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2巻
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しおりを挟むプロローグ
僕――水沢優樹は三十四人のクラスメイトとともに異世界に転移した。
それから三ヶ月で十五人のクラスメイトが死に、ケガをした僕はクラスから追放されてしまった。
絶望的な状況が変化したのは、僕が『創造魔法』を覚えたからだ。
創造魔法は万能の魔法で、強力な呪文でモンスターを倒すことができるし、美味しいハンバーガーを具現化することもできる。
そんな力を手に入れた僕にクラスメイトたちがすり寄ってきたけど、今さら遅い。
あいつらは、そこらへんの草でも食ってればいいんだ!
僕は幼馴染みの由那、猫の獣人クロといっしょに魔王ゾルデス討伐のための行動を開始した。
白薔薇の団の錬金術師リルミルと協力して、七魔将のシャグールを倒した僕たちの次の目標は、ラポリス迷宮の主、ジュエルドラゴンだ。
ジュエルドラゴンは三千人以上の冒険者を殺した災害クラスのモンスターだ。きっと、危険な戦いになるだろう。
それでも、僕はやるんだ。ゾルデス討伐は、創造魔法を教えてくれたアコロンとの約束だから。
第一章 優樹と由那
僕と由那は、久しぶりに森の中にある家に戻ってきた。
ゆったりと風呂に浸かり、『コッコ壱番』のカレーライスを食べる。
コッコ壱番は日本で大人気のカレー専門店だ。濃厚なソースと食欲をそそる香りで、海外の人にもファンが多い。
異世界に転移した僕がカレーライスを食べられるのは、創造魔法を使えるようになったからだ。
創造魔法は錬金術を超えた究極の魔法で、何でもできると言ってもいい。
元の世界の食べ物を具現化することもできるし、オール電化の家を建てることもできる。
攻撃呪文や回復呪文も使えるし、武器や防具も作れる。
欠点は、どんなことをするにも素材が必要になるってことだ。
食べ物ぐらいなら、手に入りやすい素材で具現化できるけど、強力な呪文を使うためには高価なレア素材――スペシャルレア素材が必要になる。
『幻魔の化石』があれば、由那のモンスター化を治す呪文が使えるのにな。
僕は、幸せそうな顔でカレーライスを食べている幼馴染みの由那を見る。
つやのあるセミロングの髪に色白の肌。唇は桜色で、ぱっちりとした目の下にはほくろがある。スタイルも良く、Tシャツの胸元が形良く膨らんでいる。
由那の見た目は、以前とほとんど変わらないけど、元の世界に戻った時、まずいことになりそうだしな。パワーやスピードが人間離れしてるし、時々、体に入ったサキュバスの血のせいで暴走するし。
僕の体に馬乗りになって微笑する由那の姿を思い出す。
正直、何も考えずに由那の誘惑を受け入れたい気持ちになる。由那の体を抱きしめ、自分の思い通りにしたいと。
だけど、由那の僕への感情が恋愛的なものでないとしたら、そんなことをしてはいけない。
正常な判断ができる僕が自制しなきゃ。
「ん? どうかしたの?」
由那が不思議そうな顔で僕を見つめる。
「あ、いや、何でもないよ」
僕は由那から視線をそらした。
サキュバスの力を抑える特別なメガネをかけてもらってるとはいえ、由那の魅力はなくならないな。
こうやって、見つめられるだけで鼓動が速くなる。
「ねぇ、優樹くん」
「んっ、何?」
「ラポリス迷宮に行くのは八日後だよね。それまでどうするの?」
「あーっ、そうだね」
僕は腕を組んで考え込む。
「とりあえず、森の中で素材集めかな。ヨタトの町では買えなかったレア素材もあるし」
その時――。
ドンドンと扉を叩く音が聞こえた。
「ん? 誰だろう?」
僕は扉に近づき、ドアアイで来訪者を確認した。
「あ……」
扉の前にいたのはヤンキーグループのリーダーである恭一郎と、クラス一の巨漢の力也だった。二人の目の周りには黒いあざができている。
どうしたんだろう?
「……よぉ。優樹」
扉を開けた僕に、恭一郎が不機嫌そうに挨拶した。
「何か用なの?」
「……ああ。お前を呼んでこいって言われたんだ」
「誰が呼んでるの?」
「……四郎だよ」
「四郎くんは追放されたんじゃなかったっけ?」
「そうさ。だが、肉を持ってきたんで、今は学校にいるんだ」
恭一郎は短く舌打ちをした。
「それで、四郎がお前と由那に話があるんだとさ」
「……その伝言を君たちが伝えにきたの?」
「別にいいだろ。誰が伝えにきても」
「ふーん……」
僕は恭一郎と力也を交互に見る。
変だな。力関係で考えると、四郎よりも恭一郎や力也のほうが強い立場のはずなのに。
体格だって違うし、四郎は運動神経がいいわけでもなかった。
「おいっ! 優樹」
力也が野太い声を出した。
「とにかく学校に来い! 事情はそこで説明してやる」
「……わかった。すぐに行くよ。君たちは戻ってていいから」
僕は扉を閉めて、由那に恭一郎の言葉を伝えた。
「一応、注意してて。前の時みたいに何かやってくるかもしれない」
「うん。気をつけるよ」
由那は真剣な顔でうなずいた。
◇ ◇ ◇
由那といっしょに学校に行くと、運動場に十四人の元クラスメイトたちが集まっていた。
委員長の宗一、副委員長の瑞恵、野球部の浩二、剣道部の小次郎、文学部の雪音、料理研究会の胡桃、アニメ好きの拓也、奈留美、千春、恵一、恭一郎、力也、亜紀。
そして、追放された四郎。
「やっと、来たね。きひっ」
四郎が甲高い笑い声をあげた。
身長は僕より五センチ低い百六十五センチ。髪はぼさぼさで目はくぼんでいる。着ているシャツとズボンはぼろぼろだった。
前に見た時より、痩せてるな。追放されてから森の中を歩き回ってたせいか。
「……僕に用があるの?」
「うん。いろいろ話したいことがあってさ」
四郎は、だらりと細い腕を下げたまま、僕に歩み寄る。
「君、攻撃呪文が使えるって言ってたよね」
「それがどうかした?」
「本当かなぁ?」
四郎は首をかくりと曲げて、僕の顔を覗き込む。
「ウソだと思ってるんだ?」
「だって、一度も使ってないじゃないか。僕が君なら、魔法の力を見せつけて、みんなを支配するのに」
「支配したい気持ちなんてないからね」
僕は即答した。
「君とは考え方が違うんだよ」
「……ふーん。そんな言い方でごまかすんだね」
四郎は肩をすくめて、首を左右に振る。
「まあ、いいや。どうせ、すぐにわかることだし」
「すぐにわかる?」
「そうさ。僕と君が戦えばね」
「戦うって……」
僕は右手で頭をかいた。
「戦う気なんてないけど」
「逃げるのか?」
「戦うメリットがないからね」
「ほらね。委員長」
片方の唇の端を吊り上げて、四郎は宗一に視線を向ける。
「こいつは攻撃呪文なんて、使えないんだ。だから、強引に言うことを聞かせればいいんだよ」
「……そうかもしれないが」
宗一は眉間にしわを寄せて、メガネのつるに触れる。
「とにかく、僕が優樹に勝てたら、約束は守ってもらうから」
「約束って何?」
僕は四郎に質問した。
「僕が、この学校の王様になるってことだよ。きひっ」
四郎の口が三日月の形になる。
「本当はこんなことする必要はないんだけどね。クラスで一番強いのは僕って証明できてるし」
僕は恭一郎と力也の顔にあざがあったことを思い出した。
そうか。恭一郎と力也のあざは四郎がやったのか。
ってことは、四郎は何らかの能力を手に入れたんだな。そうでないと、四郎があの二人に勝てるわけない。
「じゃあ、優樹。王様として命令するよ。君にはこれから、僕の指示通りに食料を出してもらう」
「僕は、もうクラスメイトじゃないよ?」
「いいや。君にはクラスメイトに戻ってもらう。王様の命令は絶対だからね」
四郎は青黒い舌をだらりと出した。
「安心しなよ。由那もクラスメイトに戻すから。しかも、上級生徒としてね」
「上級生徒?」
「僕が考えたシステムだよ。クラスメイトを上級と下級に分けるんだ。僕の役に立つ生徒は上級にして、役立たずは下級にする。君は……そうだな。食料のことがあるから、上級にしてやるよ」
「……そんな制度に僕が従うと思ってるの?」
「従わないのなら、ケガをすることになるよ。しかも、今度は治らないケガをね」
「四郎くん……」
今まで無言だった由那が唇を動かした。
「それって、優樹くんをケガさせるってこと?」
「優樹が王様の言うことを聞かないならね」
四郎は由那を見て、好色な笑みを浮かべた。
「由那、君はわかってない。優樹よりも君にふさわしい男がいるってことを」
「それが自分って言いたいの?」
「そうさ。圧倒的な力を手に入れた僕こそが、君が尽くすべき男なんだよ。きひっ」
四郎は視線を僕に戻す。
「優樹。勝ったほうが由那を手に入れる。文句はないな?」
「いや、あるよ」
僕は四郎に反論した。
「由那は誰のものでもないし、僕は君と戦わないよ」
「みんなの前で恥をかきたくないってことか」
「そう思うのなら、それでいいよ」
僕は一歩下がって、クラスメイトたちを見回す。
「僕にとって、みんなの評価なんてどうでもいいことだし、君が王様になりたいのなら、なればいいさ」
「僕が王様になることを認めるってことか」
「好きに決めたらいいよ。王様でも神様でも。僕には関係ないことだし」
「……なら、しょうがないな。君は二年A組の奴隷にすることにしよう」
「奴隷?」
「そう。下級生徒よりも下の存在としてね」
四郎は腰を曲げて、一歩前に出る。
「みんな、ちゃんと見てろよ! 人間を超えた僕の力を!」
由那が腰に提げていた小さな斧を手に取った。
「由那、いいよ。僕がなんとかする」
由那が戦ったら、四郎を殺してしまうかもしれない。人間を……しかも、クラスメイトを殺すようなこと、由那にはさせたくない。
「やっと、やる気になってくれたんだね」
四郎は両足を軽く開いて、腰を落とした。
「安心しなよ。君は殺さない。殺したら、『マグドナルド』のハンバーガーが食べられなくなるからね。でも、手足は折らせてもらう」
喋り終えると同時に四郎が突っ込んできた。
僕はダールの指輪に収納した『魔力キノコ』『一角狼の角』『光妖精の髪の毛』『時蟲の粉』を組み合わせて、身体強化の呪文――『戦天使の祝福』を使用する。
一瞬、僕の体が青白く輝いた。
これでパワーとスピード、防御力が強化されたはずだ。
「きひひっ」
四郎が低い姿勢から、僕に殴りかかった。
僕は上半身をそらして、その攻撃を避けた。
「まだまだっ!」
四郎は体を沈め、右足で僕の足首を蹴った。
パンと大きな音が響く。
動きが速いな。しかもパワーもある。やっぱり、四郎は特別な力を手に入れたんだ。
「へーっ。僕の蹴りを受けても、まだ動けるんだ?」
四郎は両手の指の先を地面につけて、上唇を舐めた。
「身体強化の呪文かな」
「わかるってことは魔法の知識があるんだ?」
「まあね。いろいろと教えてもらったから。きひっ」
低い姿勢のまま、四郎は上半身を揺らす。
「君が戦闘系の呪文を使えることは認めるよ。でも、この程度なら、僕のほうが上だ」
「そうかな?」
「そうさ。だって、僕は本気を出してなかったんだから」
四郎は両手を僕に向けた。白い手のひらが縦に裂けて、その部分から、全長一センチぐらいの黒い蟲が這い出してきた。
その蟲はテントウムシのような形をしていて、目の部分が赤く輝いていた。
蟲は次々と手のひらの裂け目から出てきて、周囲を飛び始める。
二十匹……四十匹……百匹……。
不気味な蟲を見て、奈留美が悲鳴をあげた。
「なっ、何? この蟲」
「『漆黒蟲』だよ。僕の言うことを聞いてくれるかわいい蟲さ」
四郎は目を細めて、羽音を立てている漆黒蟲を見上げる。
「じゃあ、続きを始めようか」
百匹以上の漆黒蟲が僕に襲い掛かってきた。
空気を震わせるような羽音を立てて、漆黒蟲が僕の周りを飛び回る。
その内の一匹が僕の顔めがけて突っ込んできた。
僕はぎりぎりのタイミングで、それを避ける。
「甘いよっ!」
四郎の声と同時に背中に痛みを感じた。どうやら漆黒蟲がぶつかってきたようだ。
百匹以上の蟲は面倒だな。だけど、創造魔法で作った魔法の服と身体強化の呪文のおかげでダメージは最小限だ。
僕は地面を転がりながら、新たな呪文を使用した。
オレンジ色の炎のカーテンが周囲を飛んでいた漆黒蟲を焼いた。
「その程度の呪文っ!」
四郎は手のひらから漆黒蟲を出しつつ、僕に走り寄った。
四郎の右手の指がカマキリの鎌のような形に変化した。その指が僕の両目を狙う。
僕は上半身をそらしながら、『魔銃零式』を手に取った。ダールの指輪の中に収納していた『ゴム弾』を装填して引き金を引く。
銃声が響き、四郎の腹部に三発のゴム弾が命中した。
一瞬、四郎の動きが止まった。
その間に、僕は四郎から距離を取る。
「……へーっ。なかなかいい武器だな」
四郎は腹部をさすりながら、にやりと笑う。
「普通の人間なら動けなくなりそうだけど、今の僕には効かないなぁ」
「みたいだね」
僕は四郎に銃口を向けたまま、数歩下がる。
「その銃……少しは警戒してたんだけどな。この程度か」
四郎は肩をすくめて、口角を吊り上げる。
「いや、僕が強くなりすぎたのかな。きひっ」
「……君の指。カマキリの鎌みたいだね」
「あーっ。これも僕の手に入れた能力の一つだよ。カッターナイフよりもよく切れるよ」
「そんな危険な指で僕の目を狙ったんだ?」
「別にいいだろ? 目が潰れても死ぬことはないし」
四郎はカマキリの鎌のような指をカチカチと動かす。
「ここは異世界なんだし、お前を失明させたって、警察には捕まらないしさ。殺されないだけ、有り難く思うといいよ」
「……君の考えは、よくわかったよ」
僕の口から暗い声が漏れた。
「じゃあ、続きを始めようか。今度は手加減しないからね。きひっ」
四郎は手のひらを僕に向ける。
僕はダールの指輪から『通常弾』を魔銃零式に装填して、引き金を引いた。
バンと大きな音がして、四郎の左手を銃弾が貫通した。
「がああああああっ!」
四郎は顔を歪めて、左手を押さえた。
赤黒い血がぽたぽたと地面に落ちる。
「なっ……何だよ。さっきと違うじゃないか!」
「前の三発はゴム弾だったからね。これは通常弾だよ」
僕は銃口を四郎の胸元に向ける。
「ゴブリンはこれ一発で死ぬし、人間も死ぬだろうね。胸や頭に当たったら」
「ふっ……ふざけるなよ」
四郎の顔から汗がだらだらと流れ出した。
「お前……こんなことしていいと思ってるのか?」
「別にいいだろ。警察には捕まらないしさ」
僕は四郎の言葉を使った。
「それに君は僕の目を狙った。なら、自分がケガさせられても文句はないよね?」
「ぐ……」
四郎は歯をぎりぎりと鳴らした。
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