華燭の城

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 それから数日、ガルシアは酷く苛立っていた。
 ただじっと使者を待つという事が、ガルシアにとっては苦痛でしかない。
 だが相手は帝国。
 文句の一つも言えはしない。

 いつ来るかもわからない使者を待ち、毎夜開かれる宴。
 そして “今日こそは” という思いが裏切られた時、ガルシアは怒りの矛先をシュリの体へと向けた。
 あの小男に灼き開かれた傷が塞がらぬまま、新たな鞭傷が毎晩のように増えていく。

 朝方にやっと開放され、午後まで食も摂らずラウの薬で痛みに耐え、夕方には宴の支度をして、夜は各国来賓の相手を神の笑顔でこなす。
 そしてまた、あの部屋でガルシアの怒りと性の捌け口にされる。
 それがシュリの日課になっていた。


 この日も、ラウに支えられて部屋に戻ったシュリは、ベッドにその体を横たえると、痛みに耐えながら小さな呼吸を繰り返していた。
 ラウがその横で手当ての準備を始めた時だった。

「ラウ……」
 
 自分を呼ぶ小さな声でラウは振り返った。

「ラウ……ちゃんと眠れているか?
 少し顔色が悪い……」

「シュリ……。
 今、私の事など心配している場合ですか?
 ご自分の事だけを考えてください」

「だめだ、お前がいなければ、私は……」

 手を伸ばしかけたがそれさえも辛く、言葉が続かなくなっていた。

「さあ、もう黙って。お話しにならないで下さい。消毒をしますから。
 それから薬を飲んで、ゆっくり眠るのですよ」


 シュリが薬でようやく眠りに落ちてから、ラウは静かに部屋を出た。
 シュリが眠っている間にしなければならない事は山ほどある。
 休んでいる暇は無かった。
 
 薬を作る事も、ジーナ皇子の医師団の件も、何一つ欠けても、今のシュリは壊れてしまう。
 重い足を引きながらラウは自室へと向う。
 これがラウの日課だった。

 それに昨夜は、神国へ派遣した初めての医師団が帰国したはずだ。
 もう何か報告が来ているかもしれない。
 その思いが一層ラウの歩調を早めさせていた。


 それから3時間程経った頃、シュリは目覚めようとしていた。
 十分な睡眠がとれたわけでも無ければ、誰かに起こされたわけでもない。
 眠っていられないのだ。
 心臓が鼓動を刻む度、傷が鈍痛を繰り返す。
 
 この痛みはいつもの事だ。
 声を上げるわけでもなく、ただじっと耐えればいい。
 寝がえりもままならない体で唇を噛み、拳を握り締めた。

 だがそれだけではなかった。
 酷く苦しかった。
 深い呼吸ができず、浅い息を繰り返すうちに、手足が小さく震えだす。

 数日前から……石牢で、あの小男に責められた時からか、何度もこの震えに襲われるようになっていた。
 ラウには言っていない。
 いや、言えなかった。

 本人は大丈夫だと笑うが、最近、ラウの顔色が悪いのは気が付いている。
 自分のせいなのだ……。
 これ以上、迷惑を掛けるわけにいかなかった。

 だがこの震えは、放っておくと時間が経つにつれ痙攣のように酷くなり、呼吸さえままならなくなる。
 自分では止められないこの苦しさは、痛みと違い我慢するという事ができない。
 そのことを、シュリは初めてこの症状に襲われた時に学んでいた。

 自分の体に何が起こっているのか……。
 あの小男の妖しい笑みを思い出していた。

「……ラウ……」
 
 薄っすらと目を開けて首を巡らせたが、その目に映るのは、シンとした部屋で静かに燃える暖炉の炎がわずかだけで、ラウの姿も気配も感じられない。

「……ンッッッ……っ……」

 鈍痛に耐えて、震える右腕に力を入れて体を起こした。
 劇薬で灼かれた両肩の傷は今も塞がっていない。

 無意識に左手は、傷をかばうように体を押さえてはいるが、体中にある無数の傷の、いったいどこに触れているのか……それさえも、もうわからなかった。

 やっとの思いで半身を起こすと、右手がベッド脇の箱へと伸び、中の瓶を握り取る。
 水差しもテーブルの上に置いてあったが、そこまで歩いて行くのは、到底無理だった。
 
 ハァハァと肩で息をするシュリの息遣いと、瓶の中の小さな錠剤がカラカラと鳴る音だけが静かな部屋に響き渡る。
 シュリは震える手で瓶の蓋を開け、親指の先程の錠剤を掌に取り出した。
 箱の隣に置かれた時計は、まだ前の薬から3時間程しか経っていない時刻を指している。

『時間は必ず守るように』
 いつもそう言っていたラウの顔が脳裏に浮かぶ。

 ラウ……。

 一瞬考え、躊躇し、薬を握り締めた。
 だがシュリは、それを口に運んだ。

 そのまま力尽き、横向きに倒れ込み、上掛けを握り締めて薬が効くのをじっと待った。
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