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01 俺、猫になる

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 その時俺は学校で、好みの女の子を壁ドンで追い詰めているところだった。
 壁ドンが分からない昭和生まれのあなたに説明しよう。男性が女性を壁際に追い込んで両腕もしくは片腕で壁に手をつき、女性が逃げられないように囲い込む体勢もしくはシチュエーションのことである。見れば分かるがな。
 今回の対象の女子は、清楚なお嬢様ふうの長髪の女の子だった。
 隣のクラスの須川さんだ。
 彼女は俺を人気の無い廊下に連れ出し、ずっと俺が気になっていたと告白してきた。俺も美人な彼女がちょうど気になっていたから、ちょうどいい。

 美味しくいただきます。
 そういう意味の返事をした。

 腕の中に囲い込んで見下ろすと彼女は頬を赤く染める。
 無理もない。
 俺は、自分の容姿にはちょっと自信がある。
 むさくるしい男らしい顔じゃなくて、今どき流行りのちょっと中性的な整った顔立ち。中性的と言っても、大人しい草食系ではない。野性味と鋭さを帯びた目つきに締まった身体、身長もそこそこある。
 良いかんじの顔に生んでくれた両親に感謝だ。おかげで女子にモテる。

 しかし今回の女子、須川さんは大物だ。学年でも有名な美少女だ。
 さしもの俺も興奮する。
 彼女に接近して肌の匂いを嗅ぐと、甘いイチゴのような匂いがして、身体が熱くなった。そのまま、顔を近付けて唇を奪う。

「っつ!」

 心臓が高鳴って異様に体が熱くなった。
 何か変だ。
 おかしい。
 そう感じた時にはもう手遅れだった。
 目の前が真っ白になり、気がついた時には、俺は須川さんを足元から見上げていた。
 へ?

「猫……?」

 須川さんが呆然と呟く。
 その言葉に、俺は遅まきながら事態を把握する。
 クラスでも身長順だと後ろの方の俺が、須川さんに見下ろされている。彼女が急に巨大になったように見えたが、実際は俺の方が小さくなったのだ。
 ぎょっとして須川さんから視線を外し、自分の足元を見ると、黒く滑らかな毛皮に包まれた前脚が目に入った。

「いやあっ、私は猫が嫌いなの! 猫アレルギーなの! こんなのあるわけない!!」

 須川さんは急に顔を歪ませて叫ぶと、足元の俺を蹴飛ばした。
 おいおい!

「これは夢、夢に違いないわ……」

 自分に言い聞かせながら須川さんは一目散に走り去っていく。
 いてて……酷い目に遭ったぜ。
 身を起こして俺は、鞭のようにしなやかな尻尾が自分に生えていることに気付く。足踏みすると、黒い毛並みに覆われた脚と尻尾が動いた。
 マジかよ。
 俺、猫になっちゃった訳?!

「あ、黒猫だ」
「学校の中になんで猫が……」

 廊下の向こうから不思議そうな顔をした女子二人が近付いてくる。
 俺はじりじり後ずさりすると、脱兎のごとく駆け出した。

「猫ちゃん?!」

 何がどうなってんだよ!
 廊下を駆け抜ける。
 同級生たちは俺の姿を見ると口々に「猫?」と首を傾げた。
 さっきまでれっきとした人間だったのに。
 ありえねえよ。
 パニックを起こした俺は無我夢中で校内を走り回り、途中で男子生徒にぶつかった。

「うわっ」

 ぶつかったのは隣のクラスの遠藤だった。
 遠藤は俺より背が高くて偉そうなインテリ系の男だ。細い銀のフレームの眼鏡を付けたすかした野郎だ。俺はこいつがあんまり好きじゃない。俺よりもモテそうな男なんて、同じ学年には必要ないのだ。
 今だって俺の行くてを遮って邪魔しやがって。
 猫の俺は体重が軽いので遠藤の膝にぶつかってひっくり返る。
 すぐさま起き上がって睨むと、遠藤は膝小僧をさすって「痛てて」と言いながら俺をマジマジと見た。

「須郷?」

 銀のフレーム越しに遠藤の瞳が俺を捉え、俺の名前を呼ぶ。

「お前、その姿……」

 名前を呼ばれて俺は混乱してその場に棒立ちになった。
 誰も俺を俺だと分からなかったのに。猫だと思われていたのに。
 なんで遠藤には俺が分かるんだ?

 遠藤はしゃがみこんで俺と目線を合わせてくる。

「どうしたんだ? 人間の姿に戻れないのか?」

 それは俺の状況を見通した言葉だった。
 いったいどういうことなんだ。
 訳が分からずに呆然としていると、動かない俺にじれたのか、遠藤は言った。

「僕を警戒してるのか、須郷。隠さなくてもいいぞ、僕も猫だから」

 ……はい?


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