろう。
しかし、それは母親以外の事は何も考えていない、相手の都合を無視したものだ。そんなものに付き合う義理など、黒井にはない。
俺の指摘に、男は気を悪くせず、苦笑いを浮かべていた。
「厳しいね……お前とは気が合うと思っていたのに、勘違いしてたわ。確かに、お前の言う通り、俺の発言は相手の事を考えていないと思うわな。だけどな、親の幸せを願うのはそんなに勝手な事か? お前はただ、正論をかざして俺に説教しているだけだろ? 俺と同じ立場でないお前が何を言っても、説得力はねえし、逆に偉そうに説教するなって言いたいね」
男の言うとおりだ。これは男と黒井の家族の問題だ。他人の俺が口出す権利などない。
それでも、黒井の気持ちが分かる俺は、男に言ってやりたかった。
「……確かに、俺はお前の立場にはなれないし、理解できない。ただ、黒井の気持ちは分かる。俺もそうだからな」
「……どういうことだ?」
確かに、親の幸せを願っているヤツに勝手だというのは悪かった。
その謝罪の意味を込めて、自分の気持ちを正直に語る。
「俺も両親の再婚には反対しているからだ。勝手に人の生活に割り込んできて、今までの生活を壊していくヤツらを歓迎しろっていうほうがおかしいとは思わないか? 悪いが、俺はお前と違って、母親を恨んでいる。軽蔑しているといってもいい。そんなヤツが幸せになってほしいとも、一緒に暮らしたいとも思えない」
俺の回答がよほど驚いたのか、初めて男の素の表情が現れた。
少しだけしてやった気分になったが、どうして、こんなことを男に話してしまったのか、後悔してしまう。赤の他人に話すような内容ではないのに……。
「お前、さすがにその言い分は酷いだろ? 母親が腹を痛めてお前を産んでくれたことを忘れてない? そのおかげで生きているだろ? それを恨んでいるとか、憎んでいるとか、恩知らずにもほどがあるとは思わないのか?」
「お前の言葉をそっくりそのまま返してやる。理由も知らないくせに正論をかざして、俺に説教するな。俺と同じ立場でないお前が何を言っても、説得力はないし、偉そうに説教されても迷惑だ」
俺と男はにらみ合う。
なるほど、男の言うとおりだ。事情を知らない人間に正論を言われて説教されると腹が立つな。
俺達はしばらく無言でにらみ合っていたが、先に言葉を発したのは男だった。
「ふっ、あはははははははは!」
急に男が笑い出し、俺は戸惑ってしまう。喧嘩になる覚悟をしていたが、怒るどころか笑い出したのだ。
戸惑う俺に、男は表情を崩し、馴れ馴れしく俺の肩を叩いてきた。
「前言撤回。友達になろうぜ」
「はあ?」
いきなり何を言い出すんだ、コイツは?
理解できず、顔をしかめていると、男は笑いながら理由を話してきた。
「俺達はきっとわかり合えない。立場も事情も違うわけだからな。でも、だからこそ、俺達は腹を割って話し合えるとは思えないか? 言いたいことを言い合えるとは感じないか? ダチは結構いる方だけどよ、お前のように言いたいことをはっきりといってくれるヤツはそうはいねえよ。それに、お互い再婚の事で悩んでいるみたいだからな。だから、友達になろうって言ってるんだ。きっと、俺達の悩みなんて他人には理解されねえよ。立場は違うが、それでも、愚痴を言い合うにはお互い、いい相手だろ?」
「……別に俺は愚痴なんてない」
強がってみせたが、男はしつこく俺のメールアドレスを尋ねてきた。
あまりにもしつこかったのと、目の前にいる問題児の連絡先を知る事は風紀委員として役に立つのでは、という考えがあり、俺は諦めてメールを交換した。
「改めてよろしくな、正道」
「……お前の名前、聞いてないぞ」
「そうだっけ? 悪い悪い。俺の名前は武蔵野猛だ」
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