ベノムリップス

ど三一

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灼熱の初月編

第49話 浮き足立つ町

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ニスは、飴を家に取りに来たベンガルから誘いを受けた。学校で芸術祭がありそこに作品を展示しているので見に来て欲しいとの事だった。

「芸術祭?」
「子ども芸術コンクールの開催に合わせて行われる学校行事で、生徒達それぞれ一つずつ作品を展示するんです。あたしはやっぱり服を作って…投票数一位を狙ってます!」

ベンガルが見せた保護者向けのプリントには、子ども同伴でお越しくださいと書いてある。更に下には校内コンクールに応募した作品の中から投票によって最優秀作品を決めるらしい。応募は自由で、最優秀賞、優秀賞、佳作の賞がある。各賞にはリリナグ町内で使用できる商品券が賞品として贈られる。

「頑張って作ったので、おねえさんにも見てもらいたいです」
「へえ面白そうだな」
「あたしと一緒なら校内に入れますからね!」

ベンガルは大量の飴を機嫌良く持ち帰り、飴がいつ溶け出すか気が気でなかったグンカはほっと息をついた。

「お2人は校内に入った事は?」
「青少年への注意喚起で一度二度ほど。口内をじっくり見回るのは初めてだ」
「俺もだな」

3人はグンカの勤務終わりに合流して、学校の入り口で待っているベンガルと校内を回る。
ベンガルの作品が展示されている教室に行く前に、職員室近くに展示されているショーケースの前を通りがかった。ケースの前には何組かの親子が居る。

「それは、子ども芸術コンクールで大賞を取った作品だそうです」
「ほお……」

3人はケースの前で立ち止まった。中には8点ほどの作品があり、それぞれの横にある白いカードに作者の名前とエピソードが記されている。

「人形に、絵画に、彫刻に…編み物もあるな…」
「みんな上手ね…」
「コルゼット…当時12歳。中央で働く両親とはあまり会えない日々だった、その為中央美術館に展示されたならば、仕事の合間に作品を見て貰えると思い応募。見事大賞に輝き、授賞式には両親の姿と祖母の姿があった。……涙ぐましい話だな」

グンカはその少年の作品を見ていると、横ではギャリアーがベンガルに早く移動しようと腕を引かれている。

「目的の場所はこっちですよー」
「少しだけ待ってやれ。2人が珍しそうに見てるからさ」
「む~」

ニスは木彫彫刻を眺めて「赤い目が綺麗」と呟いた。宝石の様な光沢を持つ二粒の石。

「何々…拾った赤い石を磨いて………根気のいる作業だな…」
「コンクールの運営が調べた所…紅玉石、だって」
「聞いたことが無いな…」

ギャリアーはベンガルに腕を取られたまま、2人の側に補足を加える。

「床材にも使われる素材らしい。綺麗に磨くと高級感が出るっていうんで、今では割と見る石だな」
「床……リリナグピオンの敷地の際の…」
「ああ、あれも紅玉石だな」
「元から艶々しているの…?」
「他の石と同じだな。研磨には荒いものから段々細かい目の研磨材を使用するから、一般に出回っているやすりなんかだとかなり時間がかかる」
「この歳でこんなものが作れるなら、今はどうしてるんだろう」

「もう~そろそろ移動しますよ!学校の施錠時間まであと30分しかありませんから!」
「わっ…」

ベンガルはニスの手を引いて、自分の作品が展示されている校内コンクール応募作品展示教室に向かった。


「あれ?3人とも、どうしたの?」
「チャム」

目的の教室迄は、階段を上がり廊下を抜けなければならない。途中、チャムとその友人らしき歳の近い少年少女達が談笑していた。

「あたしの作品をお見せする為に招待したのです」
「そうなんだ、折角ならあたしのも見ていってよ!ここにあるからさ!」

チャムはコレと指差した。3人は遠慮がちに教室に入ると、チャムの友達の視線を浴びながら作品を見た。枠の付いた板の上に砂が散りばめられている砂絵だった。「将来」というタイトルで、砂地にフライパンを振っている料理人と思わしき姿が描写されている。

「繊細な絵ね…」
「砂絵か、ここで作ったのか?」
「家で作ったよ」
「…運んで来たのか?この潮風の中を」
「そう!かなり飛んでっちゃった」

チャムは明るく言うが友人達は3人に近付いてきて、大変だったと口にする。

「学校に来た時チャム砂まみれでさ~」
「予備の砂持ってきてたから期限までに直せたけど、あたし達も砂だらけになって完成させたんだから」
「ありがとうね、皆」
「3人は…チャムのお向かいさんの…?」

友達の影に隠れた大人しそうな少女が聞いた。

「そうだ」

グンカが返事をすると、その少女はきゃあっと短く悲鳴をあげて顔を隠した。その反応にグンカは疑問符を浮かべる。

「ちょっと恥ずかしがり屋な子なんだよ~。ベンガルの作品を見に来たんだよね?直ぐそこだからゆっくり見て行ってよ!ユウトの作品もあるからさ」
「ああ、またなチャム」
「ええ…また…」

チャムが廊下まで見送ると、友人達が教室の隅でコソコソと話し合っている。密やかながらその一画からは異様な熱気が放出されている。

「あの女の人を巡って争う立場にいるけど、同じ屋根の下で暮らしてるって事ね…」
「技師さんが髪色の薄い方だよね?ちゅうは済ませてるっていう」
「キス未遂があの警備隊の人か……恋愛的な目で見ると、制服ってヤバい…!なんかドキドキしちゃいそう…!」

チャムから聞いたお隣さんの恋模様を毎日楽しく聞いている友人達は、その恋話の実際の人物達を見て沸き立った。恥ずかしそうに隠れていた子も、当人達が居なくなると輪の中心に立ち冷静に考察を落とす。

「距離感的には技師優勢と見るわ。けどあの警備隊の人のポテンシャルは高いと思うの。一回の爆発力は警備隊の人に分があると思う。技師の人は優しくて包容力があるタイプ、そして職人。かなり一途なんじゃないかしら?チャムから最初に話を聞いた時から、かなり時間が経過したけど、今はかなり三人の仲が良くなっているわね。同居解消が白紙になったという大きな事件…そこに何らかの隠されたイベントがあったと考えるのが定石…」

圧倒的熱量で浴びせかける考察に、友人達は息を呑んだ。淡々と話す彼女は、他者の恋愛について想像、考察する専門家である。仲間内では机上の恋愛マスターの地位を欲しいがままにしている。ただ人見知りで口下手な為、当人達に真相を追求するという事は出来ない性質であった。

「ギャリアーとベンガルはどう判断した…?」

チャムは彼女の相変わらずの目の付け所に感服し、もう一組気になる組み合わせの経過について聞く。

「大人と子ども、それだけね。男女の色気は感じない」
「15歳に手出す方が問題じゃない…?」
「成人まで待って付き合えばいいじゃねえか!!間のもどかしさも2人の絆を強くするだろ!?」

1人夢見がちな少年が吠える。その夢をぶち壊すような一言が机上の恋愛マスターの口から放たれる。

「貴方はまだ触れ合えない辛さがわかっていないのよ…身を焦がすような情愛も、氷の刃のような嫉妬も…触れ合いによって満たされるのは身体だけじゃない事を…貴方は…まだ知らない」
「お前…!その知識……どこで得た!?」
「お母さんが台所のフライパンの下の鍋敷きの下に隠している、艶かしい小冊子…」
「えっあのお母さんが!?」

友人達は少女の母親の姿を思い出し、意外な趣味があると驚いた。少年少女の議題は親が隠している物に変わり、チャムは自分の叔父が歴代の恋人との思い出の品を捨てられず、衣装ケースに隠していると話して、盛り上がりに貢献した。



「此方が校内コンクールの作品がある教室です」

ベンガルは張り紙が貼られた教室の扉を開ける。中には長いテーブルが5台あり、乗らないものは台座や支柱など使用して、展示されている。ベンガルの作品は壁際にあった。

「ウエディングドレスか」
「ええ!当初はパーティードレスにしようと思いましたが、おねえさんワンピースに触発されてウエディングにしちゃいました!」

純白のドレスを前に3人はほおと息を吐いた。頭には花冠を付け、首には純白のレース。身体のラインを際立たせる所は強調し、窮屈な印象を与えないように程よいエアリー感を持ったスカート部分の流線。マネキンが手に持ったブーケは生花を使用し、包み込むのは淡い色合いの極薄紙に金色の模様が入った艶のある紙。そして持ち手には蝶々結びから余分に垂れるリボン。床に付かないよう、カーペットが敷かれている。

「壮麗だな」
「綺麗……」
「むふふー!あたしサイズで、将来着るんだったらって想像して!本当は5色は欲しい所ですが、やっぱり王道の白は外せません!おねえさんのワンピースも白ですし、隣に並んでも色がぶつかる事がないです!」

ニスのワンピースの話が出てきた事にグンカがもしやとベンガルに聞く。

「…合同で式を挙げるつもりなのか?」
「………ん~?」

ベンガルは首を傾けて、何のことかわからないという顔をした。

「お婿さんはどうですか?純白、好きですか?」
「ん?いいんじゃないか」
「私としては、お色直しは多いだけいいと思ってますので、ワンショルダーやオフショルダーもいいかなと!」

この後ユウトの作品も見て、4人は学校を出た。ベンガルをリリナグリリィに送り、3人で帰り道を歩いていると、ニスが町の景色の変化に目を留めた。

「店の前に飾りが下がってる…」
「ああ、来月は祭りがあるからな。うちもそろそろ下げないと…どこに置いたかな」
「リリナグの最盛夏は3ヶ月間。その真ん中の月は町を上げての祭りとなる。あの飾りには意味があり、水色の紐は海神への感謝と忠誠を表している。ピンクの紐は豊穣祈願…だそうだ」
「へえ…」

ニスは軒下に歩いて行って下がる紐を近くで見た。花の形に編まれたその下に、30センチ程伸びる2色の紐が風に揺れている。

「この紐はお店で買うの?」
「最近は出来てるものを買うのが多いかな。一応作り方の説明書きが入った自分で編むタイプもある」
「難しそうだものね…」
「警備隊も毎年、これを小さくした物を各自で作って胸に飾る。町全体で祭りを盛り上げる為にな。本日受け取ってきた」

グンカは制服のポケットから2色の紐を出してニスに見せた。

「意外と長い…!」
「どうやって編むんだ?」
「確か…こう…」

2色の紐を記憶を頼りに編んでみる。グンカは最初こそ迷いない手つきであったが、途中で掛かるはずの場所が掛からなかったり、片方の紐が極端に短くなってしまい、めちゃくちゃになっていた。

「くっ…!」

グンカは苛々として、段々手つきが荒くなってゆく。今の所完成には程遠い。ニスとギャリアーは一度止めようと目で通じ合うと、ニスはグンカの紐を指先で摘んだ。

「家に帰ってからやろう…?」
「いや、もう一度…!」
「この炎天下じゃ頭も回らない。一旦家に帰って冷たい水でも飲んでからやろうぜ。ニスにも編み方見せてやってさ」
「…うむ」

グンカは渋々紐をポケットに仕舞い直した。

「しかし暑いな~…冷蔵庫の氷も少なくなってきたから、氷買って帰るか」
「そうだな…」

グンカは制帽を脱いで、ハンカチで汗を拭った。元々新陳代謝が良い体質で、長袖の制服を着ているのもあり滝のような汗をかいている。これから夕飯の時間だが、さっぱり食べられる物を用意したい。3人とも身体が熱くなっている。

「あっ…チャムにトマトのシャーベットのレシピを貰ったの…」
「トマトの?氷と混ぜるのか?」
「いいえ、トマトを砕いてから薄く伸ばして凍らせるんですって…」
「不思議な食べ方だな」
「ハチミツを咥えて混ぜて完成みたい…昨夜喫茶うみかぜで凍らせておいて貰ったから、今夜食べる…?」
「いいな!そうしよう」
「冷たい食事か…ありがたい」

トマトは夕食後のデザートとして食べた。チャムもどうかと勧めたが、浜辺で売り歩くメニューの開発で沢山食べてお腹いっぱいだからと、遠慮した。チャムの背後の厨房のテーブルには、試作品と思われる料理が幾つも皿に乗せられていた。そんな事で3人は生温い潮風を感じながらトマトシャーベットを食べる。

「はー…生き返るな」
「冷たい…っ」
「少しずつ食べて…」

一掬いが大きかったグンカは、キンとする痛みを頭に感じた。しかし、それでも美味しいものは美味しい。ニスに言われて今度は少しずつ食べる。ほんのりと甘味があって爽やかな味だ。

「そういえば、お前はあのようなコンクールに応募した事はないのか?芸術分野だろう?」
「絵も上手だったものね…」
「あるよ、でも装飾技師になってからは無いなぁ…」

3人はシャーベットを綺麗に食べると、明日に向けて早々に眠った。
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