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女を黙らせるにはこうするんだろ? 前編 朝乃宮千春SIDE
2/5 その一
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「……」
静寂。
ウチの部屋にはアナログの時計は置いてへん。秒針の音が響き渡ってうるさいから……。
結局、ウチは浅い眠りになった。少しでも音が聞こえたら覚醒するような眠り……。
ウチは夜が……暗闇が怖い……。
あの日から……ウチは……。
ぞくぅ!
「はぁ……はぁ……はぁ……」
あかん……一人で眠るといつもこう……。
あのときのことを思い出して、息苦しくなる。
ここには御館様はいないのに……ウチはまだ……あの夜のことを……。
魂まで刻まれた恐怖に、ウチは今も怯えてる……いつの日かこの恐怖を克服できるんやろうか……それとも、一生……。
「いやや……そんなん、いやや……」
ウチはパジャマを脱いで、すぐに着替える。
早う藤堂はんか桜花ちゃんに会いたい……一人は無理……。
昨日のことがあるのに……桜花ちゃんのお世話、藤堂はんに押しつけたのに……。
それでも、ウチは……。
こんこん。
「……」
返事がない。
まだ、寝てる?
ウチは時計を見る。この時間帯なら、藤堂はんは起きていて、ジョギングに……。
ガチャ。
「すぴ~すぴ~」
やはり、桜花ちゃんだけが寝ている。
藤堂はんは布団をたたんでジョギングに出ていた。
「……」
ウチは藤堂はんのたたんだ布団を広げて、桜花ちゃんの隣に寝転ぶ。
布団から藤堂はんの匂いが……隣には天使のような寝顔の桜花ちゃんが……。
なんやろ……すごく安心する……。
藤堂はんが戻るまで、ウチは布団に入り、桜花ちゃんの頭を撫で続けた。
「「「いただきます!」」」
藤堂はんと特訓の後、おばさまに頼み込んで今日の朝食はウチが作らせてもらった。
その理由は勿論、昨日の失敗を帳消しにするため。
桜花ちゃんの対策もすんでる。
今日の桜花ちゃんへのメニューは果物のヨーグルトとミニホットケーキ、ミニスープ。
桜花ちゃんが食べやすいよう量を調整してる。
お子様の好きそうで食べやすいメニューにしたので、桜花ちゃんも喜んで食べてもらえるはず……。
「桜花、食べないのか?」
「おなか、すいてない……」
えっ?
「たべたくない……」
「もしかして、昨日のぼせたから体調が優れないのか?」
ええええええ~~~~~~~~~~! そんな~~~~~~~~~~~~~!
すっごく美味しいんやで! 桜花ちゃんの小さな口に合うようサイズを整えてるし、甘みも健康面も考えて作ったんやでぇええええ!
「少しでもいいから食べないと、お昼までもたないぞ」
「たべたくない!」
「……」
ああぁ! もう! 元気やん! 絶対我が儘や!
桜花ちゃんが騒ぐからテーブルが揺れて、スープがこぼれた!
時間かけて昨日から丁寧に下ごしらえして作ったのに……。
「たべたくない!」
あかん……もう我慢できへん……。
いくら可愛ええからと言って、これ以上は見過ごせへん。
朝乃宮家で食事中にマナー違反したら、体罰とその日一日ご飯抜きになる。
ウチはそこまで厳しくはせえへんけど、これ以上我が儘を言って藤堂はんやおばさまを困らせるようなら……。
「桜花、食べないんだな? 朝乃宮が作ってくれた朝ご飯を」
「たべない!」
「それなら、俺が食べる」
「「えっ?」」
ふ、藤堂はん?
藤堂はんは言葉通り、桜花ちゃんのご飯を取り上げ、食べていく。
「美味いな。このヨーグルト、入っているのはリンゴか? しかも、ただ切ってヨーグルトと混ぜているだけじゃないよな? それだけじゃあ、この美味しさや歯ごたえに説明がつかない。煮リンゴか? この煮りんごもサイズは桜花に合わせて……ってだけでなく、このヨーグルトに合わせて味付けしてる。甘すぎず、それでいて口当たりや歯ごたえ等が整っていて、食べやすい。リンゴにつけているのは蜂蜜? 酢? 工夫がすごいな。それにこのヨーグルト、温かい。冬場では温かい方がいいし、胃に優しそうだな。このプレーンタイプのヨーグルトは……」
ふ、藤堂はん……説明しながらべた褒めせんでも……なんや、恥ずかしゅうなってきた……。
たっぷり愛情込めて作ったのは確かやけど、それを桜花ちゃんやおばさまの前でバラされるのってすごく恥ずかしいわ!
デリカシーがない!
それに対抗意識燃やしてへん?
空気読めへん、藤堂はんらしいわ。
なんや、桜花ちゃんに怒ろうとしたウチが阿呆みたいや……。
「たべちゃだめぇ! おうかちゃんがたべる!」
ええええええええ~~~~~! 言ってること、変わってるし!
もう、我が儘なんやから!
ま、まあ、食べてくれる気になってくれたんなら、それはそれで……。
少し納得いかんけど、結果オーライ、藤堂はんも桜花ちゃんのご飯を食べることはない……。
「次はスープだな」
「えっ?」
「たべちゃだめぇえええええ! それ、おうかちゃんの~~~!」
た、食べるの! それ、桜花ちゃんの!
「……これも美味いな。野菜のコンソメか? じっくり煮込んで溶け込んでいるな。ただ美味いだけでなく、ヨーグルトの甘さを和らげてくれる……だけじゃないな」
「パパ! たべないで!」
今度はミニホットケーキ!
「うん、美味い! スープで甘さを消した後に食べると、またホットケーキの甘みが楽しめるな。甘さは控えめでが、食べやすい。ヨーグルトとも合いそうだ。しっかりとカロリー計算もされていて、お腹も膨れて食べやすい。実にいい朝食だ」
「パパ! たべないで! おうかちゃんがたべるから!」
「……」
ああっ……全部食べてもうた……しかも、あんな満足げに……。
しかも、自分の分もかるく食べてまうし……藤堂はんって見かけ……どおりで健啖家やね。
作ってる側からしたら、作りがいあるわ。
それにあんな嬉しそうな顔で食べてもらえるのは嬉しいわ。胸の奥がぽかぽかする。
「ご馳走様でした」
「もう! たべたらダメだっていったのに! パパのバカ!」
桜花ちゃん……自業自得や……。
それに汚い言葉使うし……がっかりや……。
けど、これってもしかして、虐待?
でも、桜花ちゃんは食べたくないって言ってたし、藤堂はんが桜花ちゃんのご飯を食べたから怒って食べるって言い出したし……本当は食べたかったん? それとも、食べたくなかったん?
ようわからん。
おばさまは呆れてるけど、ウチは少しスッとしたわ。
「朝乃宮」
「は、はい!」
「桜花の着替えを手伝ってくれないか? 片付けと保育園の準備は俺達がするから」
「わ、分かりました」
「そ、それとな……」
藤堂はんは少し困った顔をしてる。
桜花ちゃんの我が儘が原因とはいえ、ご飯を横取りしたことに罪悪感が……。
「朝の訓練、悪かったな。朝乃宮の事、家族だって言っておきながら本気で殴りかかるのも、デリカシーが欠けていたな」
そっち! えっ? そっちなん!
桜花ちゃんのことやないの! けど、嬉しい!
ウチの事、ずっと気にしてくれてやなんて。胸がギュッと締め付けられる。
「そ、それは別にええんですけど……お、桜花ちゃんの事は……」
「食べ物を粗末にするな。綸言汗の如し。これが俺の教えだ。それに食べたくないのなら、食べなくていいだろ? 俺は桜花の要望をかなえただけだからな」
いや、まあそうやけど……だからって全部食べてまうのも……けど、言いたいことは分かる。
別に桜花ちゃんの嫌いなモノを無理矢理食べさそうとしたわけやないし、桜花ちゃんが食べたくないって言い出したのが原因やし……。
桜花ちゃんはひたすら藤堂はんを責めてるけど、完全に無視してる。
「朝乃宮は間違っていると思うか? 必ず正しいやり方でないとダメだと思うか?」
「……難しい質問ですね。ウチらは仮の親やし、最悪、桜花ちゃんが風邪や怪我せんとバトンタッチできたらそれでええと思います。肩入れしすぎるのも本当の親御さんに悪いと思いますし」
朝乃宮家では朝乃宮家での、藤堂家では藤堂家の家訓や育て方がある。
別にウチらは教育評論家でもなんでもないし、おばさまやネットでの子育ての方法を学びつつ、自分たちの教育方法で桜花ちゃんと接して、妥協や改善点を受け入れて修正しつつ面倒を見るのが一番やと思う。
すぐに失敗と決めつけるのは早計やし、どうせ、桜花ちゃんの本当の親御さんが教育しなおすんやし。
「……」
んん? 藤堂はんが少し寂しそうな顔しているけど、ウチ、何か変なこと言った?
「……そうだな。けど、寂しい考え方だな」
「……藤堂はん。思い入れしすぎますと、別れが辛くなりますえ」
「……朝乃宮は大人だな」
藤堂はんは食器を片付ける。
ウチ、冷たいんやろうか……。
少し気になった。
「パパはひどいです!」
「桜花ちゃん、もうすぐ保育園やし、早う着替えような~」
桜花ちゃんはリスのように頬を膨らませながら着替える。
その姿は可愛ええんやけど……。
「桜花ちゃん、ボタン、掛け違えてますし、靴下、裏返して履いてます」
「あっ、まちがえちゃった」
これが忙しい朝でなかったら、悶絶するほど可愛ええって思ったんやけど、今は少しイラッっとしてまう。
ウチが四歳の時って、こんなにひどかった? ちゃんと着替えくらいできてたし、お風呂にも入れた気がする。
こうしてみると、ちゃんと躾がなってないと、だらしなく思える。
これがウチの中だったらええんやけど、余所様の家でこれをされたら、ウチも桜花ちゃんも恥をかく。
躾が厳しいことをずっと恨んでたけど、桜花ちゃんを見てると、ほんの少し感謝したくなったわ。
こんこん。
「朝乃宮、準備はできそうか?」
「少し待ってもらえます?」
このままやと、ウチがちゃんと桜花ちゃんに着替えをさせることが出来へんと思われるし、役立たずやと思われる。
くぅ~~。
「おなかすいちゃった」
はぁ……だから言ったのに……ちゃんと食べへんから……。
今更ご飯を作る時間はない。我慢してもらうしかない。自業自得やし。
お腹すいているせいで、桜花ちゃんの手が止まってもうた。これ以上はせかしても意味がないやろ。
しゃあない。今日だけウチが桜花ちゃんにちゃんと服を着せる。
ウチはさっさと桜花ちゃんの着替えを済ませた。
「ありがとうございます」
「……次は桜花ちゃんがちゃんと一人でせなあきませんよ。もう赤ちゃんやないんやし、一人でお着替えせんと。それに桜花ちゃんが我が儘言うからご飯抜きになったんです。反省し」
あかん……イラッとした気持ちが出てもうた。嫌みを言ってしもうた。
「……ごめんなさい」
桜花ちゃん、しゅんとしてもうた……。
桜花ちゃんを悲しませたくなかったのに……。
全然うまくいかへん……。
ウチってやっぱり、育児が出来へんのやろうか……親の愛を知らないと寛大になれへんのやろうか……。
こんこん。
「朝乃宮、せかして悪い。もういいか?」
「……いいです」
ウチは落ち込んでいる桜花ちゃんと一緒に部屋を出る。
藤堂はん、怒ってるやろうか……着替えさせるの遅くなったから……幻滅してるやろうか……。
桜花ちゃん、ウチの事、嫌いになったんやろうか……。
部屋の外で待っていた藤堂はんは……。
「桜花、これ食べるか?」
藤堂はんはその場で膝をついて、桜花ちゃんにおにぎりを差し出す。
そこには俵型の小さなおにぎりが二つあった。別の手には桜花ちゃんのお気に入りのマグカップが握られてる。
えっ? 用意したん? 桜花ちゃんの為に?
でも、お腹すいているってどうして知ってたん?
「あっ……」
おばさまや……きっと、おばさまが藤堂はんにアドバイスしたんや……。
いや、違う。藤堂はんがおばさまに相談して、それでおにぎりを作ったんや……。
ウチだけちゃう? 桜花ちゃんが自分の思い通りにいかなくて苛立ちをぶつけていたのは……。
藤堂はんはおばさまに相談して、少しでも桜花ちゃんの為に行動してるのに……それなのに……。
ウチ、恥ずかしいわ……きっと、このなかで一番情けないの、ウチやわ……。
母親失格や……。
「……たべていいの?」
桜花ちゃんはウチに怒られたから、我が儘言わずに泣きそうな顔で藤堂はんを見つめてる。
これはウチが悪い。なんとかせな……。
でも、どうすれば……。
くぅ~~。
「なんだ? お腹のムシがなっているのに、お腹いっぱいなのか? また、俺が食べようか?」
「! パパはでりかしーがないです!」
「ぷっ! アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」
デリカシーがない! まさにその通りや!
桜花ちゃん、ええこと言うわ~~~~~~~~~~~~~~~~!
「マ、ママ?」
「あ、朝乃宮?」
あかん! 口を開けて大笑いしてる! はしたない! けど、ツボに入ってもうた!
可笑しくて、可笑しくて笑いがとまらへん!
目から涙が出てきたわ!
ほんま、この家族はたった一日しかたってないのに刺激が強すぎて振り回せてばかりや! 朝乃宮家とは大違い!
全然うまくいかへん! でも、それが新鮮すぎる!
ええことも悪いこともいっぱいで……生きてるって実感がわく!
これが生きるって事なん! 大変やけど、充実してる!
ウチはしばらくの間、大笑いしてもうた。
静寂。
ウチの部屋にはアナログの時計は置いてへん。秒針の音が響き渡ってうるさいから……。
結局、ウチは浅い眠りになった。少しでも音が聞こえたら覚醒するような眠り……。
ウチは夜が……暗闇が怖い……。
あの日から……ウチは……。
ぞくぅ!
「はぁ……はぁ……はぁ……」
あかん……一人で眠るといつもこう……。
あのときのことを思い出して、息苦しくなる。
ここには御館様はいないのに……ウチはまだ……あの夜のことを……。
魂まで刻まれた恐怖に、ウチは今も怯えてる……いつの日かこの恐怖を克服できるんやろうか……それとも、一生……。
「いやや……そんなん、いやや……」
ウチはパジャマを脱いで、すぐに着替える。
早う藤堂はんか桜花ちゃんに会いたい……一人は無理……。
昨日のことがあるのに……桜花ちゃんのお世話、藤堂はんに押しつけたのに……。
それでも、ウチは……。
こんこん。
「……」
返事がない。
まだ、寝てる?
ウチは時計を見る。この時間帯なら、藤堂はんは起きていて、ジョギングに……。
ガチャ。
「すぴ~すぴ~」
やはり、桜花ちゃんだけが寝ている。
藤堂はんは布団をたたんでジョギングに出ていた。
「……」
ウチは藤堂はんのたたんだ布団を広げて、桜花ちゃんの隣に寝転ぶ。
布団から藤堂はんの匂いが……隣には天使のような寝顔の桜花ちゃんが……。
なんやろ……すごく安心する……。
藤堂はんが戻るまで、ウチは布団に入り、桜花ちゃんの頭を撫で続けた。
「「「いただきます!」」」
藤堂はんと特訓の後、おばさまに頼み込んで今日の朝食はウチが作らせてもらった。
その理由は勿論、昨日の失敗を帳消しにするため。
桜花ちゃんの対策もすんでる。
今日の桜花ちゃんへのメニューは果物のヨーグルトとミニホットケーキ、ミニスープ。
桜花ちゃんが食べやすいよう量を調整してる。
お子様の好きそうで食べやすいメニューにしたので、桜花ちゃんも喜んで食べてもらえるはず……。
「桜花、食べないのか?」
「おなか、すいてない……」
えっ?
「たべたくない……」
「もしかして、昨日のぼせたから体調が優れないのか?」
ええええええ~~~~~~~~~~! そんな~~~~~~~~~~~~~!
すっごく美味しいんやで! 桜花ちゃんの小さな口に合うようサイズを整えてるし、甘みも健康面も考えて作ったんやでぇええええ!
「少しでもいいから食べないと、お昼までもたないぞ」
「たべたくない!」
「……」
ああぁ! もう! 元気やん! 絶対我が儘や!
桜花ちゃんが騒ぐからテーブルが揺れて、スープがこぼれた!
時間かけて昨日から丁寧に下ごしらえして作ったのに……。
「たべたくない!」
あかん……もう我慢できへん……。
いくら可愛ええからと言って、これ以上は見過ごせへん。
朝乃宮家で食事中にマナー違反したら、体罰とその日一日ご飯抜きになる。
ウチはそこまで厳しくはせえへんけど、これ以上我が儘を言って藤堂はんやおばさまを困らせるようなら……。
「桜花、食べないんだな? 朝乃宮が作ってくれた朝ご飯を」
「たべない!」
「それなら、俺が食べる」
「「えっ?」」
ふ、藤堂はん?
藤堂はんは言葉通り、桜花ちゃんのご飯を取り上げ、食べていく。
「美味いな。このヨーグルト、入っているのはリンゴか? しかも、ただ切ってヨーグルトと混ぜているだけじゃないよな? それだけじゃあ、この美味しさや歯ごたえに説明がつかない。煮リンゴか? この煮りんごもサイズは桜花に合わせて……ってだけでなく、このヨーグルトに合わせて味付けしてる。甘すぎず、それでいて口当たりや歯ごたえ等が整っていて、食べやすい。リンゴにつけているのは蜂蜜? 酢? 工夫がすごいな。それにこのヨーグルト、温かい。冬場では温かい方がいいし、胃に優しそうだな。このプレーンタイプのヨーグルトは……」
ふ、藤堂はん……説明しながらべた褒めせんでも……なんや、恥ずかしゅうなってきた……。
たっぷり愛情込めて作ったのは確かやけど、それを桜花ちゃんやおばさまの前でバラされるのってすごく恥ずかしいわ!
デリカシーがない!
それに対抗意識燃やしてへん?
空気読めへん、藤堂はんらしいわ。
なんや、桜花ちゃんに怒ろうとしたウチが阿呆みたいや……。
「たべちゃだめぇ! おうかちゃんがたべる!」
ええええええええ~~~~~! 言ってること、変わってるし!
もう、我が儘なんやから!
ま、まあ、食べてくれる気になってくれたんなら、それはそれで……。
少し納得いかんけど、結果オーライ、藤堂はんも桜花ちゃんのご飯を食べることはない……。
「次はスープだな」
「えっ?」
「たべちゃだめぇえええええ! それ、おうかちゃんの~~~!」
た、食べるの! それ、桜花ちゃんの!
「……これも美味いな。野菜のコンソメか? じっくり煮込んで溶け込んでいるな。ただ美味いだけでなく、ヨーグルトの甘さを和らげてくれる……だけじゃないな」
「パパ! たべないで!」
今度はミニホットケーキ!
「うん、美味い! スープで甘さを消した後に食べると、またホットケーキの甘みが楽しめるな。甘さは控えめでが、食べやすい。ヨーグルトとも合いそうだ。しっかりとカロリー計算もされていて、お腹も膨れて食べやすい。実にいい朝食だ」
「パパ! たべないで! おうかちゃんがたべるから!」
「……」
ああっ……全部食べてもうた……しかも、あんな満足げに……。
しかも、自分の分もかるく食べてまうし……藤堂はんって見かけ……どおりで健啖家やね。
作ってる側からしたら、作りがいあるわ。
それにあんな嬉しそうな顔で食べてもらえるのは嬉しいわ。胸の奥がぽかぽかする。
「ご馳走様でした」
「もう! たべたらダメだっていったのに! パパのバカ!」
桜花ちゃん……自業自得や……。
それに汚い言葉使うし……がっかりや……。
けど、これってもしかして、虐待?
でも、桜花ちゃんは食べたくないって言ってたし、藤堂はんが桜花ちゃんのご飯を食べたから怒って食べるって言い出したし……本当は食べたかったん? それとも、食べたくなかったん?
ようわからん。
おばさまは呆れてるけど、ウチは少しスッとしたわ。
「朝乃宮」
「は、はい!」
「桜花の着替えを手伝ってくれないか? 片付けと保育園の準備は俺達がするから」
「わ、分かりました」
「そ、それとな……」
藤堂はんは少し困った顔をしてる。
桜花ちゃんの我が儘が原因とはいえ、ご飯を横取りしたことに罪悪感が……。
「朝の訓練、悪かったな。朝乃宮の事、家族だって言っておきながら本気で殴りかかるのも、デリカシーが欠けていたな」
そっち! えっ? そっちなん!
桜花ちゃんのことやないの! けど、嬉しい!
ウチの事、ずっと気にしてくれてやなんて。胸がギュッと締め付けられる。
「そ、それは別にええんですけど……お、桜花ちゃんの事は……」
「食べ物を粗末にするな。綸言汗の如し。これが俺の教えだ。それに食べたくないのなら、食べなくていいだろ? 俺は桜花の要望をかなえただけだからな」
いや、まあそうやけど……だからって全部食べてまうのも……けど、言いたいことは分かる。
別に桜花ちゃんの嫌いなモノを無理矢理食べさそうとしたわけやないし、桜花ちゃんが食べたくないって言い出したのが原因やし……。
桜花ちゃんはひたすら藤堂はんを責めてるけど、完全に無視してる。
「朝乃宮は間違っていると思うか? 必ず正しいやり方でないとダメだと思うか?」
「……難しい質問ですね。ウチらは仮の親やし、最悪、桜花ちゃんが風邪や怪我せんとバトンタッチできたらそれでええと思います。肩入れしすぎるのも本当の親御さんに悪いと思いますし」
朝乃宮家では朝乃宮家での、藤堂家では藤堂家の家訓や育て方がある。
別にウチらは教育評論家でもなんでもないし、おばさまやネットでの子育ての方法を学びつつ、自分たちの教育方法で桜花ちゃんと接して、妥協や改善点を受け入れて修正しつつ面倒を見るのが一番やと思う。
すぐに失敗と決めつけるのは早計やし、どうせ、桜花ちゃんの本当の親御さんが教育しなおすんやし。
「……」
んん? 藤堂はんが少し寂しそうな顔しているけど、ウチ、何か変なこと言った?
「……そうだな。けど、寂しい考え方だな」
「……藤堂はん。思い入れしすぎますと、別れが辛くなりますえ」
「……朝乃宮は大人だな」
藤堂はんは食器を片付ける。
ウチ、冷たいんやろうか……。
少し気になった。
「パパはひどいです!」
「桜花ちゃん、もうすぐ保育園やし、早う着替えような~」
桜花ちゃんはリスのように頬を膨らませながら着替える。
その姿は可愛ええんやけど……。
「桜花ちゃん、ボタン、掛け違えてますし、靴下、裏返して履いてます」
「あっ、まちがえちゃった」
これが忙しい朝でなかったら、悶絶するほど可愛ええって思ったんやけど、今は少しイラッっとしてまう。
ウチが四歳の時って、こんなにひどかった? ちゃんと着替えくらいできてたし、お風呂にも入れた気がする。
こうしてみると、ちゃんと躾がなってないと、だらしなく思える。
これがウチの中だったらええんやけど、余所様の家でこれをされたら、ウチも桜花ちゃんも恥をかく。
躾が厳しいことをずっと恨んでたけど、桜花ちゃんを見てると、ほんの少し感謝したくなったわ。
こんこん。
「朝乃宮、準備はできそうか?」
「少し待ってもらえます?」
このままやと、ウチがちゃんと桜花ちゃんに着替えをさせることが出来へんと思われるし、役立たずやと思われる。
くぅ~~。
「おなかすいちゃった」
はぁ……だから言ったのに……ちゃんと食べへんから……。
今更ご飯を作る時間はない。我慢してもらうしかない。自業自得やし。
お腹すいているせいで、桜花ちゃんの手が止まってもうた。これ以上はせかしても意味がないやろ。
しゃあない。今日だけウチが桜花ちゃんにちゃんと服を着せる。
ウチはさっさと桜花ちゃんの着替えを済ませた。
「ありがとうございます」
「……次は桜花ちゃんがちゃんと一人でせなあきませんよ。もう赤ちゃんやないんやし、一人でお着替えせんと。それに桜花ちゃんが我が儘言うからご飯抜きになったんです。反省し」
あかん……イラッとした気持ちが出てもうた。嫌みを言ってしもうた。
「……ごめんなさい」
桜花ちゃん、しゅんとしてもうた……。
桜花ちゃんを悲しませたくなかったのに……。
全然うまくいかへん……。
ウチってやっぱり、育児が出来へんのやろうか……親の愛を知らないと寛大になれへんのやろうか……。
こんこん。
「朝乃宮、せかして悪い。もういいか?」
「……いいです」
ウチは落ち込んでいる桜花ちゃんと一緒に部屋を出る。
藤堂はん、怒ってるやろうか……着替えさせるの遅くなったから……幻滅してるやろうか……。
桜花ちゃん、ウチの事、嫌いになったんやろうか……。
部屋の外で待っていた藤堂はんは……。
「桜花、これ食べるか?」
藤堂はんはその場で膝をついて、桜花ちゃんにおにぎりを差し出す。
そこには俵型の小さなおにぎりが二つあった。別の手には桜花ちゃんのお気に入りのマグカップが握られてる。
えっ? 用意したん? 桜花ちゃんの為に?
でも、お腹すいているってどうして知ってたん?
「あっ……」
おばさまや……きっと、おばさまが藤堂はんにアドバイスしたんや……。
いや、違う。藤堂はんがおばさまに相談して、それでおにぎりを作ったんや……。
ウチだけちゃう? 桜花ちゃんが自分の思い通りにいかなくて苛立ちをぶつけていたのは……。
藤堂はんはおばさまに相談して、少しでも桜花ちゃんの為に行動してるのに……それなのに……。
ウチ、恥ずかしいわ……きっと、このなかで一番情けないの、ウチやわ……。
母親失格や……。
「……たべていいの?」
桜花ちゃんはウチに怒られたから、我が儘言わずに泣きそうな顔で藤堂はんを見つめてる。
これはウチが悪い。なんとかせな……。
でも、どうすれば……。
くぅ~~。
「なんだ? お腹のムシがなっているのに、お腹いっぱいなのか? また、俺が食べようか?」
「! パパはでりかしーがないです!」
「ぷっ! アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」
デリカシーがない! まさにその通りや!
桜花ちゃん、ええこと言うわ~~~~~~~~~~~~~~~~!
「マ、ママ?」
「あ、朝乃宮?」
あかん! 口を開けて大笑いしてる! はしたない! けど、ツボに入ってもうた!
可笑しくて、可笑しくて笑いがとまらへん!
目から涙が出てきたわ!
ほんま、この家族はたった一日しかたってないのに刺激が強すぎて振り回せてばかりや! 朝乃宮家とは大違い!
全然うまくいかへん! でも、それが新鮮すぎる!
ええことも悪いこともいっぱいで……生きてるって実感がわく!
これが生きるって事なん! 大変やけど、充実してる!
ウチはしばらくの間、大笑いしてもうた。
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