華燭の城

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 翌朝、シュリが目を覚ますと、部屋にはすでに朝食の準備ができていたが、いつもそこにあるラウの姿は見えなかった。

「ラウ……居ないのか……?」

 名を呼びながらゆっくりと起き上がり、鈍く痛む体に手を添えると、傷の手当ても終わっているらしく、包帯も新しく取り替えられている。
 小さなため息をつき、ふと目に留まったベッドサイドのテーブル。
 そこに置いた、あの薬を入れた箱の下に挟まれた一通の手紙に気がつき、シュリは手を伸ばした。
 そこには『六時間置きに必ず一錠、飲むように』とだけ書いてある。

 ……ラウ……。
 嫌な思いが脳裏を巡った。

 
 ……ラウ……!
 自分の体中の血が、一気に下がるのが判るほどだった。
 心臓がドクドクと暴れ出す。

 昨夜のラウの姿が目の前に浮かぶ。
 自分の身代わりに、ガルシアに体を差し出したラウ……。
 一言の声を発する事もなく、ただじっと耐えていたラウ……。
 
 あの時、あの瞳に何が映っていたのか……。

 自分を犯すガルシア。
 そして何もできず、自分を身代わりにした無力な皇子……。

 そのラウが、自分とガルシアに嫌気が差し、城を出て行ったとしても不思議ではない。
 そもそも使用人のラウがそこまでして、自分やガルシアに尽くす義理はないのだから……。
 
 街には養父と暮らした実家もあるという。
 薬師としての腕もあるのだし、今まで逃げ出さなかった事の方が不思議なぐらいだ。
 シュリの胸は締めつけられるように苦しくなった。

 ラウが……居ない……。
 ラウが居なくなる……。



 そのまま一日が過ぎようとしていた。

 何度かガルシアの側近らしき男の声で――この部屋に来るのは、あのオーバストだろうが――着替えは……昼食は……と声が掛けられたが、その度に必要ないと扉を開けることさえなく追い返した。
 宴の準備を……と言わないところをみると、今日はガルシアも居ないのだろう。

 シュリはベッドに座ったまま、ずっと自分の手を見つめていた。
 昨日の夜、確かにラウが握ってくれた手を……。
 『ここに居ますよ』と聞こえた声を……。


 夜になっても、ラウが姿を見せる事はなかった。
 暖炉の火もない部屋はひどく冷え、手紙にあったあの薬も飲むことさえしないシュリの体は痛みに襲われ続けていたが、もうそれさえもどうでもいいと思った。

 ラウ……。
 本当に居なくなったのか……。
 もう私の元へは戻ってきてくれないのか……。

 昼から降り始めた雨は激しさを増し、嵐になった。
 冷たい北風が真っ暗な部屋の窓をガタガタと揺らし、稲光が時折、部屋を明るく照らした直後、ドンと腹に響く雷鳴が轟く。
 その音に紛れ、廊下でカタンと音がしたような気がした。

「ラウ……!」

 痛む体が反射的に動いていた。
 ベッドから降り、慌てて扉まで駆け寄り、開く。
 だが、そこには誰もいない。

 宴も無い嵐の夜。
 誰も皆、部屋で束の間の休息を取っているのだろう。
 人影さえないシンと静まり返る廊下が、ただ延々と続くだけだった。

 ……ラウに逢いたい……。
 そう思うと、もう我慢できなかった。

 そしてシュリは、薄暗い廊下をひとり歩きはじめた。
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