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本編

26. 追憶『勇者』

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「あら、結構イケメンね」


 その女は突然やってきて俺に声を掛けた。

 薄いピンク色の髪に空色の瞳をした俺の世界ならけったいな色合いの持ち主だった。だが不思議と違和感が無く、その容姿は普通に愛らしいものであった。

 だが、色目を使ってくるこの女からは嫌な感じがした。なんとも表現が難しいが、異臭を感じて我慢できない様な、とにかく近づきたくない生理的嫌悪感が湧いてきたのだ。


 だがその女は俺の様子などお構い無しにしな垂れてきた。

「あなた日本人でしょ?」
「なに!?」


 突然のキーワードに俺は驚倒しそうだった。聞けば前世が日本人だというのだ。
 同郷であると言われて俺は少し警戒が弛んだ。

 しかし、話してみればとんでもない女だと思い知らされた。


 エリーと名乗ったこの女は王太子妃だった。
 そして得意気に語り始めた内容はこの世界の事。


「実は私って『ヒロイン』なのよ!」


 この世界は乙女ゲームであり、自分はヒロインで皆から愛される存在だとのたまった。そして自分の役割は複数いる攻略対象と恋仲になり、王太子の婚約者にして最高峰の聖女である『悪役令嬢』を追い出しす事なのだそうだ。

 5年前に実際その『悪役令嬢』を追放したと話すのだが、聞いてみてもその『悪役令嬢』が何をそんなに悪い事をしたのかと頭を捻った。

 だいたいゲームのストーリーと同じイベントを起こさなかったからと『悪役令嬢』に殺害未遂の容疑を掛けて追放するなど正気とは思えない。そんな話を楽し気に話すこの女に反吐が出そうだった。


 本当にこいつは俺と同じ日本人なのか?


 正直に言って平気で人を貶めるこの女も、それに加担する王族や貴族達も信用がならない。

 だから甘ったるい声を出して何かと近づいてくる『ヒロイン』と薄笑いを浮かべる『攻略対象』どもを無視して距離を取った。

 はっきり言って、こんな連中がどうなろうと俺には関係ない。

 だが『魔王』とやらを倒せば日本に帰してくれるとの約束なので、俺は強くなろうと自分を鍛えた。異世界に転移した恩恵だろうか、鍛えれば鍛えるだけ俺はどんどん強くなった。それは自分でも引くぐらい異常に強くなったのだ。

 この国の騎士達を数十人相手にしても軽く一蹴できるくらいに強くなると、遂に主戦場であるスターデンメイアへと送られた。

 戦場と言っても戦うの相手は人間ではない。

 これはかなり助かった。黒い奴ら『魔獣』は、俺が斬り伏せると黒い靄を放出して消えて行くので、罪悪感も余りない。正直に言って血飛沫ちしぶきが舞う場所であったら俺は正気を保てる自信がなかった。

 当たり前だ。俺は平和な日本で暮らしていた普通の高校生なんだから。


 俺はこの戦場で次々と襲い来る黒い奴らを先陣を切って滅した。


 斬り、薙ぎ、払い、突き刺し、斬り伏せ、斬り上げ、時には殴り、蹴り。
 ただ俺はとにかく黒い奴らを斬って、斬って、斬って、斬って、斬って……


 どれ程の数を倒したか分からない。


 この戦場には俺を召喚したアシュレイン王国以外の国からも兵士が集まっていたが、はっきり言ってアシュレイン王国の連中は戦力にならないどころか足手纏いだった。

 偉そうに命令だけして現場を引っ掻きまわし、自分達の安全だけは守ろうとするのだから顰蹙ひんしゅくを買うのは当たり前だろ。


 しかもあいつらは、俺をまるで化け物の様に俺を扱う。

 酷い時には戦場の真っただ中に1人残されたりもした。後に奴らの言い草は「貴殿は『勇者』で強いのだから大丈夫だろ」「我々では足手纏いでしたので」だ。本当に殺してやりたくなるくらい信用のできない連中だ。

 アシュレイン王国で信用できる奴は死体だけじゃないのかと思う程だ。

 他の国の人間はまだ一緒に戦ってくれるだけマシではあったが、俺を『勇者』と呼んで腫れ物の様に扱うのはあまり変わりはしなかった。


 だから俺はこの世界のやつらから距離を取っていた。
 1人で戦い、1人で魔王を倒せばいいと思っていた。


 この世界の住人との関係は刺々しく、だから俺も周囲に壁を作って戦いに明け暮れていた。
 ただ、どこの世界にも物好きはいるものらしい。
 こんな俺に声を掛ける奴らもいた――


「こんな所にいたのかユーヤ」
 俺より少し歳上で大剣を背負った厳めしい青髪の男。


「パンとスープ貰ってきたから一緒に食べましょ!」
 俺と同年代くらいで杖を持った勝気な顔つきをした赤髪の女の子。


 ――剣士のゴーガンと魔法師のフレチェリカの2人だった。
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