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第二部

40 偽物が調子に乗って高笑いしています

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 大神島は、東都の南、太平洋上に浮かぶ小さな島だ。
 この島の地下には古い神殿があり、数多くの古神が眠っていた。また、島の周囲の海水は多量の霊力を含む「神水」であり、傷ついた古神の復元に最適な場所だった。
 天照防衛特務機関は、大神島に基地を作り、古神をすべてここに格納することに決めた。
 ゆえに大神島には、機関が管理する古神の八割以上が格納されている。
 その中には、先の天岩戸の戦いで見つかったスサノオとアマテラスの姿もあった。
 
「素晴らしい、これが三貴神のスサノオとアマテラスか!」
 
 久我響矢を名乗る仮面の男は、空色の瞳の美女を連れ、大神島の格納庫を訪れていた。
 眼前には神水に満たされた水槽の中で悠然と立つ、スサノオとアマテラスの機体がある。
 スサノオは武者の鎧を着け、大剣を持った古神だ。まるで仁王か不動明王のように筋骨隆々とした機体で、見るものに畏怖の念を抱かせる威厳を放っていた。
 スサノオが「激しさ」や「武」を表すなら、アマテラスは「優美」で「華やか」な機体だった。
 放射線状に光を表した金環を背負った、天女のようなしなやかなフォルムの古神だ。
 しかし、容易に触れてはならない神威のような気配を漂わせている。
 
「アヤ、感激! これが伝説の古神なんですね、ナリヤ様!」
 
 星野綾は、仮面の男にしなだれかかる。
 彼女は外国人の血を引いて、色素の薄い髪と明るい青い瞳を持っている。背が高く、豊満な胸とスレンダーな肢体を惜しげもなく際どいドレスで見せびらかしていた。
 長く半鎖国状態だったこの国に、外国人の血を引く者は少ない。綾は、並行世界の日本から来た娘だ。神璽《しんじ》は持っていないのだが、霊力値はかなり高いので、黎明の騎士団に確保されたのだ。
 
「超大型機動戦艦コンゴウ。それに三貴神のスサノオとアマテラスがあれば、我々の勝利はゆるぎない」

 たとえ本物の久我響矢が現れても、機体が無ければ手も足も出ないだろう。
 
「はっ。偽物の坊主は、要求霊力値が半端ないスサノオやアマテラスに乗れんだろうに」
 
 格納庫で働いていた技師長が、後ろ手に拘束された格好で吐き捨てた。
 技師長は本物の久我響矢と親しいらしく、仮面の男が偽物だと弾劾して捕らえられたのだ。
 仮面の男は、技師長の言葉を鼻で笑った。
 
「霊薬で霊力値を上げてやれば、雑魚だってスサノオやアマテラスにだって乗れる。言う事を聞かない操縦者など、必要ない。古神操縦者は、機体の部品でありさえすればいいのだ」
「なんと……神を恐れぬ所業だな」
「お前たち技師は、古神が機械だと知っているだろうに」
 
 古代、まだ科学が発達していなかった頃、構造が分からない古神は、文字通り神と崇められていた。
 しかし戦国時代から江戸時代にかけて、銃や鉄砲と共に外国から流入した古神の整備技術もあり、古神の構造を把握できるようになってから、人造神器を作る技術も発展した。
 科学の前で、古神は神秘のヴェールをはぎ取られ、只の機械になったのだ。
 
「ちがうさ。俺は技師だから分かる。古神は、神の器だ。軽々しく触れていいもんじゃねえ。お前ら、後で絶対に後悔するぜ」
「……独房へ連れていけ」
 
 技師長の台詞を負け犬の遠吠えだと解釈した仮面の男は、部下に連れていくよう指示をした。 
 
「本物の久我響矢は、スサノオやアマテラスの力で、世界各国を支配していた魔王を撃破した。つまり、わが国のスサノオとアマテラスは世界最強の古神なのだ。この力があれば、我々は世界を制覇できる。クッ、ハハハハハハ!!」
 
 仮面の男の哄笑が、格納庫に響き渡る。
 古神のメンテナンスのために、そのまま働かされている技師たちは、互いに「黙っていよう」と目配せしあった。彼らは本物の久我響矢を知っており、実際に天岩戸の戦いで起きたことを聞かされている。
 仮面の男の勘違いを正すのは、自分たちの役目ではない。
 自分たちにできることは、本物が帰ってきた時のために、古神を最高の状態に仕上げておくことだけだ。
 そう、技師たちは黙って仕事に集中するのだった。
 
 
 
 
 仮面の男が大神島の基地内を視察している間、綾は彼にべったりだった訳ではない。
 手洗いなどの用事で側を離れる機会もあった。
 星野綾は知らなかった。
 たまたま雑用で、ひろしが基地に来ていたことを。
 
「アヤ!!」
「あ~ら、ヒロじゃない。落ちぶれたものね。それ、パイロットじゃなくて、職員の服でしょ」
 
 綾は馬鹿にしたように笑う。
 弘は下級職員の服を着て、掃除でもしていたのか埃だらけの汚れた格好をしていた。
 
「アヤ、あの偽物には、ついていかない方がいい。連中からは危険な匂いがする!」
 
 弘は、一緒に異世界転移した村田が、本物の久我響矢だと知っていた。
 一方、綾は村田が本物だと知らない。
 彼女が知っていたのは、イケメン御曹司の金魚の糞、冴えない一般人の村田青年の姿だけだった。興味が無いから下の名前が「響矢《なりや》」だということも知らなかった。知っていたらもう少しピンと来たかもしれないが、知っていても地球で散々こきつかっていたモブの男が英雄になっているなんて、なかなか想像がつかないかもしれない。
 
「偽物? 負け惜しみかしら? ヒロは失敗したもんね。テュポーンを持って海外逃亡するつもりが、逆に捕まって下働きとか、ほんっとに笑える。別れて正解だったわ」
「ちがう、アヤ。真実はそんなんじゃない。俺の話を聞いてくれ。お前を危険な目に合わせたくないんだ」
「うっさい。うざいよ」
 
 綾は、つかみかかる弘を細腕で張り倒した。
 これでも実践的な護身術を身に着けていたりする。
 
「二度と私の前に現れないで。もうヒロは私の彼じゃないんだから」
「アヤ……」
 
 悲しそうな顔をする弘を置いて、綾は通路を歩き出す。
 
「本物か偽物かなんて、どうでもいい。大事なのは、アヤを幸せにしてくれる王子様かどうか。それだけよ」
 
  
 
 
 アメノトリフネを着陸させ、常夜の国に事情を説明するため、恵里菜さんと選抜メンバーは艦から降りた。
 古神から降りた八束と共に、山腹に建設された中華風の宮殿へ向かい歩き始める。
 
「常夜の宮廷に案内する」
 
 そう言った常夜の古神操縦者、八束氷水やつかひみずは、一言で表せばクールな二枚目だった。
 肩に届くか届かないかの銀髪に、血のような紅い瞳。
 すらりとした長身は、しっかり筋肉が付いている。
 古神ロボットの定番パイロットスーツも、こいつが着れば一張羅のごとく専用衣装だ。ああやだ、これだからイケメンって奴は。俺は私服のままここまで来ている。パイロットスーツで張り合う羽目にならなくて良かった。
 宮殿に行くメンバーは、恵里菜さんと優矢叔父さん、俺と咲良。
 向こうのお偉いさんと話すのは艦長の恵里菜さんの役目で、優矢叔父さんは本当は関係ないのだが補佐を頼まれて同行する。俺は護衛役だ。咲良は、俺の行くところには付いていくと言って聞かなかった。
 
「ところでさっきの古神の操縦者は、誰だ?」
 
 八束は、対戦した俺のことが気になっているらしい。
 そういえば自己紹介してなかったな。
 片手を挙げて、八束の疑問に答えた。
 
「それは俺。名前は」
「名は当ててやろう。アマテラスの系統の力を振るう古神操縦者の姓は、一つしかない。久我《こが》だろう」
「……当たり」
 
 八束は、ドヤ顔で俺の名前を当てにきた。
 楽しそうで何よりだ。
 それにしてもウチの家は常夜でも有名なのか。迂闊に名乗れないな。
 
「俺は、久我響矢こがなりやだ」
「あとで真剣でも手合わせしよう、久我。古神で戦う前の準備運動だ」
 
 護衛のため真剣を帯びている俺を見て、八束は提案する。
 
「それ怪我したら古神で戦えなくなるんじゃ」
「遠慮しているつもりか? 満更でも無さそうだが」
 
 危険な誘いを断ろうとすると、八束は俺の顔を見て突っ込んできた。
 正直、めっちゃ戦いたい。
 理性は「おい村田、正気か」と言っているのだが、俺の中に流れる久我の血は狂喜乱舞して「斬っちゃっていいんだね。イヤッホゥ!」と叫んでいる。ヤバい。
  
「なーりーやー!」
「いたたた、咲良、頬をつねらないで」
 
 咲良が割り込んでくれたので、話題が逸れた。
 ありがたい。
 元の世界では平和を愛する穏当なモブだった俺が、なぜか異世界に来てから日増しに物騒になっている。その変化を自覚しているだけに、日常に繋ぎ止めてくれる咲良の存在は貴重だった。
  
「着いたぞ。ここが巫女姫の謁見の間だ」
 
 じゃれている俺たちを冷たい眼差しで一瞥し、八束は広間に入るよう促す。
 広間には、官僚と思われる男たちが控えている。
 いずれも中国の官吏が着る、裾のゆったりした長袍を身に付けていた。
 
「ようこそ常夜の国へ」
 
 一段高い場所で椅子に座っているのが、巫女姫とやらだろう。
 銀のビーズが散りばめられた紫色の衣装をまとい、結い上げた黒髪の上に冠を載せている。視点の定まらない眼差しは、八束と同じ深紅の色だ。
 常夜の巫女姫は、俺たちを見下ろして口を開く。
 
「旭光の国から来られた客人、まずは事情をお聞かせください」
 
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