ベノムリップス

ど三一

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罪人探し編

第35話 隣町サブリナ

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ニス達が乗っている馬車が町の出入り口の手前にある停留所で止まる。ニスは窓から外を伺うと、リリナグから馬車に乗ってきた人々は皆ここで降りて町の方へ歩いて行く。海猫運輸の馬車は、御者が係の者と話をして指定の場所に移動する。

「町内やその先に配送の予定のない馬車は、ここに留めておくの。皆で入ってしまうと道が混むからね。馬達を繋いでおく馬繋場もあるけれど、休ませたい時は、近くの受け入れ可能な牧場を紹介してくれてそこで面倒を見てくれるの。私達は一度馬を預けてくるからここで解散ね。それと帰り…」
「帰りも乗っていきなさい。娘がいつもお世話になっているようで、そのお礼だ」

ライアの説明を遮った父親は、ギャリアーの顔を至近距離で見つめながら話している。移動の時間でギャリアーを娘の婿候補の候補の候補と認めたようだ。

「ギャリアー君、君の年頃ならば…ベンガルよりライアの方が…」
「いや…その…」
「パパったら…もう…!ごめんなさいね?」
「ギャリアーおにいちゃんですか。悪くない響きです」

ギャリアーはどんどん埋められていく外堀に冷や汗を流す。ニスとグンカに助けを求める目を向けると、ニスは外の景色に夢中で、グンカは無理だと無言で首を横に振る。一見関係ないような顔をしているグンカを、その肩書きを知った父親が熱い目で見ている事に気付いていない。

「警備隊それも隊長…やんちゃなベンガルと丁度いいのでは…?」
「正直気が進みませんが…おねえさんが着いてくるなら、考えない事も…ね、おねえさん」

ベンガルがニスの膝の上で仰向けになる。外を見てばかりのニスに、ぷくっと頬を膨らませて肩から下がる三つ編みを弄りだす。それから数分して御者が馬車の扉を開けて、もう降りられると合図する。

「じゃあ、降りましょうか」
「はーい」

ニスの膝からベンガルが起き上がり、姉ライアと共に立ち上がる。2人が直立しても馬車の天井は30センチほど余裕がある。先に姉妹2人が降りると、次にニスとギャリアー、グンカの3人が降りて、最後に父親が忘れ物がないか確認して馬車の扉の鍵を閉めた。

「馬車が沢山…」

ニスが見渡すと、海猫運輸の馬車から1メートル程間隔を空けて、ずらりと馬車が並んでいる。御者達は馬を連れて、直ぐそこの馬繋場に向かう者や、町の中、横道に向かう者と分かれている。海猫運輸の御者と共にライア、ベンガル、姉妹の父親が馬を携えて3人に話をした。

「我々は牧場に向かう。君達はどうする?」
「ニスはサブリナに来るの初めてだからな、町の中を見て回るつもりだ」
「それなら、合流するのは観劇後になりそうね。結構広いし、今は人も多いだろうから」

海猫運輸一行は横道に進むと、3人も町の方に歩き出した。

「あれが…サブリナ…」
「リリナグとは雰囲気違うだろ?」
「…暫く来ていなかったが、随分様相が変わったな」

人波の先に見えるサブリナの町は、明るい色で統一された屋根が可愛らしい雰囲気で、町中をおめかししたロバや牛が荷物を引いている。町に入ってすぐの所は噴水のある広場、遠くには一風変わった高い建物があり、その辺りに人が集中していた。

「壁画も見事なものだ。以前は殺風景な町だったが…」

町の出入り口、町の成り立ちの一場面を描いた壁画の門を通り抜けようとすると、ギャリアーが上を指差した。ニスが上を見ると、門の上に華美な衣服を身に纏った複数の人々が手を振っている。

「あれは?」
「カメリア一座の役者だな。人寄せの為に町の出入り口で宣伝しているのだろう」
「でも、チケットはもう売り切れたんじゃないのか?」
「確かに…もしかしたら席を増設したのかもしれん。後でチケットが残っているか確認してくるか。警備隊員が明日の公演チケットを求めていたのでな」

門を抜けて、可愛らしい色合いの町を散策する。殺風景とは程遠い、目を惹くものだらけの町だった。
町を入ってすぐに小さな牧場があり、おめかしした動物たちが放牧されている。

「こんな所に…?」
「いや…向こうにもあるぞ」

牧場は見える範囲に点在し、丁度観光客が牧場の係に何か話してお金を渡した。すると、牧場の柵を開けて、2頭の背の高い動物が出て来た。2頭とも背に鞍を付けており、どうやらその上に乗るようだ。観光客を背に乗せた動物は、係員の先導の下、町中をゆっくりと歩いてゆく。

「移動手段なの…?」
「それもあるけど、体験だろうな。一回の移動距離は次の牧場まで。牧場の中に居る好きな動物に乗れて、買った餌なんかもやったりできる」
「いつの間に…」
「ここ半年くらいかな。石畳を剥がして盛り土の上に種を蒔いてたから、建物じゃないと思ってたが、暫くしたら牧場が出来てた。しかも見た事ないのも居るし、洒落た格好して」

3人の前を通り過ぎる二頭のまつ毛がやたら長い動物は、煌びやかな衣装を身に纏う。3人と同じように、周りの人々の視線は二頭に向かっている。

「先ずはチケットの確認に行くか?」
「そうだな。まだ販売しているようだったら買って行ってやろう」
「うん…」
「恐らく、あの1番高い幕のかかった建物がカメリア一座の劇場だな。近くにチケット売り場がある筈だ」

ニスは町の手前からも見えていた、高い建物を見る。建物はよく見ると、巨大な幕のようであり、支柱と紐のようなもので幕を吊っている。ベルベッドカラーの幕正面には、カメリア一座の名が記された看板が下がっている。劇場に近づくにつれ人混みは増し、道の両側に露店が並ぶ。

「もし劇団のグッズが買いたいならば、劇場の周りの露店で販売している。人気の演劇の場合、すぐに売り切れてしまう事もあるので、確実に手に入れるならば今並んで買った方がいい」
「お前はチケット買うんだろ?」
「あればな。それとユンにパンフレットを購入して見せてくれと言われている。そちらも手に入れたい」
「なら俺とニスでグッズ見て来て、パンフレット買って来るよ」
「お店、見て来る…」
「分担か、その方がいいな。頼む」

劇場が設営されているエリアに到着すると、3人は二手に分かれて行動する。グンカは人がごった返しているチケット売り場にニスとギャリアーは劇場の周りをぐるりと囲む露店へ。パンフレットを探しながら一つ一つ回っていく。

ニスには目新しい物ばかりであり、パンフレットを買うという目的がなければ、あっという間に時間が過ぎてしまう。所属している役者の絵だったり、舞台小道具のレプリカ、今回の演目「月影遊女」の小説、はたまたカメリア一座と焼印を押した饅頭。劇場持ち込み可能と書いたら旗が側にある。

「静かに食べられて、臭いの少ないものなら良いみたいだな。ほら、あっちには色んな焼き物がある」
「甘い匂いもする…」

揚げた練り物、甘い蜜がたっぷりかかった軽菓子、スティック状の揚げ菓子、目移りしてしまいそうだ。ニスが興味を持った物を説明しながら進むと、丁度劇場の入り口の真横の店にパンフレットを発見した。

「一部でいいのか…?」

2人はパンフレットを買う列に並ぶ。パンフレットは「月影遊女」以外にも、人気の公演のパンフレットも取り揃えていた。劇団が販売しているグッズは、劇団員が販売員をしている用で、その役者に気付いた客が握手を求めている。

「有名なの…?」
「わからない…前の客はサイン貰ってたな…」
「…貰った方がいい?」
「一応……?」

ニスはチケットを貰った礼として店員にパンフレットを渡そうと思っていた。ギャリアーが先にグンカのパンフレットを購入し、サインを書いてもらっていると、劇団員の後ろから誰かが出て来た。

「お疲れ様、小道具の確認なんだけど…」
「あ、はい。有り難うございました~!」

ギャリアーのパンフレットにサインを書いて、愛想よく見送ると、劇団員はニスがまだ眺めている様子を見て話し始める。合流した者も劇団員だろう。

(色々な劇があるのね……同じ月影遊女のものでいいかしら…)

ニスが月影遊女のパンフレットを持って会計を待っていると、ニスに気がついた劇団員が慌てて会計をする。ニスは首を振って気にしないように伝えると、合流した劇団員がニスのパンフレットを見て、筆を取り出した。

「お待たせしてすみません。サインは…?」

その時、劇場の幕を潜ってコソコソと道を横切ろうとする集団が居た。サインを書こうとしていた劇団員は、ハッとしてニスのパンフレットを持ったまま、「すみません!」と言って筆をニスに渡して走って行った。

「あっ!先輩、パンフレット!!お客さんのー!」

劇団員は先輩を呼び止めようと声を張り上げるも、先輩劇団員は集団を追いかけてゆく。

「すいませんお客さん!!すぐに新しいものを……あ!?」

この店で販売している「月影遊女」のパンフレットはそれが最後の一部だった。

「じゃあ…違うのを…」
「いえ、私これから交代なので、パンフレット取り返してきます!!お客さん、今日の公演のチケットはお持ちですか?」
「ええ…」
「見せてください」

ニスは買い物鞄からチケットを一枚取り出して劇団員に見せる。劇団員はチケットを受け取り、メモ用紙に席の番号を書き込むと、チケットをニスに返した。

「公演が終わるまでにはパンフレットを席にお届けしますので、待っていていただけますか!?」

ニスが頷いて劇団員の名前が書かれた紙を受け取ると、すぐ後に別の劇団員が来て販売員を交代した。ニスはすぐそこで待っていたギャリアーに駆け寄る。

「何があったんだ?すごく通る声が聞こえたが」
「私が買ったパンフレット…役者の人が間違えて持って行ってしまって……」

ニスは役者に渡された筆をギャリアーに見せる。
ギャリアーはその筆を見ると、随分豪華そうなと思った。

「これを置いてったのか。不思議なことがあるもんだ」
「後で席にパンフレットを届けてくれるみたい…」
「なら、安心だな。待ち合わせの場所に行ってあいつを待ってるか」
「ええ」
「ニスはパンフレット欲しかったのか?言ってくれればウォーリーへの土産のついでに俺が買ったのに」
「いいの……チケットをくれた店員さんに渡す分だから」

ニスとギャリアーは待ち合わせ場所である、劇場入り口に向かう。

「…そんなに仲良かったのか?店員と」
「どうかしら……買い物に行った時と、朝の仕入れの時によく会うけれど…」
「えっ…どこの?」
「ヴェルヴィ農場」

入り口には疲れた様子のグンカが立っていた。心なしか分かれた時より服と髪が乱れている。

「何があったんだ…?」
「さあ…?」

2人は顔を見合わせて、グンカの疲労の理由を聞いた。グンカは深いため息を吐いて、事のあらましを話し出した。

「…争奪戦だった」

グンカの口から語られたのは、最早戦争。
人気役者の出演、演劇の素晴らしい噂、新たに増設された席、押し寄せる昂った群衆、一つしかない窓口、最早列の意味のない早い者勝ちの売買。争いの発生条件は整っていた。

「如何に他を押し除けて、販売員に枚数分の金を握らせるかの勝負だった…」
「それはまあ…大変だったな」
「チケットは手に入れたの…?」

グンカはバッグから封筒を出して、2枚のチケットを見せた。

「手に入ったのはこれだけだ。購入制限があったからな」
「チケットを欲しがってるのは何人なんだ?」
「10人」

明日、警備隊内でも争いの火種となる事は決定付けられていた。グンカはチケットを仕舞うと、これからどうすると2人に聞いた。

「そうだな…この辺りの露店はまだ全部は見てないが…」
「少し町を回るか?」
「そうね…」

ニスが頷くと、町をそれなりに知っている2人が、ニスを何処に連れていくか移動しながら話し合う。

「矢張りサブリナと言ったら牧場か、木工細工か?」
「町の美術館が出来たらしい。ただ当てもなく散策するのも面白そうだが…」
「織物も一見の価値ありだ」
「あれ美味かったな!市場で売ってる何かの肉!」

あれやこれやと話し合っていると、自然と足は町の1番大きい市場に向いていた。公演期間という事もあって、市場は書き入れ時。店員達の威勢のいい声が絶えず、活気のある市場だ。

「以前は落ち着いた雰囲気だったのだがな。町の方針が変わり、上手くいくとこうも変わるのだな」
「取り敢えず、この中を見て回るか」
「うん」
「食べ歩きの客も多いな…夕食はどうする?」
「劇場周りにも食い物はあったな…」
「あっあれ何…?」
「あれは香木の煙で…」

3人が市場の人混みに紛れる。楽しげな観光客の声がまた増えた。



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