風紀委員 藤堂正道 -最愛の選択-

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二章

二話 男と男の約束だ その五

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 俺は唐突に本題に入った。俺みたいな口下手な男がいちいち順序立てて話していてはいつまでたっても本題に入れない。
 なら、さっさと入ればいい。少し強引だがな。

「男の約束? なんだいそれは?」

 信吾さんの問いに、俺は強に向かって言葉を投げかける。

「そのままの意味ですよ、信吾さん。お互い守るべき約束を交わしてそれをずっと守っていく約束です。俺は強に喧嘩をして欲しくはない。けど、一方的にやるなって言われても、反抗したくなるよな? 人にやらせておいて、自分は何もしないんじゃあ、説得力もないし、信頼もへったくれもない。だから、お互い一つの約束をするんだ。お互いを信じて、尊厳を持って約束を果たす。男らしいだろ?」

 今時のやり方ではないのは重々承知だ。けど、俺は強を認めている。信頼している。
 信頼する者同士がする男の約束ほど、確固たるものとなる。
 現に俺は健司と男の約束をして、それを果たした。
 それ故、これに賭けてみることにした。

「ねえ、正道君。喧嘩はそこまでよくないことかな? 確かに暴力はダメだよ。でも、大切なものを護る為に時には力が必要だって事は正道君が分かっていることじゃないか」

 信吾さんの言う通りだ。
 暴力でしか、拳でしか分かり合えないのが青島の不良達だ。言葉なんて何とでも言えるから、行動で示すんだ。
 だけど、強には暴力を振るって欲しくない。なぜなら……。

「強の拳は……戦う場所はそこじゃないだろ? 強が拳を握って喧嘩する場所はグラウンドだ。野球で戦うべきなんだ。そうだろ、強? 夢はプロ野球選手なんだよな? だったら、野球で戦え。その手はボールを握りしめるためにあるんだ。人をキズつける為にあるんじゃないだろ?」
「……どうして、知ってるの?」

 ここではじめて強が顔を上げ、俺を見つめてきた。その瞳は潤んでいて、悲しげな顔をしている。
 どうしてなんだろうな。
 強に悲しい思いをして欲しくないのに、俺が一番泣かせている。本当にままならない人生だ。
 どうしたら、大切な人を傷つけずに生きているのだろう。そんなことは無理だと分かっていても、問い続けてしまう。

「田島先生に聞いたんだ。先生とは地域のイベントでよく顔を合わせるから、知り合いなんだ。強の事で話していたら、教えてくれたんだ。ビックな夢だよな」
「……」

 強はまたうつむいてしまった。今度は俺だけじゃなくて、みんなに顔を背けるようにしている。
 なぜなのか?
 ああっ、そうか、強は……。


 ヤメロ、イイカゲンニシロ、ドウシテソコマデフミコムンダ。
 オタガイキズツケアウトワカッテイテ、オマエハマタ、オナジアヤマチヲクリカエスノカ?


 やかましい! 仕方ないだろうが!
 心臓がバクバクと音を立てている。苦しい……。
 でも、言わなきゃいけないんだよな。前に進むためには……。
 強に嫌われるのは嫌だ。でも、言わなければ、強はきっと苦しむことになるから、言うんだ。
 今度は俺が、信吾さんの役割を果たすんだ。

「強……お前、野球選手になりたいのは野球が好きだからか? もちろん、好きだけど、それが理由じゃないよな? だって、強が本格的に野球選手になりたいって言い出したのは……」

 ヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロ!

「両親がいなくなってからなんだよな?」

 強は両手の拳を握り、意地でも顔を上げようとしなかった。
 強の中では、それは裏切りだと思っているのかもしれない。上春達は強を家族だと受け入れているのに、強のやっていることは上春達に対しての裏切りだ。
 そんなこと、死んでも認めてくないのだろう。俺だってそうだった。

 悲しい夢だ。
 俺はあれから、強の夢のことが気になって調べた。
 強は少年野球に所属していたが、あまりやる気がなかったとのこと。
 やる気のないヤツが、あんな速くてコントロールのいい球を投げられるわけがない。それはボールを受けてきた俺がよく知っている。
 何度も投げ込んで、走り込まないと体力を鍛えていないと下半身は安定しないし、速い球は投げられない。
 それに強の手はゴツゴツとしていた。手の皮がむけていて、痛々しいなって思っていた。

 強は寂しさを紛らわす為に、家族に会えるかもしれないと淡い期待を胸に、強はボールを投げ続けた。
 プロ野球選手になれば、テレビに出られる。テレビに出られれば、きっと両親が強を見つけてくれる。会いに来てくれる。

 それこそが、強の叶えたい唯一の願い。強の裏切り行為。
 強を捨てた親が戻ってくるのかは未知数だ。
 俺の親のように戻ってくる場合もあれば、上春の親のように全く音沙汰もない場合もある。
 だが、普通は帰ってこないだろう。そんな度胸があるとは思えないしな。

 強が野球選手になれるかは分からない。けど、夢が叶ったとしても、報われるかどうか分からない事のために野球を続けて欲しくない。
 強はまだ小学生だ。
 だったら、今を楽しんで野球をしてほしい。

 遺恨や悲しみで失った時間ほどむなしいものはない。
 それが自分を形作るものであったとしても、俺は強に重荷を背負って欲しくない。
 野球選手になりたいのはかまわない。親に会いたい気持ちがあるのは許せる。
 けど、裏切り行為は見逃せないし、許せない。俺だって大切な人から裏切られたら怒るし、悲しい気分になる。
 でも、それは裏切られた場合だ。

「なあ、強。俺が言うのもなんだし、信吾さんと上春に聞いてみればいいじゃないか? 自分のやっていることは裏切り行為なのかって。それが無理なら俺が……」
「やめて!」

 強がはじめて口を開いた。だが、それは悲鳴で痛々しい言葉だった。
 大丈夫だ、強。お前の夢は裏切りなんかじゃない。勘違いだ。
 だって……。

「……問題ないんじゃない?」
「ですよね?」
「えっ……」

 信吾さんと上春はあっさりとなんの問題もないと言い切り、強は呆然としていた。
 ほら、見てみろ。裏切り行為じゃないんだよ、強。
 当たり前すぎて聞くまでもないのだが、やはり、言葉にしないと伝わらないし、分かっていても聞きたい言葉はある。
 だから、言わせたんだ。

「どうして……」

 強は泣きそうな顔をしながら信吾さん達に尋ねる。
 信吾さん達は笑顔で強に伝える。

「どうしてって、強はもう、僕達の家族さ。例え、強の両親が迎えに来ても、僕達はずっと家族だ。二組あったって問題ないじゃない」
「ですよね。それに私達、強に内緒で家族会議をしたことがあるんです。私と姉さん、父さんの三人で。もし、強の両親が引き取りに来たら、どうしよっかって」

 そっか……当たり前だよな。上春の言う姉さんとは、朝乃宮ではなく、陽菜の事だろう。
 強を引き取ると決めた日から、きっとこの問題は避けて通れない難問だ。
 強は上春達と血のつながりがない。強の両親が引き取りたいと言えば、返すしかない。
 たとえ、強が拒否してもだ。強の戸籍は蔵屋敷なのだから。偽物が本物にかなうはずがない。

「散々悩みましたけど、別れるのは辛いですけど、強が両親の元に帰りたいって意思表示をしたら、私達は笑顔で見送ろうって決めたんです。あっ、誤解しないでね、強。私達はずっと家族だよ。どこにいっても、ずっと強は私と姉さんの弟で、父さんの息子だから、遠慮したらダメだぞ」
「……」

 三人はもう、覚悟を決めていた。強と別れることになっても、笑顔で送ろうと。ずっと家族でいようと……。
 俺にそんな覚悟が出来るのだろうか? 強がいなくなったら……。
 今は考えるだけで怖い。でも、それでも……いつかきっと……俺もその覚悟を持つべき日が来るのかもしれない。
 そうすれば、俺はもう、大切なものを失う痛みに耐えられるのだろうか? 人を愛することに恐れを抱かずに済むのだろうか?

 強はわき上がる感情を歯を食いしばり、こらえていた。目に涙を溜めても、それをこぼそうとしなかった。
 強い子だ。
 素直にそう思える。

「なあ、強。当たり前だが、時間は有限なんだ。過ぎた時間は戻ってこないし、やり直しもきかない。だから、強はやりたいことを一生懸命やってくれ。後悔がないよう、余計な事に気をとられず、頑張ってくれ。俺達家族を仇なす野郎がいたら、俺と義信さんに任せてくれ。だから、男の約束だ。強は喧嘩をするな。どうしても許せなくて、俺達が悲しむと分かっていても譲れないことがあれば、喧嘩してくれてかまわない。だけど、それ以外はするな。頼む」
「……」

 強は頷いてくれた。俺の頼みを聞いてくれた。
 ならば、俺もやるべき事をなすまでだ。

「強。男の約束だから、強も俺にお願いしたいことを言ってくれ。俺も約束を守る」
「兄さん、それって風紀委員やめろとか、喧嘩しないでください、とかでもいいんですか? ちゃんと出来ない事は言った方がいいですよ?」

 上春は茶化すように俺にツッコんできた。
 上春、しゃべるなら、涙を拭いてからにしろ。強も俺も我慢しているんだ。姉が泣いてどうする。
 そうだな……。
 俺は上春の問いに……。

「もちろんだ」
「も、もちろんって……」
「強が望むなら風紀委員をやめるし、喧嘩もしない」

 これには上春だけでなく。信吾さんも女も驚いてかたまっていた。

「別に驚くようなことではないだろ? 男の約束なんだ。自分の我が儘を言ってどうする」
「でも、さっきは敵がいたら、任せろって……」
「喧嘩だけが全てじゃないだろ? 喧嘩出来ないのなら他の方法で守るだけだ」

 それに俺の本気を強に見せる必要がある。でなければ、男の約束ではない。
 それだけ本気で守って欲しい約束なんだ。

「それなら、私と約束しなさい。正道、もう二度と喧嘩しないで」
「……それなら、俺は信吾さんと再婚するな。それでいいよな?」

 女が調子に乗ってきたので、俺は意地悪な願いを叩きつけてやった。そしたら……。

「ねえ、正道君。本当にやめて。そんなことお願いしたら、僕のパンツと正道君のパンツ、ごっちゃにするから」

 地味に嫌な迷惑行為はやめろ。それと目がマジすぎてキモいぞ、上春信吾。

「……そもそも、女は男じゃないだろうが。約束の前提が違う。俺が約束したいのは強だけだ。強、言ってくれ。俺は強の願いを全力で取り組むつもりだ。でないと、不公平だからな。なんでも言ってくれ」

 この後、強は俺にあるお願いをした。
 そのお願いは困難で守るのが難しいが、それでも、俺は約束を守ることを同意した。
 そして、話し合いは幕を閉じた。
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