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4.公僕
公僕④
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鷹條は彼女が今、家族も頼るものもなく一人だということを知っている。
「とにかく、ダメだ」
「お前の許可は要らないよ。お前はお前で好きなようにすればいいだろ。今ハッキリ言ったのは、明確にしておきたかったからだ」
「何をだ? ライバルだとでも言いたいわけか?」
鷹條は自分でそれを言って、香坂の表情を見てからしまったと思った。
香坂は何を明確にするとは一言も言っていない。
焦るあまりに鷹條は先走って香坂をライバルだと口走ったのだ。
「ま、僕は『何を』とは言っていないよ?」
「そうだな」
歯噛みしたいような気持ちだ。
香坂とは学生時代からの付き合いであることもあって、つい地が出てしまうし、鷹條のことはある程度分かっている。
「『何を』は今から言うんだ。つまりお前がアプローチもしないでノロノロしているんだったら、僕が彼女を守りたいって話だよ」
にやにやと笑っているのにイライラした。見透かすような笑顔には腹が立つ。
「絶対に手を出すな」
そう言って、診察室を出てロビーの椅子で待っていた亜由美に声をかけた。
「方向は同じなんだ。今タクシーを呼ぶから一緒に帰ろう」
そうして、病院の外に出て二人でベンチに腰掛けてタクシーが来るのを待った。
お礼をさせてほしいと亜由美はひどく熱心に言ってくれる。
鷹條はそれを受けてしまいたいような気持ちにさせられた。
けれど、公務員としての禁止事項であるということが鷹條の中で引っかかってしまって気持ちすら受けることができない。
公務員は利害関係に該当するものから接待や無償でサービスを受けたり、金品やものをもらうと収賄罪に該当する可能性がある。
しゅん……とする亜由美を見てなんだか申し訳なくなった。
だから『立場的に無理なのだ』と説明した。
公僕だから無理なのだ、と。
彼女はそれで納得したようだった。
なんとなく、公務員はものをもらってはいけないんだろう。ぐらいのことは認識しているのではないだろうか。
警察官は公務員なので、当然これに該当するし、執行権をもつ立場ということもあり、ことさらに厳しい。
とは言え友人関係や恋人からのプレゼントなのであれば、収賄には該当しないのだ。
それでもお礼であれば、収賄に該当しかねない。お礼など受け取ってはいけない立場なのだから。
『公務員は、特定への奉仕者ではなく全体への奉仕者である』
公職の在り方を示すこの言葉は、憲法第15条第2項に基づくもので、国家公務員法にも地方公務員法にも規定されている。
公務員法を理解している公務員なら、お礼などは受け取らない。
──個人的に関係があれば、別だが。
そんなことを考えていたら、マンションの前に着いてしまった。
「あの……良かったら、何かお出ししますけど……」
亜由美は律儀な性格なのだろう。それは今日のさまざまな言動から見ていても分かる。
いくら亜由美がいいと言ってくれたからといって図々しく上がり込むことは、鷹條にはできなかった。
「いや。こんな時間に独身のお嬢さんの部屋に上がり込むわけにはいかないだろう」
連絡先を交換してほしいと言えばいいのだろうか。
(強要にはならないだろうか?)
そんなことを考えていたら、ありがとうございましたと鷹條は頭を下げられ、亜由美はマンションの中に入っていってしまった。
その後ろ姿を鷹條は見送ることしかできなかったのだ。
軽くため息をついて、鷹條は官舎の方角に足を向けた。
「とにかく、ダメだ」
「お前の許可は要らないよ。お前はお前で好きなようにすればいいだろ。今ハッキリ言ったのは、明確にしておきたかったからだ」
「何をだ? ライバルだとでも言いたいわけか?」
鷹條は自分でそれを言って、香坂の表情を見てからしまったと思った。
香坂は何を明確にするとは一言も言っていない。
焦るあまりに鷹條は先走って香坂をライバルだと口走ったのだ。
「ま、僕は『何を』とは言っていないよ?」
「そうだな」
歯噛みしたいような気持ちだ。
香坂とは学生時代からの付き合いであることもあって、つい地が出てしまうし、鷹條のことはある程度分かっている。
「『何を』は今から言うんだ。つまりお前がアプローチもしないでノロノロしているんだったら、僕が彼女を守りたいって話だよ」
にやにやと笑っているのにイライラした。見透かすような笑顔には腹が立つ。
「絶対に手を出すな」
そう言って、診察室を出てロビーの椅子で待っていた亜由美に声をかけた。
「方向は同じなんだ。今タクシーを呼ぶから一緒に帰ろう」
そうして、病院の外に出て二人でベンチに腰掛けてタクシーが来るのを待った。
お礼をさせてほしいと亜由美はひどく熱心に言ってくれる。
鷹條はそれを受けてしまいたいような気持ちにさせられた。
けれど、公務員としての禁止事項であるということが鷹條の中で引っかかってしまって気持ちすら受けることができない。
公務員は利害関係に該当するものから接待や無償でサービスを受けたり、金品やものをもらうと収賄罪に該当する可能性がある。
しゅん……とする亜由美を見てなんだか申し訳なくなった。
だから『立場的に無理なのだ』と説明した。
公僕だから無理なのだ、と。
彼女はそれで納得したようだった。
なんとなく、公務員はものをもらってはいけないんだろう。ぐらいのことは認識しているのではないだろうか。
警察官は公務員なので、当然これに該当するし、執行権をもつ立場ということもあり、ことさらに厳しい。
とは言え友人関係や恋人からのプレゼントなのであれば、収賄には該当しないのだ。
それでもお礼であれば、収賄に該当しかねない。お礼など受け取ってはいけない立場なのだから。
『公務員は、特定への奉仕者ではなく全体への奉仕者である』
公職の在り方を示すこの言葉は、憲法第15条第2項に基づくもので、国家公務員法にも地方公務員法にも規定されている。
公務員法を理解している公務員なら、お礼などは受け取らない。
──個人的に関係があれば、別だが。
そんなことを考えていたら、マンションの前に着いてしまった。
「あの……良かったら、何かお出ししますけど……」
亜由美は律儀な性格なのだろう。それは今日のさまざまな言動から見ていても分かる。
いくら亜由美がいいと言ってくれたからといって図々しく上がり込むことは、鷹條にはできなかった。
「いや。こんな時間に独身のお嬢さんの部屋に上がり込むわけにはいかないだろう」
連絡先を交換してほしいと言えばいいのだろうか。
(強要にはならないだろうか?)
そんなことを考えていたら、ありがとうございましたと鷹條は頭を下げられ、亜由美はマンションの中に入っていってしまった。
その後ろ姿を鷹條は見送ることしかできなかったのだ。
軽くため息をついて、鷹條は官舎の方角に足を向けた。
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