カラダで熱を確かめて

タマ鳥

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二十夜

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時はすっかりクリスマスムード。会社を出ると街はイルミネーションで輝いている。


私の誕生日、それから薫の誕生日と色々とお金を使いすぎてしまったので、薫からはクリスマスは家でまったり過ごそうと提案されている。


それに忙しいくせにケーキも自分で作ろうとしていたのでそれは丁重にお断りしておいた。


ショールで深く口元を隠し、足早に駅に向かおうとすると



「梓。ずっと待ってた。」



そこには、去年一緒に過ごした元カレの1人である護の姿があった。



「私は待ってないでーす。」


すぐさまここを離れよう。


「梓、待って!!!」



私を追いかけてくる護から逃げるように、私は人混みの中に入り込む。それからいつもとは違う地下鉄口から家に帰った。




その日の夜、薫にこんなことがあったと報告をしようと思ったが、残念ながら薫は年末の決算に追われており会うことが出来なかった。




次の日は流石に待ってないだろうと思い、慎重に会社を出る。



「梓。やっと出てきた!」



護はよっぽど暇らしい。なんと私を待っていたのだ。



「俺、ずっとお前と別れたこと後悔してて……。」



何かを話始めようとする護から離れるように、私は護がいる方とは反対の方に小走りで逃げ、その日も地下鉄で帰る。



「も~、薫なんで遅いの~。」


家に着いてもやっぱり相変わらず真っ暗。キャリアだから忙しいのはわかるし、愛されているのも実感しているのだが、怖い思いをした時にそばに居てくれないのは寂しい。



布団を深く被り、結局その日も薫にお休みが言えないまま寝てしまった。



次の日、私は6時に目覚ましをかけていたため、久しぶりに薫と顔を合わせることが出来た。薫はこんな朝早くに私が起きてきたことが珍しかったのか、コーヒーを飲みながら何かあった?と心配してくれた。それにしても、6時に起きても薫は準備をしているので何時に起きてるのかが心配だ。むしろ、睡眠もろくに取れてない薫に心配をかけるのも可哀想かと思って、


「いや、ここずっと薫の顔を見れないのが寂しくて早起きしちゃった。」


私は自分が感じた恐怖を誤魔化した。薫はなにかいいたげな顔をし、本当になんにもないの?とずっと聞いてきてくれたが、元カレが会社に押しかけてくるだけで別に逃げればどうってこともないので本当に大丈夫としか言えなかった。



さすがに三日連続はなかったのか、今日は会社の前に元彼の姿は無かった。ほっと胸をなで下ろし、いつも通り最寄り駅で降り、二人暮らしの賃貸マンションまで向かおうとすると


「あーずさっ。」


ゾクッとした。そして、なんでここがバレているのかと不安になった。


「…なんで、ここが分かったの?」


思わず声が震える。護はそんな声の震えすら気付かずにっこりと笑う。


「本当は行けないことだって分かってるけど昨日後ろを着けた。でも梓が悪いんだぞ。お前があの家を引っ越したなんて教えてくれなかったし、それにLINEもブロックしただろ。全然繋がらないからこうするしか無かったんだ。」



当たり前だろう。なんで引っ越したことを浮気された元カレに言わなきゃいけないのか。それに、浮気されて別れる時にあらゆる連絡ツールは全て切るのも常識だ。



「なぁ梓。話くらい聞いてくれよ。」



どうせ今夜も、薫の帰りは遅いから連絡はしなくていいだろう。私は渋々護を連れて、少しだけ離れたコーヒーショップに入った。



「それで、今更なんの用なの。あんなに忙しいなんて言ってたくせに、仕事終わりの私を着けれるくらい随分暇になったのね。」


私はブラックコーヒーを飲み、一息ついてから護に嫌味を含めながら話した。


「それは…浮気した俺が一番悪い。それでも俺も騙されてたんだ。俺のことが好きだと言ってた女の子に、ついつい流れるように体の関係を結んでしまったが、その子は他に俺の上司と付き合い初めて結局今1人だ。だから梓に対して反省するため長い期間のお休みを貰った。」


要約すると、どうやら私と付き合っていた頃浮気していた会社の子に浮気が原因で振られ、今1人だから寂しくて私を頼ってきた、ってところだろう。ぶっちゃけ護に対して何の感情もない私は知らん、という感情しか湧かない。



「浮気されてみて初めて、梓に対して最低なことをしたって気づいた。梓は俺の事をずっと信用してくれて、俺に愛を与えてくれていたのに俺は……梓の本当の愛を重いと跳ね除けてしまった。本当、今になって気付いた。馬鹿だよな。」



護は、私に話してるつもりでも何となく自分に酔っている気がする。だってすごく熱く語ってるくせに肝心の私の左薬指に指輪がはめられていることに気づいてないんだから。



「だからずっと、心から謝りたかった。梓を傷つけてしまって、申し訳ない。それから、梓にまだその気があるのならやり直したいと思ってる。」



それから護は私の右手を取る


「お前が、こんなに綺麗な女だったって久しぶりに会って改めて気づけた。馬鹿だな。本当に馬鹿だ。」



護がうっとりと私を見つめる。



「綺麗って褒めてくれたこととか、浮気に対して謝ってくれたことは素直に受け取っておく。でも、やり直すことは絶対無理。だって私、結婚してるし。」



護はぽかんとして、私を見る。



「ん、見て。結婚してんの。まだ婚約指輪だけど、籍は入れてる。だから無理。」



「お前、俺と別れて1年経ってねえじゃん。それ、騙されてんじゃねえの?」



護は、まだ信じられないと言わんばかりに私に噛み付いてくる。



「騙されてないよ。だって昔から知ってる人だもん。」



「じゃあお前も俺と付き合ってる時浮気してたのか?」



「なんでそうなるの。護と付き合ってた頃は護しか見えてなかったよ。それと同じで今は旦那しか見えてないの。ごめんね。」



「嘘だ!だって昨日、夜中の11時まで張り込みしてたけど梓しか家に入ってなかった!!!!」



護が発狂する。そんな時間まで張り込みしてたなんて、もはや狂気だ。



「そりゃあ旦那は護と違って忙しい人だもん。」



それにしても困った。話にならないが家まで知られている。しかも恐らく薫はいつも通り帰るのが遅いはずだ。変に挑発して家まで押しかけられたところで抵抗できない。



きっと遅いだろうが、私は薫に一言



『元カレに家まで知られてしまって下手に動けないので近所のタリーズにいる。』


とだけLINEをしておいた。



「ほら、私はもう話すことないしさっさと帰って。」



「俺はまだある。なぁ、旦那遅いんだろ。梓は寂しがり屋だし、耐えられるのか?どうせ寂しいから籍だけ入れたってところだろ?籍だけ入れたってその寂しさは埋められないから。」



……うーん困った。本当に押せば行けると思われている。でも確かに付き合っていた頃の私も悪い。本当に護が好きで仕方なかったため、ずっと監視のようなことをしていたのが仇となってしまった。



「クリスマス、帰りの遅い旦那と過ごせるわけねえだろ。梓だって1人で過ごすのは寂しいだろ?俺も空いてるから一緒に過ごして欲しい。」


意図が見えた。こいつは人恋しくなるクリスマスを1人で過ごすのが嫌なのかもしれない。それで会社を長期休むってのもどうかと思うが、確かに護は寂しがり屋なところがあった。



「は?絶対無理。それに旦那を裏切ることなんてしたくないから。」



完全に拒否し、護を睨む。ここで負けたのは護だった。渋々分かったと言いながら、お金だけを置いてタリーズから出ていく。それでも少し怖かったので、私はそこから15分後に家に帰った。




家に着いて、夕飯の準備をしていると、バタンと玄関から勢いの良い音がした。それからバタバタと廊下を走る音。



「梓!!!大丈夫だった!?」



音の正体は薫だった。薫はずかずかと私のところにやってきて、それからギュウギュウと抱きしめられる。



「えっ?薫今日は早いんだね。」



「あんなLINE来て、早く帰らない方がおかしい。」


どうやら彼は、LINEを見て仕事そっちのけで帰ってきてくれたらしい。



「あー……申し訳ない。でも、何とか撃退したよ!」


それから、今までのことを全て薫に話すと、どんよりと落ち込んでしまった。



「薫?家も知られて見張られてたみたいだけど、私全然何も無いしさ!」



「…違う。梓が本当に怖い思いしてる時、俺は気づいてあげられなかった。…………もう仕事やめようかな。」



「いや、仕事辞められたら困るよ。確かにすれ違いの日々だけど、その分時間があった時の感動は薫がこの仕事してないと味わえないしね!」



それに、この仕事だと浮気の心配もないもん!と言うと、薫は弱々しい声でポツリとごめんと呟いた。



「まぁ、護はきっと、クリスマス前が寂しくなってとりあえず元カノに連絡してみようってところだから、旦那しか無理ですってキッパリ言えばもう来ないし大丈夫でしょ。」



なぜだか薫を励ますために、背中をポンポンと叩き宥めるのだが



「…絶対諦めてない。まだ何かしてきそうで怖いよ。」



薫はズビッと鼻をすすり、私に警告した。


この時は薫は心配性だなあとほっこりしていたのだが、……私は、男の執着というのを舐めていたのかもしれない。





それから数日は、護が会社の前や最寄り駅に現れることは無かった。初めは警戒しつつ生活していたのだが、やっぱり私が強く言ったのが効いたのかなと油断していた。



世間はクリスマスムードに変わる。その日の私は護のことなどすっかり頭から抜け落ちており、薫とのクリスマスをどのように過ごそうかということばかり考えていた。



年末の会社における運送手続きのまとめもあり、残業しており、結局会社を出たのは8時だった。それでも薫はまだ残業だよなあなんて思いつつも、一応念の為『今から帰る』とだけLINEした。


それからいつも通り電車に乗り、最寄り駅に着いたら



「梓。待ってたよ。」


何故か当たり前のように現れる護。私は思わず顔をしかめる。しかも



「これ、梓好きだったよな。一緒に食べよう。」



何故かケーキまで用意している始末。



「なんであんたとケーキを食べなきゃいけないわけ?」


「なんでって、よくよく考えたら俺たち別れようなんて一言も言ってないよな。梓が俺の過ちに気づいて勝手に別れるって言っただけで俺はそれを認めなければ別れたことにならないだろう?」



……怖い。と思った。護はプライドが高く見栄っ張りだ。私からすれば馬鹿な話だが、クリスマスに1人で過ごすということを頑なに認めようとしない。そのためには記憶を改ざんすることだって厭わない。






「じゃあ仮にあんたと私が付き合ったままだったとして、なんであんたは浮気相手の女の子とも付き合えるわけ?頭おかしいんじゃないの?」


とりあえず駅前の目立つ場所から移動し、適当に近くのファミレスに入った。ここ、そういえば里村さんとも来たなぁ。本当に揉め事が起きる度にここに連れてきている気がする。



「だからあれは、俺の気の迷いだったんだ……。ずっと考えていた。俺が離れたせいで梓が落ち込んでいるんじゃないかって。」



「だからぁ~私はもう旦那がいます!」


「それが!気の迷いだって言ってんの!!よく考えたのか?俺と離れて勢いで変な男について行ってねえか!!」


護は私の手を握り、力強く訴えた。







「俺、浮気してしまったけどマジでお前と結婚することを本気で考えてたんだぜ?そのために3年付き合った。でも梓は今の旦那と1年経たずに結婚してんだ。確かに梓は寂しがり屋なところがあるだろ。それにこの前だって旦那の帰りが遅いって言ってただろ?俺は本当に心配なんだよ。俺は、俺はお前と別れてない!だからその結婚と俺との復縁をもう一度考え直してくれねえか?」



そうか。これが薫が忠告してくれた男の執着か。私が何を言っても頑なに認めようとしない。それどころか私の今の気持ちすらも否定してくる。



「考え直すこともない。護と別れた後、本当に大切な人は誰かってことにちゃんと気づけて、私は結婚を選んだの。騙されてもいないし、護に靡くことはもう一生ないんだよ。」


だから諦めて?そう言おうとした時だった。バシンと私の頬に痛みが走る。目を開くと、顔を真っ赤にし、目に涙を溜めた護が居た。



「お前さ!!!いい加減にしろよ!!!男舐めんのも大概にしろ!!!!」



頭がおかしいとはこのことだろう。私はただ、薫が好きだと伝えたはずなのに、何故か頬を殴られたのだ。



「確かに浮気をした俺も悪いけど、お前だって俺が好きすぎてスマホチェックしたり居場所チェックしたりしてただろうが!!!絶対今の旦那だってそれに耐えられなくて帰りをわざと遅くしてんだぜ?お前のその重さに耐えられんのって俺ぐらいだと思うけどな!!!!」



それから、私の胸ぐらに手が伸びてきた。また、殴られるのか。目をつぶった時だった。



「お前こそ耐えられなくて浮気したんだろクズ野郎。」



パシッと私に掴みかかろうとしていた手首を誰かの手が掴んでいる。目を開き、ゆっくりと見ると、



「誰だよあんた。」


「梓の旦那だよ。」


そこには見たことも無い程の怒りを含んだ薫がいた。



ファミレスの席に、護と向かい合うように私と薫が座る。



「で?誰が耐えられずに帰りを遅くしてるって?」


薫は私も見た事がない自分の名刺を取りだし、護に渡したあと詰め寄った。



「…こっちは早く帰ろうと必死で頑張ってんのに毎日毎日新しい案件が飛び込んでくんの。新婚なのにこのザマだよ。」


護は、キャリアの忙しさを聞いたことがあったのか、認めたように顔を顰めた。



「うちの奥さんの跡をストーキングしたり、駅前で待ち伏せしたりするような暇はこちとらねえんだよ。」



前に華乃子が言ってた。薫の無表情ってとても無機質で美しくてそして恐ろしいと。今の薫はそれに怒りを含んでいる。無表情で淡々と怒っているのだ。私の事で怒ってくれているはずなのに、隣の私までゾクッときてしまった。



「で、でもなんで俺と別れて1年足らずで結婚してんだよ!!おかしいのはそっちだろ!!」



護が顔を真っ青にしながら薫に歯向かう。しかし、ライオンにキャンキャンと吠えるチワワだ。



「確かに恋人になって結婚してのスパンは1年経ってないかもね。でも20年ずっと横にいたんだ。お前の3年とは重みがちげえの。」



それから薫はジッ…と護を見た。



「な、なんだよ。」


護はオドオドしながら薫に反抗する。



「お前さ、早く梓に謝ってくれない?殴ったことと、怖がらせたこと。」


「なっ……。」



「早くしないと、これ出してくるけど?」


薫が取りだしたものは被害届。それに嫌がる私の手を掴む護の写真。


「こっちはお前の職場も押さえてあんだよね。さっさと謝って金輪際梓に近づかないでいてくれるなら、出さないであげる。あ、でもこれは書いてもらおうかな。」



それから、薫はどこからか盟約書のようなものとボールペンを取り出す。そこには難しい言葉でだが、護が私に近づかないようにする内容のものだった。



「ほら、早く書きなよ。一応法的な効力はあるから、今後近づいたとしてもこれを元に告訴状は出すよ。」




護は、悔しそうな顔をしてそこに記名する。それから小さな声で



「梓。ずっとストーキング行為をして、頬を殴ってしまって、申し訳ございませんでした。もう、……金輪際近づくことはしません。」


弱々しく私に頭を下げた。高校の頃、薫様というあだ名が浸透していた事があったが、確かに彼は、護の前で絶対的な存在感を醸し出していた。


それからしばらく時間が経過する。しかし護は薫の恐怖から、動けないでいるようだった。




「ねえ。ケーキ持ってさっさとここから出ていって?」


薫のその一言で、護は肩をビクリと跳ね、慌てたように出ていく。それを見送ってから薫はドリンクバーの氷をコップいっぱいに持ってきた。



「梓。ほら、これで冷やして?」



「薫、ありがとう。」


「あいつ、梓の頬を思いっきり殴りやがって。痣になったらマジで出してやろうかな。」



おそらく薫はマジで言ってる。そんなことしなくていいよ?と言ったが、これは聞く耳を持っていないな。



それからファミレスを後にして、家に帰る。


「……薫。助けてくれてありがと。」


私は、薫の背中に腕を回し抱きついた。



「梓やめて。俺何にもしてないよ。梓は怖い思いもしたし、頬だって殴られた。そんな被害に合わせて、ありがとうなんて言って貰える資格ない。」



「それでも、薫があんなに怒って、法的な書類まで出されたんじゃもうきっと護は近づけないと思うから。だからやっぱりありがとうなんだよ?」



そう言うと薫は私に向き合い、抱き締め返す。それから弱々しい声で



「梓は、優しすぎるよ。」



と言った。私からすれば、薫の方が優しすぎるんだけどね。



「でもあの男が言うことも間違いじゃないんだ。現に俺は梓に寂しい想いばかりさせてるし。」



「あははっ、そんなことないよ。時間が合わなくて寂しいとは思ってるけど、その分休みの日に沢山愛してもらってるじゃない。」



ヨシヨシと薫の頭を撫でれば、薫は私の肩に自分の顔を擦り寄せた。



「あー、それよりも梓の元カレ達みんなヤバすぎる。あと何人襲撃してくんの?」


「本当にね。でも、だから薫の良さに気づけたりもしてるから、そこは感謝かな。…今後は来ることはないと思うけど、来られても私、薫しか見えてないから大丈夫だよ?」



「…心配してるのはそこじゃないよ。」



薫はそう言うと、すぐさま冷蔵庫から氷嚢を取りだし、私の頬に当てた。



「本当は、しばらくの間梓のことを迎えに行きたいし、梓と一緒に通勤もしたい。でも、結局は仕事の都合でそんなこと出来ない。だから、気付けないことも沢山ある。梓は俺の仕事のことを考えて今後何かあっても遠慮して言わないかもしれないけど、変に遠慮されて梓が怖い思いする方が俺は嫌だから。お願い、これからはなんでも言って欲しい。」



「…うん。わかった。もし何かあったら、小さいことでも薫に言うね。薫に背負わせちゃうのは申し訳ないけど。」


薫はふるふると首を横に振る。


「俺、梓の悩みを聞くのなんて全然負担じゃないから!ずっと言ってるじゃん。もっと俺に負担をかけていいんだよ?俺は梓が悩んでることや苦しいこと、欲を言えば全部一緒に悩んで一緒に苦しみたいんだから!!」



私は、本当に幸せ者だ。頬を殴られた痛みすら忘れてしまうくらい、薫の想いは私を優しく包んで癒してくれる。



「薫もだからね?薫が悩んで苦しんでること、私も一緒になって背負いたい。」



すると薫は、苦笑いをしながら



「仕事が忙しすぎて苦しいんだけど、とりあえず癒してくれる?」



そんな事を言った。私は薫の頭を胸のところに持ってきて、



「薫、毎日頑張ってえらいよ~。」


先程まではライオンのような圧力を放っていたくせに、すっかり牙を無くした家猫のような甘えたになった薫の頭を思いっきり撫で回した。




この年のクリスマスイヴは、平日だった。私は特別な日御用達の日本橋の三越のデパ地下で、ケーキとチキン、それから小さなワインボトルを買った。



「あれ?薫今日早いじゃん!」


「そりゃあずっと好きな人との初めてのクリスマスなのにまた変な男がきて梓とクリスマスを過ごしたいなんて言われたら溜まったもんじゃないから、さっさと終わらせた。…別に明日の朝早く行くし。」


薫はまだ根に持っているらしい。そんなこと絶対しないよと言っても、梓は違くても来るかもしれないじゃん!と膨れっ面になる。



「せっかくのクリスマスなんだし、変な男は忘れちゃお?」


それから近くの100円ショップで買っておいたサンタさんの帽子を薫に被せた。




「えっ?薫ミネストローネ作っててくれたの!?めっちゃ美味しい!!!」



「梓がデパ地下でメインとケーキとお酒は買ってくるって聞いてたけど、スープくらいなら作っておこうかなあって作っちゃった。」


本当に短時間でこんなに美味しいものを作れるのだ。できた嫁ならぬできた旦那である。



「ケーキもね、薫好きかなぁってめちゃくちゃ美味しそうなブッシュドノエル買ってきちゃった!後で食べよ?」



そう提案すると、薫は緩んだ頬で食べたいと言った。





「ねぇ!!こんなの聞いてないんだけど!」


ご飯を食べ終わり、ケーキの用意をしていると、ローテーブルの上になにやら箱があった。それを広げると、何故かサンタのコスプレ。…もしかしてこの男、前に誕生日でコスプレしてからこういうのにハマったな。



「俺ばっかりサンタさんの格好するのも変じゃん。だから梓にもしてもらいたくて。」


そんなこと言っても、薫は部屋着の少し大きめのスウェットにサンタの帽子を被っているだけだ。それにソファの肘掛に両肘を乗せて、顔の前で萌え袖のルームウェアからちょこんと出た指を重ね、お願いのポーズをされる。本当に甘え上手になったものだ。



「~っ分かったよぅ…。その代わり、馬鹿にするのはナシだからね?」


そう応えると薫はニコニコと笑う。でも実は私も、ちょっと着てみたいという欲はある。28にもなってミニスカサンタはどうかと思うが、薫しか見てないし誰にも言わなければ大丈夫だ。



どこで買ってきたのか、割と良いベロア生地のサンタコスチュームに腕を通す。スカートはミニすぎる訳では無いが、膝上。それにモコモコのチョーカーにモコモコの腕輪、靴下もモコモコだ。


「薫~、こんな感じなんだけど。どう、かな?」



スカートの裾を下に引っ張り、なるべく足を見せないように出てくると



「梓、可愛い。」


薫はそう一言言い、私をソファに座らせようとポンポンとソファを叩いた。






「はいっ。あーん。どう?美味しい?」



「薫さん、私サンタさんなのにこんなにもてなされちゃっていいの?」



薫は自分の太ももの間に私を挟み、ブッシュドノエルを食べさせる。肩にずっと甘い重み。もしハートが見えるのであれば、薫からはたくさんのハートマークが出ていることだろう。かく言う私もそうなのだが。



「ねぇ薫。私も食べさせたい。はい、どーぞ?」


それから薫の口の中にケーキを放り込んだ。薫はもぐもぐと口を動かす。それがまるでリスのように可愛くて、私はそのまま頬にキスを落とした。



それからずっとイチャイチャしていると、ちょっと早めだけどと薫が何かを取り出す。



「もしかして、薫も用意してくれてたの?」


「えっ?梓も用意してたの?とりあえず俺からはこれかな。はい。」



そうして薫が取り出したのはボデイスクラブセットだった。



「私からはこれ。」


私は、そそくさと席を立ち、高級なホットプレートを薫に渡す。それから薫の顔に自分の額を合わせる。



「どっちのプレゼントも2人で使おうね?」


薫の太ももに自分の手を這わせ、目を合わせて薫に言うと、薫は熱っぽい瞳で私を見てくる。



「……梓、誘ってる?」


「ふふ、だって聖夜だもん。明日仕事だけど、まだ時間も早いし1回くらい出来ないかなあ?」



すると薫は私の唇にキスを落とし、


「聖夜じゃなくて性夜な気もするけどね。」


それから私をベッドの上まで運び、押し倒した。


「んっ、なんかそれダメ…焦らさないで…っ。」


薫は、私の衣装を脱がせることなく鎖骨や首筋などを甘噛みしたり、舐めたりする。



「せっかくだし、衣装もったいないから。」


なんて言いながら、衣装越しに私の胸を揉む。一応ノーブラではあるが、手でさわさわと撫でらるため、焦れったい状態が続く。


「かお…るぅ。触って……んっ、」



薫の手を掴み、自分の胸を強くいたぶるよう誘導すると、



「凄い大胆なことするね。」

薫はサンタの衣装から強引に私の胸を揉みしだいた。


「ねぇアズ、何してるの?」



「あぁん、だって…我慢できない…ンんっ」



それから、薫は私をもどかしく攻める。私は大胆にも自らの足を薫の腰に巻き付け、激しく攻めるように促した。



「薫っ!奥っ、奥がいいのぉ…っ!」


その行動が何故か薫の何かに刺さったらしく、そこからはイヤらしい水音が出るほど奥を突かれる。腰には足をまきつけ、首には自分の腕をまきつけながら、必死で薫に応えた。



結婚式の予定を立てていながら、薫の中ではもう子どものことも考えているのか。ここ最近は2人とも興奮してしまうとどうしても付けないでしてしまう。



「梓…久しぶりだからやばいかも。」


それから薫に力が入る。私は薫と深いキスを交わしながら、彼が自分の中に熱いものを注ぐのを受けいれた。





「あーあ。明日早起きしなきゃ。」


薫は今日早く帰ってきた代わりに、明日の朝7時半頃には官庁に居なきゃ行けないとベッドの中で愚痴を吐く。



「本当、クリスマスイヴとクリスマスは休みだと嬉しいよね?」




それから私は子どもをあやすように薫の頭を撫でた。最近私は薫の頭を撫でることが増えた。それはきっと、薫に対してかっこいいという感情の他に、愛しいという感情も膨れ上がって来ているからだろう。とにかくこの人が愛おしいのだ。思い返せば元カレに対して可愛いなんて抱いたことがない。



「クリスマス出来なかった分、年末たくさんイチャイチャしようね?」



そう言いながら私を抱きしめ、すぐに寝てしまった薫のつむじに、私はキスを落とした。






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