風紀委員 藤堂正道 -最愛の選択-

Keitetsu003

文字の大きさ
439 / 544
二章

二話 男と男の約束だ その四

しおりを挟む
 俺の部屋には強はいなかった。上春の部屋をノックしたが、返事がない。

「正道!」

 玄関から女の声がした。俺はすぐに玄関に向かう。

「靴がないわ。外に出た可能性が高いわね」
「……だな。上着をとってくる」

 先ほど俺の部屋に行ったとき、強の上着はハンガーに掛かったままだった。感情のまま飛び出してしまったのだろう。
 俺は自分の上着と強の上着を握りしめ、部屋を出る。
 玄関には女と信吾さんが待ってくれていた。

「よし、行こう」

 問題はどこを探しに行けばいいのかだ。
 そう遠くには行ってないと思うが、夜の青島は治安があまりよくないし、一月の寒さは油断ならない。
 風邪でも引かれたら大変だ。
 俺達は玄関を出たところで……。

「ワンワン!」

 シュナイダーの鳴き声に、俺は足を止めた。そのせいで後ろにいた信吾さんとぶつかった。

「痛ぁ! どうして、止まるの!」
「……」
「ちょっと、正道!」

 俺は庭にいるシュナイダーのいる方へ向かう。シュナイダーはずっと吠えている。まるで、俺を呼んでいるかのように。
 俺は家の角を曲がろうとして、足を止める。
 シュナイダーのいる縁側に強と上春が座っていたのだ。

 ナイスだ、上春。
 きっと、上春が強を呼び止めて、ここへ誘導したのだろう。ここなら、危険はないし、寒くなれば家にすぐに戻れる。
 強達を見つけることが出来たのはいいが、何と言って説得すればいいのか?
 悩むな、話しをするんだ。
 俺は覚悟を決め、角から姿を見せようとしたとき。

「待ちなさい、正道」
「……なんだ?」
「アンタ、まさか出たとこ勝負する気? 少しは考えなさい」

 女に手首を掴まれ、俺はそこで立ち止まる。
 少しは考えろだ? そんなこと言われるまでもない。
 俺は強が殴られたあのときから、いや、もっと前からずっと考えていた。
 強や上春を不良から護るにはどうしたらいいのか? 考えて考え抜いた。

 それでも、うまくいかなかった。
 見回りを何度もした。なるべく、不良達を刺激しないよう、気をつけた。
 強に何度もお願いした。義信さんに相談し、気に掛けてもらっていた。
 けど、ダメだった。

 だったら、もうお互い腹を割って話すしかないだろ。俺は必ず、強を説得してみせる。
 今日が無理でも、明日。明日が無理でも明後日……何度でも何度でも話してみせる。

「はぁ……無理よ。アンタには」
「なんだと?」

 俺は女をにらみつけるが、逆に女が俺を睨んできた。

「一方的に従わせようとするなんて、反抗されるに決まっているでしょ? 正道、小学一年の夏休みのこと、覚えてる? あれで交渉してみなさい」
「小学一年の夏休みだと?」

 小学一年の夏休みといえば……ああっ、あったな……あのときのことか?
 あれは八月の下旬の出来事だ。
 俺は夏風邪を引いてしまった。だが、その日はラジオ体操最終日で皆勤賞がかかっていた。
 皆勤賞だと特別なプレゼントが貰える。一日休めば貰えなくなるのだ。
 せっかく、健司と一緒に頑張ってラジオ体操を毎日参加していたのに、最終日だけいけないなんて納得出来なかった。
 だから、俺は風邪を引こうが、ラジオ体操に行こうとした。それを女に止められた。

 保護者からしてみれば、たかがラジオ体操で風邪を悪化させるなんて馬鹿らしいだろう。だが、俺にとってはなによりも大事な事だった。
 俺一人だけならまだ、諦めがついたかもしれないが、健司と一緒に約束したのだ。二人で皆勤賞を目指すって。
 約束を違えることだけはしたくなかった。

 喧嘩する俺と女を見て、健司はある提案をしてきた。そのときのことを女は言っているワケか。
 なるほどな。あれなら、いけるかもしれない。
 ただ、その考えは互いの信頼があってのものだ。
 俺達はただ、譲れないものがあって、そのために行動している。強だってそうだ。
 だから、この案が強に通じるかどうか分からない。
 それに、俺と強に絆があるのか?
 ある……って言い切れるのか? もし、強は俺のこと……。

「ねえ、正道。アンタ、気づいていた? 強君、一人称を僕から俺にしたの。それに家事を自発的に手伝うようになったのも。理由は分かるわよね?」

 女の言葉に俺は歯を食いしばる。
 そんなこと言われるまでもなく、気づいていた。知らないフリをしていた。
 強は俺なんかを真似ているのだ。憧れてくれているのだ。
 心が震えるほど嬉しかった。強の見本となるべく、立派な男になりたいと願うようになった。
 俺が強の変化を気づかないわけないだろうが。
 強の全てを分かっているつもりはない。けど、もっと強の事を知りたいとは思っている。

「それなら、尚更うまくいくわ。男とって馬鹿真面目な約束って好きなんでしょ?」

 コイツ、男の約束をバカにしやがって……。
 けど、確かにうまくいく可能性はあるな。仕方ない。今度だけ、女の口車に乗ってやるか。

「……サンキューな」

 俺は一言だけつぶやいて、背筋を伸ばし角を曲がった。



「強」
「兄さん……」
「……」

 俺は強に声を掛けたが、強はうつむいたまま、ジッとしている。上春が強の隣に座り、俺を心配げに見つめている。

「くうぅん……」

 シュナイダーは強の足に顔をこすりつけていたが、強は何も反応しないので、俺を不安げに見上げている。
 ありがとな、上春、シュナイダー。強を心配してくれて。

「ほら、咲ちゃん。上着」
「ありがとうございます、澪さん」

 女は上春にそっと自分の上着を肩に掛ける。
 上春はその上着を強に掛けようとしたが。

「ほら、強。風邪引いちゃうから、コレ着ような」

 信吾さんが俺の手に持っていた上着をとって、強の隣に座り、上着を掛けてくれた。
 俺が強に渡しても、今の状態なら受け取ってもらえなかっただろう。

 つくづく思う。家族は歯車なのだと。
 役割があって、かみ合って機能している。一人では絶対に全ての役割を果たすことが出来ない。
 自分が無力だと感じることはきっとおこがましいことなのだろう。
 だったら、俺は俺の出来る事をやろう。
 自分らしく、自分の道を信じて。

「強、俺は謝らないからな。俺は間違った事は言っていない。だが、強の行動も間違ってはいないと俺は思う」

 強はうつむいたまま、俺と視線を合わせようとしない。
 その姿に悲しい気持ちになるが、それでも、話さなきゃいけないんだ。

 人と人とは分かり合えない。

 いくら言葉を重ねても、一緒にいても、笑い合っても、喧嘩しても、お互い信じていても、きっと分かってくれないと俺は思う。
 両親の気持ちも、親友けんじの気持ちも十年以上そばで過ごしても、俺には分からなかった。
 だけど、分かり合えなくても、俺達は他人を知る努力を積み重ねるべきだと思う。
 言葉が、行動が、想いが……いくらでも人には自分の意思を伝える方法があるのだから。

「けどな、強。俺はやはり強が心配なんだ。他のヤツなんてどうでもいいが、強は俺にとって特別なんだ」
「どうして、特別なんだい? 正道君」

 信吾さんが俺に尋ねてきてくれた。そのおかげで、俺は話がしやすくなる。
 強は黙ったままでも、俺の声を聞いてくれているから伝わるんだ。
 俺が強を特別だと思う理由。それは……。

「……特に理由はない」

 強以外のここにいる全員が空気読めよって顔で俺を睨んでくるが、俺の本音は今の言葉通りだ。
 だって……。

「仕方ないだろ。俺は今でも女と信吾さんの再婚を認めていない。そんなヤツが強や上春だけ家族だなんだって都合がよすぎるだろ? 納得いかないだろ?」
「……兄さんは真面目ですよね」
「頑固って言うのよ」

 頑固か……。
 俺は首を横に振る。

「違う。俺は頑固じゃない。信吾さんの言葉に……女の態度に……上春の期待に……強の挙動に……振り回されっぱなしだ。こんなヤツら、家族じゃねえって突っ張ったり、大切にしたい、理解したいって願ったり……厄介ごとに巻き込みたくないから遠ざけたり……全然、考えが、主張がまとまらないんだ。本当に厄介だよな、家族って」

 そうだ。何度も間違える。考えを改め、主張がブレる。
 情けない。格好悪い。

「正道君にとって、僕達は迷惑かな?」

 上春家は迷惑なのか? それとも……。
 信吾さんの問いに俺は……。

「……そんなわけないだろ。同じ釜の飯を食って、挨拶を交わして……トイレや洗面台、チャンネルの取り合いをして……愚痴をこぼして……腹が立って本気で怒って……でも、本気で憎めなくて……それが苦しくて……逃げてしまいたくて……けど、逃げられなくて……いつの間にか、そこにいることが当たり前になって……ありがたみを忘れて……失うのが怖くて……ああっ、何を言いたいんだろうな、俺は」

 いつもそうだ。
 家族のことになると支離滅裂になる。言いたいことが全く言えなる。相手に伝わらない。
 分かっているつもりなのに、全く分かっていない。
 それがどうしようもなく怖くて仕方ない。
 でも、それでも、俺は……。

「はっきり言えるのは、俺は強や上春、信吾さんにはこの家にいる間だけでも、安心していてほしいってことだ。ここがお前らの家なんだって……帰ってくるところなんだって言いたいんだ。俺は一度、帰る場所をなくしたことがある。その辛さは知っているつもりだ。だから、だから……」

 ああっ、本当に何が言いたいんだ、俺は。想いを言葉に出来なくてもどかしい……恥ずかしい。

「ありがとうね、正道君。そう思ってくれていて、嬉しいよ。最初は出て行けって反抗ばかりしてたよね」
「あのときは大変でした。今も大変ですけど、きっと、これが家族って事なんですよね」
「私は全く相手にされないけどね」

 信吾さんと上春がしみじみとした雰囲気で背中を丸めていた。
 すまないな、信吾さん、上春。
 後、女は自業自得だろうが。

「強、俺と一つ約束をしないか? 男と男の約束だ」
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

幼馴染

ざっく
恋愛
私にはすごくよくできた幼馴染がいる。格好良くて優しくて。だけど、彼らはもう一人の幼馴染の女の子に夢中なのだ。私だって、もう彼らの世話をさせられるのはうんざりした。

【R18】幼馴染がイケメン過ぎる

ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。 幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。 幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。 関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

【完結】16わたしも愛人を作ります。

華蓮
恋愛
公爵令嬢のマリカは、皇太子であるアイランに冷たくされていた。側妃を持ち、子供も側妃と持つと、、 惨めで生きているのが疲れたマリカ。 第二王子のカイランがお見舞いに来てくれた、、、、

美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった

ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます! 僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか? 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

処理中です...