華燭の城

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 男は慣れた手付きで革手袋をはめ、蓋を開ける。

 先の薄紅の液体とは違い、それは無臭のようで、蓋を開けても周囲には何の変化も感じられない。一見、透明な水のように見えるだけだ。

 だが男の手付きは慎重だった。
 台の上のキリを握り取り、尖った先端より少し上、ザラザラと加工された部分に液体をポタ。と滴らせる。
 すると液体は流れ落ちることもなく、金属にジワリと吸い込まれるように浸透していった。
 それを蝋燭の炎にかざすと、一瞬の炎と共にすぐに蒸発し薄い蒸気を上げる。
 男はそれをシュリの傷に……まだ出血が続く右肩の傷の中に、気煙を纏わせたまま躊躇なく突き刺した。
 キリの鋭利な先端が、潰され剥き出しになった柔らかな内部組織に突き立つ。

「……ンッ!!
 ……ァアああっあああああッッンッ!!」

 傷の中を刺された痛み。
 そこから一瞬にして広がった焼け付くような激痛が、それまで耐えていたシュリに思わず声を上げさせていた。

「ほう、やるではないか。それは何だ?」

 ようやく声を上げたシュリにガルシアは満足そうに頷き、男の持つ瓶に手を伸ばした。

「ああっと……陛下、お気を付けください。
 これは直接触れば、皮膚をも灼き落す劇薬。
 この手袋も灼かれぬよう、特注品なのですよ」

 その言葉にガルシアは思わず手を引いたが、表情はなぜか不気味なほどに愉し気だ。

「しかし、これほどの精神力とは……驚くばかりですな。
 気化させ、直接原液に触れたわけでは無いものの、これを傷に入れて叫び声だけとは……全く感服致します。
 拷問に対して訓練を受けた大男でも立っているどころか、転げ回り、泣き叫ぶというのに、それを耐えきるなど……。 
 しかも極限まで神経を研ぎ澄まさせるこの部屋で……」

 そう言いながら、男はゆっくりと上を見た。
 狭い石牢の天井には、あの蝋燭から立ち上った白いもやが、すでに一杯に立ち込めようとしている。

「拷問を生業なりわいとするお前でもそう思うか?
 確かに、力尽くでねじ伏せるのも良いものだが、強情とも言えるシュリには、なかなかしつけも進まぬ」

「……まぁ、それも良いのですよ。
 日常的にこういう事ばかりをしておりますと、簡単に口を割られては楽しみも半減するというもの。
 色々と試せる気丈な玩具をお持ちの陛下が、本当に羨ましい」

 男は再びシュリを抱き寄せると、耳に舌を滑り込ませるように顔を近付けた。
 薄気味悪く、耳の中で囁くように聞こえるそれに、シュリは嫌がり、激しく首を振って抵抗する。

「シュリ様に存分に鳴いて頂くには、最上級の責めが必要なようですから、私の秘蔵を出しましょう」

 そう言うと男は、再び台の包みを物色し始めた。
 ガルシアは酒を呷りながらその様子を眺め、二人は時折、視線を合わせ嗤い合う。


「さあシュリ様、次はここへ上がっていただきましょうか」

 男が丁寧に腰を折り「どうぞ」と掌を上に誘導したのは、あの台の上だった。
 自分の鞄や木箱、燭台が置かれているその台は、大人ひとりが横になれる程の、十分な大きさがある。
 
 まだ消えぬ痛みで、唇を噛んだまま男を睨み続けるシュリに、ガルシアが無言で「言う通りにしろ」と目で指示をした。

「……」
 
 シュリが出血の続く傷を押さえたまま台の横に立つと、男は箱の中からロープを取り出し、
「これをお借りしますよ」
 そう言うと、シュリを台上に仰向けに倒し、腕を頭の上に持ち上げた。

「ンッ……!」 
 
 無理矢理に引き上げられた肩の傷が大きく開き、出血がドク……と増す。
 だが男はそれに構いもせず、そのまま両腕を一つに縛り、台に固定する。
 脚も左右に大きく開かれ、台の脚部に縛り付けられた。

「縛るなら、向こうへ吊るした方が早いだろう?」

 それを見ていたガルシアが、部屋の奥にある滑車付きの鎖をクイと顎で示した。

「そうですな。
 鞭を使われるのでしたら、全身が打てるように吊るすのが良いでしょう。
 ですが、私はこのように小男。
 鞭を振るうには、今一つ体力に自信がございません。
 ですので……」

 男が金属の包みを更に解くと、その先にはズラリと細い針が並んでいた。
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