風紀委員 藤堂正道 -最愛の選択-

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藤堂正道の奮起 一章

一話 よう、正道。あけましておめでとう その五

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「なぜここにいる、武蔵野」

 俺の窮地を助けに来てくれたのは、武蔵野だった。
 武蔵野は風紀委員である黒井の義理の兄で、最近知り合った男だ。
 整った顔立ちに場を和ませるような柔らかい笑みを浮かべているが、かなりの実力者で、底がしれない男だ。
 線が細く見えても、一瞬にして相手に詰め寄るダッシュ力と、あの鋭くて目にも止まらぬ蹴りはかなり体を鍛えていると推測できる。

「咲ちゃんに感謝しろよ。麗子に助けを求めてきたから俺が助太刀に来てやたってワケだ。にしても、かなり苦戦しているみたいだな。不良狩りの名が泣くぞ」
「やかましい」

 やれやれ……正月から不良に襲われ、とんだ年明けだったが、良い事も少しはあったみたいだな。
 先ほどまでの疲れは消え去り、闘志がわいてくる。コイツとなら、後二十人相手だろうが負ける気がしない。
 それに……。

「俺達を無視してるんじゃねえぞ!」

 モデルガンを持った男が俺達に向けて発砲しようとしたとき。

「痛ってぇええええええ! 痛ってよぉ!」

 モデルガンを持っていた手に小さな何かが突き刺さり、男は地面にモデルガンを落とした。
 その隙を見逃すことなく、武蔵野はモデルガンを持った男の顔面に拳をめりこませる。
 男は後ろに転がりこみ、そのまま大の字になって倒れた。

「はあ……藤堂先輩。年明けくらい自重しようとは考えないのかしら? 巻き込まれる身にもなってほしいですの」
「苦情はあそこにいるバカ共にいってくれ、黒井」

 援軍は一人ではない。もう一人強力な助っ人が現れてくれた。

 黒井麗子。
 一昔、青島の三大勢力の一つ、元『Blue ruler』のメンバーだ。
 黒髪の下方ツインテールに御堂先輩と同じくツリ目。落ち着いた立ち振る舞いから年齢より大人びた雰囲気を持つ一年の風紀委員。
 喧嘩の強さは御堂には劣るが、それでも、期待できる戦力だ。
 これで負ける要素はなくなったな。

「ちょ! なに、この胸熱な展開! ヤババババなんですけど」
「おい、お前。バは後百は追加しておけ。俺や麗子は正道のようにあまくないぜ」
「私がこの中で一番慈悲深いと思うのですけど」

 いや、違う。ありえない。
 黒井はこの中で一番Sで冷酷だ。
 もちろん、口にはしないが心の中でツッコミを入れた。
 黒井は暗器、体に隠し持つ事が出来る小さな武器の使い手だ。先ほどモデルガンの男の手に突き刺さったのはハードピックだ。

 もちろん、ただのハードピックが手に突き刺さるほどの威力はない。黒井が改良し、磨き上げた凶器なのだ。
 その他にも様々な暗器を持ち歩いている。黒井の暗器で何度死にかけたことか。

「おい、お前達。もうやめとけ。お前らが勝てる要素は皆無だ。だから、一度だけ逃げるチャンスをくれてやる。さっさと消えろ」

 俺は睨みを利かせ、野郎共を黙らせる。
 これで去ってくれたら、余計な被害を出さずに済むのだが。

「ここまできて引けるかよ! ぶっころすぞ、藤堂!」
「てめえに勝てればナンバー入り出来るんだ! 絶対に倒す!」
「……そっか。ならば仕方ない。年始を病院で過ごしたいバカはかかってこい!」

 俺の言葉が合図になり、また喧嘩が始まった。

「おせえ!」

 武蔵野がその百八十代の体格からは想像もつかない俊敏な動きで相手を翻弄ほんろうしていく。あごやみぞおちといった急所を的確につき、倒していく。

「だらぁ!」

 俺は力任せの大ぶりの攻撃で相手をたたきのめす。フック、回し蹴りといった円を描く攻撃で、一撃で相手を黙らせる。
 今までは相手に囲まれないよう、攻撃をコンパクトにしていた。一度敵に捕まれば、なすすべもなく、攻撃を受けてしまう。
 だが、今は違う。敵に囲まれても、武蔵野が、黒井が助けてくれる。ならば。暴れてやるだけだ。
 武蔵野のスピード、俺のパワー、そして……。

「よそ見をしていると怪我致しますの」
「ぎゃああ!」
「い、痛ってえええ!」

 黒井のピック投げが相手の手や顔、足に当たり、動きが止まる。
 止めたら最後、俺の拳が、武蔵野の蹴りが襲いかかり、ノックアウトされる。
 二十人近くいた野郎共も、残り一人になった。

「ぱねえ……マジやばばばばばばばばばばばばばばばばなんですけど」
「人に喧嘩を売っておいて、逃げるチャンスもふいにしたんだ。覚悟、出来てるよな」

 俺とこの集団のリーダーであるちゃらい男は真正面から睨みあう。
 先に動いたのはリーダーの男だ。

「きぇえええええ!」

 リーダーの男は飛び上がり、真っ直ぐ俺の顔面に向かって蹴りを入れる。
 俺はモロに顔面に受ける。

「正道!」

 武蔵野の声が聞こえてくる。
 リーダーの男は着地後、俺のみぞおちに肘鉄をぶつけてきた。体中に電気が流れたようなしびれが襲いかかる。
 俺は痛みに耐え、リーダーの男の肩を掴む。

「ちょっ! あれをくらって動けるのってありえないんですけど!」
「たいしたことないな、お前の攻撃は」

 そう、御堂のパンチに比べれば……朝乃宮の木刀の突きに比べれば……潤平の張り手に比べれば……全然たいしたことはない。
 俺はリーダーの男の肩を掴んだまま、リーダーの男の体をその場で半周させ、背中を向けさせる。
 俺はリーダーの後ろから両腕を腰に回し、

「終わりだ」

 そのまま相手を後方へと反り投げた。
 ジャーマンスープレックスが炸裂し、アスファルトに叩きつけられたリーダーの男は一瞬にして意識を失っていた。

「ふう……」

 俺は地面に視線を向けると、地面にはうめき声をあげる野郎共が横たわり、道にあふれていた。
 まさか、年の初めから大掃除するハメことになるとは……厄年か、今年は。

「正道、お疲れ!」

 武蔵野が手を上げる。
 俺はその手に向かって、ハイタッチを決めた。
 全く、本当に疲れたぞ。俺は武蔵野と黒井に頭を下げた。

「ありがとな、武蔵野、黒井。助かったよ」
「水臭いぜ、正道。やっぱり、お前をいると退屈しないな」
「お礼なら……」

 黒井はくいっと後ろに指を指す。
 黒井が指を指した方向には……。

「兄さん! 無事ですか!」

 パタパタと上春が泣きそうな顔で走り寄ってきた。
 ったく、そんな顔をするなよ、上春。
 俺は心配するなと言おうとしたとき、息が止まるかと思った。倒れていた不良の一人が起き上がり、上春を捕まえようとしたからだ。
 俺は反射的に地面に落ちていた木刀を拾い……。

「上春に手ぇ出してるんじゃねぇええええええええええ!」

 俺の怒鳴り声に、上春も不良も足を止める。投げつけた木刀が不良の顔のすぐそばを通り抜ける。
 俺は慎重に、相手を睨みつけながらいつでも上春に駆けつけることが出来るように歩き出す。
 不良は俺に睨まれ、後ろへと下がっていく。
 そのまま、上春から離れろ……。
 俺は不良との距離を詰め、目の前に立つ。

「お前、何をしようとした?」
「あっ……あっ……」

 俺は不良の肩を掴む。逃げ出さないように。誰を怒らせたのか分からせるために。

「お前も青島で不良を名乗るなら、堅気に手を出すような野暮な真似……してるんじゃねえぞ!」
「ぐえぇえええええええええええ!」

 俺は右拳を不良の土手っ腹にたたき込んだ。不良はくの字に倒れ、地面に胃の中のものを吐いた。

「これからは喧嘩を売る相手を考えるんだな」

 人に暴力を振るおうとしたんだ。当然の報いだろ? 暴力の痛みを思い知れ。
 それより、上春はどこだ?
 俺は周りを見渡し、すぐに上春を見つけることが出来た。
 だが……。

「……」

 上春が青ざめた顔で俺を見つめている。
 俺のことを心配してくれた表情とは打って変わって、怯えた目をしている。
 家族の愛情などない、恐怖に引きつった顔……。

 ショックだった。
 俺が上春の笑顔を曇らせたのか? そんな顔にさせているのか? そっか……そうだよな。
 俺は緊張しきった上春から距離をとり、ゆっくりと声を掛ける。

「上春、怪我はないか?」
「は、はい……兄さんも……怪我はありませんか?」

 上春の表情が少しだけ柔らかくなり、俺のことを心配してくれる。
 まだ、俺のことを気遣ってくれるのか? あんな姿を見せておいて。
 涙が出るほど嬉しかったが、俺は上春に伝えなければならない。
 上春を大事に思うからこそ、俺は心を鬼にして上春にはっきりと告げる。

「問題ない。上春、助けを呼んでくれたことは感謝している。だが、これ以上、俺に関わるな。二度とこっち側に来るな。お前は俺達のような暴力を振るう側の人間じゃない」
「えっ?」
「これからは不良に絡まれたら自分の身を守ることだけ考えろ。危ないと思ったらすぐに逃げろ。俺のことは放っておけ。いいな?」

 容赦なく睨みつけ、上春を黙らせた。抗議など一切認める気はないと威圧して黙らせた。
 上春は傷ついた顔をしていたが、俺は背を向け、歩き出す。

「お、おい、正道。そりゃねえだろ? 可愛い妹を心配なのは分かるけどよ」
「口を出すな、武蔵野。これは俺と上春の問題だ。俺は朝乃宮と上春陽菜に誓ったんだ。上春を危険な目に遭わせないってな。もし、上春に何かあったらどうする? 取り返しのつかない事態になる前に突き放すのがお互いの為だ」

 だから、突き放す。
 上春とは仲良くならない。仲良くなれば、きっと巻き込んでしまう。上春がキズついてしまう。それはダメだ。
 俺は不良達が行っているカツアゲや憂さ晴らしに誰彼かまわず暴力を振るう理不尽さに納得がいかなくて、風紀委員委に所属し、戦ってきた。

 平気で人をいじめるクソ野郎達が許さなくて行動してきた。
 それなのに、俺のせいで上春が不良に睨まれたり、同棲していることで変な噂がたち、いじめられたら本末転倒だ。

 伊藤の時にさんざん懲りただろうが。伊藤が強姦されそうになったとき、俺は誓ったはずだ。
 絶対に巻き込まないと。こちら側には踏み込ませないと。
 上春も伊藤も、喧嘩とは無縁の世界にいる。
 俺は不良狩りと呼ばれるくらいに喧嘩に明け暮れてきた。
 暴力を止めるために暴力を振るってきた。
 暴力はどんな理由があったとしても犯罪行為だ。法律でそう決められている。

 犯罪者の俺が真面目に生きている伊藤や上春のような堅気と仲良くするなんて虫のいい話ではないか。
 いや、厚かましいにも程がある。
 俺と上春が仲良くするには、罪を償い、足を洗って出直すしかない。
 風紀委員を辞め、喧嘩をせず、ただの高校生として生きる生活。
 そんな生き方、俺には……。

 ゼッタイニムリダ。ソンナコトノゾムワケガナイ。

 俺は苛められてきた。理不尽な暴力を何度も味わい、人としての尊厳を踏みにじられ、大切な親友を失った。
 なぜ、苛められなければならないのか? 誰も助けてくれないのか?
 それは俺が弱いからだ。それ故、苛められるのだ。

 だから、俺は強くなった。そして、苛めを憎悪し、黙認するだけの傍観者を軽蔑した。
 苛めを止めたり、不良に立ち向かう理由は正義の為じゃない。崇高な考えがあるわけじゃない。
 ただの復讐だ。終わりのない、死ぬまで復讐し続ける愚か者だ。

 俺はとんでもない勘違いをしていた事にようやく気づけた。
 両親に捨てられ、親しくなった人に見捨てられるのが怖くて、人を愛する事から逃げていたと思っていた。それ故に孤独だと思っていた。
 そんなわけがない。

 俺はただの犯罪者だ。
 暴力で自分の望む世界を作り、それを否定する者を悪と決めつけ、鉄拳制裁する、独裁的な愚か者。
 そんな愚者に誰が寄り添いたいと思うのか? 俺が孤独なのはただの因果応報だ。当たり前のことだったのだ。

 不良達に襲われ、ようやく目が覚めた。いい教訓になった。
 何を血迷っていたんだろう、俺は。上春と仲良くなる? ありえないだろうが。
 俺の隣には誰もいない。上春がトボトボと俺の後ろを歩いている。何か言いたそうな雰囲気を感じるが、俺は無視することにした。

 忘れるな。
 自分の受けた屈辱を。
 心に感じた怒りを。
 自分が犯してきた罪を。

 そう自分をいましめ、俺は決心する。信吾さんの計画、集合体 アグリゲーション から離脱することを。
 俺に家族なんて必要ない。愛される資格もない。

 忘れるな……忘れるな……。

 俺達は家に着いたが、家を出たときとは打って変わって、笑顔なんてものはなく、憂いしかない。
 極力、上春家と関わるのは止めよう。
 信吾さんとも、上春とも、強とも……。

 家に入ったとき、玄関に一人の少女が仁王立ちしていた。
 俺は眉をひそめるなか、少女は俺に向かって上から目線で言葉を投げつけてきた。

「相変わらず自分だけが不幸って顔してるわね」

 誰だ。このガキ。
 人様の家に勝手に上がりやがって……鍵はかけたよな?
 俺は生意気な少女を睨みつけるが、ソイツは不敵に笑みを浮かべていた。

「おかえり、正道。私を待たせるなんていい度胸をしているじゃない」

 何様なんだ、お前は……。
 いや、待て……待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て。
 こ、この声は……この少女は……。

「に、兄さん?」

 玄関で棒立ちしている俺に、上春は遠慮がちに尋ねてくる。
 俺の背中に冷や汗が流れる。
 吐き気がする。気分が悪くなる。去年の悪夢がフラッシュバックする。
 そうだ……正月は……この悪魔が……やってくるんだった。

「兄さん?」
「わ……」
「わ?」
「忘れてたぁあああああああああああああああ!」

 俺は腹の底から叫んでいた。
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