ある日、突然 花嫁に!!

ひろろ

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番外編

男同士 1

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 これは、柚花に彼氏がいない頃の話しである。

…………………

 僕は今、挙式準備のため、チャペルに向かっている。


 このスタッフ専用通路を歩く時、チャペルの風見鶏を眺めるのが、いつしか僕の癖になってしまった。


「風見鶏くん、今日は凄く忙しそうだね!
少し風が強いけどさ、無事に終わるように、見守っていてよ!」


 そう言って、荷物を抱えた男性が、チャペル裏口ドアから、中へと入って行った。


 その彼は荷物を置き、備品倉庫から木製三脚を取り出し、外の脇道へと出て、チャペル正面へと向かう。


 カレンダホテルのチャペルは、"森の中にある"というイメージで、建物周囲の地面は、木々と馴染むよう、くすんだ緑色に舗装されている。


すると、チャペルの正面に来た彼が、ピタリと足を止めた。


「わっ、わっ、お花屋さん?大丈夫ですか?」


 彼は、チャペル入口の舗装された地面に、倒れている若い男性を発見し、思わず叫んだのだった。


若い男性というのは、年齢的に言えば、19か20歳といったところだろう。


 若い男性は、ノーネクタイで、薄ピンク色のワイシャツ、襟元のボタンを2つ外し、首から名札をぶら下げている。


それと、ソフトデニムエプロンに、灰色ウィンドブレーカーを着て、ボトムはデニムパンツという姿で寝転び、両腕を頭に回し、投げ出した足をクロスにしていた。


「どうしました?苦しいですか?」
 
 
僕は、声をかけてみた。


でも、苦しそうには見えないけど。


はっ!もしかして、寝てる?
この若造、サボってんのか?


 そういう彼も、婚礼チームの中では一番の若造で、やや童顔でもある。


「あ?……うん?やべ、俺、寝てた?」


若い男性が、さっと起き上がり聞いた。


「……あ、はい。寝ていたみたいですね。
でも、こんな所で寝るのはやめて下さい。

もし、お客様にでも見られたら、恥ずかしい事ですから!クレームが来たら大変です」


「あ、すんません、カレンダさん。
花を生ける事に全神経を集中したら、疲れちゃって。
ちょっとだけ横になったら、へへっ……。
あっ、そうだ、俺の渾身こんしんの作を見て下さいよ」


 若い男性は、全身をはたきながら言い、チャペルの扉を開けて、僕をチャペルの中へと誘った。


「ちょ、ちょっと、待って!このウェルカムボード用の三脚を置くから!」


 彼は、木製三脚をしっかりと固定し、風向きを考慮して置いた。


「風が強いけど、この辺ならなんとかいけそうだな!よしっ!
じゃあ、お花屋さん、渾身の作を見せてもらいましょうか」


「はいっ、喜んで!って、カレンダさん、俺は、ガーデンプロデュースの後藤です。
何度か会っているんで、名前で頼みますよ!」


「なら、こっちもカレンダさんじゃなくて、緑川です。じゃあ、後藤さん、よ、よろしく……」


「うっす!よろしく、緑川さん!」


 この日から、僕らは少し仲良くなった。

………………

 それから数日が経った、ある友引の日。


今日は、僕が披露宴担当だ。


 緑川は、披露宴会場の準備状況を確認しに行く。


「進捗状況はどうですか?あれ、後藤さん1人?
でも、もうセッティングがほぼ終わっているみたいだね?」


緑川は、後列の招待客テーブルに、フラワーアレンジメントを置いている後藤に話しかけた。


「ああ、川口さんがチャペルの花を生けるから、わかも付いて行ったんすよ」


「わか?ああ、さっき、挨拶をした時にいた男性のことでしょ?
新しい人が入ったんだね。後輩が出来て良かったね!」


「うーん、まーね……。おっ、位置がズレてるじゃん。これで良し!次のテーブルは……」


 後藤は、テーブルにある花の仕上がり具合などをチェックしていて、適当に応えているのは丸分かりだった。 


 まっ、今は仕事中だし、私語は慎まないと!だね。


後藤は、チャランポランな性格に見えるが、実は仕事に対して、真面目で几帳面きちょうめんなのである。


緑川も各テーブルをチェックして回り、会場用納品書にサインをして渡した。


「そうそう、明日、我がカレンダホテルと豪華客船との、コラボ企画の挙式があるんだけど、ガーデンプロデュースさんが協力してくれるよね?
僕は休みだけど、よろしくお願いします」


「そうなんすよ。ビックな仕事だから、うちも盛り上がっちゃって!
社に戻ったら、さっそく皆んなで、用意をするんすよ。

OK、バッチリ生けるから、任せなさい!
なーんてね!川口さんがメインでやるから、大丈夫っす!」


そっか、そっか、よろしく!
すみません、僕は、寝ますよ。
明日は、どこにも行かずに、ひたすら眠ります!本当、すみません。


 明日、公休の緑川は、柚花の身代わり花嫁を見逃して、後で悔しがることなど、知るよしも無かったのだった。

…………………

 そして時は、プロポーズ大作戦の日が過ぎ去った頃となる。


「ねえ、ねえ、緑川さん!合コンやりましょうよ!彼女さん、いないって言ってたっすよね?」


 後藤が唐突に誘ってきた。


「え……。嫌だ!僕は、純真無垢じゅんしんむくな人がいいし……。そんな人、この世界にいないし!」


 緑川は、心から嫌そうな顔で言った。


僕の理想のなんて、逢えないから、きっと独身のまま、余生を送る事になるだろう。


「じゅんしん……?なんすか、それ?
とにかく、いい娘がいるんですって!
俺とは、絶対に性格が合わないだろうけど、なんか古風っぽい子がいるって話しっすよ」


 えっ、古風?


本当に?この世の中に存在してくれているの?


「ど、どんな?こ、こふうって、どんな娘?」


「おっ、食い付きましたね?どんなって、そりゃあ、今時、いないタイプだってことっすね……」


いないタイプ?


本当に?本当に?


奥ゆかしい娘だったりとか?


だとしたら、ウェルカムなんだけど!


「へえー……じゃ……」


緑川が乗り気になった。


「後藤君!こっちは、もう大丈夫だから、チャペルに行って!」


 後藤と一緒に仕事をしている、西崎が話しに割って入った。


「はーい、了解っす!」


 そこで合コン話しは、中断してしまったのだった。


後藤が会場から出て、西崎が緑川の所に寄ってきた。


「うちの後藤がお仕事の邪魔をして、すみません。後で叱っておきますから……」


「いえ、大丈夫です……」


 あーーー!


今さっき、未来に希望の光が見えたと思ったのに!


後藤さーん、話しの続きをお願いしまーす!


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