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18 アレグラン視点
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「ガレット卿。先ほどのそなたの除籍願い、確かに聞き届けた。今ここに、アレグランの除籍を認める。アレグランよ、そなたはもはや――貴族としての資格を失った。己の未熟さを知り、悔い改めよ」
裁判官の意見を待つことなく下された王の裁定に、法廷内は一瞬、息を呑むような静寂に包まれた。室内にも拘わらず俺の周りを、冷たい風が吹き抜けたかのような錯覚すら覚える。
やがて、静けさの中に、ざわざわと囁き声が芽吹くように立ち上る。
「アレグラン卿が貴族でなくなるとは……」
「まあ、当然の報いでしょうな……」
「これからセルデン男爵家もどうなることやら……」
傍聴席の高位貴族たちが、口元を隠しては唇を寄せ合い、冷たい目で俺を品定めするように見ている。中には鼻で笑う者、あからさまに顔をしかめる者もいた。
「騎士の名誉を自ら投げ捨てた男の、哀れな末路だ」
「まぁ、これで貴族社会の品位も、いくぶん保たれるというものだな」
皮肉と冷笑の入り混じった声が、あちらこちらから聞こえてくる。
そのひと言ひと言が、まるで胸にじわじわと染み込む毒のように、俺の心を蝕んでいった。
ガレット兄上は、明らかに落ち着きを失っていた。
傍聴席の様子をうかがうように視線を泳がせ、額に手をあてて重いため息をつく。その渋い表情には、焦りと困惑が滲んでいた。
「ガレット兄上! 俺は、俺は……貴族でいたいんです! 陛下、どうか、お情けを――!」
声が裏返っていた。自分でも、みっともないと思う。それでも叫ばずにはいられなかった。全てを奪われたまま、終われるはずがない。
だが、兄上は俺の目をじっと見つめながら、冷えきった声音で言い放つ。
「アレグラン。お前のことは、だいじな弟だと思っていた。だが……セルデン男爵家を守るためには、これが最善の選択なのだ」
これ以上、厄介ごとに巻き込まれたくないと言わんばかりに、迷惑そうに眉をひそめた。
その目には、同情も怒りもない。
ただ――“早く終わってくれ”とでも言いたげな、面倒くさそうな色だけが浮かんでいた。
――結局、俺よりも家名がだいじってことか?
胸の奥が、じわりと冷えていく。
「そんな……兄上……。子供の頃みたいに、俺を守ってくれると思ってたのに……」
――子供の頃の兄上は、もう少し優しかった気がする。
だがそれも、きっと俺が勝手に美化していただけだ。
今、目の前にいるのは、家のためなら、弟すら、ためらいなく切り捨てる――それだけの人間だ。
「だいたい、お前がしでかしすぎたのだ。これでは庇いようがないだろうがっ!」
ぐらりと視界が揺れた。頭の中で何かが崩れていく。
「ガレット卿の申すとおりだ。貴様の行いが招いた結果だ」
玉座から王の声音が響く。その視線はどこまでも冷たい。俺の存在を虫けらのように見下ろしていた。
レオン騎士団長も眉をひそめ、吐き捨てるように言う。
「みっともない……。騎士としての誇りはどこへ行った?」
その言葉に、周囲の騎士たちが一斉に視線を逸らす。俺とは視線すら合わせたくないらしい。
――なぜ、俺が……!
心の中で何度叫んでも、現実は容赦なく突きつけてくる。貴族の名を奪われ、騎士団での立場も失い、俺の名誉は地に落とされた――それが、今の俺の姿だ。
見上げれば、王座がどこまでも遠い。貴族として見ていた景色は、もう二度と戻ってこないのだと、突きつけられる。
まるで見世物。傍聴席の視線が、好奇と軽蔑をないまぜにして、俺に突き刺さる。
こんなはずじゃなかった。
――そんな中、ふと、視界の隅でエルナが両手でお腹を押さえ、椅子に座ったまま苦しそうに身を丸めたのだった。
裁判官の意見を待つことなく下された王の裁定に、法廷内は一瞬、息を呑むような静寂に包まれた。室内にも拘わらず俺の周りを、冷たい風が吹き抜けたかのような錯覚すら覚える。
やがて、静けさの中に、ざわざわと囁き声が芽吹くように立ち上る。
「アレグラン卿が貴族でなくなるとは……」
「まあ、当然の報いでしょうな……」
「これからセルデン男爵家もどうなることやら……」
傍聴席の高位貴族たちが、口元を隠しては唇を寄せ合い、冷たい目で俺を品定めするように見ている。中には鼻で笑う者、あからさまに顔をしかめる者もいた。
「騎士の名誉を自ら投げ捨てた男の、哀れな末路だ」
「まぁ、これで貴族社会の品位も、いくぶん保たれるというものだな」
皮肉と冷笑の入り混じった声が、あちらこちらから聞こえてくる。
そのひと言ひと言が、まるで胸にじわじわと染み込む毒のように、俺の心を蝕んでいった。
ガレット兄上は、明らかに落ち着きを失っていた。
傍聴席の様子をうかがうように視線を泳がせ、額に手をあてて重いため息をつく。その渋い表情には、焦りと困惑が滲んでいた。
「ガレット兄上! 俺は、俺は……貴族でいたいんです! 陛下、どうか、お情けを――!」
声が裏返っていた。自分でも、みっともないと思う。それでも叫ばずにはいられなかった。全てを奪われたまま、終われるはずがない。
だが、兄上は俺の目をじっと見つめながら、冷えきった声音で言い放つ。
「アレグラン。お前のことは、だいじな弟だと思っていた。だが……セルデン男爵家を守るためには、これが最善の選択なのだ」
これ以上、厄介ごとに巻き込まれたくないと言わんばかりに、迷惑そうに眉をひそめた。
その目には、同情も怒りもない。
ただ――“早く終わってくれ”とでも言いたげな、面倒くさそうな色だけが浮かんでいた。
――結局、俺よりも家名がだいじってことか?
胸の奥が、じわりと冷えていく。
「そんな……兄上……。子供の頃みたいに、俺を守ってくれると思ってたのに……」
――子供の頃の兄上は、もう少し優しかった気がする。
だがそれも、きっと俺が勝手に美化していただけだ。
今、目の前にいるのは、家のためなら、弟すら、ためらいなく切り捨てる――それだけの人間だ。
「だいたい、お前がしでかしすぎたのだ。これでは庇いようがないだろうがっ!」
ぐらりと視界が揺れた。頭の中で何かが崩れていく。
「ガレット卿の申すとおりだ。貴様の行いが招いた結果だ」
玉座から王の声音が響く。その視線はどこまでも冷たい。俺の存在を虫けらのように見下ろしていた。
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「みっともない……。騎士としての誇りはどこへ行った?」
その言葉に、周囲の騎士たちが一斉に視線を逸らす。俺とは視線すら合わせたくないらしい。
――なぜ、俺が……!
心の中で何度叫んでも、現実は容赦なく突きつけてくる。貴族の名を奪われ、騎士団での立場も失い、俺の名誉は地に落とされた――それが、今の俺の姿だ。
見上げれば、王座がどこまでも遠い。貴族として見ていた景色は、もう二度と戻ってこないのだと、突きつけられる。
まるで見世物。傍聴席の視線が、好奇と軽蔑をないまぜにして、俺に突き刺さる。
こんなはずじゃなかった。
――そんな中、ふと、視界の隅でエルナが両手でお腹を押さえ、椅子に座ったまま苦しそうに身を丸めたのだった。
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