ある日、突然 花嫁に!!

ひろろ

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番外編 3

カレンダ劇場

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 スタッフルームにいた倉田チーフは、制服の上着を脱ぎ捨て、私物のカーディガンを羽織り、バックと老眼鏡を掴み部屋から出た。


「あっ、ランタンが無い!
うーん、懐中電灯でいいわよね」


 そう呟き、再びスタッフルームに入り、非常用懐中電灯を握りしめてフロントスタッフルームを目指して急ぐ。


「お願い、まだ居てちょうだい!」


 通路を曲がろうとした倉田チーフは、前方にいる私服の彼を発見した。


丁度帰るところで、警備員へと社員証を提示しているところだった。


「ちょ、ちょと待って!
戸塚さん、戸塚さーん!」


 振り向いてキョトンとするのは、フロントスタッフの戸塚だった。


このプロポーズ大作戦を知るフロントスタッフだからこそ、話しが早い。


「もし都合が良ければなんだけど。

少しだけ、少しの時間だけ私に付き合ってもらえないかしら?」


 倉田チーフは、簡単に説明をする一方で、前髪を下ろし黒縁の老眼鏡を掛けた。


これが、数秒間で考えた精一杯の変装なのだ。


「要は、そのお客様をチャペルへと、誘導すればいいんですね?

以前、ブライダルのCM撮影をドタキャンしてしまいましたから……。

今度は協力させてもらいます」


「あー、ありがとう。
本当に、いきなりでごめんなさい。

私に話しを合わせてくれればいいですから。
申し訳ないけど、お願いします。

あらぁ、老眼鏡で歩くのはキツいわ……」


 倉田チーフと戸塚は、ゲストフロアに戻るため、スタッフオンリーのドアからそっと出て依頼者を探す。

……………………

「いた!

ボヤけて見えるけど、ランタンを持ったカップルが、ロビーにいるわよね?」


「はい、います」


「よし!
まずフロントで、くじに当たったフリをするわよ。

それで、この懐中電灯をカウンターに置くから、受け取って」


 倉田チーフの手提げバックから、長細い懐中電灯の持ち手部分がはみ出ていた。


それを片手で、覆い隠している。


「さあ、いくわよ」


 戸塚が緊張気味に頷くと、倉田チーフは小芝居を始める。


「くじの景品って、何かしら?
ねえ、楽しみねっ?

すみません、くじが当たりました」


杉村カップルまで届く声量を心掛けて言った。


 そして、倉田チーフがロビーに背を向け、カウンターの上に懐中電灯をさり気なく置くと、事情を知るフロントスタッフは適当に話しを合わせる。


「お客様、おめでとうございます。

当ホテルのチャペルにて、景品の受け渡しをしております。

こちらの懐中電灯をお使い下さいませ」


 懐中電灯を受け取った戸塚も、打ち合わせ無しの演技を開始する。


「何が貰えるんだろうね?
母さん、早く行こう!」


「ええ、そうね……。

ん?カアさん?あっ、ああ、そうか。

……お母さんも楽しみよっ。
早く行きましょう」


(私が戸塚さんの母親ということか……。

この人、20代後半か30代前半だと思うんだけど。

年下彼氏という設定は、無しということなのね……はあぁ)


 少々ガッカリとする倉田チーフと、戸塚がロビーに近づいた時、杉村カップルが外へと向かって歩き出した。


「あら良かった。
チャペルへと、行く気になってくれたのかしら?

念のため、様子を見てみましょう」


「そうだね、母さん!」


「……素直な息子で、お母さんは嬉しいわ」

…………………

 親子を演じる2人は、杉村カップルを尾行する。


その杉村カップルは、彼氏が彼女の手を引いて歩いていたが、突然、林の手前で彼女が足を止めた。


「ねえ、カイト、後ろから誰か来るよ。
何か、気味が悪いし……」


「えっ?ああ、大丈夫だよ。
あの人達も くじに当たったらしいよ。

さっきフロントにいただろう?

さっ、早くチャペルに行こう」


「えっ、そうなの?気が付かなかった。

なら、怖いから一緒に行っちゃおうか?」


 立ち止まる2人を見て倉田チーフ達は、歩くテンポをスローにするが、大接近は免れないと思った。


「息子よ、これは追い越してしまうかもしれないわね。
老眼鏡だからボヤけて見えるけど、近づいているのは分かるわ」


「母さん、その通り。
これ以上 遅く歩いたら不自然だし、追い越してしまいますね」


 杉村カップルとの距離が縮まり、声が聞こえてきた。


「ジュンちゃん、いや、純奈!
さっきも言ったけど、俺といてそんなに怖いって思うのか?

その林の中だって外灯があるし、きっと明るいよ。

何より、俺が側にいるから平気だろう?」


「うん……。それはそうだけど……」


「何?なんか歯切れが悪い感じ!
俺って、そんなに頼りない?」


(あら、これは喧嘩になるかも?
何だかやばそう……。

わあ、もう目の前に来ちゃったわ)


「何が当たったのかな?
お母さん、楽しみだわぁ」


小芝居をやり続けるが、倉田チーフは、老眼鏡を掛けているため、脚がふらついている。


「母さん、つまずかないように、下を見て歩きなよ」


 倉田チーフと戸塚は、親子を強調して通り過ぎたが、散策をしているフリで立ち止まりながら、ゆっくりと進む。


そして、林が目前に迫る中、後方の会話に集中する。


「そんなことない。
カイトが年下でも頼りにしているよ!

けどさ、カイトだって幽霊とかは、苦手でしょ?

あたしは、虫も苦手だけど、そっち方面がもっと嫌なの」


「幽霊?本気で言ってるの?
そんなのいるわけないだろう。

でも、まあ、そんなに心配なら、近所のお坊さんにでも、追払い方を聞いておく。

だから、俺について来いよ!」


 倉田チーフ達が聞こえたのは、そこまでだった。


「あの2人、何とかチャペルまで行くわよね?」


「はい、きっと、仲良く行ってくれると思います」


「じゃあ、私達はチャペルに行って、緑川さんに報告しましょうか。

もう老眼鏡を外してもいいわよね。

まあ、綺麗なイルミネーションだわ。

お客様も気に入ってくださると良いけれど……」


 その頃、後方の杉村カップルもイルミネーションに感動していたが、彼女はふと思い出す。


「去年のクリスマス、ここに泊まったじゃない?

その時、チェックインの受付をしてくれたイケメンさんって、さっき、すれ違った人みたいだったけど?

それにさ、あのお母さんのズボンを見た?

ここのスタッフが、履いているのと同じ色みたいで。

友達の結婚式の時に見ていたような……。

あたしの気のせいかな?」


「えっ!気のせいだろ?

それよりさ、この道イルミネーションがあるし、全然怖く無いだろう?」


「確かに綺麗だけど、1人だったら無理かな。

けど今は、カイトが側にいるから怖くないよ。

あのね、カイト……。

さっき、俺について来い!って言ったでしょ?

逆に、あたしに、ずっとついて来てほしいんだけど?どうかな?」


「えっ?それどういう意味?

何か、格好悪い感じなんですけど」


「分からない?

ずっと側にいて、って言っているんだけど……」


「うん、いるよ」


「……分かってる?

つまり、結婚しようよ!って言ってるのっ!」


「えっ?えー!

ちょっと待って!
ちょっと待って!落ち着け、落ち着け。

あのさあ、俺には小さい夢があってさ。

プロポーズをするなら、思い出の場所で……」


「あっ!思い出の場所?

私達が知り合った、ここのチャペル、ってこと?

え、まさか……。

……ああ、行くのを拒否しちゃって、ごめんね。

なんか……色々とごめんなさい」


「こっちこそ、勝手にごめん」


 正体がバレそうになった事も、サプライズが失敗した事も知らない倉田チーフと戸塚は、早歩きでチャペルへと行き、中でスタンバイしている緑川に、2人がチャペルに来るというサインを送った。


 チャペルの扉の前には、大きめの鐘がぶら下がっていて、プロポーズに成功したら、杉村が鐘を鳴らす事になっている。


その鐘の音が合図で、天使の着ぐるみを着た緑川が、チャペル内から登場し、大きな花束を渡す手筈てはずだ。


「戸塚さん、帰るところだったのに、付き合わせてしまって、すみませんでした。

お陰様で、多分成功すると思うわ。
この脇を通って、裏から帰って下さいね。
ありがとうございました」


「成功するといいですね。
倉田さん、お疲れ様でした」


 戸塚が爽やかに退場して直ぐ、高らかに鐘が鳴った。


「緑川さん、成功したわね。

あなたは、世界一の可愛い天使よ。
行ってらっしゃい!」


「ここは、外崎さんのキューピットの着ぐるみが適任なのに……。
何でこうなったのかなぁ。

じゃあ、行ってきまーす」


 緑川は、チャペルの内側から扉を開け、大きな薔薇の花束と、ブライダルフェアへの招待状を彼女に渡した。


言葉を発しない代わりに、2人に祝福の投げキッスを贈り、チャペルの扉を閉めたのだった。


「うん?
カイト、チャペルの中に入らないの?
これで終わり?
えっと、くじの景品という……例えば、指輪とか?無い?」


「えっ?指輪?
サイズが分からないから、一緒に買いに行った方がいいと思って。
あ、欲しかった?ごめん、また今度。

今日は、このランタンをあげるからさ。
そのうち家族で、キャンプとか行こうよ」


「それ何年後だろう……。
でも、その日が楽しみだね」


 そんな幸せな光景を、チャペル脇からこっそりと見ていた倉田チーフは、切に願う。


(是非、実現させて下さいね)

…………………

「緑川さん、お疲れ様でした」


 仕事終わりで、カレンダホテルを出た倉田チーフは、駅に向かっていた。


(ふぅ、身体は疲れたー!
肩がコリコリだー!
帰ったら、真澄に揉んでもらおう。
けど、幸せのお手伝いをしたから、気分は最高ね)


 すると、行手をはばむように、路肩に車が停車した。


(うん?何?道を尋ねる気かしら?)


「倉田さん、こんばんは。
仕事帰りですか?」


「あら、原口さん!
こんばんは、はい、帰りです……。

どうしたんですか?
原口さんも帰りですか?」


「はい、そうなんです。
いつもの道が混んでいたから、こっちを通ってみたら、倉田さんが歩いていたので。

倉田さん、送りますからどうぞ乗って下さい」


「え?いえ、そんなお気遣いなく、直ぐに電車があるので大丈夫です。

わざわざ止まって頂いて、すみません。
近いうちに、お茶のお誘いをしますね」


「……あ、はい、わっかりました。
では、行きます……。じゃあ、また」


「はい、また……」

 
 原口は、颯爽さっそうと去って行った。


(はあ、驚いた。
まだ、ドキドキしている……。

本当は、送ってもらいたい気持ちも、少しはあったけど。

あの人は、物凄く親切な人。  
ただ、それだけだし。

これ以上関わったら、好きになっちゃいそうだから、セーブしないとね)


 再び、駅へと歩み出した倉田チーフは、スキップをしたい気分だった。


(でも大人だから、しませんけどね)
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