131 / 199
- 130
しおりを挟む
驚き振り返ったラウの視線の先……。
冷たい石の廊下を、こちらに向かってシュリが歩いて来ていた。
その姿にラウは息を呑んだ。
オーバストが持って来たあの正装を、ピシリと身につけている。
漆黒の正装の左手に、あの継承の剣を握り、左肩の銀の勲章を飾り留めに、長い純白のペリースストールが優雅に翻る。
そのストールの中で、シュリは右腕で腹を押さえるようにして、傷口を塞いでいるのだろうか……。
腫れ上がっていた右手も、そのストールで上手く隠し、外からは全くあの傷を窺い知る事はできない。
右肩と左胸で揺れる国旗と同じ紋章を象った金銀の飾りや勲章。
それらが一段暗い廊下であっても、わずかな光を集め、蒼白のシュリの顔が一層美しく際立っていた。
「……シュリ! 何をしているのです! そんな体で……!
まだ無理です! 動いてはいけません!
傷が塞がっていないのですよ!」
まだ出血も止まらないというのに、あれほど重い服を……!
……無茶な……!
思わず側に寄ろうとしたラウに、シュリの左手がスッと動いた。
無言のまま、握った継承の剣を……その剣先をラウの右肩に突き付けたのだ。
「……!」
ラウの表情が変る。
ハッと身を硬くした後、すぐにその場で足を止め、突き付けられた右肩の剣に操られるように片膝を付き、シュリの前に跪いた。
そのまま静かに頭を垂れ、右手を左胸に当てて最礼を尽くす。
それは、鞘に収めたままとはいえ “我の前に服従し忠誠を誓え” という、主が臣下に対し行う儀礼だった。
そんなラウを見下ろしたまま、
「ラウ、お前にそんな事を頼んだ覚えはない。
勝手な真似をするな」
シュリの低く冷たい声が飛んだ。
下を向いたままのラウの体がビクンと震えた。
あの体で、こんな声が出るはずがないのだ……。
「……シュリ……様……。
申し訳……ございません……」
「……ほう?
死ぬだの、なんだのと大袈裟に言っていたが、大丈夫そうではないか」
ガルシアは現れたシュリの美しい姿を舐めるように眺め、満足そうに頷いた。
「ガルシア……今のラウの話は無しだ。
約束は……弟の約束は、必ず守ってもらう……」
シュリが、ラウからガルシアに顔を向ける。
「あぁ、よかろう。お前が出て来たのなら何も問題はない。
そのかわり、今日は必ずあの親書を手に入れろ。何としてもだ。
できない場合は……」
「……わかっている……」
ラウムを跪かせたままのシュリを見ながら、ガルシアがニヤリと笑い「ではそろそろ行こうか」と、その視線が扉へと移る。
「シュリ……様……! 待ってください……!」
無言で頷き、ガルシアと共に広間へ入って行こうとするシュリを、ラウが引き留め叫んだ。
跪いたまま、悲痛な表情で手を伸ばす。
「……行ってはいけません……シュリ様……!
その御身体では……無理です……!」
そのラウの声に小さく振り返ったシュリの額には、すでに大粒の汗が浮かんでいる。
「うるさいぞ! ラウム!
本人が大丈夫だと言っているのだ! 引っ込んでいろ!」
「では……! では私も中へご一緒させてください!」
いつもは廊下で控えているラウが食い下がる。
「今日は大事な受書の宴!
そんな場で、皇子に従者がついていても何の差支えもないはず!
それに……!
シュリ様の御体を知る私が側に居た方が……もしもの時は……。
もし、途中で倒れられでもしたら、また親書は手に入りません!
そうなれば、困るのは陛下ではないのですか!」
その声にガルシアが「……ワシを脅す気か?」とラウを睨みつけた。
「だがまぁ、それも一理。
今夜だけ特別に許してやる。10分だけ待つ。さっさと着替えて来い」
今日こそは何として親書を……そう思うガルシアの目が冷たく光る。
「は、はい……! シュリ様、しばらくお待ちを……!」
ラウは、傷口を押さえるように壁に寄りかかり、必死に立つシュリの方を見て一礼すると、杖をつきながら廊下の奥へと消えて行った。
冷たい石の廊下を、こちらに向かってシュリが歩いて来ていた。
その姿にラウは息を呑んだ。
オーバストが持って来たあの正装を、ピシリと身につけている。
漆黒の正装の左手に、あの継承の剣を握り、左肩の銀の勲章を飾り留めに、長い純白のペリースストールが優雅に翻る。
そのストールの中で、シュリは右腕で腹を押さえるようにして、傷口を塞いでいるのだろうか……。
腫れ上がっていた右手も、そのストールで上手く隠し、外からは全くあの傷を窺い知る事はできない。
右肩と左胸で揺れる国旗と同じ紋章を象った金銀の飾りや勲章。
それらが一段暗い廊下であっても、わずかな光を集め、蒼白のシュリの顔が一層美しく際立っていた。
「……シュリ! 何をしているのです! そんな体で……!
まだ無理です! 動いてはいけません!
傷が塞がっていないのですよ!」
まだ出血も止まらないというのに、あれほど重い服を……!
……無茶な……!
思わず側に寄ろうとしたラウに、シュリの左手がスッと動いた。
無言のまま、握った継承の剣を……その剣先をラウの右肩に突き付けたのだ。
「……!」
ラウの表情が変る。
ハッと身を硬くした後、すぐにその場で足を止め、突き付けられた右肩の剣に操られるように片膝を付き、シュリの前に跪いた。
そのまま静かに頭を垂れ、右手を左胸に当てて最礼を尽くす。
それは、鞘に収めたままとはいえ “我の前に服従し忠誠を誓え” という、主が臣下に対し行う儀礼だった。
そんなラウを見下ろしたまま、
「ラウ、お前にそんな事を頼んだ覚えはない。
勝手な真似をするな」
シュリの低く冷たい声が飛んだ。
下を向いたままのラウの体がビクンと震えた。
あの体で、こんな声が出るはずがないのだ……。
「……シュリ……様……。
申し訳……ございません……」
「……ほう?
死ぬだの、なんだのと大袈裟に言っていたが、大丈夫そうではないか」
ガルシアは現れたシュリの美しい姿を舐めるように眺め、満足そうに頷いた。
「ガルシア……今のラウの話は無しだ。
約束は……弟の約束は、必ず守ってもらう……」
シュリが、ラウからガルシアに顔を向ける。
「あぁ、よかろう。お前が出て来たのなら何も問題はない。
そのかわり、今日は必ずあの親書を手に入れろ。何としてもだ。
できない場合は……」
「……わかっている……」
ラウムを跪かせたままのシュリを見ながら、ガルシアがニヤリと笑い「ではそろそろ行こうか」と、その視線が扉へと移る。
「シュリ……様……! 待ってください……!」
無言で頷き、ガルシアと共に広間へ入って行こうとするシュリを、ラウが引き留め叫んだ。
跪いたまま、悲痛な表情で手を伸ばす。
「……行ってはいけません……シュリ様……!
その御身体では……無理です……!」
そのラウの声に小さく振り返ったシュリの額には、すでに大粒の汗が浮かんでいる。
「うるさいぞ! ラウム!
本人が大丈夫だと言っているのだ! 引っ込んでいろ!」
「では……! では私も中へご一緒させてください!」
いつもは廊下で控えているラウが食い下がる。
「今日は大事な受書の宴!
そんな場で、皇子に従者がついていても何の差支えもないはず!
それに……!
シュリ様の御体を知る私が側に居た方が……もしもの時は……。
もし、途中で倒れられでもしたら、また親書は手に入りません!
そうなれば、困るのは陛下ではないのですか!」
その声にガルシアが「……ワシを脅す気か?」とラウを睨みつけた。
「だがまぁ、それも一理。
今夜だけ特別に許してやる。10分だけ待つ。さっさと着替えて来い」
今日こそは何として親書を……そう思うガルシアの目が冷たく光る。
「は、はい……! シュリ様、しばらくお待ちを……!」
ラウは、傷口を押さえるように壁に寄りかかり、必死に立つシュリの方を見て一礼すると、杖をつきながら廊下の奥へと消えて行った。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
76
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる