華燭の城

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 だが男はその小さな呻きさえ喜び、そのまま指でビリビリと傷を裂き広げると、その大きさ、深さを測るように舐め回した。
 そうして何かに得心とくしんすると、細めた舌先は傷の中にまで入り込み執拗にまさぐっていく。

「……ッ……!」
 シュリが顔を背け、唇を噛む。
 
 ジワジワと滲み出てくる血とシュリの呻きに、男は嬉しそうに頬を上げ、ガルシアに振り返った。

「陛下、この傷はそちらのナイフ……。
 いや、この鋼は北方の特殊なもの……。
 特別あつらいで、只のナイフではなく……その切れ味は剣にも劣らない……のではないでしょうか?」
 
 椅子に座り、じっと男を見ていたガルシアの腰元にはホルダーがある。
 そこから覗く、太いナイフの柄に視線を送りながら男が声を掛けた。

「ああ、その通りだ」
 ガルシアはホルダーからナイフを引き抜くと、無造作に台の上に置いた。

 シュリの体を胸から左肩へ、20センチ近く切り裂いたナイフ。
 ガルシアが常に護身用として身に付けているそれは、この国では手に入らない異国の貴重な特殊鋼でできており、それなりの大きさ、重さがあり、尚且つ、手に馴染むように作らせた世界に一つしかない特注品だ。
 刃の切れ味も良く、まごうことなき逸品といえる。

「やはりそうでしたか。
 さすが陛下、素晴らしい物をお持ちで」

 男は自分の舌だけで感じ取った情報が間違っていなかった事に満足し、何度も頷きながら、ガルシアを褒める口上も忘れてはいない。

「しかしながら、切れ味の良いナイフは時として拷問には向かぬもの。
 切り口が鮮やか……綺麗であれば、一瞬の痛みは鋭いですが、傷もすぐに塞がります。
 長い時間いたぶるには……こういった物も……」

 男はシュリを抱いたまま、右手で二つ目の革包みを台に広げた。
 
 出てきたのは薬瓶ではなく、いくつもの金属の道具だった。
 大小長短取り交ぜ数多くあったが、男の性格を表すように、全てが綺麗に一列に並べられ収納されている。

「それが例の、お前の自慢の道具か?」

「ええ。これはなのですがね。
 今日は、素晴らしい玩具を与えて下さったお礼に少しご披露致しましょう。
 陛下の名品とは比べ物にはなりませんが……」

 と、謙遜も忘れず、男はその中から、二本の金属を抜き出しガルシアに差し出した。

 一本はキリの様に先端の尖った物。
 一本はメスと見える刃物。
 
 ガルシアはそれらを手に取った。
 キリは一見、鋭く見えるが、それは先端の僅かな部分だけで、他はザラザラとした研磨機のような質感。
 メスは見た目にもハッキリわかる程、先端が欠けたように不揃いで分厚く、よくあるディナーの肉用ナイフをさらに粗末にしたような物だ。

 どちらも鋭い……とは言い難く、切る、刺すを目的をするならば、ガルシアの通念上、それは玩具ガラクタと言っていい物だった。
 仰々しくする程の物ではない。


「これがか?」
 ガルシアが鼻で嗤う。

「ええ、痛みはこちらの方が……」

 言い終える前に、メスを握った男の手は、シュリの開いた傷の中にその先端を突き立てていた。

「……ンッッ!!」
 一瞬の呻きを上げ、立ったままのシュリがよろめく。
 
 男はシュリを逃がさぬように、抱いた左腕に力を入れると、グイと引き寄せ、その不揃いなメスをズズッ……と引き下げる。

「……ンァっ……グッ…………ッ……!!」

 血を滲ませていた傷口が更に切り裂かれていく。
 だがそれは “切る” とは違っていた。
 粗い刃に触れた体組織は潰れ、削り取られたように荒れている。

「これの良い所は、このように傷口が不揃いな事。
 裂いた傷はなかなか塞がらず、いつまでも痛み続けます。
 悪点は……力加減を間違うと出血が多くなってしまう事……ですか」

 そう言うと男は違う傷の上……右肩に近い鞭傷の上に一度目より強くメスを入れた。

「……ンッ…………ン゙ッ…………!」

 呻き、反射的に傷を押さえたシュリは、体を支える物が何も無い部屋の中央で、倒れまいと必死にこらえ、グッと男の顔を睨みつけた。
 痛みでひどく息が乱れ、激しく胸が上下すると、押えた指の間から鮮血が零れ落ちる。
 それでもシュリは唇を噛んでじっと耐え、声を上げはしなかった。

「……なるほど……。これほど強情とは……」

 男は一瞬驚いたように一度シュリの体を手放すと、一歩離れた所から、そのシュリの姿をジロジロと眺めた。

「……シュリ様、酒は? お好きで?」

「いや、シュリは神聖なる神の子だからな。
 人の世の酒など飲まぬらしい」

 ガルシアが皮肉を込めて答えると、
「ほう……そうですか……。
 では……これなどいかがでしょうなぁ……」

 男の手が薬瓶の包みを探り、あの薄紅とはまた違う瓶を取り上げた。
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