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日焼けあと
4:育海side
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「10月から、こっちに住むから。そしたら育、またいっぱい会えるよ」
「わざわざ転職してまで子守りしてくれなくていいよ」
「子守り?」
手首を掴んで、ぐっと引かれる。バランスを崩して、正くんの胸に飛び込むみたいな格好になってしまった。
「これが、子守り?」
顎に手をかけて上を向かせられる。正くんの顔が近くて、反射的に目をギュッと閉じた。再びのキス。
逃げようにも、腰に腕を回されていて叶わない。
「育はもう子どもじゃないでしょ?」
「んっ……」
「俺ももう、ただの幼馴染じゃ我慢できないんだけど」
腰にあったはずの手が、いつの間にか太ももに移動している。下から上に撫でられた拍子に、短パンの裾から正くんの手が侵入してきた。
「待っ!」
「こんなの見せられたらムラムラするよ」
「!?」
ビクッと体が跳ねる。嘘だ。
「しょ、正くんはそんなこと言わない!」
「俺だって男だよ。普通にそういう欲だってあるんだけど」
「それは……だって、女の人に、だろ!」
喫茶店で会った元カノ。おとなしそうな、いかにもっていう感じの女の子だった。
「育より好きになれる人なんていなかったよ」
落ち着いたトーンで正くんが言う。
俺のことが好きって、それ、本気で言ってる……?
「結婚するはずだった人は」
「そんな人いないんだよ」
「嘘」
「そう、嘘吐いたんだ、俺」
やっぱり。なんでこんなにすぐバレるような嘘吐くんだよ。
拳を正くんの胸に叩きつける。
「育、野村のおばさん知ってる?」
野村のおばちゃんといえば、近所で有名な噂好きだ。野村のおばちゃんに見られた、聞かれたことは、翌日には町中の人が知ってる、なんて誇張されるくらいに。
「あの人と上司が知り合いだったから、職場であれこれ言われるのを躱したくて言ったんだよね。結婚考えてる相手がいるって」
「は……?」
「そうすれば見合い話も来なくなるし、結婚しなくても『いろいろあってそういうのはもう』みたいに言えばその後も逃げられると思ったんだよ。なのに上司がすぐ異動になっちゃって、あっという間に元通り。全然意味なかった」
じゃあ、3年前のあの話は、本人が流した偽情報ってこと……?
「まあそれも、もう辞めるからやっと解放されるよ」
胸に置いたままの握り拳を正くんの手が包み込む。まっすぐ視線を合わせられて、逃げられない。
「俺が好きなのは育だよ」
「……」
「育は?」
そんなこと、急に言われても飲み込めない。
何も言えずに、ただ呼吸が早くなる。
「ねえ、キスしていい?」
「むっ無理っ!」
「なんで?気持ち悪い?」
好きな人のキスが気持ち悪いわけない。
こんな、起こるはずのないことが起こって。憧れの人の顔がすぐ目の前にあって。もう、なんか、それだけで無理だ。
「き……気持ち悪くは、ない」
顔だけ横に向けて、やっとのことで返事をする。
「俺、育が思ってるほどかっこいい大人じゃないと思うけど」
「うん」
嘘吐くし。思ったより……なんか、スケベだし。
「幻滅されちゃったかな?」
「……別に」
「好きじゃなくなった?」
「なわけねーだろっ」
何年片想いしてきたと思ってるんだ!
嬉しそうにこっちを見る顔がムカつく。視線を外したくて、肩口に顔を伏せる。
「……好きに決まってんだろ、馬鹿」
「あはは。また馬鹿って言った」
背中に腕が回されて、ぎゅっと密着させられる。
馬鹿だよ。正くんも、俺も。
3年前の影は、俺の胸から消えてしまった。
真っ黒な日焼けあとも、きっと秋のうちに元通りに消えてしまうだろう。残るのは、いつまでも燻る恋心と、大好きな人との思い出だけだ。
「ねえ、今夜泊まっていいよね?」
気の早い秋の虫が鳴きはじめた頃。朝晩はようやく涼しくなってきたはずなのに。
ここは、二人だけの熱帯夜。
~~ 日焼けあと おしまい ~~
+++++++++++++++++++
最後までお読みいただきありがとうございました!
『あの夏の影』完結です。
お休みしていた長編の更新も再開できるよう頑張ります……!
こまど
「わざわざ転職してまで子守りしてくれなくていいよ」
「子守り?」
手首を掴んで、ぐっと引かれる。バランスを崩して、正くんの胸に飛び込むみたいな格好になってしまった。
「これが、子守り?」
顎に手をかけて上を向かせられる。正くんの顔が近くて、反射的に目をギュッと閉じた。再びのキス。
逃げようにも、腰に腕を回されていて叶わない。
「育はもう子どもじゃないでしょ?」
「んっ……」
「俺ももう、ただの幼馴染じゃ我慢できないんだけど」
腰にあったはずの手が、いつの間にか太ももに移動している。下から上に撫でられた拍子に、短パンの裾から正くんの手が侵入してきた。
「待っ!」
「こんなの見せられたらムラムラするよ」
「!?」
ビクッと体が跳ねる。嘘だ。
「しょ、正くんはそんなこと言わない!」
「俺だって男だよ。普通にそういう欲だってあるんだけど」
「それは……だって、女の人に、だろ!」
喫茶店で会った元カノ。おとなしそうな、いかにもっていう感じの女の子だった。
「育より好きになれる人なんていなかったよ」
落ち着いたトーンで正くんが言う。
俺のことが好きって、それ、本気で言ってる……?
「結婚するはずだった人は」
「そんな人いないんだよ」
「嘘」
「そう、嘘吐いたんだ、俺」
やっぱり。なんでこんなにすぐバレるような嘘吐くんだよ。
拳を正くんの胸に叩きつける。
「育、野村のおばさん知ってる?」
野村のおばちゃんといえば、近所で有名な噂好きだ。野村のおばちゃんに見られた、聞かれたことは、翌日には町中の人が知ってる、なんて誇張されるくらいに。
「あの人と上司が知り合いだったから、職場であれこれ言われるのを躱したくて言ったんだよね。結婚考えてる相手がいるって」
「は……?」
「そうすれば見合い話も来なくなるし、結婚しなくても『いろいろあってそういうのはもう』みたいに言えばその後も逃げられると思ったんだよ。なのに上司がすぐ異動になっちゃって、あっという間に元通り。全然意味なかった」
じゃあ、3年前のあの話は、本人が流した偽情報ってこと……?
「まあそれも、もう辞めるからやっと解放されるよ」
胸に置いたままの握り拳を正くんの手が包み込む。まっすぐ視線を合わせられて、逃げられない。
「俺が好きなのは育だよ」
「……」
「育は?」
そんなこと、急に言われても飲み込めない。
何も言えずに、ただ呼吸が早くなる。
「ねえ、キスしていい?」
「むっ無理っ!」
「なんで?気持ち悪い?」
好きな人のキスが気持ち悪いわけない。
こんな、起こるはずのないことが起こって。憧れの人の顔がすぐ目の前にあって。もう、なんか、それだけで無理だ。
「き……気持ち悪くは、ない」
顔だけ横に向けて、やっとのことで返事をする。
「俺、育が思ってるほどかっこいい大人じゃないと思うけど」
「うん」
嘘吐くし。思ったより……なんか、スケベだし。
「幻滅されちゃったかな?」
「……別に」
「好きじゃなくなった?」
「なわけねーだろっ」
何年片想いしてきたと思ってるんだ!
嬉しそうにこっちを見る顔がムカつく。視線を外したくて、肩口に顔を伏せる。
「……好きに決まってんだろ、馬鹿」
「あはは。また馬鹿って言った」
背中に腕が回されて、ぎゅっと密着させられる。
馬鹿だよ。正くんも、俺も。
3年前の影は、俺の胸から消えてしまった。
真っ黒な日焼けあとも、きっと秋のうちに元通りに消えてしまうだろう。残るのは、いつまでも燻る恋心と、大好きな人との思い出だけだ。
「ねえ、今夜泊まっていいよね?」
気の早い秋の虫が鳴きはじめた頃。朝晩はようやく涼しくなってきたはずなのに。
ここは、二人だけの熱帯夜。
~~ 日焼けあと おしまい ~~
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最後までお読みいただきありがとうございました!
『あの夏の影』完結です。
お休みしていた長編の更新も再開できるよう頑張ります……!
こまど
応援ありがとうございます!
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