風紀委員 藤堂正道 -最愛の選択-

Keitetsu003

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二章

二話 ガキが生意気言ってるんじゃねえぞ! その三

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「……休憩にするか」

 期末テスト一日目、午前中にテストは終わり、午後は自分の家で期末テストの勉強をしていた。
 二時間ほど勉強した後、のどかわきを感じたので、テスト勉強を切り上げ、台所に向かう。
 上春は友達の家で勉強しているのか、家には帰ってきていない。
 上春信吾とあの女、義信さんは出かけていて、家にはいない。
 楓さんは晩ご飯の買い物に出かけている。
 誰もいない静かな家の中を歩いていると……。
 
 ポン!
 
「?」

 聞きなれない音に、俺は足を止めた。
 何か壁を叩くような音が一定のリズムで庭の方から聞こえてくる。俺はその音に引き寄せられるように、庭へと向かった。
 音の正体は……。

「強?」

 奇妙な音の正体は、強が壁に向かってボールをぶつけている音だった。一人でキャッチボールといったところか。
 友達はいないのか? 寂しいとは思わないのか?
 まあ、友達がいないのは、俺も同じなので人の事は言えないし、俺の考えを押し付けるのも迷惑だろう。

 強は感情を表に出さない。ずっと無表情で喜びも悲しみもみせない。それがなぜかもどかしく思ってしまう。
 俺が強の年の頃は、もっと喜怒哀楽がはっきりとしていた。
 親に甘えていたし、親友の健司とバカばかりやっていた。だが、強にはそれがない。

 強の背中を見ていると、どうしてか、辛い気持ちになる。まるで、昔の俺を見ているような気分になってしまう。
 いじめで友達を失い、少年A事件で居場所を失い、誰とも遊ぶことができなかった、そんな自分の姿が強とかぶってしまう。

 分かっている。それはただの感傷だ。思い込みだ。なのに……。
 俺はふと、最近知り合った武蔵野の言葉を思い出した。



「……てことがあったわけよ。どう思うよ?」
「……」

 俺はうんざりしながら、武蔵野の愚痴を電話越しに聞いていた。
 アドレスを交換して以来、武蔵野は俺に何度か電話してきた。
 内容はくだらない事ばかりで、やれ、黒井の態度が冷たい、やれ、黒井は心を開いてくれないといった内容ばかりだ。
 それと、黒井の好きな食べ物の話や癖といった、どうでもいい事を嬉しそうに俺に報告してきやがる。それを聞いて、俺にどうしろというのか。
 俺ばかり愚痴を聞かされるのは納得いかなかったので、俺はつい、強の事を武蔵野に話してしまった。
 武蔵野は……。

「それってただのコミュニケーション不足でしょー。趣味や好きな食べ物とか、ゲームとかアニメの話しをすればいいんだって」

 そんなわけないだろうがと、ついツッコミをいれてしまった。
 コミュニケーションがとれないのに、どうやって強の趣味や好きな食べ物の話をしろと言うんだ、コイツは。
 そのことを話してみると。

「正道。お前、強君と話す気ないだろ? だから、話せないんだよ。難しく考えるなって。頭を空っぽにして適当に話してみろよ。案ずるより産むが易しって言葉、知らないのか?」



 その時は、反論できなかった。
 話す気がないか……確かにそうだ。俺は強と話したいと思ってもいない。親の再婚に反対しているので、強と仲良くなる必要性を感じないからだ。
 だが、同じルームメイトであることを考えると、少しくらい話をしてもいいのかもしれない。今が強と話をするチャンスではないか?
 俺は自分の中で無理やり理由を作り、強と話す決心をする。

 やることが決まれば、ぐずぐずしていられない。俺は自分の部屋に戻り、いつも使用しているグローブを取り出す。
 勉強の合間の軽い運動にはなるだろう。庭に戻ると、強は一人でボールを投げ続けていた。
 俺は頭の中で、第一声を思い浮かべる。そして、一息ついた後、強に声をかけた。

「強、キャッチボールしないか?」
「……」

 返事がない。
 やべえ……言葉のチョイスを間違えたか? それとも、俺とはキャッチボールなんてしたくなかったか?
 は、恥ずかしくなってきた。だよな……家族のことを毛嫌いしている俺なんかと一緒に遊びたくないよな……。
 けど、ここで引いたらなんか負けた気分になるので、俺はもう一度勇気を振り絞り、強に話しかける。

「……はい」

 よし! 俺は心の中でガッツポーズをとる。
 俺は嫌われていなかった。無理矢理誘ったわけではない。そう思いたい。

 俺と強は適度な距離をとる。強からボールが放たれる。
 俺はなんなくボールをとる。俺もボールを投げ、強がキャッチする。それの繰り返し。
 言葉一つ交わさず、ただボールを投げあう。

 ちょっと待て。
 こ、これが楽しいのか?
 俺から誘っておいてなんだが、強は楽しんでくれているのだろうか? 不安で仕方ない。
 やはり、強の表情は無表情のままだ。
 その表情が、

「つまらねえんだよ! 声かけてるんじゃねえよ!」

 そう言われているような気がして、いたたまれなくなってしまう。
 俺はつい、ボールを強く投げてしまった。

 不味い!
 ボールは……強のグローブに収まっていた。
 あれをとったのか……。
 俺は驚きとともに、ある種の納得がいった。
 強が投げたボールは全て俺がグローブをかまえたところにとんできた。きっと、慣れているのだろう。

 強がどれだけ野球が得意なのか、試したくなってきた。
 俺は腰を落とし、足幅は肩幅よりやや広く構える。グローブは体の中心よりやや右側で止める。

「思いっきり投げてこい」

 強は少し目を見開き、俺を見据えている。
 これは俺の勘だが、強はピッチャー志望だと思う。ボールのコントロールと投げ方、雰囲気がなんとなくだがピッチャーって感じがする。

 学校の授業や商店街の野球チームで、俺はよくキャッチャーをするが、その関係でピッチャーという人種をよく目にしてきた。だから、そんな気がしたのだ。
 俺の勘は当たっていたようで、強はゆっくりと腕を振りかぶる。
 左足を上げ、タメをつくり、スナップを効かせ、腰の回転、軸足の重心を左足に乗せ、投げてきた。

 パン!

 心地いい音と衝撃がグローブ越しに伝わってきた。
 俺の構えたところに一寸の狂いもなく、ボールが飛び込んできた。球速は百前後といったところか。
 小学五年生でこの球速とコントロール。コイツ、化けるかもしれないな。
 口元が緩むのを感じながら、俺はボールを強に投げ返す。

 俺の余裕の態度が気に入らないのか、強が少し怒っているように思えた。もちろん、表情は無表情のままだが、そう思えるのだ。
 強はゆっくりと腕を振りかぶり……投げてきた。
 球速は先ほどよりも遅い。俺の気のせいか? 何か仕掛けてきたような……っ!
 俺は慌ててボールが曲がった先にグローブを向ける。

 パン!

 な、なんとかキャッチしたぞ。
 コイツ……カーブを投げてきやがった。少年軟式野球は変化球を禁止していなかったか? その思い込みがあり、反応が遅れてしまった。
 内心、冷や冷やしていた。たかがキャッチボールのはずが、本気をだす羽目になるとは。

 このままだと、キャッチしきれなくなる。
 別にキャッチできなくても問題ないはずなのだが、出来なかったら出来なかったで、なんとなく嫌な気分だ。

 別に強を馬鹿にしているわけではないが、小学生のボールを、高校生の俺がキャッチできないのは少し抵抗がある。これは手を打つ必要があるな。
 俺はグローブを右下に構える。

「強。俺の構えたところに投げることができるか?」
「……」

 強は俺の課題に無言に頷き、カーブを投げてきた。

「おっと。おしいな、もう少し左だ」
「……」

 強が投げたボールは、俺が構えた少し右に届いた。俺は強にボールを投げ返す。
 強はボールを何度も握り返し、ボールの感覚を確かめている。強の姿を見て、俺はにやっと笑ってしまう。これなら、ボールを取りこぼす心配はない。

 投げるコースを課題として決めてしまえば、ボールをコントロールすることができる。
 後は、強が俺のグローブ目がけて投げてくるので、俺は取りこぼさないようにするだけでいい。
 第二球は少し左に、第三球は俺のグローブに吸い込まれるように届いた。

「ナイスボール」

 おっ、強が笑った気がした。表情は変わらないが、それでも喜んでいる気がしたのだ。
 ただのキャッチボールよりも、何かゲームみたいな要素を入れた方が、強もやりがいがあるだろう。
 俺はいくつか案を考えながら、強とのキャッチボールを続けた。



「……そろそろ終わるか」
「……」

 空が真っ赤に染まり、寒くなってきたので、俺は強にキャッチボールを切り上げようと提案した。
 そろそろ勉強に戻りたかったし、長い間、この寒空の下にいたら強が風邪をひいてしまうかもしれない。
 強は何も反対しないが、寂しいと感じているのかもしれない。そう思えた。
 だから、俺はつい言葉にしてしまった。

「……明日もキャッチボール……するか?」
「……」

 強の目が大きく見開く。俺の言葉が意外だったのか、いつもの無表情が崩れていた。
 強がみせた初めての表情に、俺も戸惑ってしまう。
 お互い黙りこくったまま、時が過ぎていく。

 ど、どうしたらいいんだ?
 自分から言っておいてなんだが、まさか、ここまで驚かれるとは思ってもみなかった。
 どう反応していいのか分からず、戸惑っていると、

「……お願いします」

 今度は、俺が目を丸くする番だった。強にお願いされるなんて初めての事だ。
 強は今まで我儘を言わず、言われるがまま従ってきた。
 よく言えばいい子、悪く言えば自主性がない。
 そんな強がお願いしてくるとは思ってもいなかった。いや、これは強が俺に気を遣ってお願いさせたのか? それなら、悪い事をした。
 強の都合もあるし、下手な気遣いは無用だったのかもしれない。

「なあ、強。もしかして、俺に気を遣ってくれたのか? 嫌なら嫌って言っていいんだぞ」
「……」

 強は何も言わない。
 しまった……強が俺に気遣っているのなら、余計に何も言うわけないだろうが。自分の失態に頭を抱えたくなる。
 打開策は……そ、そうだ! 俺から取り消してしまえばいいんだ。それで強に負担をかけずにすむ。
 そう思っていたのだが、強が何か落ち込んだような顔になり、俺は選択を間違えた事に気づく。

 強はキャッチボールをしたかったのではないか? たとえ、相手が俺だとしても。
 しまった。勇み足だった。どうすればいい?
 情けないが、今言った事を取り消すしかない。

「……とも思ったのだが……もしかして、楽しかったか? もし、強さえよければ、明日もキャッチボールをしないか? 正直、いい運動になった。勉強ばかりでは息が詰まりそうでな、キャッチボールをしてくれる相手がいると、すごく助かる」

 取り繕った言葉は早口になってしまい、最後の方は何か言い訳がましい言葉になってしまう。
 なんで年下の小学五年生に、俺は下手に出ているんだ? 格好悪いだろ?

 強は何も言わない。何を考えているのか、分からない。
 俺は返事のない事を拒否されたと解釈し、強に背を向けた。
 やはり、考えなしではうまくいかないものだ。強とコミュニケーションをとるのは諦めよう。
 この場を離れようとしたとき、ズボンを引っ張られる感触に足が止まる。強が俺のズボンを引っ張ってきたのだ。

「……お願いします」

 お、お願いされたのか……。
 俺は呆然としてしまうが、強が不安げに俺を見つめている。返事をしなければ。

「……ああっ。また明日な」

 強のお願いに、俺は力強くうなずいた。なぜだろう? 嬉しい感情がこみ上げてくるのは。
 自分の気持ちが理解できず、戸惑いながらも、明日はどんな課題を与えようかと考えていた。



「よし! 今度はここだ。いけるか?」
「……」

 強は無言で頷き、強は俺の構えたところに思いっきりボールを投げ込んできた。
 強のコントロールは抜群で、構えたところにボールを投げてくる。カーブも九割の確率でミットにとんでくる。

 俺は次の日も、その次の日も強とキャッチボールを続けていた。
 テストの息抜きを兼ねていたが、強とのキャッチボールは中々楽しい。会話らしきものなんて一つもない。俺だけが一方的に強に言葉をかけているだけだ。

 それでも、強の感情が少しずつ理解できるようになった。それに強が野球が好きだとハッキリと理解できた。
 野球に特化した筋肉の付き方、ボールのコントロール、使い古したグローブ……それらの事実が、強がどれだけ野球に打ち込んでいたかを教えてくれる。
 それは嬉しい事なのだが……。

「ナイスボール、強!」
「正道。アンタ、偉そうに指示してんじゃないわよ!」
「……寒いわ」

 こ、こいつらは……。
 いつの間にか、上春と女と朝乃宮が俺達のキャッチボールを観戦していた。お互い、お菓子や飲み物を片手に縁側で好き放題いいやがって……。
 おい、朝乃宮。寒いのなら、家の中に入ってろ。

 一番ムカつくのが、二人がニコニコと俺達のキャッチボールを見守っていることだ。
 生暖かい視線を向けられ、気恥ずかしい気分になる。やることがないのか、コイツらは……。
 暖かい陽だまりの中、誰かに見守られながら強と交流を深める。
 この流れで俺達は家族になっていくのだろうか?
 俺はふと、そんなことを考えてしまった。


 
「よう、正道君。ちょっといい?」
「……何か用ですか、信吾さん」

 風呂から出て、台所で精飲料水を飲んでいたら、上春信吾に声をかけられた。何事かと思っていたら、上春信吾は俺に頭を下げてきた。

「ありがとう、正道君。強の為にキャッチボールしてくれて」
「……別に礼を言われることじゃない。俺がなんとなくキャッチボールをしたかっただけだ。強が俺に付き合ってもらっている。それだけのことだ」

 そう、それだけのこと。別に強の為にやっているわけではない。自分の為にやっていることだ。

「それでも、お礼を言いたいんだ。強にとって、野球は特別なものだから」
「特別?」
「とにかく、ありがとう」

 言いたいことだけを言って、去っていった上春信吾に、俺はつい顔をしかめてしまう。
 強にとって野球は特別だと? 意味深なこといいやがって。気になるだろうが。
 俺は強に深入りするつもりはない。強は俺にとって、上春信吾が新しい住居を見つけるまでのルームメイトでしかない。それ以上でも以下でもない。
 そう思っていても、深く関わってしまう気がして、少し気分が憂鬱になった。



「兄さん、ありがとうございます」
「……何がだ?」

 自分の部屋に戻る途中、上春に礼を言われた。その時点で嫌な予感しかしなかったが、勘違いもあると思い、一応尋ねてみた。
 案の定、お礼の内容は強の事だった。

「強とキャッチボールしてくれたことです。私、安心したんです。口ではなんだかんだと言っておきながら、しっかり家族してくれているって……」
「勘違いだ」
「えっ?」
「だから、勘違いだ。別に俺は強の為でも、家族の為でもない。俺自身の為だ」

 ここははっきりとさせておきたかった。強とキャッチボールしているのは、俺の我儘。それだけだ。
 俺の態度がお気に召さないのか、上春が抗議してきた。

「もう! 本当に兄さんは空気が読めない人ですね。ほのかさんの苦労が身に染みて分かっちゃいましたよ!」
「……知るか、そんなこと」

 いちいち伊藤の名前を使ってくるのは、俺への意趣返いしゅがえしなのか、上春よ。いい性格してやがる。
 頬を膨らませている上春を置き去りにして、俺は自分の部屋に戻った。



「正道。いいとこ、あるじゃない」
「……今度はお前か」
「親をお前よばりしてんじゃないわよ」

 つくづく思う。一人ずつじゃなくて、まとめて言いに来い。説明が面倒だろうが。
 上春と別れてから、俺は自分の部屋で勉強していたが、喉が渇いたので休憩がてら、リビングでカフェオレを飲んでいた。そこでまた、声をかけられたわけだ。
 女はリビングの窓を開け、縁側で煙草を吸っていた。冷たい空気と共に煙草の煙たい匂いが鼻につく。

「……どうかした?」
「いや、煙草、吸ってたんだなって思って」

 意外だった。この女が煙草を吸っているところを、俺は一度も見たことがない。離婚してから吸いだしたのか?
 女は煙草の香りを味わうように、ゆっくりと少しずつ吸っている。煙草の煙はゆらゆらと空へと上っていく。

「……そうね。正道が産まれるまでは煙草、吸ってたわよ。子供の健康に悪いと思って禁煙してたの」
「……そりゃ悪かったな」
「悪くないわよ。母親として、当然でしょ? 子供の健康に気遣うのは」
「そう思うなら……」

 離婚するなよ……そう言いかけたが、やめた。子供に気遣えるなら、我慢できるなら、やり直せないのかと言いたかった。
 だが、これは俺の願いだ。それを押し付けるのは気が引ける。
 俺が途中で黙ってしまったので、妙な沈黙がうまれてしまった。煙草の煙だけがゆらゆらと寒空へと舞い上がる。
 女は微笑しながら、俺に話しかけてきた。

「けど、離婚して誰もいなくなったから、煙草が吸えるようになったし、好きな時にお酒を飲めるようになったわ。我慢してきたものから解放されたから、離婚もまあ、悪くないと思った。でも、またすぐに我慢することになりそうだけど」

 女の言い分に、少し苛立ちを覚えた。
 なんなんだ、その言い方は。それでは、俺達との暮らしは我慢して仕方なく過ごしていたというのか?
 やりきれない想いと怒りが俺の胸の中に渦巻いていく。その気持ちを、俺は歯を食いしばることで抑えた。

「そんなことはどうでもいいの。それより、強君の事」
「強?」
「私じゃあね、強君の相手になれないのよ。一回、キャッチボールをしてみたけど、彼の投げるボール、早くてさ、取れなかったの。そしたら、強君、申し訳なさそうな顔してね、それ以降、ゆっくりとしたボールしか投げなくなったわ。私では役不足だって思ったから、二度とキャッチボールはしてない。でも、正道は違ったようね。ちゃんと、強君のボールを受け止めてあげられる。少し羨ましいと思ったわ。流石、男の子ね。私の知らないところで、私がいなくても、成長するものね、子供は」

 な、なんだ、いきなり。生暖かい目で俺を見やがって。調子狂うだろうが。
 言いようのない感情に、俺はうつむきながら頬を緩むのを我慢した。

「……役不足の使い方、間違ってるぞ。母親になるのなら、間違った日本語は使うな。子供が勘違いしたらどうする? 子供に恥をかかせる気か?」
「可愛くないガキだわ、アンタは。どうして、こうなったのか」
「あんたの息子だからな」

 俺はつい、女の息子であることを口走ってしまった。もう、目の前の女を親だとは認めないはずだったのに……。
 今日はどうかしている。きっと、慣れないことをしたせいだ。
 女は何か言いたげな、嬉しそうな顔をしていたが、俺は無視して部屋に戻ることにした。
 やはり、慣れないことはするべきではない。不覚だ。耳たぶが熱くなるのを感じながら、早足で部屋へ向かった。



「よかったじゃねえか、話せるようになったんだろ?」
「……」

 テストが終わった日、俺は武蔵野に呼び出され、喫茶店でお互いの家族について話していた。話すと言っても、武蔵野が一方的に話してくるのだが。

 武蔵野が強と話ができるようになったのかと尋ねてきたので、キャッチボールの件を話したら、大喜びされた。
 別に武蔵野が強と話せるようになったわけではないのに、自分の事のように喜んでくれている。

 不思議な奴だ、武蔵野は。
 油断ならない相手だと思えば、親身になって相談に乗ってくれる。
 人懐っこい笑みと自分を隠そうとしないオープンな性格で相手に気を許してしまうふるまいはすごいと思う。
 武蔵野と話していると気が抜けないな。

「ただキャッチボールしているだけだ。俺が一方的に話している」
「それでいいんだよ。無口な奴は話しかけられた方が楽なんだって。あーあ、俺も麗子から話しかけられてほしい」
「……全く話しかけられないのか?」
「全く。だけどな、難関な女ほど、攻略しがいがあるってもんだ。そう思うだろ?」

 コイツ、妹相手に何言ってやがるんだ? まさか、口説くつもりか? 節操がなさすぎだろ? 押水か、お前は。
 俺の不審な目に、武蔵野は苦笑している。

「おかしいか? 血のつながらない妹なんて萌えるだろ?」
「アホか。そんな目で黒井を見ているから、警戒されるんだろうが」
「……正道、お前、つまらねえ奴だな。女に興味がないのか? それとも、ホモか?」

 からかってくる武蔵野に、俺は少しの苛立ちを覚えながらも、ハッキリと告げる。

「……俺は正論を言ったつもりだ。それに、俺が女に興味があろうがホモだろうが、武蔵野には関係ないだろ? 人の事より、再婚がうまくいくことを考えてろ」
「いやいや、ホモってことくらいは拒否しろよ。でないと、俺、尻の心配しないとヤバくなっちゃうだろ?」
「アホか」

 俺は一言で武蔵野の言葉を切り捨てる。
 それにしても、どうしてだろうな。ホモであることを強く否定する気になれなかったのは。
 もちろん、俺はホモではない。ただ、ホモを強く否定することは獅子王先輩達を否定するような気がして、言えなかった。

 俺には同性愛が最後まで理解できなかったが、彼らをバカにしたりすることはできそうにない。獅子王先輩達のことを知りすぎたからだ。
 そんな風に考えていたら、武蔵野が声を潜め、とんでもないことを口走った。

「仮になんだけどよ……もし、再婚がうまくいって、新しく妹か弟ができたらどうするよ? 気まずくねえ?」
「……気まずいな」

 嫌な想像させるな。気持ち悪いだろうが。
 もう、俺達は子供じゃない。いや、まだまだガキだが、それでも、子供がどうやってできるかは知っている。
 確かに俺と血のつながった弟、もしくは妹ができるのは、この年だと微妙だな。
 そんな日がこないことを祈りつつ、俺達はお茶することにした。
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