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重厚で巨大な執務机に大量の書類を並べ、オーバストの報告を聞いていたガルシアは、一瞬、怪訝な表情を浮かべた。
隣に立つ男をチラと見る。
「では、私はこれで」
その視線でオーバストが軽く頭を下げた。
だがこれは、神国からシュリを連れ帰った際、見張りを任せた男。
側近長という立場であり、全ての事情を呑み込んでいる。
何も隠すことは無い。
「構わん、ここに居ろ」
「しかし……私は急ぎ報告に来ただけですので……」
「居ろと言っている。……入れ」
前者は退室しようとするオーバストに、後者はノックしたラウに向かってそう言いながら、ガルシアは自らも立ち上がった。
重い扉が開かれ、ラウの後ろに続き入って来たシュリの姿を見て、ガルシアの顔はわずかな驚きを見せた。
服は汚れ、ラウムの上着を肩から無造作に掛けただけで、喧嘩でもしたのか、顔には殴られたような傷があり、切れた唇の端には血の跡もある。
「ほう……」
ガルシアは興味深げにシュリに近付くと、その姿をまじまじと見た。
「どうした? 何があった?
自分からここに来る程だ。体が疼き、抱いて欲しくなったのかと思ったが……。
その様子では、どうやら違うようだ」
ニヤリと笑いながら、シュリの顎をクイと持ち上げると、唇端の血を親指の腹で拭い取る。
そこに自分の唇を押し付けた。
退室を許されず、執務机の横で微動だにせず立っていたオーバストが二人を見つめる。
ガルシアに仕えるまで、多くの国を渡り歩き、傭兵を生業としてきた。
男しかいない戦場では、戦争という一種の異常な精神の興奮を抑えるために、兵士同士でそういう事が行われるのは知っている。
だが、自分の中で、それらは全てにおいて実践を伴っていない。
話に聞いただけの、頭での知識であり、男同士の行為を実際に見たのはこれが初めてだった。
ガルシアの長い舌が、シュリの唇を割って強引に入り込もうと蠢いていた。
オーバストの眉間がピクリと動く。
視線がわずかに二人から外れ、彷徨うように宙を行く。
だがそれ以上、表情に出さなかったのは、さすがオーバスト……“大佐” とまで呼ばれるだけの事はあった。
「……ンッ……!」
シュリは強く顔を振ってガルシアの唇から逃れると、そのままグッと睨みつける。
濡れた唇を拭おうともせず、
「ヴェルメを……粛清したというのは本当か?」
そう言った。
その言葉にラウが驚き、シュリを見る。
あのヴェルメの息子が、シュリを襲った理由がやっとわかったのだ。
「何かと思えば、それで来たのか」
ガルシアは驚きもせず冷笑した。
そしてガルシアも、今のこのシュリの姿の意味が判ったようだった。
「……答えろ」
「ああ、確かにヤツは死んだらしいな。だが、強盗だったと聞いている。
あれも、つくづく運の無い男よな」
「お前が……殺らせたのだろ……」
「いきなり、人聞きの悪い事を言うやつだな。
……しかしまぁ……。
……で? もしそうだと言ったら? だから何だと言うんだ?」
罪悪感の欠片も無く、平然とガルシアは笑い、その手がシュリの顎を鷲掴む。
「君主に歯向かえばどうなるか、教えてやったまでの事。
あの場でさっさと斬り捨てても良かったのだ。
それを、強盗などと面倒な芝居を仕立ててやったのも、お前が『見逃してやれ』などと言うからだ。
お前の顔を立てたのだぞ? 礼を言って欲しいぐらいだ」
「貴様っ……!」
込み上げる怒りで、シュリは左手一本でガルシアの胸ぐらを掴み上げた。
「シュリ! いけません!」
「陛下に何をする!」
見ていた二人が叫ぶのと同時だった。
「ハッハッハッ……!」
二人の慌てようが余程おかしかったのか、ガルシアが不意に笑い声を上げた。
隣に立つ男をチラと見る。
「では、私はこれで」
その視線でオーバストが軽く頭を下げた。
だがこれは、神国からシュリを連れ帰った際、見張りを任せた男。
側近長という立場であり、全ての事情を呑み込んでいる。
何も隠すことは無い。
「構わん、ここに居ろ」
「しかし……私は急ぎ報告に来ただけですので……」
「居ろと言っている。……入れ」
前者は退室しようとするオーバストに、後者はノックしたラウに向かってそう言いながら、ガルシアは自らも立ち上がった。
重い扉が開かれ、ラウの後ろに続き入って来たシュリの姿を見て、ガルシアの顔はわずかな驚きを見せた。
服は汚れ、ラウムの上着を肩から無造作に掛けただけで、喧嘩でもしたのか、顔には殴られたような傷があり、切れた唇の端には血の跡もある。
「ほう……」
ガルシアは興味深げにシュリに近付くと、その姿をまじまじと見た。
「どうした? 何があった?
自分からここに来る程だ。体が疼き、抱いて欲しくなったのかと思ったが……。
その様子では、どうやら違うようだ」
ニヤリと笑いながら、シュリの顎をクイと持ち上げると、唇端の血を親指の腹で拭い取る。
そこに自分の唇を押し付けた。
退室を許されず、執務机の横で微動だにせず立っていたオーバストが二人を見つめる。
ガルシアに仕えるまで、多くの国を渡り歩き、傭兵を生業としてきた。
男しかいない戦場では、戦争という一種の異常な精神の興奮を抑えるために、兵士同士でそういう事が行われるのは知っている。
だが、自分の中で、それらは全てにおいて実践を伴っていない。
話に聞いただけの、頭での知識であり、男同士の行為を実際に見たのはこれが初めてだった。
ガルシアの長い舌が、シュリの唇を割って強引に入り込もうと蠢いていた。
オーバストの眉間がピクリと動く。
視線がわずかに二人から外れ、彷徨うように宙を行く。
だがそれ以上、表情に出さなかったのは、さすがオーバスト……“大佐” とまで呼ばれるだけの事はあった。
「……ンッ……!」
シュリは強く顔を振ってガルシアの唇から逃れると、そのままグッと睨みつける。
濡れた唇を拭おうともせず、
「ヴェルメを……粛清したというのは本当か?」
そう言った。
その言葉にラウが驚き、シュリを見る。
あのヴェルメの息子が、シュリを襲った理由がやっとわかったのだ。
「何かと思えば、それで来たのか」
ガルシアは驚きもせず冷笑した。
そしてガルシアも、今のこのシュリの姿の意味が判ったようだった。
「……答えろ」
「ああ、確かにヤツは死んだらしいな。だが、強盗だったと聞いている。
あれも、つくづく運の無い男よな」
「お前が……殺らせたのだろ……」
「いきなり、人聞きの悪い事を言うやつだな。
……しかしまぁ……。
……で? もしそうだと言ったら? だから何だと言うんだ?」
罪悪感の欠片も無く、平然とガルシアは笑い、その手がシュリの顎を鷲掴む。
「君主に歯向かえばどうなるか、教えてやったまでの事。
あの場でさっさと斬り捨てても良かったのだ。
それを、強盗などと面倒な芝居を仕立ててやったのも、お前が『見逃してやれ』などと言うからだ。
お前の顔を立てたのだぞ? 礼を言って欲しいぐらいだ」
「貴様っ……!」
込み上げる怒りで、シュリは左手一本でガルシアの胸ぐらを掴み上げた。
「シュリ! いけません!」
「陛下に何をする!」
見ていた二人が叫ぶのと同時だった。
「ハッハッハッ……!」
二人の慌てようが余程おかしかったのか、ガルシアが不意に笑い声を上げた。
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