僕は花を手折る

ことわ子

文字の大きさ
18 / 21

花を手折るまで後、1日【3】

しおりを挟む
 不意に、どこからともなく流れてきた花の香りが鼻腔をくすぐった。それが開け放たれた外へと続くドアから来ていると気付き、僕はなんとなくそこへ近寄った。
 外はもう夜の帳が下りていて、鳥の鳴き声がする以外、生き物の気配は無かった。
 だけど、僕は外へと足を踏み出した。きちんと整備された背の高い生垣の壁をいくつも超えると、その先に小さな東屋がある。そこにシセルはいた。
 夜でも存在感を失わない白のコートはまるで僕にシセルの場所を教えてくれているかのように光り輝いて見える。
 シセルがこちらに気づかないことをいい事に僕は足を進めた。

「……シセル?」

 背後から小さく声をかけると、シセルは身体を揺らしながら振り返った。そしてすぐに気まずそうな顔をする。

「あの、会場に居なかったから……」
「悪い」

 僕が責任を放棄したことを責めにきたと思ったのか、シセルは短く謝り、顔を伏せた。

「どこか具合でも悪い?」
「…………別に」

 もしかしたら体調不良になっているのではないかと思ったが、そうではないらしい。
 それだけ確認したのなら、もう僕がここに居ていい理由はない。
 シセルはちゃんと約束は守ってくれる。一度失敗してしまったが、僕もシセルに自由を与えるという約束を違えるわけにはいかない。

「そっか。良かった。じゃあ僕はもう戻るね」

 少しだけ後ろ髪を引かれる思いで、その場を去ろうとする、が。

「リシュ」

 名前を呼ばれた。そんなありきたりな出来事で僕の胸はいっぱいになる。

「な、何……?」
「話がある」

 シセルは自身が座っている横を指差して僕を見た。
 シセルの雰囲気からして、絶対に良い話ではない事は明らかで、僕は逃げたい気持ちをなんとか抑えてシセルの隣に座った。

 やっぱり、花の契りは結べないって言われるのかな。

 そう言われても仕方がないことをした自覚はある。本当に酷いことをしたとも思っている。
 それでもまだシセルと一緒にいたいと思っている自分は本当に強欲だと思う。

「あのさ、お前の気持ちだけど」

 言いづらそうに、しかしはっきりとシセルは声に出した。

「俺のことが好きって」
「え……あ、うん」

 我ながら間抜けな返事をしてしまった。
 僕にとってシセルへの気持ちは今更な感情で、そこに特別感はなかった。だから緊張感もなく滑るように口から肯定の言葉が出てしまった。

「いつから?」
「ずっと昔から」
「………………………………パメラ様より?」
「えっ!?」

 長い空気を充分に含んで発せられた言葉は僕にとって意外なものだった。
 そう言えば、まだパメラとの仲を誤解されたままなのだと、思い出すのにしばらくかかってしまった。その間にシセルの懸念は大きくなったようで、二人の間の空気が重たくなる。

「パメラのことは好きだけど、それは家族としての好きで…………」
「でも、さっき」
「あれは……」

 シセルをその気にさせるために特訓していたなんて、恥ずかしくてとてもじゃないが言えない。だけど、これ以上話がややこしかなるのは勘弁したかった。

「あれは……パメラが、自分をシセルに見立てて練習しろって…………」
「練習……?」
「だから、その……告白の、」

 勢いでそこまで言い切って、顔に熱が集中してくるのを感じた。暗がりでシセルには分からないだろうが、きっとすごい顔をしているに違いない。

「じゃあ、本当に、俺のことが好きなのか?」
「だからそう言ってるでしょ!」

 ヤケになって大きな声を出すと、シセルは安堵したように息を吐き出した。シセルの周りのひりついた空気は一変し、穏やかな印象に変わる。

「そうだったのか……」
「そうだよ! 僕はずっとシセルのことが好きでシセルだけを追いかけてきた! この先もシセルの隣にいたい!」

 特訓とは何だったのか。雰囲気のカケラもない勢い任せの告白に僕は無我夢中になる。シセルが自分の話を聞いてくれている、こんなチャンスはもう二度とないかもしれない。そう思うと恥も外聞もなく言葉が溢れてきた。

「………………俺も」
「へ?」

 ぼそりと呟かれた言葉を興奮していた僕は聞き逃した。
 シセルは奥歯を強く噛み締めると、もう一度口を開いた。

「俺も、ずっと、リシュのことが好きだった」
「え……嘘でしょ……?」

 動揺しすぎて思わず否定の言葉が出てしまう。慌てて口を押さえるが、シセルはムッとしたような顔をした。

「嘘じゃない。ずっと前からお前のことが好きだった。パメラ様が婚約者に決まったときは気が狂いそうだった」
「そんなこと一言も……」
「言えるわけないだろ。そもそも俺とお前はただの友達でそれ以上でもそれ以下でもないんだから」

 それは確かにそうなのだ。僕もシセルを友達として無理矢理にでも強く認識してしないといけないと思い込んでいたのだから。

「ずっと、隠し通せるはずだったんだ。なのに」

 幸か不幸かシセルは僕の花に決まってしまった。気持ちを押し殺すことが出来なくなったのはお互い様だったのだ。

「どうしたらいいのか分からなくなって、お前に冷たく当たる自分が嫌になって、挙句の果てにパメラ様と親密そうにしているお前を見て、もう限界だなって思った」
「シセル……」
「その気もないのに無理に笑顔作って、パメラ様との仲を応援して。それなのに二人でいるのを見ると嫉妬して。本当に俺、どうしようもないよな」

 自虐のように話すシセルにどうしようもなく愛おしさが込み上げてくる。
 シセルの思いの吐露は全て僕への愛の言葉だ。いつものシセルならとっくに気づいて羞恥心から口を閉ざしてしまうだろう。
 つまり、こんな雰囲気になれることはこの先ないかもしれない。
 シセルの思いをもっと聞いていたい気持ちを抑えて、僕はシセルの手を握った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

公爵家令息と幼馴染の王子の秘め事 ~禁じられても溺愛は止められない~

すえつむ はな
BL
代々王家を支える公爵家の嫡男として生まれたエドウィンは、次代の王となるアルバート王太子の話し相手として出会い、幼い頃から仲の良い友人として成長した。 いつしかエドウィンの、そしてアルバートの中には、お互いに友人としてだけでない感情が生まれていたが、この国では同性愛は禁忌とされていて、口に出すことすら出来ない。 しかもアルバートの婚約者はでエドウィンの妹のメアリーである…… 正直に恋心を伝えられない二人の関係は、次第にこじれていくのだった。

KINGS〜第一王子同士で婚姻しました

Q矢(Q.➽)
BL
国を救う為の同盟婚、絶対条件は、其方の第一王子を此方の第一王子の妃として差し出す事。 それは当初、白い結婚かと思われた…。 共に王位継承者として教育を受けてきた王子同士の婚姻に、果たしてライバル意識以外の何かは生まれるのか。 ザルツ王国第一王子 ルシエル・アレグリフト 長い金髪を後ろで編んでいる。 碧眼 188cm体格はしっかりめの筋肉質 ※えらそう。 レトナス国第一王子 エンドリア・コーネリアス 黒髪ウェーブの短髪 ヘーゼルアイ 185 cm 細身筋肉質 ※ えらそう。 互いの剣となり、盾となった2人の話。 ※異世界ファンタジーで成人年齢は現世とは違いますゆえ、飲酒表現が、とのご指摘はご無用にてお願いいたします。 ※高身長見た目タチタチCP ※※シリアスではございません。 ※※※ざっくり設定なので細かい事はお気になさらず。 手慰みのゆるゆる更新予定なので間開くかもです。

異世界にやってきたら氷の宰相様が毎日お手製の弁当を持たせてくれる

七瀬京
BL
異世界に召喚された大学生ルイは、この世界を救う「巫覡」として、力を失った宝珠を癒やす役目を与えられる。 だが、異界の食べ物を受けつけない身体に苦しみ、倒れてしまう。 そんな彼を救ったのは、“氷の宰相”と呼ばれる美貌の男・ルースア。 唯一ルイが食べられるのは、彼の手で作られた料理だけ――。 優しさに触れるたび、ルイの胸に芽生える感情は“感謝”か、それとも“恋”か。 穏やかな日々の中で、ふたりの距離は静かに溶け合っていく。 ――心と身体を癒やす、年の差主従ファンタジーBL。

何故よりにもよって恋愛ゲームの親友ルートに突入するのか

BL
平凡な学生だったはずの俺が転生したのは、恋愛ゲーム世界の“王子”という役割。 ……けれど、攻略対象の女の子たちは次々に幸せを見つけて旅立ち、 気づけば残されたのは――幼馴染みであり、忠誠を誓った騎士アレスだけだった。 「僕は、あなたを守ると決めたのです」 いつも優しく、忠実で、完璧すぎるその親友。 けれど次第に、その視線が“友人”のそれではないことに気づき始め――? 身分差? 常識? そんなものは、もうどうでもいい。 “王子”である俺は、彼に恋をした。 だからこそ、全部受け止める。たとえ、世界がどう言おうとも。 これは転生者としての使命を終え、“ただの一人の少年”として生きると決めた王子と、 彼だけを見つめ続けた騎士の、 世界でいちばん優しくて、少しだけ不器用な、じれじれ純愛ファンタジー。

攻略対象に転生した俺が何故か溺愛されています

東院さち
BL
サイラスが前世を思い出したのは義姉となったプリメリアと出会った時だった。この世界は妹が前世遊んでいた乙女ゲームの世界で、自分が攻略対象だと気付いたサイラスは、プリメリアが悪役令嬢として悲惨な結末を迎えることを思い出す。プリメリアを助けるために、サイラスは行動を起こす。 一人目の攻略対象者は王太子アルフォンス。彼と婚約するとプリメリアは断罪されてしまう。プリメリアの代わりにアルフォンスを守り、傷を負ったサイラスは何とか回避できたと思っていた。 ところが、サイラスと乙女ゲームのヒロインが入学する直前になってプリメリアを婚約者にとアルフォンスの父である国王から話が持ち上がる。 サイラスはゲームの強制力からプリメリアを救い出すために、アルフォンスの婚約者となる。 そして、学園が始まる。ゲームの結末は、断罪か、追放か、それとも解放か。サイラスの戦いが始まる。と、思いきやアルフォンスの様子がおかしい。ヒロインはどこにいるかわからないし、アルフォンスは何かとサイラスの側によってくる。他の攻略対象者も巻き込んだ学園生活が始まった。

大きい男

恩陀ドラック
BL
 転移した異世界は大きい男ばかりだった。  この作品はフィクションです。登場する人物・団体・出来事等はすべて架空のものであり、現実とは一切関係ありません。©恩陀ドラック

騎士は魔石に跪く

叶崎みお
BL
森の中の小さな家でひとりぼっちで暮らしていたセオドアは、ある日全身傷だらけの男を拾う。ヒューゴと名乗った男は、魔女一族の村の唯一の男であり落ちこぼれの自分に優しく寄り添ってくれるようになった。ヒューゴを大事な存在だと思う気持ちを強くしていくセオドアだが、様々な理由から恋をするのに躊躇いがあり──一方ヒューゴもセオドアに言えない事情を抱えていた。 魔力にまつわる特殊体質騎士と力を失った青年が互いに存在を支えに前を向いていくお話です。 他サイト様でも投稿しています。

処理中です...