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二話
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* * * *
それは、私がまだ『聖女』になったばかりの随分と昔の出来事。
「〝聖女の力〟については、どうかご内密にお願いしたいのです」
真っ白な部屋の中。
苦笑いを浮かべながら私は一人の少年に向けて、そう告げていた。
隣国の貴族であった彼は、『聖女』の噂を聞きつけ、やって来た人間であった。
「それは、どうして……?」
そして、数分前まで彼は病におかされていた。
それを、私が『聖女』の力を使って治した。
一見、『聖女』として相応しい行為に見える。
事実、少年もそう捉えていたのだろう。
だから、内密にと懇願する私の発言の意図が分からないと言葉で訴えかけて来ていた。
「王太子様の前では、出来るだけ目立ちたくなくて」
私は一度、彼の病は治せないと公式の場では頭を下げていた。
でも、意気消沈とした様子で場を後にする少年と、その使用人達を追いかけ、密かに治療を私は行った。
そういった行動を私がとった理由は、知られたくなかったから。
彼の病をある人物の前で治すわけにはいかなかったから。
「……えっ、と、その、私はあんまり、好かれてないみたいなので」
『聖女』としての才能に恵まれていた私は、ある時、『聖女』として、王太子様の婚約者として迎え入れられた。
それもあって、私は『聖女』らしくあろうとしていたけれど、それを歓迎しない人がいた。
————王太子様だ。
彼は、『聖女』として私が周囲の人間達から持て囃される事をひどく嫌っていた。
己よりも、『聖女』として活躍する私を。そして持ち上げ、賞賛する周囲を、執拗に。
それ故に、『聖女』として活躍しようものならば、私だけに留まらず、私の実家であるフェルグ侯爵家にまでその嫌がらせは及んだ。
だから必然、私は誰からも頼りにされる『聖女』でいるわけにはいかなかった。
「……なら、尚更この恩を返したい」
彼から恩返しをされては、何かの拍子で王太子様に知られる可能性がある。
そうなっては、密かに行動をした意味がなくなってしまう。
それを理解してくれたのだろう。
彼の表情に刻まれていた険は、跡形もなく霧散していた。でも、彼は大人しく引き下がる、という事をしようとはしなかった。
「そうだ。俺の家に、客人として席を用意しよう。それならきっと、息苦しい思いをしないで済む。貴女は俺の恩人だ。父上や母上も、無下には、」
「いえ」
————しないだろう。
本来、彼の口から紡がれる筈だった言葉を私は遮る。そして、首を左右に振った。
「お気持ちだけで、十分です。それに、『聖女』として役目を引き受けたからには無責任な事だけはしたくなくて」
「…………」
そう告げる私の意思は固いと判断してか。
少年は、残念そうな表情を浮かべながらも、口を真一文字に引き結んだ。
森の奥を想起させる彼の深緑の瞳はどこか、悲しげに揺らいでいて。
何処かいたたまれない空気に染まる中、何を思ってか、少年は再び口を開いた。
「————なら」
それも、殊更大きな声で。
「なら、この恩はいつか返させて貰う事にする。それがいつで、どんな形になるかは分からない。でも、この恩はいつか返す。ヴェザリア公爵家の名に誓って」
……そんな大層な誓いを立てなくてもいいのに。
そもそも、私が好きでやった事なんだから、「ありがとう」の言葉一つで十分過ぎるのに。
なんて感想が頭の中に浮かんでいたけれど、そこまでいってくれる相手に固辞し続けるのも失礼にあたってしまう。
何より、「いつか」であるならば問題はないだろうと私は頷く事にした。
「……貴女が、こうして〝精霊〟に愛される理由がよく分かる」
私の周囲には、複数の〝精霊〟が飛び交っていた。その様を目にして、彼は言う。
私は、『聖女』などと呼ばれているけれど、その実態は、〝精霊〟から力を借りる事が出来ている一人の人間というだけだ。
だから言うなれば、『聖女』とは〝精霊〟に愛された人間の別称とも言えた。
「俺達の国では他の国ほど〝精霊師〟の存在は珍しくないが、それでも、これほど高位の〝精霊達〟に慕われる人間は見た事がなかった」
「〝精霊達〟が優しいだけですよ。でも、だからこそ、その期待には出来る限り応えたいし、私にしか出来ない事があるなら、その力になりたい。困ってる人達の助けになりたい」
まるで、私が凄い。
と言わんばかりに彼が言うものだから、「そうじゃない」とつい否定してしまう。
凄いのは〝精霊〟達であって、私ではないから。『聖女』としての地位だって、〝精霊〟がいたからこそのものである。
「なーんて。ちょっと分不相応な言葉過ぎましたね」
王太子様の話題を持ち出してしまってからというもの。少しばかり重苦しい空気が続いていたものだから、ここらで空気を和ませよう。
そう思って、茶目っ気を出してみたのだが、何故か予想していた反応はやってこなくて。
「俺は、そうは思わないけどな」
「…………」
予期せぬ返答に、私の思考は停止する。
……ここは、一緒に笑って流すところだったんだけれど。
「そういう綺麗な考えは、俺は素敵だと思うし、何よりその考えに俺は救われた」
「ぁ……え、と」
「俺がもし、貴女と同じ立場だったとして。こうして誰かを助けるという行為を同じように選べたかどうかは即答出来ない。でも、貴女は違う」
だからこそ、分不相応とは思わない。
真っ直ぐな瞳を向けられながら、そう言われたものだから、少し照れてしまう。
鏡があるならば、きっと映り込む私の頰は紅潮しているかもしれない。
「……なんか、照れますね」
真正面から。
どこまでも真摯な態度でそう褒められたものだから、多少なり世辞が入っていると思い込んで尚、うまく割り切る事が出来なかった。
「だからこそ、貴女が困った時、今度は俺が助けよう。元より貴女に助けられた命だ。その時は、立場を押してでも駆けつけると約束する」
……義理堅い人だなあ。なんて思ってしまう。
〝精霊達〟もそう思っているのか。
心なし、いつもより楽しそうに飛び回る彼らは、私の考えに同調してくれているようでもあって。
「またいつか、会える日を楽しみにしてる」
「私も、です」
病を患っていた彼にとって、「またいつか、会える日」という言葉は相応の意味が込められたものであると思った。
だから、私もそれに笑顔で応える事にした。
それが、彼————ヨシュア・ヴェザリアと私の出会いであった。
それは、私がまだ『聖女』になったばかりの随分と昔の出来事。
「〝聖女の力〟については、どうかご内密にお願いしたいのです」
真っ白な部屋の中。
苦笑いを浮かべながら私は一人の少年に向けて、そう告げていた。
隣国の貴族であった彼は、『聖女』の噂を聞きつけ、やって来た人間であった。
「それは、どうして……?」
そして、数分前まで彼は病におかされていた。
それを、私が『聖女』の力を使って治した。
一見、『聖女』として相応しい行為に見える。
事実、少年もそう捉えていたのだろう。
だから、内密にと懇願する私の発言の意図が分からないと言葉で訴えかけて来ていた。
「王太子様の前では、出来るだけ目立ちたくなくて」
私は一度、彼の病は治せないと公式の場では頭を下げていた。
でも、意気消沈とした様子で場を後にする少年と、その使用人達を追いかけ、密かに治療を私は行った。
そういった行動を私がとった理由は、知られたくなかったから。
彼の病をある人物の前で治すわけにはいかなかったから。
「……えっ、と、その、私はあんまり、好かれてないみたいなので」
『聖女』としての才能に恵まれていた私は、ある時、『聖女』として、王太子様の婚約者として迎え入れられた。
それもあって、私は『聖女』らしくあろうとしていたけれど、それを歓迎しない人がいた。
————王太子様だ。
彼は、『聖女』として私が周囲の人間達から持て囃される事をひどく嫌っていた。
己よりも、『聖女』として活躍する私を。そして持ち上げ、賞賛する周囲を、執拗に。
それ故に、『聖女』として活躍しようものならば、私だけに留まらず、私の実家であるフェルグ侯爵家にまでその嫌がらせは及んだ。
だから必然、私は誰からも頼りにされる『聖女』でいるわけにはいかなかった。
「……なら、尚更この恩を返したい」
彼から恩返しをされては、何かの拍子で王太子様に知られる可能性がある。
そうなっては、密かに行動をした意味がなくなってしまう。
それを理解してくれたのだろう。
彼の表情に刻まれていた険は、跡形もなく霧散していた。でも、彼は大人しく引き下がる、という事をしようとはしなかった。
「そうだ。俺の家に、客人として席を用意しよう。それならきっと、息苦しい思いをしないで済む。貴女は俺の恩人だ。父上や母上も、無下には、」
「いえ」
————しないだろう。
本来、彼の口から紡がれる筈だった言葉を私は遮る。そして、首を左右に振った。
「お気持ちだけで、十分です。それに、『聖女』として役目を引き受けたからには無責任な事だけはしたくなくて」
「…………」
そう告げる私の意思は固いと判断してか。
少年は、残念そうな表情を浮かべながらも、口を真一文字に引き結んだ。
森の奥を想起させる彼の深緑の瞳はどこか、悲しげに揺らいでいて。
何処かいたたまれない空気に染まる中、何を思ってか、少年は再び口を開いた。
「————なら」
それも、殊更大きな声で。
「なら、この恩はいつか返させて貰う事にする。それがいつで、どんな形になるかは分からない。でも、この恩はいつか返す。ヴェザリア公爵家の名に誓って」
……そんな大層な誓いを立てなくてもいいのに。
そもそも、私が好きでやった事なんだから、「ありがとう」の言葉一つで十分過ぎるのに。
なんて感想が頭の中に浮かんでいたけれど、そこまでいってくれる相手に固辞し続けるのも失礼にあたってしまう。
何より、「いつか」であるならば問題はないだろうと私は頷く事にした。
「……貴女が、こうして〝精霊〟に愛される理由がよく分かる」
私の周囲には、複数の〝精霊〟が飛び交っていた。その様を目にして、彼は言う。
私は、『聖女』などと呼ばれているけれど、その実態は、〝精霊〟から力を借りる事が出来ている一人の人間というだけだ。
だから言うなれば、『聖女』とは〝精霊〟に愛された人間の別称とも言えた。
「俺達の国では他の国ほど〝精霊師〟の存在は珍しくないが、それでも、これほど高位の〝精霊達〟に慕われる人間は見た事がなかった」
「〝精霊達〟が優しいだけですよ。でも、だからこそ、その期待には出来る限り応えたいし、私にしか出来ない事があるなら、その力になりたい。困ってる人達の助けになりたい」
まるで、私が凄い。
と言わんばかりに彼が言うものだから、「そうじゃない」とつい否定してしまう。
凄いのは〝精霊〟達であって、私ではないから。『聖女』としての地位だって、〝精霊〟がいたからこそのものである。
「なーんて。ちょっと分不相応な言葉過ぎましたね」
王太子様の話題を持ち出してしまってからというもの。少しばかり重苦しい空気が続いていたものだから、ここらで空気を和ませよう。
そう思って、茶目っ気を出してみたのだが、何故か予想していた反応はやってこなくて。
「俺は、そうは思わないけどな」
「…………」
予期せぬ返答に、私の思考は停止する。
……ここは、一緒に笑って流すところだったんだけれど。
「そういう綺麗な考えは、俺は素敵だと思うし、何よりその考えに俺は救われた」
「ぁ……え、と」
「俺がもし、貴女と同じ立場だったとして。こうして誰かを助けるという行為を同じように選べたかどうかは即答出来ない。でも、貴女は違う」
だからこそ、分不相応とは思わない。
真っ直ぐな瞳を向けられながら、そう言われたものだから、少し照れてしまう。
鏡があるならば、きっと映り込む私の頰は紅潮しているかもしれない。
「……なんか、照れますね」
真正面から。
どこまでも真摯な態度でそう褒められたものだから、多少なり世辞が入っていると思い込んで尚、うまく割り切る事が出来なかった。
「だからこそ、貴女が困った時、今度は俺が助けよう。元より貴女に助けられた命だ。その時は、立場を押してでも駆けつけると約束する」
……義理堅い人だなあ。なんて思ってしまう。
〝精霊達〟もそう思っているのか。
心なし、いつもより楽しそうに飛び回る彼らは、私の考えに同調してくれているようでもあって。
「またいつか、会える日を楽しみにしてる」
「私も、です」
病を患っていた彼にとって、「またいつか、会える日」という言葉は相応の意味が込められたものであると思った。
だから、私もそれに笑顔で応える事にした。
それが、彼————ヨシュア・ヴェザリアと私の出会いであった。
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