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ノエル

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「えっ!?どうして……窓が開かないっ!!」

「何よ?ソル、力が弱いわね。もっと思い切り開けなさいよ!!」

「うぅー、やってるよぉ!!でもっ、突然びくともしなくなって。レイが戻る前に部屋の窓拭きをしようと思ったのに。」

「ほら貸して……っ、!?なにこれ!?」

「ね!!そうでしょ!?」

「お、おかしいわねぇ。建て付けが急に悪くなったのかしら。ノエル様が戻ったら治して貰わないと。」

「変だよねぇ、急にレイの部屋だけ窓が開かないなんて。」





……きっと、困っているであろうメルとソルには悪いけど。








✳︎✳︎






「……悪い虫が入ると悪いからね。」



暫く、レイの部屋の窓は遠隔魔法で開かないようにした。



「ん?ノエルお兄様、何か言いましたか?」

「……距離が近い、離れろって言ったんだよ。」

「もぉー、可愛い弟にそんなこと言わないで下さいよぅ!」

「……ネオに言い付けるよ。」

「!?ご、ごめんなさい!!」


僕よりも、ネオが怖いのか。やっぱりクリスは変な奴だ。


べったりと横に張り付いて、絡めていた腕をやっと離してくれたはいいものの。


「楽しみですねぇ、ノエルお兄様の婚約者のロザリア様、絶世の美女であるのは勿論、魔力も強くお兄様と近しい白銀の髪をしてらっしゃるとか。」

「……髪の色がそんなに大事?」

「大事ですよ!?魔力が強いほどに白髪に近くなるんですから、お兄様みたいに生まれながらその色なんてあり得ない……」

「……じゃー、変える。」

「!?何を!?」


唾を飛ばして熱弁するクリスが五月蝿すぎたから、パチンと1つ指を鳴らして


「う、嘘でしょ!?」

「ピーピー隣で五月蝿いから。」


自分の白髪を、真っ黒に変えた。
あぁ、どうせならレイと同じ金髪にすれば良かった。


「そうだ、魔力じゃなく、人間は加齢や酷いストレスでも白髪になるらしいから、人間のペットで試していい?クリスの隣にいたあの女、名前……何だっけ。」


「カレンはダメです!!」

「じゃー、黙ってて。」

「!!わかりました。」


そこまで言って、やっとクリスが大人しくなった。

父様が呼んでいると言うから、別室に来てみれば、煩い弟と待ちぼうけ。

早くレイのところに帰りたい。
それに


「僕が話したいのはお前じゃなくて…」

「へ?なんですか?」

「遅れて申し訳ありません、ノエル兄様が黒髪なので、驚きましたよ。」

「あぁ、ネオ待ってたよ。」


にこっ、と笑って隣を指すと
騎士らしく丁寧に一礼してからクリスとは反対隣の椅子に腰掛けた。


「……返して。」

「……突然ですね、何ですか。」

「わざわざ家に来なくていいから、今すぐレイのローブ返して。」

「わざわざ呼び出した理由は、それですか。」

「それ以外にお前と話すことはないよ。」

「……哀しいことを言いますね、お兄様。」



僕らの会話に、何のことかとキョロキョロと視線を泳がせるクリス。



ネオは、椅子の背に深く持たれながら



「……嫌だと言ったら?」


フッと挑発的に、微笑んでみせた。


「議論の余地はないから。」

「借りたものを直接返すのは礼儀でしょう。あの律儀な小鳥にお礼もしたいですし。」

「必要ない。」

「それは兄様が決めることじゃありませんよ。」

「なに?」

「……レイの意志で決めるべきです。」


……レイの意志で?


「……自室で他の男を待つのを?」

「はい。」

「あの子は僕のだ。」

「知ってます、ですがレイの意志は誰のものでもありません。もしも、レイがお兄様ではない誰かを選んだとしてもお兄様に止める権利はありません。本当に相手を思っているのなら尚更……」



……あぁ、なんだろう、この気持ち。


五月蝿くまとわりついてくる末の弟よりずっと。


理路整然と顔色ひとつ変えず



「……今夜、俺を待つのか決めるのはレイです。」


淡々と語る、目の前の次弟の方が



「……呼ぶな。」

「はい?」

「……金糸雀の名前を、お前が呼ぶな。」

「!!」



……この上なく、腹ただしい。


無意識に出た殺気に反応して、変えたはずの黒髪が一瞬で純白に戻る。


それでも収まらない覇気がビリビリと空気を揺らして



「ひっ、!?……ね、ネオお兄様、ノエルお兄様を怒らせないで下さい!!い、息が出来ま……せん。」


魔力に当てられたクリスは、身体を摩りながら青い顔をしていた。


「……やっぱり、ノエル兄様は
白髪が似合いますね。」

「褒め言葉なんていらないから。
……ここで誓って?」

「何をです?」

「……今後一切レイには関わらないと誓うなら、許してあげる。」


大理石で出来た目の前の玉座が、僕の魔力にカタカタと揺れている。

この気持ちを抑えなければ、亀裂でも入ったらお父様に失礼だ。

頭では理解しているのに。



「……嫌です。」

「は?」

「……俺もあの子が気に入りました。
可愛いオメガを手に入れたいと思うのはアルファの本能でしょう。」


本能?たったそれだけの理由で僕からレイを奪うつもり?


「ネオお兄様……早く謝ったほうが……!!」

「巻き添えになりたくなきゃ、部屋を出ろ。俺達の兄弟喧嘩は……死人が出るぞ。」

「そんな……どうしてこんなことに……」


座ったまま動かない僕に、ネオがゆっくり腰の剣に手を掛ける。

……くだらない、やめろ。落ち着け。

ガタガタガタッ、地面さえ小刻みに揺れ出した。僕のせいだ、わかってるのに。



「……ネオに腹が立ったのは生まれて初めてだよ。」

「やっと俺に関心が持てるようになったんですか。……嬉しいです。」

「お前の感情なんて、どうでもいいけどさ、僕から彼を奪いたいなら僕を殺せ。」


……弟の無礼なんて、笑って許せばいい。
どうしてたったそれだけのことが出来ない?


「ノエルお兄様……落ち着いて下さい……!!」

怯えるクリスを無視して、溢れる魔力を引き摺りながら立ち上がった。

ドッドッドッ、腹の底から湧き上がる。
炎の唸りのよう。

目の前が、視界が赤く……染まる。


「ノエル……兄様!?
その瞳……なぜ、赤色に……?」


赤……い?あぁ、そうか。
だから目の前が血のように染まってるのか。


「……下がれ、クリス。」

ネオの声が、遠くに聞こえる。
熱い、痛い、赤い、この魔力を……外に。

そんなことしたら、どうなる?
拳をギリと握りしめた時



【……鎮まれ!!ノエル!!】


キィィィン……耳鳴りのする怒声。


「!?」


空気を裂くような王の咆哮に
ハッと我に返った。

いつの間にか割れかけた玉座に座り、こちらをジッと見つめている。


「……それ以上昂るな!!
取り返しが付かなくなる!!」


「っ、」


お父様……。

現国王、英雄の血を濃く継ぐものの言霊に押されて


「……っ、
申し訳ありません、お父様。」


「……解れば宜しい。さぁ、深呼吸を。」

「はぁ……はぁ。」

「大丈夫だ、ノエル。
……母様を思い出せ。落ち着け。」


その場に膝をつく。

ネオとクリスも同じように、膝を突き
頭を下げていた。


父様が来てくれて良かった。深呼吸をしながら、覇気に当てられてだいぶ落ち着いた。

ドクンドクン、まだ身体の内側に宿る力が放出されずに疼いている。


「っく、」

心臓が唸る。痛い。僕にとって、1番に気を付けなければならないのは。


「……ノエル?大丈夫か?」


「大丈夫……です。自分でっ……鎮めます。」


僕自身。それ以外に敵などない。

自分の中にいる魔力を、暴走させないこと。どんな魔物より自分自身を鎮めるのが、1番厄介だ。

……たらりと、額に汗が滲む。


あぁ、この力を内に秘めずに好き出来たらどんなに楽になるか。

……この痛みは誰にも解らない。


「申し訳ありません、俺が……兄様の感情を逆撫でしたばかりに。」

「ネオ?お前……?何をした!!
ノエルがこのような取り乱すなど今まで無かったのに。」

「痴話喧嘩の……ようなもので。」


父様はツカツカと、玉座を降りてこちらに歩いてくると


「この愚息が!!何を考えている!!」

「ッ!!」


バキッ!!と振り上げた拳でネオの頰を殴った。

温厚で民にも慕われ愛される王。
衝撃に床に腰を付いたネオを冷たく見下ろすと捲し立てるように口を開いた。


「ノエルの魔力が暴走したらそれを止められるものは誰もいない。母親のノアは死んだ!今あの子を止めているのは自制のみ!!ノエルの感情を逆撫ですることは決して許さん!!一歩間違えればこの子は世界を破滅させる魔王になるのだぞ……!!」


世界を……破滅?あぁ、たしかに僕なら……望めばそれができる。

言葉よりも、ネオに怒鳴り散らす父様の瞳には……僕に対する恐怖のみが浮かんでいて。


シンと、心が冷たく凍りつく。


……当然だろう。失望するな。母様でさえ息子の僕を心底恐れ、絶望していた。


僕の存在などこの世界では。



「……ネオ!!お前はノエルを
怪物にしたいのか!?」


生まれながらの神童?最強の魔導師?英雄?そんなものではなく恐怖しか生まない異物。


この世界に必要ないのは……僕だけ。


面倒なこの痛みが、いっそ心臓を止めてくれたら良いのにと願った時。












「ノエル様……どうしたの?
どこが……痛いの?」



「!?」




ふわり、小さな温もりが
後ろから包むように僕を抱き締めた。




はら、はらと床に落ちる柔らかな白い羽。頰を擽る……金色の髪。



甘い……肌の匂い。
誰かなんて、見なくてもわかる。



きっと今も僕を、真っ直ぐに見つめる。




「レ……イ……」


「はい、ノエル様……」


「レイ……ッ」


「もう……大丈夫です。」



……僕が、いますから。




優しく微笑む小さな身体を、労わる余裕なく力一杯に抱き締めた。


「どうして、ここに来たの?
待ってろと言っただろ。」

「指輪を見ていたら、ノエル様に呼ばれた……気がして。」

「相変わらず、言うことを聞かない子だね。」

「ごめんなさい。…でも。」

「!」

「傍にいたいんです。」

「……どうして?」


「どうして、って……」



レイが僕だけを見つめてる、ただそれだけで、胸の痛みが……腹の底に蠢く熱が引いていく。


「愛してるから。」


それ以外にありません、と
微笑んだレイの無邪気な笑顔に



視界を染めていた
血のような赤が……消えた。











愛してる。レイ。



……それ以外、ない。

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