華燭の城

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「ここを開けろ!」

 西国にある一軒の屋敷の前で、男の声が闇に響いた。
 応対に出たメイドが、表に立ち並ぶ兵士を見て、驚いたように屋敷内へ踵を返す。
 家主を呼びに戻ったのか、その直後、ひとりの小男が入り口に現れた。

 緊張しているのか、表情はわずかに歪んでいるものの、そこはさすが西国の国防のトップに立つ男だけはあった。

「これはこれは……もしや……。
 帝国皇太子、ナギ殿下ではございませんか……?」
 と、作り笑いを浮かべ、余裕をみせる。

「こんな夜遅くに、いきなり私邸へご訪問とは……。
 さて……。私と殿下はそれほど旧知の仲でございましたでしょうか?」
 嫌味を言う事も忘れてはいない。

「別にお前と仲良くしたいわけではないのでな。
 礼を欠き、夜遅くに約束もなく尋ね、嫌われたとしても一向に構わない」

 ナギの答えに一瞬怯んだ様子の男だったが、再び口元だけで笑みを作る。

「ほう…………。
 ……で、今宵は何のご用件でしょう?
 ここは西国、殿下のお国とは同盟を結んでおりません。
 ……というか敵国のど真ん中。
 そこに自らお出ましとは……。まさか我が国に自ら捕まりに?
 それとも戦さでも仕掛けるおつもりでしょうか」
 
「戦さか……そうだな……。
 別に今すぐ、この国をどうこうする気は無かったのだが……。
 ちょっと急用ができてな。
 それに今夜、ここに連れて来たのは、私の近衛の内の一個小隊分だけ。
 今はこれだけしか動かせなくてなぁ……さてどうするか……」

 後ろに立つ10名程の軍服姿の兵を視線で指しながら、
「残りの近衛大隊は、まだ国境前なんだ」
 わざわざ手の内を見せるように説明する。
 
「一個小隊! いやはや、驚きましたな。
 たったこれだけで敵国に乗り込み、いったい殿下は何をなさろうと言うのですかな?」

 その数の少なさに安堵したのか、男は今度こそ本物の笑みを見せた。

「ここでやり合うおつもりならば、我が軍を動かすまでの事。
 そちらが10名であっても、手加減はしませんぞ?」

ねぇ……。それはこの人達の事か?」

 今度は視線だけではない。
 ナギが体ごと振り返ると、近衛の垣が割れる。
 その10名の後ろには、違う色の軍服を着た兵が庭を埋め尽くしていた。

「……! こ、これは……我が国の……」

 男は慌ててエントランスから庭へと走り出る。

「お前達! ここで何をしている! ここは私の私邸だぞ!!
 それに私は、出動命令など出した覚えは無いぞ!
 誰の命令で動いている! 勝手な事をするでない!」

「あー悪い。ひとつ言い忘れてたわ。
 命令を出したのは、お前の所のー……西国の王だ」

 怒鳴る男の背に向かい、ナギが涼やかな顔で応えた。

「王が……!? 何故……何の為に……」

「いや、俺はな、お前と少し話がしたかっただけなんだけどな。
 同盟を結んでいない国に、近衛と言えど、我が軍の兵を入れるにあたって、ちょぉーっと! ご挨拶がてら、王に事情をお話したら、貸してくれたんだよ。
 ……『裏切り者を捕まえるなら協力しよう』……ってな」

 本当の事を言えば、手を回したのはナギの父である帝国皇帝だ。
 自分が国を出る前には、王同士の間で話はついていたのだが、そこは細々とこの男に説明して聞かせる義理もない。時間短縮のための省略だ。

「裏……切り……って……」

 そう自分で言葉にし、初めて男はそれが何を意味するか……ようやく気付いたようだった。
 それまで優位に立っていた顔から、一気に表情が消え失せる。

「わ、私は何も知らん……」

「へぇ……。言われないと判らないか?
 じゃあ聞くが、敵であるはずのガルシアと一緒に居たのはなぜだ?
 あの城に居ただろう? 誤魔化せると思うなよ?
 俺の近衛隊長がハッキリ見ている」

「……っ……」

 迂闊だった。
 ナギ達が同じガルシアの城内に居る事は知っていた。
 だから、できるだけ目立たぬよう、隠れていた……はずだった。

「何の事か判ったようだな。
 では、少しお邪魔するよ」

 ナギは笑みを浮かべながら、悠々と屋敷へ上がり込んだ。
 それはまるで、懐かしい友人の家にでも遊びに来たかのようだった。
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