Eternal Star

綾瀬麻結

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4巻

4-3

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「とっても綺麗だわ、北川さん」
「本当!? ありがとう! 茂庭さんも、そう思ってくれるかな?」

 その言葉に、千佳は茂庭が座っている方向へと視線を向けた。だが、茂庭は、残念ながらそこにはいなかった。

「ええ、きっと……」

 綺麗な肌、真珠のように輝く白い歯、大きな目に表情豊かな口元。女性から見ても可愛らしい北川に告白されて、ノーと言える男性はそうそういないだろう。
 酔っ払った人が増えてきたのか、話し声もだんだんと大きくなり、広間は騒然としてきた。多くの人がお目当ての男性や女性のもとへ行って話し始めている。即席のコンパをしようと、誘っているのかもしれない。

「やあ」

 耳に届いたその声の主が誰なのか、千佳はすぐにわかった。正面を向くと、ちょうど千佳の目の前に彼が腰を下ろすところだった。

「茂庭さん」

 意思表示するように、北川が千佳の大腿だいたいに手を載せる。

「これからさ……、俺を含めた技術部のやつら四人と飲みに行かないか?」
「行きたいわ!」

 横から北川が身を乗り出し、茂庭に可愛らしい笑みを向ける。

「えっと、彼女は北川鮎美さんよ。わたしと同期なの」

 茂庭は「それで?」と問うように、意味ありげに眉を上げる。千佳はそれには答えず、ただ苦笑いを浮かべた。

「わたしはもっと温泉に入りたいから遠慮しておきます。北川さんがきっと人数を合わせてくれるわ」
「ってことは、あと三人ね。任せて!」

 足取りも軽やかに、北川は人数集めに向かった。残された千佳は、茂庭が何かを問う前にもう一度苦笑いを浮かべた。

「わたしのことは気にしなくていいから、皆で楽しんできて」
「千佳……」
「茂庭さんも言ったでしょ。これは一種のコンパなんだって。その場でただ飲むだけだとしても、わたし……もう優貴が嫌がることはしたくないの」
「彼はここにいない。千佳が何をしようと、誰にもわからない」

 手を伸ばして、茂庭が千佳の手の甲に触れようとする。その動きを目の端にとらえると、千佳はゆっくりと手を引いた。

「ダメよ。優貴には正直でいたいの。遠距離恋愛をすることになったとき、もう優貴に隠し事はしないって、わたしは自分で決めたから」

 はっきりと口にしたことでわかってくれたのか、茂庭は深いため息をついた。

「集まったわ!」

 二人の間に漂う微妙な空気に気付かず、北川が嬉しそうな声で話しかけながら千佳の隣に座る。

「いつ行きます?」
「……今から」

 茂庭はその言葉どおり立ち上がると、千佳を見下ろした。
 これでもう終わり、本当に全て終わりだね――と告げるように、彼は苦しげに目を細め、千佳を見つめ続ける。北川の手が茂庭の袖に触れるとその呪縛は解け、二人は千佳に背を向けて歩き出した。
 一人きりになると、千佳は安堵を覚えて深いため息をついた。だが、周囲に誰もいなくなると今度はしゅうが湧き起こってくる。
 千佳を想ってくれた人が去っていく。温もりを失ったような物悲しい気分だったが、友達なら新たな道へと進み始めた茂庭を応援するべきだろう。千佳の心が優貴にあると知り、自分の気持ちを心の奥に閉じ込めて千佳の背を押してくれたように、千佳も友達として茂庭を応援するべきなのだ。
 茂庭が大広間から出てその姿が見えなくなるまで、千佳は彼の想いに応えられないことを何度も心の中で謝り、そして新たな道に向かう彼の背中にエールを送り続けた。

「あの、鈴木さん?」

 いきなり声をかけられて、千佳は大広間の入り口から視線を動かした。目の前に、面識のない男性が座ってる。

「良かったら、このあと飲みにいかない?」

 千佳は、目をぱちくりさせて目の前の男性を見つめた。
 これって、もしかして……誘われてるの? ――と思った瞬間、千佳の心臓が急に不規則なリズムで鼓動し始めた。咄嗟とっさに彼から視線を外すと、今度は遠くの方から千佳をうかがうように見つめている男性と目が合う。腰を浮かせて、こちらに近寄ってこようとする男性もいた。
 こんな風に、いきなりいろいろな男性から注目を受けるはずがない。そう思うのに、男性の目が鋭いやりとなって、千佳のからだを突き刺すように襲ってくる。

「ご、ごめんなさい! わたし、ちょっと具合が悪くて……」

 こんな経験を一度もしたことがない千佳は、半纏はんてんとポーチを持つと慌てて立ち上がった。彼らの目の届かないところへ逃げるためには、大広間から出るしかない。上司たちは、カラオケに行こうと熱心に話をしているし、先輩たちの中には既に席を外している人もいる。これなら、千佳が抜け出しても誰も気にしないだろう。
 一度も後ろを振り返らず、千佳は急いで大広間から飛び出した。エレベーターに乗る時間も惜しく、別館へ続く階段に足に向ける。

「えっと、鈴木さん?」

 後ろから、また男性に声をかけられる。怖くなった千佳は、聞こえなかったふりをして、自室のある五階ではなく、三階に行き、脱兎だっとの如く廊下を走った。
 お酒を飲みすぎて気分が悪くなった人や、温泉に入って逆上のぼせた人向けに設けられた特別部屋がある。とにかくどこかに隠れようと、千佳はそこの引き戸を開けてスリッパを脱ぎ、ドアを開けて室内に入ると、ゆっくりと閉めた。自分の名を呼ぶ声が遠くなっていくまで、口を手で覆ってジッと息をひそめる。だが、千佳の意識は突然室内へ向いた。
 何かが千佳を引きつける。生地が擦れる音、押し殺した息遣い、くちゅくちゅという聞き慣れた粘膜音。一瞬にして、千佳の顔は真っ赤になった。
 今、この半分閉まった障子の向こうで……誰かが愛し合ってる! 

「ダメ……もう、イ、クッ!」
「まだだ。……もう少し、我慢しろ」

 女性の口から漏れる吐息が、すすり泣きに変わる。湿り気を帯びた肌と肌とがぶつかり合う音に混じって、激しさを増す粘膜の音。
 この場所にいて、最後まで聞くなんて耐えられない。クライマックスに向かっているようなので、入ったときと同じようにこっそりと出ていけば、室内の二人に気付かれることはないだろう。
 千佳はドアを小さく開け、物音を立てないように外へ出ると、ゆっくりと閉め、逃げるようにそこから飛び出した。

「どこに行ったんだろう、鈴木さん」

 またも自分の名が廊下の向こうから聞こえてきて、千佳は泣きそうになった。
 どうして追いかけてくるの? 何故放っておいてくれないのよ! 
 心の中で悲鳴を上げながら、千佳は何度も周囲を見回し、小走りで廊下を進んだ。
 こうなったら、割り当てられた自分の部屋に戻るしかない。
 千佳は三階から五階へ階段を駆け上がり、〝蓮の間〟へ続く長い廊下を走った。だが、自分の部屋の前で一人の男性がドアを見つめたたずんでいるのに気付き、千佳の足がピタッと止まる。その男性は千佳の名を呼んではいない。だが、千佳はその男性が振り返るよりも早く身をひるがえした。
 今度こそ、千佳の目から涙がこぼれた。
 日本酒を飲みすぎたせいで気分がたかぶっているのよ――と自分に言い聞かせながら、千佳は上司数人にしか割り当てられていないスペシャルスイートへ続く廊下へ逃げた。こちら側の廊下に千佳がいるとは、誰も思わないだろう。
 さらに奥へ進むと、部屋が広くなったことを示すように、小石の上に架けられた小さな太鼓橋の間隔があいていく。さきほどまで千佳がいた廊下とは違って、人の気配が全くしない。ここでしばらく隠れていれば安全だろう。肩で息をしながら壁にもたれてジッとしていると、静かな廊下にスリッパで歩く音が響いてきた。

「もう、イヤ!」

 悲痛な声が、千佳の口から漏れる。こんなことになるのなら、茂庭や北川と一緒にいた方が安全だった。だが、そう思ってももう遅かった。
 一度後ろを振り返り、誰の姿もないことを確認してから、千佳は走り出した。周囲に目を配る余裕なんて全くない。もう一度振り返って誰の姿も目に入らないことを確認し、スペシャルスイートの一室の前を通り過ぎようとした……まさにそのときだった。
 いきなり誰かに腕をきつく掴まれた。恐怖から甲高い悲鳴を上げそうになる。だが、腕を掴んだ人物を見て、悲鳴は喉の奥に掻き消えた。
 ここにいるはずのない人が、今目の前にいる。問いかけるように、だが同時に情熱をくすぶらせて千佳を見つめるその瞳。何も言えず、千佳は泣きながら彼の胸に飛び込んだ。

「……っ、優貴!」

 身を投げ出すようにした千佳を、優貴はしっかりと抱きしめてくれた。彼の温もり、彼が愛用している香水の匂いに、またも涙が込み上げてくる。
 いきなり取り乱してしまったから、優貴はいったい何があったんだろうと思っているに違いない。にもかかわらず、優しく千佳を抱いて「部屋へ入ろう」とささやいてくれた。優貴の言葉に頷くと、千佳は彼にうながされるまま開けっ放しになっている目の前の部屋に入った。
 千佳が泊まる〝蓮の間〟とは比べ物にならないぐらい広く、使われている家具の材質も見ただけで違うとわかるほど豪華だった。
 いつもの千佳なら、そういうものに目移りしているはずなのに、今は目もくれず、優貴に抱きついたまま離れようとしない。彼の腕に抱きしめられることで、ようやく安心することができたからだ。
 誰も助けてくれないと思っていたのに、ここにいるはずのない優貴がパニックにおちいった千佳を助けてくれた。
 黙って千佳を抱きしめてくれることに感謝しながら、千佳はゆっくりと優貴から身を離した。鼻をすすり、そっとおもてを上げて優貴の顔を仰ぎ見る。

「どうして……、ここにいるの? 東京にいるんじゃなかったの?」
「千佳が東京からすぐのところにいるのに、どうして行かずにいられるんだ?」

 優しい笑みを投げかけてくる優貴。優しくされたいけれど、それ以上に激しく求めてほしいという欲求が込み上げてくる。交感神経を刺激するアドレナリンが放出されているのか、千佳はいつにも増して、大胆にからだを押しつけた。
 全てを奪って――と誘うように、千佳は背伸びをして彼の首に手を回し、そっと自分の方へと引き寄せた。千佳の求めに応じて、優貴の唇が下りてくる。優しくついばむようにキスをしたかと思えば、彼は急にうめき声を漏らした。千佳の唇を割って舌を滑り込ませると、何かを伝えるように、彼の熱いねっとりとした舌が口腔で動き回る。二人の舌が絡まり合った瞬間、千佳の躯がブルッと震えた。期待するように下腹部が熱くなり、秘部が勝手に戦慄わななき始める。

「っぁ……」

 あえぎ声が優貴の口腔に吸い込まれると、彼は深いキスをやめて、千佳のぷっくりと膨らんだ唇に舌を這わせた。

「……どうして、逃げてた? 何が千佳を怖がらせたんだ?」

 そのときのことを思い出すと、また脅えに似た震えが走った。優貴の温もりに包まれて安心したくなり、千佳は彼の胸元にそっと顔を埋める。

「千佳?」

 優貴が答えをうながしてくる。千佳は彼の腕に抱かれながら、真実を話すべきかどうか迷っていた。もし話したら、自意識過剰もいいところだと笑われるかもしれない。千佳でさえ信じられないことが起こったのだから。

「……正直に答えるんだ。何かに脅えている千佳を、俺が放っておくと思っているのか?」

 優貴は決して理由を聞くまで諦めないだろう。本気で知りたいと思ったことを、彼はあいまいなままにしたりはしない。
 千佳は観念すると、笑われるのを覚悟してゆっくりと口を開いた。

「会社ではわたしなんて見向きもしなかった人たちが、何故かいきなりわたしに声をかけてくるの。しかも、あとを追いかけてくる人もいれば、部屋の前に立ってる人もいたわ。皆、頭がどうにかなってしまったみたいに!」

 優貴に肩を掴まれ、そっと後ろに押された。二人の間に隙間ができる。優貴が身をかがめて千佳の顔や首、胸元を舐めるように見つめた。そして、長い吐息を一つ。

「……そうされても仕方ないだろう。今日の千佳は」

 そこで言葉を止めると、優貴は千佳のあごを指で挟んで顔を上げるように促す。

「とても……つやっぽい。まるで、早く俺に愛されたいと興奮しているときのようだ」
「それは!」

 優貴の前にいるから、深い繋がりを求めるようなキスをされたから――とは言えず、千佳は口籠くちごもった。

「キスをしたとき、酒の味がした。きっと、そのせいだろう……クソッ!」

 いつもの優貴らしい感情の吐露に、千佳はホッと息をついた。ヨリを戻してから優貴は感情を爆発させないようにしていたけれど、こうやって時々表に出してくれる方が優貴らしい。
 意外と自分はMだったのかもしれない――と忍び笑いをすると、肩から少しだけ力が抜けた。優貴とのやり取りで少し落ち着きを取り戻した千佳はやっと部屋を見回した。

「わあ!」

 大きなダブルベッド、十六畳ほどの和室、さらに応接セットの他にダイニングテーブルまであった。一面のガラス窓の向こうには、五人は入れそうな大きな露天風呂。ほのかなランタンの明かりが、とてもロマンティックだった。
 千佳の視線を目で追ったのだろう。優貴が背中から抱きしめてきて、そっと耳元でささやいた。

「一緒に入るか?」

 昔の千佳なら、恥ずかしがっていたかもしれない。だが、優貴の愛を再びこの身で受け止めるようになってから、千佳はこれまで以上に彼と会える日を大切にしたいと思うようになっていた。離れているからこそ時間を無駄にせず、欲望をぶつけ合いたいと。
 チラッと和室へ視線を向けると、壁掛け時計が目に入る。時刻は、二十二時を少し過ぎたところだった。そこで、千佳はハッと気付いた。
 もしかして、付き合い始めてからずっと夢見てきた日を優貴と過ごせる? 
 優貴と一緒に明日二十二日を迎えられると思うと、心臓が早鐘を打ち始めた。千佳は勢いよく振り返って、優貴を仰ぎ見る。

「どうする?」
「入るわ。入りたい……、優貴と一緒に」

 彼を誘惑しようとしていると伝えるように、上目遣いに見る。すると、優貴は千佳にもわかるほどブルッと震えた。上手くいったのかはわからないが、手を伸ばして彼の浴衣ゆかたの帯をゆっくりほどき始める。生地の擦れる音が静かな部屋に響く。浴衣のあわせに手を添えて、滑るように下へ落とした。浴衣の下はボクサーパンツ一枚だった。彼の大切な部分は、既に生地を押し上げるほど大きく膨らんでいる。
 千佳と同じように、優貴も興奮している。はっきりと反応が見て取れるその象徴を見ながら、千佳は生唾をゴクッと呑み込んだ。激しく高鳴る鼓動を感じながら彼のパンツに手を伸ばし、ゆっくりと引きずり下ろす。千佳の目の前で、彼自身が勢いよく跳ね返って揺れた。赤黒く充血した彼のモノに頬を染めながら足首までパンツを下ろすと、優貴はすぐにそれを蹴って脱ぎ捨てた。
 千佳を見つめながら、今度は優貴が彼女の浴衣に手を伸ばす。

「次は千佳の番だ」

 千佳は、自分がリボンと包装紙に包まれたプレゼントのような気分になった。優貴は、うやうやしく帯という名のリボンを解き、浴衣という名の包装紙をゆっくり開けていく。ブラジャーとパンティだけしか身に付けていないその肢体がさらされると、彼は目を輝かせ、息を呑んだ。
 室内は暖房が効いていて、寒さは全く感じないというのに、ブラジャーの下にある千佳の乳首は既に痛いほど張り詰めている。
 お願い、早く外して――その懇願が届いたのか、優貴は膝をついて千佳の素肌をで上げながらブラジャーのホックを外し、それを放り投げた。優貴と付き合うようになって少しだけ乳房に膨らみが増したものの、それでもまだ少女のように小さい。だが、ひとたび優貴が触れれば敏感に反応してしまう。

「……っぁ」

 優貴が、千佳の腰に両腕を回してきた。そのまま胸に顔を寄せたかと思うと、硬くとがった乳首を口に含む。舌を巧みに動かして乳首を刺激し、ぴちゅぴちゅと音を立てて舐め始めた。千佳の息遣いが激しくなっても、その愛撫をやめない。優貴の肩をしっかりと掴むものの、からだの芯に走る甘い電流のせいで足が震える。さらに下腹部の奥がざわざわし始め、秘部がしっとりと濡れてくるのがわかった。

「ゆう、きっ! わたし……もう、立っていられない!」
「俺のために耐えてくれ」

 そう言われると、何が何でも優貴の願いを叶えてあげたくなる。早く一つになりたい気持ちもあったが、優貴のしたいようにさせてあげたいという思いの方が強かった。

「ええ……、っぁ……んん!」

 ビクッと躯が震える。愛撫がもう片方の乳首に移ったかと思ったら、優貴は手を伸ばし、パンティの上から秘部を指の腹でさすってきた。千佳の激しい息遣いとあえぎ、乳首をなぶっては吸う音、したたり落ちる愛液が摩擦でくちゅっと鳴る淫猥いんわいな音が、静かな部屋に響き渡る。
 ああ、もうダメ! めちゃくちゃになりそう!
 千佳は、たまらず身をよじろうとした。だが、優貴の腕がしっかりと千佳の腰を抱いているので、動くことができない。それでも襲ってくる波から逃れようとして、千佳は必死に腰をくねらせた。

「あっ、あっ……いやっ、っぁん……ダメッ!」

 一瞬、躯が硬直した後、ビクンと跳ね上がる。自分の歓喜の悲鳴がどこか遠くでこだましているように感じながら、千佳は久しぶりに襲ってきた快感に打ち震えた。
 荒い呼吸を繰り返しながらゆっくりと地上に戻ってくると、いつの間にか優貴の肩を掴んでいた手からそっと力を抜いた。千佳の爪が彼の肩に食い込んでいたのだろう。しっかりと痕がつき、その周囲は赤くなっている。

「優貴……」

 自分一人だけが先に達したこと、そして痛みを与えたことを謝るように、爪痕を優しくでる。視線を下げると怒張どちょうした彼自身が、次は自分の番だと伝えるように天をついている。

「もう一度だ……」
「えっ?」

 優貴は千佳の問いかけに答えず、パンティに手をかけて一気に引き下ろした。いやらしく愛液が糸を引く。優貴の息が直接黒い茂みにかかる。ぞくぞくするような興奮に、再び歓喜でからだが震えた。恥ずかしいのに、もっと大胆に振る舞いたくて仕方ない。それは、彼女を見つめる優貴の眼差しのせいかもしれない。
 飽くなき欲望を満たせるのはお前だけだ――と告げるように、そして千佳を崇めるように見上げてくるからだ。
 そんな優貴を眺めていると、彼はいきなり千佳の大腿だいたいを肩にかついだ。愛液で塗れた黒い茂みも、きっと彼の視界に入っているだろう。
 彼は秘部に顔を近づけて、胸をドキドキさせている千佳にチラッと視線を向ける。見下ろす千佳の視線を一瞬にして捕らえると、口元に笑みを張りつけながらおもむろに舌を出した。

「ちょ、っと……だ、ダメッ、っぁぁああ!」

 先ほどまで千佳の乳首をむさぼっていた優貴の口は、今や千佳の黒い茂みにキスをし、さらに生温かくざらついた舌で秘部のひだを舐め始めた。固く閉ざされた入り口が自ら開くように、割れ目を優しくくすぐってくる。

「あっ、……っんん、ふぁ、ぅんく……」

 左手で口を覆い、右手は側の壁について躯を支えていたが、官能の波がどんどん押し寄せてきて、千佳はその場に崩れ落ちそうだった。とめどなく溢れ出る愛液を、彼はまるで甘い蜂蜜を舐めるように舌で求めてくる。しかも時折、舌を小刻みに揺らしては、千佳に甲高い悲鳴を上げさせた。
 また、くる……。あの大きな波が、千佳に襲いかかろうとしている! 
 歓喜の波がいきなり襲ってきても大丈夫なように、千佳は瞼をギュッと閉じて自分の躯で起こる荒波に集中しようとした。
 そうできると思っていた。優貴の舌が襞を掻き分けて、膣内に進入してくるまでは。

「きゃああ! ……ダメ、やめ……っんん。はぁ、っんん、いい!」

 指で膣内を引っ掻き回される感触や大きくみなぎった彼自身が挿入される感覚とは全く違った。奥までは入り込まないのに、躯を突き抜ける甘い愉悦が千佳に襲いかかってくる。こんな風に感じたのは初めてのことだった。声を抑えようとする自制心はいつの間にかどこかへ吹き飛び、千佳は自ら快楽の世界に身を投じた。しゅうしんさえ、もう湧き起こらない。送り込まれる快楽が心地良い痛みになると、千佳の口からすすり泣きが漏れ始めた。

「あっ、あっ……、っくぅ……、っはぁんん」

 激しく収縮する膣は、優貴の舌をギュッと締めつける。
 この甘美な苦しみから解放して! ――と大声で叫びたかった。だが、絶え間なく襲ってくる快楽に身を焼かれ、千佳はただあえぎ声を漏らすことしかできない。
 どれぐらい舌の愛撫を受けたのだろうか。わかるのは、千佳の躯の筋肉が悲鳴を上げそうになっているということだけだった。このまま同じことを続けていたら、頭がどうにかなってしまう。
 もう無理だと思った瞬間、ぷっくりと膨らんで充血しているつぼみに、優貴が舌で小刻みに振動を与えてきた。強い刺激を受け、千佳の瞼の裏で閃光せんこうが弾ける。

「きゃあああぁぁーー!!」

 からだ中を吹き荒れる甘い情欲の嵐に、千佳はけ反り、躯を硬直させた。
 しばらくして躯が弛緩すると、千佳は脱力してその場に崩れ落ちそうになる。そんな千佳を、優貴が横抱きに抱き上げた。

「最高だ……、千佳は本当に俺の全てだ」

 耳元でささやかれたとわかっているのに、千佳は話すことも微笑むこともできなかった。
 カラカラと鳴る引き戸の音、肌を刺すような冷たい風に、千佳は優貴がバルコニーに出たのだとわかった。寒さで一瞬躯が震えたが、すぐに肌は温かな湯に包み込まれた。千佳の口から、満足げな息が漏れる。悲鳴を上げていた筋肉が温もりを得て、ゆっくりとほぐれていくのを感じた。十分に温まると、千佳はそっと瞼を開けて真正面にある優貴の顔を見つめる。

「優貴……、わたし……謝りたいことがあるの」

 彼の眉毛が意味ありげにピクッと上がった。謝るという言葉に、何かしら不穏な空気を感じたのかもしれない。
 茂庭のことについて、優貴に謝らなければならない。優貴は権力を乱用して茂庭を左遷したわけではなかったのに、千佳は酷い言葉を投げつけてしまった。
 だが、どうやら優貴は話す気分ではないようだ。それも不思議ではない。二度も達した千佳とは違って、優貴はまだ満たされていないのだから。そのことに気付けなかった自分をしっすると、千佳は優貴の目を覗き込むように見つめた。
 優貴を愛したい。愛し合うんじゃなくて、愛してあげたい……
 優貴の膝の上で身じろぐと、満たされていない状態の彼自身が千佳の下腹部をさすった。それがわかった上で、両腕を優貴の首に回してキスをした。自分から唇を動かして彼をあおり、舌の先をそっと下唇に這わす。優貴が鋭く息を呑むのを感じてから、千佳はゆっくりと顔を離した。

「何を謝りたいんだ? もし、他の男のことなら」

 千佳は小さく頭を振った。

「それはまたあとにするわ。だって、それよりも……」

 二人の間に手を入れて、熱くみなぎった彼自身を掴む。千佳の手の中でそれは力強く脈打った。触れるだけで、どんどんたかぶりが増していくのがわかる。優貴にしか通じないとわかっているけれど、千佳は自分が凄く大きな力を手に入れたように感じた。

「ち、千佳?」
「今度は、わたしが優貴を愛したい。お願い……そうさせて?」

 いつから、こんなに大胆なことを言えるようになったのだろう? 優貴と愛し合ったことは数え切れないほどある。だが、千佳の方から積極的に優貴を愛撫したいと思ったことはほとんどなかった。付き合い始めた当初に、彼から手ほどきを受け、そのあとに求められてしたことは何回かあるけれど……
 その中でもやはり思い出すのは、媚薬の影響を受けてバスルームで優貴を愛したあの日のことだ。恥ずかしかったけれど、優貴の恍惚こうこつとした表情を見られたのはこの上ない喜びだった。
 もう一度、優貴を歓ばせてあげたい……

「優貴と会えなくて、この一ヶ月はとても寂しかったわ」

 爪で彼自身を傷つけないように気をつけながら、優しくスライドさせる。何回も繰り返し、空いた手で彼の柔らかい袋を包み込んだ。快楽に顔をゆがめ、優貴は軽くけ反ってうめき声を漏らした。快感が襲っているはずなのに、薄く閉じた瞼の隙間から千佳を盗み見できるぐらいには余裕があるようだ。千佳が触れても自制できるその精神が、なんとも憎らしい。
 これからもっとテクニックを覚えて精進しないと――とらしくないことを考えながら、千佳はふっと笑みを漏らし、意識を優貴に向けた。

「わたし、明後日まで待てなかった……。明日、そのまま真っ直ぐ優貴の借りたマンションへ行こうと思っていたの」


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