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第6章 その第一王子、本当に必要ですか?

第66話 怒らせてはいけない人

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(困った事になったわ)

 表情にこそ出てはいないが、オルメリアはどうしたものかと苦悩していた。

 ウェルシェのオーウェンへの批判は最初こそ面白くなかったオルメリアだったが、彼女の説明を聞けば納得せざるを得ないものだった。

 直臣の言葉どころか国王や王妃のいさめる言葉にも耳を貸さない事実を突きつけられては、ウェルシェがオーウェンの横暴を恐れていると訴えられても仕方がない。

 オルメリアとしてもウェルシェの言い分が全面的に正しいと言わざるを得ないだろう。ここで判断を誤ると王家による専横と断じられ貴族達が離心しかねない。

 だが、幸いにもウェルシェには落とし所がありそうである。だから、オルメリアとしては多少の譲歩は必要でも大きな問題とはなるまいと考えていた。


(だけど、シキン夫人がここまで激しい性格だったなんて)

 シキン夫人が怒ったところを誰も見た事がない。
 それほど物静かでおおらかな女性と評判なのだ。

 その優しく穏和な性格には逸話がある。

 シキン伯爵夫人は本名をジャンヌ、旧姓デポットと言う。

 デポット家は僻地に領を持つ男爵家で、ジャンヌは幼少期を田舎で純粋培養されて伸び伸びと育った。

 その為、真っ直ぐで潔癖な性格になってしまい、王都へと出て来た時に貴族社会に馴染めず周囲の貴族令嬢達から虐めを受けた過去を持つ。

 しかし、ジャンヌは真っ直ぐなだけではなく、虐めにあってなお折れぬ芯の強さと怒りを表に出さぬ穏やかさを合わせ持っていた。

 そんな彼女を一目見て現シキン伯爵は惚れ込んでしまい猛アタックしたのである。

 当初は恐れ多いと断っていたジャンヌであったが、シキン伯爵の気風とシキン家の家風は彼女にとって好ましかった。それで最後には折れて彼と結婚したのだ。

 これに慌てたのはジャンヌを虐めてきた令嬢達である。貴族の世界におけるシキン伯爵の影響力は大きい。どんな仕返しをされるかと令嬢達は戦々恐々となった。

 ところが、シキン伯爵夫人となった彼女は全てを笑って水に流したのである。

 この一時をもってシキン伯爵夫人は温厚なのだと評判となった。だが、逆に言えば彼女が怒るのはよっぽどの事なのである。

 もしジャンヌを怒らせれば、その人物は瞬く間に社交界に名が広まり肩身の狭い思いをするだろう。


あのバカ息子オーウェンは怒らせてはいけない人物を怒らせてしまったのね)

 いま、その窮地に自分の息子が立たされているのだった。
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