絶対零度の魔法使い

アルト

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1巻

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 第一章 壊れ者とナハト・ツェネグィア
  

    第一話


 燦々さんさんと降り注ぐ太陽の光が差し込んでいるにもかかわらず、そこは陰鬱いんうつな空気がこれでもかというほどただよっていた。
 例えるならば、負の感情をまとめてごちゃ混ぜたような、そんな空気。
 しかし、堅牢けんろう鉄格子てつごうしが無数に並ぶこの石造りの牢獄ろうごくを見れば、そんな重苦しい空気も仕方がないと思えてしまう。
 牢の向こう側には、手枷足枷てかせあしかせをはめられ、自由をうばわれた者たち――所謂いわゆる奴隷どれいがいた。
 ある者は、生気せいきの感じられないにごった瞳でこちらを見つめ。
 ある者は、侮蔑ぶべつの感情をたたえた視線でこれでもかとめ付け。
 そしてある者は、非道な主人に買われるよりマシだと考えているのか、十五歳という、まだ子供に近い年齢の俺に割合友好的な感情を向けてくる。
 ここは、奴隷館と呼ばれる場所であった。

「本日は、どのようなご用件でしょうか?」

 商品として扱われている者たちを物色する俺に、声が投げ掛けられる。
 どことなく粘着質ねんちゃくしつな印象を与えるその声の主を、俺は知っていた。
 振り返りながら愛想あいそ笑いを浮かべて、ここにおもむいた目的を口にする。

「『壊れ者』が欲しいんだ」

 そう言うと、俺の視界に映る肥太ふとった男、奴隷商のオーナーは得心とくしんしたように笑みを深めた。
 彼とは何度もこうした取引を行っていたから、『壊れ者』という言葉に不審ふしんいだく様子もない。
 ただ、『壊れ者』と聞いた瞬間、堅牢な鉄格子越しに、とらわれていた何名かの奴隷から、殺意と憤怒ふんぬのこもった視線が俺に向けられた。これが牢越しでなければ、俺はこのうちの誰かに殺されていただろう。
 そんな予感を即座に抱く程度には、濃密な殺気が俺に向けられていた。
『壊れ者』とは隠語で、要するにそれは、値段があまり高く付かない欠陥品の奴隷、という意味の言葉であった。
 その言葉を聞いた奴隷たちは怒り狂い、次第に怨嗟えんさのようなうめき声すらもらし始める。

「ふむ。『壊れ者』、ですか……確か、使い古しの奴隷が二人、昨日うちに売られてきましてね。年若い獣人じゅうじんの兄妹なんですが、どうにも主人に噛み付いたようでして、ぞくに言う、『狂犬』と呼ばれるたぐいの者たちですね。それでもよいのでしたら」

 そう言って、オーナーは確認してくる。

かまわないよ」
「分かりました」

 オーナーは胸元のポケットからかぎを一つ、取り出した。
 そしてすぐ近くの牢へとその鍵を差し込もうとする。
 どうも、その『狂犬』とやらをオーナーは今すぐ俺に押し付ける気満々らしい。けれど、俺はその行動に待ったをかけた。

「ああ、ちょっと待って。二人となると、色々と用意する事が多くてね。後日出直そうと思うんだけどそれでもいいかな」
「ええ。そういう事でしたら一向に構いません。ちなみに、いつごろになりますでしょうか?」
「そう、だなあ……」

 悩む素振そぶりをほんの少し見せて、俺はとなりに視線を移した。
 直立不動ちょくりつふどうひかえていた、俺の護衛ごえいである一人の男。

「三日もあれば万事ばんじ抜かりなく準備を整える事が可能です」
「オーケー。なら、三日後、また訪ねさせてもらうよ」

 護衛の男がそう言ったのを聞き、俺はオーナーに伝える。
 オーナーはぺこりと一礼し、「お待ちしております」と言って、鍵をしまった。

「それじゃ、用も済んだし帰るよ。行こうアウレール」

 自分の意思で奴隷を売買ばいばいする奴隷館に来ている俺が言えた事ではないが、実を言うとこの場所が好きではない。
 ……いや、それでいい。きっとこの空気に慣れてはいけないのだろう。人として、道を外れたくないのならば、慣れるべきではない。
 自分にそう言い聞かせながら、俺の護衛をしてくれている耳の長い男――『エルフ』と呼ばれる種族の男の名を呼び、出口へと向かう。
 その間も絶え間なく、まされた殺気が俺を射抜いぬき続けていた。
 間違いなくそれは、『壊れ者』を買うと伝えた事に対する殺意。
 安くなった奴隷を好んで買う事は、彼らを同じ人間として見ていないように、ただの商品として見ているように、感じられるのだろう。ふざけるなという感情が湧くのも理解できる。
 俺は、安いからという理由で『壊れ者』を買っているわけではないのだが、それを彼らに説明する気はない。
 何故ならば、それはただの俺の自己満足で、彼らの恨みや憎しみを解消する事には繋がらないから。そう知っていたからこそ、俺もアウレールも振り返る事なく、奴隷館をあとにしたのだった。


    ◇◆◇◆◇◆


 暇さえあれば奴隷館に通い、奴隷を物色する。
 それが俺、ナハト・ツェネグィアの日常であった。
 この世界では、普通、貴族の血を引く者は生まれながらにして何かしらの魔法が使えるのだが、何故だか魔法のさいに恵まれなかった俺は、己を守る手段を求めた。
 そして、辿り着いた答えが奴隷であった。俺は、彼らに可能な限りの自由を与える。
 その代わり、俺を守ってくれと、そんな、情けない契約けいやくを結んでいるのだ。
 護衛の数は多ければ多いほど安心だから、定期的に奴隷館に通っては、仲間になってくれそうなヤツを探している。

「なあ、ナハト」

 奴隷館をあとにすると、先程とは打って変わってくだけた態度たいどでアウレールが俺の名を呼んだ。

「ん?」
「いつまで続けるつもりだ」
「なんの事?」

 俺は、発言の意図が分からず困惑した表情を浮かべた。

「……奴隷の、事だ」

 言いづらそうに、アウレールが口を動かす。

「そうだなあ……取りあえずは成人するまで、かな」

 魔法が一切あつかえない『落ちこぼれ』として一族の間では汚点おてんと言われているが、くさっても伯爵家はくしゃくけ次男坊じなんぼう。お金なぞ、家からそれなりにくすねてもバレない程度にはお金持ちなのだ。
 だから、こうして奴隷を買い、己の身を守る事ができている。
 しかし、それができるのも成人するまで。俺は、家を出ていけと言われている。
 子供の間は置いてやるが、成人したならばその義務もない、というわけだ。お金をくすねて奴隷を買う事ができるのは、家にいられる間だけ。成人してからはどうやって自分の身を守ろうかという感じだ。
 まぁ、アウレールやこれまでに仲間になってくれた護衛たちがいるから、問題ないとは思うが……

「……違う」

 俺が質問に答えると、アウレールに否定された。
 どうやら求めていた答えとは違っていたらしい。

「奴隷を買うのはいい。それはナハトが自分を守る為に仕方のない事だと分かっている」
「じゃあ何が言いたいんだ?」

 ハッキリ言ってくれないと分からない。俺が笑い交じりに答えると、彼は眉間みけんしわを寄せた。

「『壊れ者』を進んで受け入れる、その行為の事だ……!」
「ああ、そういう事」
「そういう事じゃない! お前は全く事の重大さが理解できていない! たとえお前がどれだけ優しかろうと、彼らの心にきざまれた貴族や、人間に対する憎悪ぞうお滅多めったな事ではなくならない! それが『壊れ者』なら尚更なおさらだ……ッ! 彼らを自分の近くに置いておけば、そういう肥大したマイナスの感情が、思わぬ形で、刃となって向けられる事だってあるんだぞ」

 人目をはばからず大声を出し、これ以上ないくらい真剣な形相ぎょうそうでアウレールは俺を見つめていた。

「なんだよアウレール。もしかして心配してくれてんの? 俺の事をさ」

 揶揄からかうように言うと、グイッと強い力で胸元をつかまれた。
 俺とアウレールとの間には二十センチほどの身長差があり、少しだけかかとが浮いた。
 これは決して、まともな奴隷と主人の関係ではない。砕けた口調、乱暴な態度。普通の貴族相手にアウレールが同じ行為をすれば間違いなく、ただでは済まないだろう。
 けれど、俺はそれをとがめない。
 落ちこぼれでどこにも居場所を得られなかった俺は、己を守る手段としての奴隷を欲すると同時に、本当の家族のような、友のような存在を欲していた。
 いびつな関係である事は理解している。
 しかし俺はアウレールに自分と対等な関係でいる事を許している。むしろそうしろとまで言っていた。

「いつも言っているよな、ナハト」

 必死な表情でアウレールが言う。

「オレたちエルフは、恩讐おんしゅうを決して忘れないと」

 それは、アウレールの口癖くちぐせだ。

「言っているね」
「情けと恨みは、ずっと心の中に残る。オレも忘れられないほどの恨みを抱いた事があるから分かる。あの兄妹を、引き取るな」
「どうして」
「あれは恨みに駆られたヤツの目だ。この世の全てが悪に見えている。きっとお前がじょうをかけたところで疑心ぎしんが増幅するだけ。だったら、見なかった事にするのが賢明けんめいだ」

 いつになく真剣しんけん眼差まなざしだった。
 どうやらアウレールは、俺に終始殺意を向けていた『壊れ者』の獣人の兄妹が気に入らないらしい。でも、もう返答は決まっていた。

「やだね」
「ナハト!」

 アウレールに怒鳴どなられる。
 しかし、俺は申し訳ないと思うどころか、笑みをただただ浮かべるだけ。

「もし俺に心を開いてくれなくても、それはそれで構わないよ」

 奴隷を引き取ったら、帰る場所がある者は、健康状態を改善させてから解放している。
 それほど警戒心や敵対心の強くない者は、俺の護衛を一定期間務めてもらい、そのあとに解放する事もある。もとより、無理に拘束こうそくしたり、更生させたりするつもりはないのだ。
 情けは人のためならず。
 直接奴隷が俺に何かをしてくれなくても、彼らへの行為がめぐり巡って俺の助けとなればいい。護衛は欲しいが、必ずしも引き取った奴隷全員がそうなってくれるとは限らない。
 そんな考えで過ごしていたら、一定数の者達が俺の側に残ってくれるようになった。アウレールもその一人だ。

「それに――」

 そう言って、俺は指を差す。
 その先には、アウレールがいる。

「お前がいるじゃん? いざという時は、守ってくれよ。頼りにしてるよ? アウレール」

 彼は言い返せないだろうと分かった上で、俺は言った。
 ずるいと思う。でも、悪いとは思わなかった。

「……オレは忠告したからな」

 アウレールは小声でそう言い捨てる。
 本気で止めたいなら、口頭での説得ではなく、物理的な方法を取ればいい。
 けれどそうしないのは、きっと、アウレールなりの同情をあの獣人の兄妹に向けていたからだろう。
 彼も、元々は奴隷館に売られた奴隷であった。自分が住んでいた村の人間に、売られたのだ。
 魔法の扱いに長けたエルフの一族でありながら、『氷』の魔法しか扱えない不出来な『エルフ』であったからと、いつか言っていた。彼も『壊れ者』であった。
 きっとそれが理由で、危険と分かっていてもあの兄妹を心の底から拒絶できなかったのだと思う。
 貴族なのに魔法が使えない俺も、『壊れ者』と聞くと変な同族意識が湧く。
 欠陥がある故に疎まれ、苦しい思いをしてきた気持ちは痛いほど分かるのだ。だからこそ、『壊れ者』を好んで買っている。

「はいはい。忠告どーも」

 適当な返事をしながら俺は帰路きろについた。
 新たに二人も仲間がやってくる。
 準備しておかないと、考える俺の足取りは軽かった。その様子を見て、アウレールは呆れ交じりの嘆息たんそくをもらす。
 なんだかんだ言って、俺はこの生活が好きだった。



    第二話


 アウレールの反対を押し切り、『壊れ者』の兄妹を奴隷商の男から引き取ってから、ひと月が経った。彼らとこのひと月、共に過ごしたものの、アウレールの忠告通り、彼らは俺に心を開いてはくれなかった。
 むしろ、その逆。
 俺が優しく振る舞えば振る舞うだけ、彼らとの距離は遠くなった。
 俺よりもずっと幼い二人の兄妹。
 まだそれほど長い時間を生きたわけではないのに、まるで世の中に何も期待していないような、くらく濁った瞳をしている。そして、それはいつまで経っても変わらなかった。
 奴隷は、通常主人と奴隷契約を交わす。
 その契約とは刺青いれずみのようなしるしであり、主人と奴隷の身体に刻まれている。印がある限りは、奴隷は主人に逆らう事ができない。
 見世物のように奴隷に首輪を付けたりする者もいるが、それは一部であり、俺は首輪なんてものは付けていなかった。
 獣人の兄妹には屋敷の中で面倒事は起こさないように、とだけ言い付けて、あとは自由にさせている。
 血の繋がりだけの家族は、俺が奴隷を多く囲う事を特にとがめる気はないようで、こちらに害がなければ勝手にしろというスタンスだ。
 俺が歩み寄ろうとしても、彼らは一歩近付けば二歩後退する。故に、最低限の食事を与え、たまに会話をするにとどめていた。そんな日々が何日か続いたある日の事。

「……うん?」

 窓から差し込む光の眩しさで、意識が覚醒かくせいし、ベッドから起き上がる。
 するとデスクの上に、置き手紙のようなものが置いてあった。
 吹き飛ばないように重石おもしがのせられた置き手紙には、酷く乱雑らんざつな文字が並んでいた。
 目をらしても、なんと書いてあるのか分からない崩れ切った文字で書きつづられている。
 誰がそれを書いたのか、俺には心当たりがあった。

「あの二人、か」

 脳裏のうりに浮かんだのは、ひと月前にやってきた獣人の兄妹であった。
 俺が住居としているこの屋敷――ツェネグィア伯爵家はくしゃくけには現在、奴隷館から引き取った護衛が、獣人の兄妹を除いて、五人住んでいる。
 かれこれ三年の付き合いになるアウレールとは特別親密であるが、他の者たちとも、そこらへんの貴族と奴隷よりは、よっぽどマシな関係を築けていると思っている。
 もちろん、彼らがどれくらい字を書けるのかも把握しているつもりだ。
 俺の護衛をしてくれている五人の中に、文字がここまで書けない者は存在しない。
 そして何より、俺と面と向かって言葉をわす事をこばむ者は、獣人の兄妹だけだった。

「……ん」

 眉根まゆねを寄せて、置き手紙を手に取る。
 かろうじて読めた字は、『大切な話』『三人で』『待ってる』『いつもの森』この、四つだけだった。

「大切な話、ねえ」

 いつもの森とは、彼らが頻繁ひんぱんに出掛けている場所の事だろう。
 その事は知っていたが、こちらから歩み寄ると彼らが離れていってしまうので、見て見ぬ振りを続けていた。

「そんな話に心当たりはないんだけれども」

 今までそんな素振りはなかったが、もしかすると彼らは俺を味方ととらえてくれたのかもしれない。
 そして、頼ろうとしているのかもしれない。
 本来、奴隷とは主人に一方的に尽くすだけの存在。だから、もし彼らが頼ってきたとしても俺がそれに応える必要はない。
 でも、俺はそうは思わなかった。
 応える事でよりよい関係が築け、俺の護衛となってくれるならば、それに越した事はない。
 無理に側に置くつもりはないが、やはり味方になってくれるのは嬉しいのである。
 魔法が使えないだけで、何故そんなに護衛を必要とするのか、事情を知らない人間には理解できないかもしれないが、俺の敵は魔物だけではないのだ。
『出来損ない』である俺をこころよく思わない親族の連中、特に過激な思想を持つ者が何度か誘拐や暗殺を仕掛けてきた事があった。
 彼らから逃れ生き延びる為に、俺は奴隷を必要としている。
 その親族連中は、俺の生家であるツェネグィア伯爵家よりも家格かかくが高く厄介やっかいで、ギルドや騎士団に依頼し護衛を雇っても、裏で根回しされる危険があった。
 俺の父親も知らぬ存ぜぬの態度をつらぬいていて、頼りにならない。親族を敵に回してまで俺を守る必要はないと思っているのだろう。母親は、俺が小さい頃に既に他界してしまっている。

「『大切な話』っていうなら、行くしかないよね」

 どんな話なのかまだ分からないが、故郷に帰りたいと言われる可能性は大いにある。
 これまでも、多くの奴隷とお別れをしてきた。
 護衛は確かに必要だが、そう言われたら引き止めはしない。
 冷めた家族関係の中で育ち、友達すら一人もいなかった俺は、実のところ、ツェネグィア伯爵家の『落ちこぼれ』としてのナハトではなく、ただのナハトとして見てくれる人間を欲しているだけなのかもしれない。
 貴族と奴隷としてではなく、対等な一人の友人として、彼らに向き合いたいと思っている。
 故郷に帰っていった者の中には、別れる時に、恩は忘れないと泣きべそかくヤツや、お礼を言うヤツがいた。
 彼らから告げられる感謝の言葉が、少しだけ、自分の為に奴隷を囲っているという罪悪感を薄めてくれている。
 本当に感謝すべきは俺のほうだというのに……
 そんな事を考えていたら、過去にお別れをしたある奴隷の事をふと思い出した。
 今まで引き取った奴隷は、もちろん全員覚えているが、その中でも彼は特に印象に残っている。出会った時はガリガリに痩せていて、生気のこもっていない目をしていた。
 長い間食事を与えられていなかったので消化器官が弱り、普通の食事は食べられなかったから、俺が自ら粥やスープを作り、食べさせてやった。
 彼が元気になってからは、料理の作り方を教えてあげたり、俺が体調を崩した時は粥を作って看病してもらったり、沢山の思い出を一緒に作って楽しかったなぁ。
 結局、彼は料理をしながら、世界を見てまわる旅がしたいと言って、俺のもとを離れていってしまった。

『絶対会いにくるから、また一緒に飯を食おう。なんなら次は、俺が自力で稼いだ金で、ナハトに奢ってやるから、待ってろよ』

 別れ際にそんな事を言っていたけれど、彼は元気だろうか?
 いつかあの言葉通り、一緒にご飯でも食べれたらいいな。
 こんな風にかけがえのない絆を築ける事があるから、俺はできるだけ誠実に奴隷たちに向き合いたいと思っているのだ。
 獣人の兄妹がどんな話をしても、受け止める準備はできている。

「もしかしたら別れの挨拶あいさつかもしれないな。まあ、そろそろ健康状態もよくなってきた頃だし、丁度ちょうどいいか」

 憔悴しょうすいし切っていた獣人の兄妹の身体はこのひと月で回復し、もしこのまま心を開いてもらえないようなら、解放したほうがいいのではないかと考えていた。
 もし別れの挨拶なら、これはきっと俺と獣人の兄妹にとっていい機会になるだろう。
 そんな事を考えながら、置き手紙をポケットにしまう。

「これで最後になったとしても、別れの前に打ち解けられるといいなあ。笑って一緒にご飯でも食べられたら最高だね」

 思い返してみると、アウレールもはじめは彼らみたいな感じだった。
 今じゃすっかり丸くなったけど、鋭利えいりな刃物を思わせるヤツで、ほどこしは受けないとか言って食事すら拒絶していた。
 本音を晒して、沢山の時間を一緒に過ごした。歩き疲れた時なんか、足が棒のようだからと言っておんぶしてもらった事もある。
 まるで本当の家族のように過ごして、気付けば今の関係に落ち着いていた。
 アウレールがいない事はもう考えられないくらいの、掛け替えのない友人だ。

「さぁ、迎えに行くとしますかね」

 そう言って、俺は部屋の扉を押し開けた。それが、破滅はめつへの第一歩だと知らぬまま。
 運命の歯車を止めていた大きな岩はり減り続けていた。歯車を動かすまいと止めてはいるものの、少しずつけていき、くだけるのは時間の問題だった。
 タイミングが、今だったというだけの話。
 いつも護衛をしてくれているアウレールが外出しているタイミングで手紙が置いてあった事に考えが及ばないまま、俺は破滅の道を歩み始めた。

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