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45 勇気を振り絞る
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※若き神官視点
王都騎士団本部。
威風堂々としたその門の前で、私は一度深呼吸をした。
この足取りを止めたら、きっと二度と勇気を振り絞れない。
だから――行くしかない。
門番に神殿の神官であることと、団長に急ぎで話がある旨を告げると、少し訝しげな目を向けられたが、身分証の確認と簡単な質問の後、ようやく通されることになった。
重たい扉の先、騎士団本部の内部はまさに武の空気に満ちていた。
神殿の静謐とはまったく異なる、研ぎ澄まされた雰囲気。
さらに奥。団長の執務室がある階へ上がると、受付嬢が静かにこちらを見やる。
彼女は一礼ののち、感じのいい声で尋ねた。
「ご用件をお伺いしても?」
「レオン王都騎士団長にお目通りをお願いしたく……神殿に関わる、緊急の件です」
声が震えていなかったか、不安になる。
受付嬢はしばらく沈黙したあと、奥の部屋へ確認を取りに行き――やがて、私に静かにうなずいた。
「お通しします。どうぞ」
団長の執務室の扉が、ゆっくりと開かれる。
執務室の中には、二人の男がいた。
ひとりは王都騎士団長、レオン・グリーンウッド侯爵閣下。もうひとりは、彼の兄にしてヴェルツエル公爵閣下。
まさか、王都騎士団本部にヴェルツエル公爵閣下までいるとは思わなかった。
目の前に立つと、自然と背筋が伸びた。
威圧的な態度は一切ない。むしろ、二人とも穏やかな表情を浮かべていた。
だが、それでも足がすくみそうになる。
「緊急の件と伺っています。どうぞ」
レオン団長が穏やかな声で促してくれた。
私は胸元から封筒を取り出し、差し出した。
「……こちらをご覧ください。神殿内で進行している、“神獣アルト様の受け入れ”に関する支出記録です。
見かけ上は“奉納具”や“保護用設備”とされていますが――その実態は、“拘束を目的とした設備”です」
レオン団長が眉をひそめ、封筒を開く。
ヴェルツエル公爵も書類を覗き込みながら、私の言葉を静かに待つ。
「檻は、すでに神殿で最も格式ある部屋に設置されています。魔力を通さぬ特殊鋼製。さらに、複数の封印符と、頑丈な鎖の購入記録が裏帳簿から見つかりました。表の帳簿では“装飾具”の名目で処理されていますが、物品番号が一致しており――誤魔化しは明白です」
声が少し震えた。
だが、それでも私は言葉を続ける。
「私は……神官である前に、信仰を持つ一人の人間です。神獣様は敬い、祈りを捧げるべき存在だと思っております。このような事態を黙って見過ごすことはできませんでした」
一瞬の沈黙。やがて、レオン団長がコルネリオ大神官に対する怒りを滲ませながらも、温かい言葉をかけてくれた。
「……この証拠は、王宮へ持参し、陛下にお見せする。必ずや正しき裁きが下されるだろう。――君の勇気に、神もきっと祝福を与えてくださるはずだ」
その声は、力強くて自信がみなぎっていた。決して不正を見逃さない正義感に溢れている。これでこそ、王都を守る騎士団長だ。
私はようやく、心の底から安堵することができたのだった。
•───⋅⋆⁺‧₊☽⛦☾₊‧⁺⋆⋅───•
※夕方六時更新の他にも、追加で一話か二話、気まぐれな時間帯に更新することがあります🙇🏻♀️
王都騎士団本部。
威風堂々としたその門の前で、私は一度深呼吸をした。
この足取りを止めたら、きっと二度と勇気を振り絞れない。
だから――行くしかない。
門番に神殿の神官であることと、団長に急ぎで話がある旨を告げると、少し訝しげな目を向けられたが、身分証の確認と簡単な質問の後、ようやく通されることになった。
重たい扉の先、騎士団本部の内部はまさに武の空気に満ちていた。
神殿の静謐とはまったく異なる、研ぎ澄まされた雰囲気。
さらに奥。団長の執務室がある階へ上がると、受付嬢が静かにこちらを見やる。
彼女は一礼ののち、感じのいい声で尋ねた。
「ご用件をお伺いしても?」
「レオン王都騎士団長にお目通りをお願いしたく……神殿に関わる、緊急の件です」
声が震えていなかったか、不安になる。
受付嬢はしばらく沈黙したあと、奥の部屋へ確認を取りに行き――やがて、私に静かにうなずいた。
「お通しします。どうぞ」
団長の執務室の扉が、ゆっくりと開かれる。
執務室の中には、二人の男がいた。
ひとりは王都騎士団長、レオン・グリーンウッド侯爵閣下。もうひとりは、彼の兄にしてヴェルツエル公爵閣下。
まさか、王都騎士団本部にヴェルツエル公爵閣下までいるとは思わなかった。
目の前に立つと、自然と背筋が伸びた。
威圧的な態度は一切ない。むしろ、二人とも穏やかな表情を浮かべていた。
だが、それでも足がすくみそうになる。
「緊急の件と伺っています。どうぞ」
レオン団長が穏やかな声で促してくれた。
私は胸元から封筒を取り出し、差し出した。
「……こちらをご覧ください。神殿内で進行している、“神獣アルト様の受け入れ”に関する支出記録です。
見かけ上は“奉納具”や“保護用設備”とされていますが――その実態は、“拘束を目的とした設備”です」
レオン団長が眉をひそめ、封筒を開く。
ヴェルツエル公爵も書類を覗き込みながら、私の言葉を静かに待つ。
「檻は、すでに神殿で最も格式ある部屋に設置されています。魔力を通さぬ特殊鋼製。さらに、複数の封印符と、頑丈な鎖の購入記録が裏帳簿から見つかりました。表の帳簿では“装飾具”の名目で処理されていますが、物品番号が一致しており――誤魔化しは明白です」
声が少し震えた。
だが、それでも私は言葉を続ける。
「私は……神官である前に、信仰を持つ一人の人間です。神獣様は敬い、祈りを捧げるべき存在だと思っております。このような事態を黙って見過ごすことはできませんでした」
一瞬の沈黙。やがて、レオン団長がコルネリオ大神官に対する怒りを滲ませながらも、温かい言葉をかけてくれた。
「……この証拠は、王宮へ持参し、陛下にお見せする。必ずや正しき裁きが下されるだろう。――君の勇気に、神もきっと祝福を与えてくださるはずだ」
その声は、力強くて自信がみなぎっていた。決して不正を見逃さない正義感に溢れている。これでこそ、王都を守る騎士団長だ。
私はようやく、心の底から安堵することができたのだった。
•───⋅⋆⁺‧₊☽⛦☾₊‧⁺⋆⋅───•
※夕方六時更新の他にも、追加で一話か二話、気まぐれな時間帯に更新することがあります🙇🏻♀️
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