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花を手折るまで後、5日【3】
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頬に触れる手が、気持ちいいと思った。自分より低い体温を求めて僕は手を伸ばした。
安心する。
僕は掴んだ手に唇を寄せて微笑んだ。ひやりとした感触が唇に伝わる。誰かの手は一瞬力を込めたものの、またすぐに力を抜いてくれた。僕は手に頬を擦り寄せながらまどろんだ。もう片方の手で優しく頭を撫でられて、僕は心地良さを感じながらもう一度夢の世界に落ちた。
僕が自分の部屋のベッドの上で目を覚ますと、目の前にはシセルがいた。まだ夢を見ているのかと思ったが、どうやら違うらしい。
シセルは僕の手を握りながら、ベッドにもたれ掛かるようにして規則正しい寝息を立てていた。乗馬大会で疲れたのだろう。いつもとは違う警戒心のない、あどけない表情に、僕は少しだけ心臓が早くなるのを感じた。
いつぶりだろう、シセルのこんな顔を見るなんて。
懐かしさと共に愛おしさが急激にこみ上げてくる。
どうしよう、すごく触りたい
しかしすぐに頭を振って邪な想いをかき消す。
寝ている相手に向かって何を考えているんだ、と僕は自分を律してシセルと繋いだ手を離そうとした。が。
あろうことか、シセルは僕の手を強く握り締めてきた。そして、ふ、と小さく笑った。
瞬間、僕は無意識にシセルの乱れた前髪を左右にはらっていた。身体を屈めて吐息がかかるくらいに近づく。
今だけは許してください。
僕は許しを乞いながらそっとシセルの額に唇を寄せた。シセルに気づかれないようゆっくりと息を潜めて。しかし触れるか触れないかの距離まで近づいたところで急に怖くなった。慌てて身体を離すとベッドが揺れ、シセルが目を覚ました。
「あ、……おはよう」
いくら未遂とはいえ、先程の行為の後ろめたさから声が裏返る。シセルは少しだけぼーっとした顔をした後、すぐに正気に戻ったようで、いきなり僕の両肩を掴んだ。
もしかして、キスしようとしていたのがばれた!?
なにか言わなければと口を開くが、良い言い訳が思いつかず結局言葉にできない。そうしている内に、シセルは僕の顔を探るように撫で始めた。
「な、なに……?」
「どこか痛い所は?」
「痛い所はないけど……」
「眩暈とか吐き気は?」
「それもない……」
「俺のこと分かるか?」
「シセル」
そこまで聞き終えて、ようやくシセルは撫で回すのをやめた。
そして大きく息を吐くと僕の肩にもたれ掛かってきた。
「よかった……」
搾り出すようなその声に、心配を掛けてしまっていたんだとようやく気づく。
「僕、もしかして倒れた?」
「そうだよバカ」
「あ、やっぱり」
「寝不足で貧血だってよ。そんなに具合悪かったならなんで言わなかったんだよ!」
朝の時点では具合は悪くなかった。正確に言えば少しの倦怠感は感じていたが、予想だにしていなかったシセルの訪問ですっかり忘れていた。
仮病でシセルに近づこうとしていたのに、まさか本当に病人になってしまうなんて。ずるをしようとした罰なんだろうか、と感慨にふける。
「シセルはずっとついててくれたの?」
「え、あー、まぁ……」
夢の中で触れた冷たい手はシセルのものだったんだろうか。なぜかそっぽを向いてしまったシセルには聞くに聞けない。
「ありがとう」
あの手がシセルであってもなくても、今ここにシセルが居てくれている事実は変わらない。シセルとの間に生まれてしまったわだかまりが少しだけ解けたような気がした。
「別に……」
シセルはぶっきらぼうにそう言うと立ち上がった。よく見ると乗馬用の格好のままで、ところどころ泥で汚れている。着替えもせず、僕の看病をしてくれていたんだと思うと不謹慎ながら嬉しくなってしまった。そしてふと大事なことを伝えていないことに気づく。
「シセル、かっこよかったよ」
「へ?」
「だから、一番、かっこよかった」
「お前……」
僕がシセルをべた褒めするといつも冷やかすなと怒ってくる。本心から言っているのになぜか怒る。今日も怒られるかと構えていたが、シセルは一言ありがとうとだけ呟いて、足早に部屋から出て行ってしまった。
「あ、れ……?」
シセルの不意打ちの反応に、なぜだか僕の方が恥ずかしくなって毛布に顔を埋めた。
頬に触れる手が、気持ちいいと思った。自分より低い体温を求めて僕は手を伸ばした。
安心する。
僕は掴んだ手に唇を寄せて微笑んだ。ひやりとした感触が唇に伝わる。誰かの手は一瞬力を込めたものの、またすぐに力を抜いてくれた。僕は手に頬を擦り寄せながらまどろんだ。もう片方の手で優しく頭を撫でられて、僕は心地良さを感じながらもう一度夢の世界に落ちた。
僕が自分の部屋のベッドの上で目を覚ますと、目の前にはシセルがいた。まだ夢を見ているのかと思ったが、どうやら違うらしい。
シセルは僕の手を握りながら、ベッドにもたれ掛かるようにして規則正しい寝息を立てていた。乗馬大会で疲れたのだろう。いつもとは違う警戒心のない、あどけない表情に、僕は少しだけ心臓が早くなるのを感じた。
いつぶりだろう、シセルのこんな顔を見るなんて。
懐かしさと共に愛おしさが急激にこみ上げてくる。
どうしよう、すごく触りたい
しかしすぐに頭を振って邪な想いをかき消す。
寝ている相手に向かって何を考えているんだ、と僕は自分を律してシセルと繋いだ手を離そうとした。が。
あろうことか、シセルは僕の手を強く握り締めてきた。そして、ふ、と小さく笑った。
瞬間、僕は無意識にシセルの乱れた前髪を左右にはらっていた。身体を屈めて吐息がかかるくらいに近づく。
今だけは許してください。
僕は許しを乞いながらそっとシセルの額に唇を寄せた。シセルに気づかれないようゆっくりと息を潜めて。しかし触れるか触れないかの距離まで近づいたところで急に怖くなった。慌てて身体を離すとベッドが揺れ、シセルが目を覚ました。
「あ、……おはよう」
いくら未遂とはいえ、先程の行為の後ろめたさから声が裏返る。シセルは少しだけぼーっとした顔をした後、すぐに正気に戻ったようで、いきなり僕の両肩を掴んだ。
もしかして、キスしようとしていたのがばれた!?
なにか言わなければと口を開くが、良い言い訳が思いつかず結局言葉にできない。そうしている内に、シセルは僕の顔を探るように撫で始めた。
「な、なに……?」
「どこか痛い所は?」
「痛い所はないけど……」
「眩暈とか吐き気は?」
「それもない……」
「俺のこと分かるか?」
「シセル」
そこまで聞き終えて、ようやくシセルは撫で回すのをやめた。
そして大きく息を吐くと僕の肩にもたれ掛かってきた。
「よかった……」
搾り出すようなその声に、心配を掛けてしまっていたんだとようやく気づく。
「僕、もしかして倒れた?」
「そうだよバカ」
「あ、やっぱり」
「寝不足で貧血だってよ。そんなに具合悪かったならなんで言わなかったんだよ!」
朝の時点では具合は悪くなかった。正確に言えば少しの倦怠感は感じていたが、予想だにしていなかったシセルの訪問ですっかり忘れていた。
仮病でシセルに近づこうとしていたのに、まさか本当に病人になってしまうなんて。ずるをしようとした罰なんだろうか、と感慨にふける。
「シセルはずっとついててくれたの?」
「え、あー、まぁ……」
夢の中で触れた冷たい手はシセルのものだったんだろうか。なぜかそっぽを向いてしまったシセルには聞くに聞けない。
「ありがとう」
あの手がシセルであってもなくても、今ここにシセルが居てくれている事実は変わらない。シセルとの間に生まれてしまったわだかまりが少しだけ解けたような気がした。
「別に……」
シセルはぶっきらぼうにそう言うと立ち上がった。よく見ると乗馬用の格好のままで、ところどころ泥で汚れている。着替えもせず、僕の看病をしてくれていたんだと思うと不謹慎ながら嬉しくなってしまった。そしてふと大事なことを伝えていないことに気づく。
「シセル、かっこよかったよ」
「へ?」
「だから、一番、かっこよかった」
「お前……」
僕がシセルをべた褒めするといつも冷やかすなと怒ってくる。本心から言っているのになぜか怒る。今日も怒られるかと構えていたが、シセルは一言ありがとうとだけ呟いて、足早に部屋から出て行ってしまった。
「あ、れ……?」
シセルの不意打ちの反応に、なぜだか僕の方が恥ずかしくなって毛布に顔を埋めた。
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