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46 思いがけない訪問者と国王の決断
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※レオン視点
俺が王都騎士団の執務室で書類に目を通していると、扉の外からノックが響いた。
続いて、受付嬢の慌てたような声が届く。
「ヴェルツエル公爵閣下がいらっしゃいました。お通ししてよろしいですか?」
兄上の名を聞いた瞬間、思わず顔がほころんだ。
俺たちは昔から、互いに信頼し合っている。
この公務の場で顔を合わせるのは珍しいが――兄上の訪問は、俺にとって素直に嬉しい出来事だった。
「兄上、どうされたんです? いきなりお越しになるなんて、珍しいですね」
俺が笑いかけると、兄上は肩をすくめて椅子に腰を下ろす。
「ああ、先日エルナさんが妻を訪ねてきてな。コルネリオ大神官の話を聞いた。あれはただの言いがかりだな。
……きっと、お前が昔、神殿の不正を暴いたことを根に持っているんだろうよ」
その言葉を聞いて、すっかり忘れていた記憶が蘇った。
あれは、俺がまだ若く王都騎士団長になる前だった頃の話だ。
確か、あのときの大神官の名は――マヌエル・モットー、そいつは信者からの献金を私的に流用していた。
表向きは神殿の修繕や貧困層への支援と称していたが、実際には自身の親族が経営する業者に過剰な報酬を支払い、その一部をキックバックとして受け取っていた。
また、神殿の資金で購入した高価な宝飾品や美術品を私邸に飾るなど、私的な贅沢にも流用していた。それを陛下に報告したのが俺だ。
今の大神官の名も――コルネリオ・モットーだ。
「……そうか、コルネリオは、あの大神官の息子だったのか。ずいぶん昔のことだったし、完全に忘れていた。迂闊だったな……これは、私怨か? 逆恨みもいいところだ」
「おそらくな。それに……この機に神獣を従え、勢力を一気に拡大しようとしているのかもしれん。いずれにしても、放っておけない動きだ」
兄上の声音が、わずかに険しくなる。
俺たちがコルネリオ大神官について言葉を交わしていると、再び扉がノックされた。
「今度は誰だい?」
俺は少し眉をひそめながら声をかける。
「急ぎでなければ、お引き取り願いたい。今は兄上と、大切な話をしているところだ」
しかし、受付嬢の返答は思いがけないものだった。
「それが……神殿の神官様です。どうしても急ぎのご用件があると」
神殿から?
俺は思わず首を傾げる。
このタイミングで、なぜ神官が?
しかも“急ぎ”とは、いったい何の話だ?
「……通してくれ」
少しだけ警戒を滲ませながら、俺はそう告げた。
そして……若い神官が差し出した証拠に、俺の胸の奥が一気に沸騰した。
アルトを――神獣を――檻に閉じ込め、鎖で縛るつもりだと?
それが本当なら、
それこそ――神への冒涜だ。
「魔力を遮断する特殊鋼に、封印符。それに――頑丈な鎖、だと?」
手渡された帳簿の写しに目を通しながら、俺は眉をひそめた。
「しかも、表の帳簿では“装飾具”と偽装して処理されている……。だが物品番号は裏帳簿と一致か。完全な、意図的偽装だな」
声に自然と怒気がにじむ。
「神獣を敬い保護するどころか、拘束し管理しようというのか……。こんなものが信仰の名のもとに行われていいはずがない」
俺は帳簿をしっかりと手に取り、神官に向かって深く頷いた。
「……よく来てくれた。勇気ある行動に、心から感謝する」
そのまま視線を帳簿に戻し、静かに言葉を継ぐ。
「この証拠は、王宮へ持参し、陛下にお見せする。
必ずや正しき裁きが下されるだろう。――君の勇気に、神もきっと祝福を与えてくださるはずだ」
◆◇◆
謁見の間にて、俺と兄上は神官から託された証拠を、陛下の御前に差し出した。
裏帳簿の偽装。
神獣を拘束するための特殊鋼や鎖、封印符の明細――
それらを目にした国王陛下は、数瞬の沈黙ののち、怒気を込めて叫んだ。
「痴れ者が……! コルネリオめ、なんという罰当たりなことを謀りおって!」
その声は、謁見の間に鋭く響き渡る。
威厳に満ちたその声音に、側近の誰もが思わず息をのんだ。
「よいだろう。神律会審の開催を正式に認める。
裁かれるのがどちらか……その身をもって知るがよい!」
久しぶりに耳にする陛下の怒声だった。
それは“怒り”であると同時に、民と信仰を守る覚悟の表れでもあった。
こうして、異例の神律会審が開かれることとなった。
今回は、密室ではなく――
王都の大きな催し物が行われる際に使われる広場で、貴族から市民まで、誰もがその裁きを目にできる“公開審理”として行われることが決まったのだった。
俺が王都騎士団の執務室で書類に目を通していると、扉の外からノックが響いた。
続いて、受付嬢の慌てたような声が届く。
「ヴェルツエル公爵閣下がいらっしゃいました。お通ししてよろしいですか?」
兄上の名を聞いた瞬間、思わず顔がほころんだ。
俺たちは昔から、互いに信頼し合っている。
この公務の場で顔を合わせるのは珍しいが――兄上の訪問は、俺にとって素直に嬉しい出来事だった。
「兄上、どうされたんです? いきなりお越しになるなんて、珍しいですね」
俺が笑いかけると、兄上は肩をすくめて椅子に腰を下ろす。
「ああ、先日エルナさんが妻を訪ねてきてな。コルネリオ大神官の話を聞いた。あれはただの言いがかりだな。
……きっと、お前が昔、神殿の不正を暴いたことを根に持っているんだろうよ」
その言葉を聞いて、すっかり忘れていた記憶が蘇った。
あれは、俺がまだ若く王都騎士団長になる前だった頃の話だ。
確か、あのときの大神官の名は――マヌエル・モットー、そいつは信者からの献金を私的に流用していた。
表向きは神殿の修繕や貧困層への支援と称していたが、実際には自身の親族が経営する業者に過剰な報酬を支払い、その一部をキックバックとして受け取っていた。
また、神殿の資金で購入した高価な宝飾品や美術品を私邸に飾るなど、私的な贅沢にも流用していた。それを陛下に報告したのが俺だ。
今の大神官の名も――コルネリオ・モットーだ。
「……そうか、コルネリオは、あの大神官の息子だったのか。ずいぶん昔のことだったし、完全に忘れていた。迂闊だったな……これは、私怨か? 逆恨みもいいところだ」
「おそらくな。それに……この機に神獣を従え、勢力を一気に拡大しようとしているのかもしれん。いずれにしても、放っておけない動きだ」
兄上の声音が、わずかに険しくなる。
俺たちがコルネリオ大神官について言葉を交わしていると、再び扉がノックされた。
「今度は誰だい?」
俺は少し眉をひそめながら声をかける。
「急ぎでなければ、お引き取り願いたい。今は兄上と、大切な話をしているところだ」
しかし、受付嬢の返答は思いがけないものだった。
「それが……神殿の神官様です。どうしても急ぎのご用件があると」
神殿から?
俺は思わず首を傾げる。
このタイミングで、なぜ神官が?
しかも“急ぎ”とは、いったい何の話だ?
「……通してくれ」
少しだけ警戒を滲ませながら、俺はそう告げた。
そして……若い神官が差し出した証拠に、俺の胸の奥が一気に沸騰した。
アルトを――神獣を――檻に閉じ込め、鎖で縛るつもりだと?
それが本当なら、
それこそ――神への冒涜だ。
「魔力を遮断する特殊鋼に、封印符。それに――頑丈な鎖、だと?」
手渡された帳簿の写しに目を通しながら、俺は眉をひそめた。
「しかも、表の帳簿では“装飾具”と偽装して処理されている……。だが物品番号は裏帳簿と一致か。完全な、意図的偽装だな」
声に自然と怒気がにじむ。
「神獣を敬い保護するどころか、拘束し管理しようというのか……。こんなものが信仰の名のもとに行われていいはずがない」
俺は帳簿をしっかりと手に取り、神官に向かって深く頷いた。
「……よく来てくれた。勇気ある行動に、心から感謝する」
そのまま視線を帳簿に戻し、静かに言葉を継ぐ。
「この証拠は、王宮へ持参し、陛下にお見せする。
必ずや正しき裁きが下されるだろう。――君の勇気に、神もきっと祝福を与えてくださるはずだ」
◆◇◆
謁見の間にて、俺と兄上は神官から託された証拠を、陛下の御前に差し出した。
裏帳簿の偽装。
神獣を拘束するための特殊鋼や鎖、封印符の明細――
それらを目にした国王陛下は、数瞬の沈黙ののち、怒気を込めて叫んだ。
「痴れ者が……! コルネリオめ、なんという罰当たりなことを謀りおって!」
その声は、謁見の間に鋭く響き渡る。
威厳に満ちたその声音に、側近の誰もが思わず息をのんだ。
「よいだろう。神律会審の開催を正式に認める。
裁かれるのがどちらか……その身をもって知るがよい!」
久しぶりに耳にする陛下の怒声だった。
それは“怒り”であると同時に、民と信仰を守る覚悟の表れでもあった。
こうして、異例の神律会審が開かれることとなった。
今回は、密室ではなく――
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