カラダで熱を確かめて

タマ鳥

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八夜

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4月上旬、私たちは二人の生活を始めた。それから1週間、薫は忙しさからか、私が眠りについている時に帰り、私が起きる時に挨拶だけして去っていく日々。前までの私なら、浮気を疑っていたかもしれない。それでも薫を見る限り、完全に疲れているため、浮気なんてする余裕がないこともよく分かる。


もしかしたら穏やかなお付き合いって、信用できる相手とこう穏やかに過ごすことなのかもしれないと思う今日この頃。



早いもので本日は土曜日。薫は早寝早起きが染み付いてるのか、朝から片付けなどをしてくれていて、私が起きる頃にはもう既に朝ごはんが出来ているのだ。



「おはよう。」


どうやら休みの日は洋食派らしい。薫が用意してくれたのはフレンチトーストだった。



「おはよう薫。えーフレンチトーストだぁやったー!」



それにしても、なぜこんなに完璧な男は売れ残ってるのだろうか。薫の方から女を振ってしまうというこの前の冗談もあながち間違いではないのかもしれない。

トロトロなフレンチトーストにナイフを差し込みぱくりと口に含む。甘すぎずだが飽きのこない味付けが最高だ。私がフレンチトーストを食べている間、何故かプロジェクターをセッティングする薫。



「ねぇ、梓。ここで溜まったアニメ消費してもいい?」


それから何故か照れたように私に許可を求める薫。実際彼は今まで付き合ったことの無いインドアタイプで、アニメが好きだと知ったのもつい最近だった。幼なじみなのに本当に知らないことが多すぎる。



「えー私もみたーい。」


それから2人で少し大きめのソファに座り、鑑賞をする。薫が今見てるのは少年漫画が原作のアニメ。なんだか手に汗握る展開で、ついつい熱中してみてしまう。


「ちっ、仕事の電話だ。」



「じゃあ少し止めて置くね。」


「ありがと。」



普段気づけなかった視点として、薫は意外と土日も拘束される。そのまま仕事のパソコンを食卓に開き、何やら打ち合わせのようなことを電話で行っているのだ。せっかくの土日でもアウトドアには辛いかもしれない。



「ごめん。今電話終わった。って、何その手は。」



「土日でも働いてるからこう、よしよしタイムでももうけようかなって。怒った?」



結局薫は1時間ほど拘束されていた。その間私はこの前の京都旅行のアルバムを作っていたので、退屈することは無かったが。



「怒ってないけどよしよしタイムって何してくれんの?」



薫は安心したような笑いをしながら私のに自分の体を預けた。私はそのままハグをし、彼の頭をわしゃわしゃと撫でながら



「土日も働いてて、薫はえらいぞ~。」


と、まるで子どもを褒めるように褒めた。


「絶対馬鹿にしてるでしょ。」


「あははっ、してないしてない。それよりほら、さっき中断してた続き、見ようよ。気になって仕方がないもん。」



すると今度は薫から仕掛ける。私のことを勝手に膝の上に乗せ、まるで抱き枕のようにハグしながらアニメを見始めた。照れるけど、ハグってすごく安心すると思いながら、私も続きを真剣に見た。




結局日曜日もほぼ同じようにおうちでダラダラして過ごしていた。ただ、近くのスーパーに一緒に買い物行って、2人で1緒に料理したりもした。こんな生活がずっと続くなら、もう前みたいな恋をしなくてもいいかなとも思い始めてる自分もいる。


「あんた最近、すっごい幸せですオーラ出てるけどなんかあった?」



「いえ、逆ですよ今が幸せすぎて本気で恋愛する気がないんじゃないかって今すっごく不安になったんですよ。」


藤村さんが心配してくれたので、私は今の悩みを藤村さんに打ち明けた。



「恋する気力がおきず、しばらく幼なじみと付き合った?何?日本語?」



「違うんですよ。ほら、私ってずっと恋愛に縛られた生き方してたじゃないですか。結構彼氏に気を使ったり合わせたり、そういうのが疲れちゃいまして。そしたら例の幼なじみがそういうモードにならなくていいから付き合おうって提案してくれたんですよ。で、それが私に好きな人ができるまでの期間なんですけど、好きな人ができる気がしないくらい、今がすっごく安心するというか。」



藤村さんは、呆れたように私を見る。それから


「あんたらがやってる事って、本物の恋人以上に恋人だからな。何が好きな人ができる気がしないだ。もうあんたはとっくに幼なじみが好きなの。OK?」



「いやでも、薫に対してはずっとこの感情ですよ?それに、今までみたいに修羅場とかそういうのもないですし、なんかこう、胸をモヤつかせるような心配事とかも薫にはないから……。」



「馬鹿野郎。いままでの梓の恋愛がおかしすぎるの。普通はこっちよ。そんな恋愛じゃ結婚したあと幸せになんてなれないでしょ。」


「えっ、結婚!?」



思わず薫と結婚することを妄想し、何故だか穏やかな家庭の中、子どもと遊ぶ薫まで浮かんでしまった。



「梓もう末期レベルでその幼なじみのこと好きだよ。あんた絶対今後幼なじみ以外の人と付き合っても上手くいかないわよ。」


藤村さんが忠告する。でも、私が勝手に好きだとしても、あくまでも薫は私の恋愛休止期間に色々サポートしてくれるだけで、別に私のことなんて好きではないと思う。



だって、35歳までは結婚を考えていないのだから。私は出来れば30までは結婚したい。



「…やっぱり、合コンとか行こうかな。」


「は!?もうあんたは誘わないわよ!幼なじみくんが本当に可哀想。」



「でも藤村さん~、薫はあくまでも私の恋愛休止期間中のサポート役で、恋愛的に好きな人が出来たら別れる約束なんですよ~。だって薫、別に私の事好きでは無いですし、あっちも彼女できたら職場でマウントが取れるからってメリットだけで付き合ってるんですよ~。」



言葉にしたら、なかなかに心にずっしり来た。



「…とりあえず時間が合う時にでもその幼なじみと話し合いなさい。あんた変なところ抜けてるから、多分絶対誤解してるわ。」


それから藤村さんは、定時終わりにもう一度私に念押しをし、会社を去っていった。



その日の夜、簡単に出来るカレーだけを用意し、私は薫を待つ。お部屋まで2人のを借りちゃったし、私に好きな人が出来たとして、薫は一人暮らしでも全然支払えるから好きに出てって大丈夫だとは言ってくれたけどなんだか申し訳ない。


「本当、薫から離れられる気がしない。」


だって、ずっと一緒にいるんだ。恋人とは違う、ずっと縁が切れない関係なんだ。


「ただいまー。なんかカレーの匂いする。」


ぐだっと待ってたら、薫が帰ってきた。時計を見ると10時半。いつも通りだ。



「薫、お疲れのところ悪いんだけど、少しお話してもいい?」


薫はカレーを盛りながら、いいよと返事をした。



「それで、話って何?」



「あのね、この関係っていつか終わりが来るものじゃない?あくまで私が恋愛休止期間だけの関係って、ずっと心の中にあるのね。」



あーうん、と薫は気の抜けたような相槌を打つ。



「それで今日、先輩にこの話をしたの。そしたら、こういう恋愛の形もあるって返事が返ってきて、その。」



「つまり、梓は何が言いたいの?」



「うーん、よく分かんないんだけど今のままだと私、薫に溺れてしまいそうなんだよね。今日だって、薫は35歳までは結婚を考えていないって言うけど、私薫と結婚したこと考えて幸せになっちゃったし…。」



目の前からカラン…と音がする。顔を上げると薫が顔を真っ赤にしていた。音はどうやら持っていたスプーンを落としてしまった音らしい。



「かお、る?」



「梓、結構大胆なこと言ってる自信ある?」


それから薫は片手で顔を隠した。



「うん。もし私が、薫に本気になっちゃったらこれってどうなるのかな?多分結構本気になってしまいそうで、だから合コンとか行った方がいい?」



「合コンは、行かなくていいから!!」



「えっ、でも………。」


私は結婚したいよ?と薫の目を見ると



「じゃあ俺と結婚すればいいじゃん!!」


「でも薫、私の事別に好きじゃないじゃん。私の事彼女にしたのだって、職場でマウントが取れるからなんでしょ?」


だって薫本人だって言ってたじゃん。それに私の家賃を浮かせるためにこうして私とふたりで住むことを提案してくれたわけだし。



お互いにメリットしかない生活ではあるが、肝心の想いは薫にはない。



「ごめん。」


薫が謝る。なんで謝るのか分からくて、私は何が?と質問した。




「この提案、完全に俺の下心だった。梓と一緒に暮らして、いつか俺のことを好きになってもらおうって思って提案したんだ。」



「じゃあ、私はすっかり薫の手の中だったの?好きになったら私なんてもう用済み?」




「ちがっ…、あ~またかっこ悪いことなっちゃうけど、俺、ずっと…それこそ出会った時から20年、ずっと好きだったんだ。だから、梓がこうして家に来てくれるのも嬉しかった。でも梓は恋する気がないって言うから、隣で梓が恋したいって思い始める機会を伺うためにこの提案をした…。」


私は、頭が混乱した。どうやら、薫はずっと私のことを好きでいたらしい。今まで隣にいたのに全然気づかなかった。



「そんなの、言葉に出してもらわないと気づかないよ!!」


「本当にそうだよね。言葉にしないくせにいつか振り向いて貰えるようにって事ばかり努力して。ほら、この仕事だって梓が小さい頃、頭がいい人と結婚するって言ったから、死ぬほど勉強したし。中学校の頃梓がチャラい先輩と付き合ったから、チャラい男になろうともした。大学の時だって梓がこういう服が好きって系統ばかり買ってたし今だって、梓が喜ぶような料理ばかり作っちゃう。本当は梓が知らないだけですげえ重くてすげえ気持ち悪い男なんだ。」


本当にストーカーみたいだな。と薫が自嘲気味に笑った。そんなことない。



「全然、気持ち悪くなんてない。あ、多分普通の人にこんなこと言われたら気持ち悪いって思うのかもしれないけど、薫からはすごく嬉しく感じる。」



「……梓が俺に気持ちが少しでも向いてくれたこと、凄く嬉しい反面、全部吐き出したらなんか申し訳なくなる。」



「えっ、なんで?普通に嬉しいよ。私こんな風に想われたことなかったから、身近にこんなに私のことを想ってくれてる人がいるってだけでもなんだか幸せになれる。てことは、ずっと私と一緒にいてくれるの?さっき言った俺と結婚すればってやつは、ちゃんと想いが込められた言葉だってことでいいの?」



さっき、私が合コンに行くってのを止めたのも、嫉妬してくれてたってことなのかな?



薫は、私を真っ直ぐ見る。それから



「梓とは今すぐ結婚したいと思ってる。それに、これからのお付き合いなんだけど、結婚を前提として考えていきたい。改めて言うね。梓。こんな重い俺だけど、これからも付き合ってくれますか?」



私はぶわっと目に涙を貯める。そして



「私も薫とずっと付き合っていたいです。」



薫は、良かったと胸をなでおろし、冷めちゃったねとカレーを完食した。



私はと言うと、薫が私のことをずっと好きでいてくれた事にまだ心が追いついておらず、胸がいっぱいだった。






薫は私に気持ちを伝えたことでこれまで溜めていた20年分の重みが溢れ出したかのように



「アズ、すっごい可愛い。好き。」


ずっと甘えたモードだ。明日も仕事だと言うのに、寝ずに私のことを抱きしめては好きと可愛い、愛してるをうわ言のように言うのだ。を、


「もうわかったから。」


「分かってない。ずっと心の中でしか言えなかったから。梓が好きだって。だから今、すっごく幸せ~。明日婚姻届取ってきてもいいかな?」



「…勝手にすれば。」



「梓~、やっと俺のものになった。幸せ……。」



それから、薫は疲れていたのか、私を抱きしめたまま寝てしまった。私はと言うと、こんなに可愛いや愛してるを言われ続け、もうすっかりエッチな気分になっていたので、かなり落ち込んだ。








「おはよ。」


いつも通りの朝、のはずなのだが、薫の顔はずっと上機嫌。ずっとこんな調子だったら薫のほっぺた取れてしまうんじゃないかと心配してしまう。



「梓、俺今日朝早いから、もう行くね。ご飯とお弁当は用意してあるから!」


それから薫は嬉しそうに部屋を出ていこうとする。そんなに嬉しそうだと、こっちももっと頑張ってしまいそうになる。



私は玄関で薫を呼び止める。それから何?と振り向いた薫の唇に、キスをした。



薫はぱちくりと目を開く。



「薫、好きだよ。今日も一日お仕事頑張ってきてね。いっ、てらっしゃい!」


ちょっとだけ大胆なことをしてしまった。薫も驚いたのか、幸せだなとぽつりと呟き、行ってきますと職場に向かっていった。それでは私も、お仕事頑張ってきますか。




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