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第二十五話

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「美味しかったです…!!これが庶民の味というものなのですね!!」

高級食材をふんだんに使った王城の食事とは違った王都の庶民の味は、王女様のお気に召したようだった。

昼食を終えたクレアは満足そうにお腹をさすっている。

「さて…グレン!!次はどんな場所を案内してくれるんですか!?」

「ええと…少し待ってくださいね」

俺は次に向かう場所を考えるふりをしながら、頭の中で記憶をたぐる。

イベントをゲームのシナリオ通りに進行させるために、あまりアレルがとっていた行動と違うことはしたくない。

これまではほとんどシナリオ通りにこの王女様との出会いのイベントを進めたはずだ。

この先は何が起こるんだっけか…

「あ…」

そうだ思い出した。

もしゲームのシナリオ通りなら、俺たちはこの後厄介なトラブルに…

「きゃっ!?」

クレアが悲鳴を上げた。

「…っ」

くそ。

遅かったか…

どこからか走ってきてクレアにぶつかっていった小さな子供が、人ごみの中に消えていく。

「大丈夫ですか、クレア様」

「え、えぇ…大丈夫…って、あっ!!グレン!!行けません!!財布を取られましたわ…!!」

「ええっ!?それは大変ですね!!すぐに追いかけましょう!!」

俺はクレアの手を引いてスリの子供を追いかけながら、自分の馬鹿さに呆れる。

今のは回避できただろ…

ゲームの知識を全然いかせてないじゃないか…

「あの財布はお父様から誕生日にもらった大切なものです…!!」

「ええ…!!絶対に取り返しましょう…!!」

俺は自分の鈍さを反省しながら、クレアと共に人ごみをかき分けてスリの子供を追うのだった。


「はぁ、はぁ…くそぉ…」

悔しげな顔で、地面にへたり込むのはクレアの財布を手にしたスリの子供だ。

俺たちはクレアの財布を擦ったこの子供を、5分ほどの逃走劇の末に、路地裏の行き止まりに追い詰めていた。

「はぁ、はぁ、追いつけました…」

クレアが荒い息を吐く。

「さあ、それを返してもらおうか」

俺はスリの子供の元に近づいていく。

「ひっ!?」

何かされるのかと思ったのか、スリの子供が地面にうずくまる。

「馬鹿。何もしねーよ。取られた財布を返して欲しいだけだ」

「え…」

俺は地面に落ちた財布だけを回収して子供から離れる。

子供は呆気に取られたように俺を見た。 

「何も…しないのか…?」

「して欲しいのか?」

俺が尋ねるとスリの子供はぶんぶんと首を振った。

俺は改めてそのスリの子供を眺める。

擦り切れたボロ布のようなものを身に纏って、一眼で貧しい子供だとわかる。

痩せていて、髪もボサボサだ。

見ていて少し気の毒になってくる。

だが、安心しろ、少年。

お前に今からとんでもない幸運が訪れるから。 

「…どうぞ。クレア様」

俺は拾った財布を王女に返した。

「ありがとうございます、グレン」

王女は財布を大事そうに受け取った。 

「俺を…許してくれるのか…?」

スリの少年がおずおずと言った。

そんな少年にクレアはにっこりと笑いかける。

「許すも何も……あなたがそうなった責任の一端は私たち王族にもあります。だから……はい」

クレアが財布の中身から金を全て掴んで少年の手に握らせた。

「え…」

少年が自分の手の中の金貨を見つめて目を丸くする。

「私は財布さえ帰ってこればそれでいいので…中身は上げます」

「え…え…?」

少年は何が起きたのかわからずに目をパチクリとさせている。

「うふふ…私がずっと溜めてきたお小遣いなんですから、大切に使ってくださいね」

「…うわ…お、俺…俺…っ…こんなに優しくされたの初めてで…っ」

少年がポロポロと涙を流す。

クレアはそんな少年を慈愛の笑みを浮かべて見守っている。

「…っ」

…やっぱり可愛いなぁ、クレアは。

このイベントでクレアのことを好きになったユーザーも多いだろうな。 

ゲームシナリオの描写でも、アレルにはこのときのクレアが一瞬聖母みたいに見えたとかなんとか書いてあったはずだ。

優しくて可愛くて純粋な少女。

第二王女クレアは改めて完璧で魅力しかないヒロインなのだと俺は思い知らされた。

「さて、行きましょうか」

少年はしばらくすると泣き止み、クレアにお礼を言って路地裏を後にした。

それを見届けたクレアが立ち上がって、俺にそう言った。

「ええ」

俺は頷いてクレアと共に路地裏を出たのだった。



「はぁ…っ!!今日一日、本当に楽しかったです!!夢みたいな時間でした…!」

夕刻。 

城を抜け出して一日中王都を散策した俺とクレアは、日が落ち始めたので城へと向かう帰路を歩いていた。

人もまばらになった王都の道を歩きながら、クレアが満足げにそういった。

「お気に召したようで何よりです」

「ありがとうございます、グレン。心からのお礼を。私、今日の日のこと、絶対に忘れません」

「喜んでもらえて光栄ですよ」

俺がそう答えると、クレアが少し頬を赤くして俯いた。

「ねぇ…グレン…あ、あなたさえ良ければなんだけど…その…これからもたまにこうして…」

「それよりクレア王女」  

「は、はい…!!」 

危ない。

そのさきのセリフを言われると俺としては困る。

そのセリフは…出来れば後々この物語の主人公のアレルに言ってほしい。

俺はあくまで、序盤で死ぬ運命だった脇役に過ぎないんだから。 

「さっきから少し歩き方がおかしくありませんか?」

「え、歩き方…?」

「ええ…何かを庇うような歩き方というか…」

「そうでしょうか?」

「良ければ靴を脱いでもらえませんか?」

「いいですけど…?」

クレアが靴を脱ぐ。 

「ほら、やっぱり」

「あ…!」

クレアの足の先が赤くなっていた。

「もう少し歩いていたら靴擦れになっていましたよ?」

「よ、よく気づきましたね…!!楽しくて、自分では気づきませんでした…!」

「これ以上歩くと皮を擦りむいて血が出るかもしれません」

「うっ…そ、それは痛そうです…どうしたら…」

クレアが顔を顰める。

そんなクレアの前に俺はしゃがんだ。

「おぶって帰ります。それしか方法はないかと」

「…っ!?」

クレアが動揺する。

「そ、それは流石に…」

「大丈夫です。これでも男ですから、王女様1人ぐらいなんともありません」

「…で、でも」

「王女様を怪我させたとなったら、俺が誰かからお叱りを受けるかもしれない」

「…っ」

しばらく葛藤するような表情を見せるクレアだが、やがて意を結したように俺の背中にしがみついてきた。

「お、お願いします…」

か細い声が耳元に響く。

「了解です」

俺はそのまま驚くほどに軽いクレアを背負って、王城へと歩いた。

「お、重くありませんか…?」

「大丈夫ですよ。むしろ心配になるぐらい軽いです。ちゃんと食べてるんですか?」

「た、食べてますよ…重くないなら、よかったです…」

そう言ったクレアがぎゅっと俺にしがみついてくる。

背中に押しつけられた柔らかい感触にどきりとしながら俺は心の中で思った。

あぶねー…靴擦れイベントなんとか回避、と。







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