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3.美人の笑顔は可愛らしいが、怖い時もある
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「わたくしの事はアンジェとお呼びください。ここではただの従業員なのですから。それに敬語もいりませんわ」
「いやー、そういうわけにも……」
「いいえ、きちんと主従の関係はしっかり序列として作った方がよろしいかと思います。いいですか、そもそも――……」
これではまるで教師のようだったが、アンジェリーナ様――いや、アンジェは至らない僕にとっては有難い存在になった。
*** ***
結局だ、両親は大歓迎だったし、僕にも特別断る理由もなく、アンジェは僕の家で暮らし、従業員となって父の運営する商会を手伝う事になった。
なんだか、すでに実の息子よりも頼っているのはどうなんだろうと思いながらも、そもそもアンジェと僕とでは頭の出来が違う。
自慢ではないがもともと投資系に関しては天才的とまで言われているけど、商会の運営に関しては全く関心もなかった。特に流行や物流に関しては興味なく、たぶんそのうち、商会の中で父の腹心の部下が跡取りになるんだろうなぁぐらいにしか考えていなかった。
父の方は若干残念に思いつつも、自分の父が起こし、自分が発展させて大きくしたこの商会をど素人の僕がつぶすよりはましだと思っていそうだ。
とまあ、そんな感じで、人脈ぐらいは築けと隣国に放り出されたわけだけど、その人脈? の中で一番は彼女――アンジェだったという訳だ。
アンジェは本当に恐ろしいほど頭が切れる人だった。
むしろ、その先読み力は未来が見えていると僕は思っている。
特に女性の品に関しては、誰も右に出る者はいない。
さすがは社交界の華、流行に関しては敏感だ。
しかし、もちろんアンジェも少なからず下々が行うようなこともする。
その一つが開店前に店の外を掃除する事だった。
実はこれは、あまり人気がない。
店の中を綺麗にするのは分かるけど、どうして外までと考えるやつが多いのだ。
その意味をきちんと理解して、外掃除を行っている者は、結構重要な役割についている人ばかり。
僕はアンジェに、この外掃除の意味を訪ねてみた。
理解しているのかどうか、ちょっとしたテストも兼ねている。
アンジェは一瞬キョトンとした後に、微笑んだ。
「もちろんですわ。外の掃除をすると、やはり建物外観が良く見えます。そうすれば、お客様の目にも自然と目に留まり、入りやすくなります」
そうそう、これだ。
一見分からないが、やはり、周りの店に比べ外も綺麗にしておくと、人はこの店は外にも気を配る店なのだと考えてくれて、それならきっと対応も良いに違いないと思ってくれる。
僕はうんうんと頷いた。
そんな僕に、アンジェは更に言う。
「ほかにも、開店前の行きかう人に挨拶するだけで好印象ですし、顔を覚えてらえます。顔見知りになれば、人は自然と色々話してくれるものです。特に主婦層なんかは、驚く程情報通でして、お得情報や今後の流行なんかも教えてくれますし、商会の従業員についても教えてくれるんですよ。利用しない手はありません」
「うん、僕以上に重要に考えていて驚きだよ」
ふふっと可愛らしく微笑みながらも、言っていることは若干黒い。
でも、美人は微笑めばなんでも許されるというのは、本当なんだという事がわかった。
「ところで、エーリッヒ様。こちらで何を? 確か商会長から仕事を言い渡されていましたよね?」
ぎくっと肩を震わせて、アンジェの視線から逃れようと視線が彷徨う。
今の僕は、父から取引先の選定を任されている。
流行や物流に関してはからきしだけど、投資先として取引先を選定するのは僕の方が得意というわけなんだが。
細かい資料ばかり眺めているとたまにはちょっと休憩が必要なわけで――……
「エーリッヒ様? そういえば半鐘前も、そんな事をおっしゃっていませんでした? さあ、行きますよ? きっと商会長がお待ちです」
ぐいっと腕を取られて、逃がさないと言わんばかりにアンジェの腕が僕の腕に絡みつく。
わざとではないのかと思えるほど、密着してくるのでそれとなく男の心理について話したことがあったけど、まったく理解されていないようだ。
いや、うん。
アンジェは美人なうえ、僕好みの豊かな胸を持っていて、ちょっとたまにやばいんだよなー、とか考えながらも、男は結局馬鹿だから、美人にこうして触れられれば、やめてほしいと振り払う事はない。
むしろ役得役得とニヤついてしまう。
完全に、駄目な雇い主パターンだ。
アンジェを見下ろしながら、ふと、そういえばシエラ嬢は今どうしているんだろうとかどうでもいい事を思い出した。
すると、何かを察したのか、アンジェが急に顔を上げ、満面の笑みで問いかけた。
「何か考え事でも?」
「え、いや……何でもないです」
その笑みが空恐ろしく感じ、僕は何でもないと誤魔化す。
美人に笑顔ですごまれると、怖いんだなという事も今日知った。
「いやー、そういうわけにも……」
「いいえ、きちんと主従の関係はしっかり序列として作った方がよろしいかと思います。いいですか、そもそも――……」
これではまるで教師のようだったが、アンジェリーナ様――いや、アンジェは至らない僕にとっては有難い存在になった。
*** ***
結局だ、両親は大歓迎だったし、僕にも特別断る理由もなく、アンジェは僕の家で暮らし、従業員となって父の運営する商会を手伝う事になった。
なんだか、すでに実の息子よりも頼っているのはどうなんだろうと思いながらも、そもそもアンジェと僕とでは頭の出来が違う。
自慢ではないがもともと投資系に関しては天才的とまで言われているけど、商会の運営に関しては全く関心もなかった。特に流行や物流に関しては興味なく、たぶんそのうち、商会の中で父の腹心の部下が跡取りになるんだろうなぁぐらいにしか考えていなかった。
父の方は若干残念に思いつつも、自分の父が起こし、自分が発展させて大きくしたこの商会をど素人の僕がつぶすよりはましだと思っていそうだ。
とまあ、そんな感じで、人脈ぐらいは築けと隣国に放り出されたわけだけど、その人脈? の中で一番は彼女――アンジェだったという訳だ。
アンジェは本当に恐ろしいほど頭が切れる人だった。
むしろ、その先読み力は未来が見えていると僕は思っている。
特に女性の品に関しては、誰も右に出る者はいない。
さすがは社交界の華、流行に関しては敏感だ。
しかし、もちろんアンジェも少なからず下々が行うようなこともする。
その一つが開店前に店の外を掃除する事だった。
実はこれは、あまり人気がない。
店の中を綺麗にするのは分かるけど、どうして外までと考えるやつが多いのだ。
その意味をきちんと理解して、外掃除を行っている者は、結構重要な役割についている人ばかり。
僕はアンジェに、この外掃除の意味を訪ねてみた。
理解しているのかどうか、ちょっとしたテストも兼ねている。
アンジェは一瞬キョトンとした後に、微笑んだ。
「もちろんですわ。外の掃除をすると、やはり建物外観が良く見えます。そうすれば、お客様の目にも自然と目に留まり、入りやすくなります」
そうそう、これだ。
一見分からないが、やはり、周りの店に比べ外も綺麗にしておくと、人はこの店は外にも気を配る店なのだと考えてくれて、それならきっと対応も良いに違いないと思ってくれる。
僕はうんうんと頷いた。
そんな僕に、アンジェは更に言う。
「ほかにも、開店前の行きかう人に挨拶するだけで好印象ですし、顔を覚えてらえます。顔見知りになれば、人は自然と色々話してくれるものです。特に主婦層なんかは、驚く程情報通でして、お得情報や今後の流行なんかも教えてくれますし、商会の従業員についても教えてくれるんですよ。利用しない手はありません」
「うん、僕以上に重要に考えていて驚きだよ」
ふふっと可愛らしく微笑みながらも、言っていることは若干黒い。
でも、美人は微笑めばなんでも許されるというのは、本当なんだという事がわかった。
「ところで、エーリッヒ様。こちらで何を? 確か商会長から仕事を言い渡されていましたよね?」
ぎくっと肩を震わせて、アンジェの視線から逃れようと視線が彷徨う。
今の僕は、父から取引先の選定を任されている。
流行や物流に関してはからきしだけど、投資先として取引先を選定するのは僕の方が得意というわけなんだが。
細かい資料ばかり眺めているとたまにはちょっと休憩が必要なわけで――……
「エーリッヒ様? そういえば半鐘前も、そんな事をおっしゃっていませんでした? さあ、行きますよ? きっと商会長がお待ちです」
ぐいっと腕を取られて、逃がさないと言わんばかりにアンジェの腕が僕の腕に絡みつく。
わざとではないのかと思えるほど、密着してくるのでそれとなく男の心理について話したことがあったけど、まったく理解されていないようだ。
いや、うん。
アンジェは美人なうえ、僕好みの豊かな胸を持っていて、ちょっとたまにやばいんだよなー、とか考えながらも、男は結局馬鹿だから、美人にこうして触れられれば、やめてほしいと振り払う事はない。
むしろ役得役得とニヤついてしまう。
完全に、駄目な雇い主パターンだ。
アンジェを見下ろしながら、ふと、そういえばシエラ嬢は今どうしているんだろうとかどうでもいい事を思い出した。
すると、何かを察したのか、アンジェが急に顔を上げ、満面の笑みで問いかけた。
「何か考え事でも?」
「え、いや……何でもないです」
その笑みが空恐ろしく感じ、僕は何でもないと誤魔化す。
美人に笑顔ですごまれると、怖いんだなという事も今日知った。
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