華燭の城

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 薄暗い使用人棟の廊下を抜け、自分の部屋へと戻ると、ラウは真っ直ぐに奥の薬品部屋向かい、その扉の鍵をかける。
 机の上の蝋燭を灯し、ガラスの小瓶を取り上げた。
 すでに2割程減った琥珀色の液体。
 それを確認した後、いつものようにグラスに入れて水で割り、一息で飲み干す。
 そして再び部屋に鍵をかけ、夜の廊下へと足早に出て行った。


 使用人棟から執務棟へ大理石の廊下を抜け、主棟の真紅の絨毯の上を歩き、向かった先はガルシアの居室。
 その扉の前でラウは立ち止まった。

 ガルシアは今夜の事で苛立ち、そして焦っている。
 このまま怒りを放置すれば、その捌け口に使われるのはシュリなのだ。
 一刻も早くシュリの意向を伝え、怒りを鎮めなければ、次に何を考え、何を言い出すか……それが恐ろしかった。


 宴から戻ったガルシアも、オーバストを早々に追い出し、ひとり荒れていた。
 勿論、やっと届いた書状を素直に渡さないナギに対してだ。

「くそっ! 小僧めが!
 さっさと渡して帰ればよいものを!」
 誰も居ない自室で一人、酒を呷りながら怒鳴っていた。

 怒りのせいか、酒のせいか、体が酷く熱い。
 このどうしようもない熱を放出しなければ、内側から灼け崩れてしまいそうだった。
 いつもなら、すぐにでもシュリを呼び出し、石牢に吊るし、この有り余る熱を鞭に代えて打ち据えている。
 だが『また声を掛ける』とナギに言われてしまっては、いつ呼び出されるかわからず、それさえも儘ならない。

 あの小僧さえ大人しく帰っていれば、今夜は最高の夜になるはずだった。
 あの小僧さえ!
 思考の最後には、そこに巡り戻って益々怒りの炎は燃え上がる。

「くそがぁっー!!」

 ひとり叫び、振り返ったその目に、棚の端に置かれた瓶が映った。
 それはあの小男が、ガルシアに渡した薄紅の甘い匂いの液体。

 その瞬間、灼熱の針で体中を刺され、縛られたまま痛みに体を捩り叫んでいたシュリを思い出した。
 ゾクリと脳天から背中まで痺れるような快感が走り、それは自身の下半身へ到達し大きく反応する。

 シュリの、あの痛みに苦しむ叫びが聞きたかった。
 血を流し、苦痛に耐える美しい顔が見たかった。
 体中が喜びに震える程のシュリの体内。
 柔らかく、熱く狭いそこへ、この猛る自身モノを無理矢理に捻じ込み、泣き叫ばせながら滅茶苦茶に犯したい……。

 ガルシアは思わずそれを手に取り、あの甘美なシュリの苦痛の余韻に浸るように蓋を開けた。
 途端に強烈な香気が鼻をつく。
 思わず顔を顰めた。

 ……!
 くそっ……!!
 余計に腹が立った。



「陛下……」
 
 その時、静かに扉がノックされた。
 入って来た男の顔を見るなり、ガルシアは怒鳴り声を上げる。

「ラウム! あの生意気な小僧はどうした!
 何故さっさと書状を渡さん!
 いったい何が気に入らぬと言うのだ!
 しかもシュリと知り合いだと!?
 そんな事はワシは知らん! 何も聞いてはおらんぞ!
 くそっ!! 皆の前で、ワシに恥をかかせおって!!」

 せわしなく部屋をウロウロと歩きまわり、邪魔なテーブルを蹴り上げ、脈絡なく怒鳴り、腹に溜まった怒りを目の前に現れたラウにぶつけまくる。
 だがそれだけでは、到底怒りは収まらない。
 テーブルの上の酒瓶を片手で握ると、いきなり、力任せに投げつけた。

 ――ガシャンッ!!

「……ナギ殿下でしたら、お通しした部屋で、もうお休みではないかと」
 飛んで来た酒瓶が顔の横をかすめ、扉にぶつかり、派手な音を立てて割れてもなお、ラウは微動だにしなかった。
 
 ラウにしてみれば、この程度の怒りは想定内。
 ガルシアのこの状態も想像していた通り。
 10歳の時からもう17年、この陛下に仕えてきたのだ。
 わからぬはずがない。

 ラウは驚きもせず、ひるみもせず、頭を下げたまま、静かにシュリの意向をガルシアに伝え始めた。

 秘密は必ず守る、守り続ける。
 だからジーナ皇子の……弟の約束も、神国の安全もそのままだと。
 全て今まで通り、何も変わりはしないのだと……。

 淡々としたその姿を、初めこそ怒りで睨むように見つめていたガルシアだったが、そこは世に名の知れた一国の王。
 話が進むに連れ、徐々にその顔は落ち着きを取り戻していった。

 そうだ、そうなのだ。
 シュリが黙ってさえいればいいのだ。
 あのナギが幾日滞在するかは知らないが、所詮はただの使い走り。
 いつかは書状を置いて、ここを出ていくしかないのだから……。
 すごすごと、この城を出て行くナギの姿を思い浮かべた。

 最後に笑うのはおのれなのだ。

 一つ大きく息を吐き、落ち着きを取り戻したガルシアは、
「確かなのだな? ならば、それで良い」
 
 それだけを言うと、テーブルの上の例の小瓶に目を遣った。
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