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2.それは偶然とは呼ばない偶然。つまり、わざと

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 さて、目の前にはニコニコ微笑む皇子様。
 その後ろに控えるのは皇子様の筆頭側近様。
 
 この学院において超有名トップファイブに入るであろう男性陣に連れられて来たのは、皇族のみが使用できるお部屋だ。
 すっと音もなくお茶を差し出され、こんな状況じゃなかったら楽しめるのに、全く楽しめない状況に、わたしはこっそり涙した。

「さて、同志ミリア。君はどれを読んだことがある? 僕はねぇ、やっぱり一途な少女シリーズは最高なんだけど、悪女シリーズも好きで……ちなみに、エロいシーンで言うならば、略奪者もいいんだよねぇ」

 お茶を飲んでいなくてよかったと心から思う。
 女相手にそれ言うか? 
 
 わたしはジト目で皇子様を睨みつつ、後ろの筆頭側近様を見ると、若干気まずそうにしていた。

「……失礼ながら、いきなり濃い話はちょっと――……」
「えぇ? でも官能小説を語る上では、仕方なくない?」
「せめてもう少し、オブラートに包んでいただければ……」
「エロいシーンはエロいシーンじゃない。オブラートに包んでいたら、楽しくしゃべれないよ。率直に楽しむなら、無礼講だよ! いやぁ、でも女性向け官能小説が好きだなんて流石にカミングアウトできなかったからさぁ、友達が欲しかったんだよ。女子が語り合ってる姿を見て、何度交ざりたかったことか!」

 ぜひその場で突入していただきたかった。
 そうすれば、わたしに被害は来なかった。

 実はこの皇子様は、女性向け官能小説愛好家。
 なんでも、まだまだお子様な十歳の時に、姉が愛読書にしていたその本の内容に感銘を受けたんだとか。

 馬鹿でしょ? と言わなかったのはわたしの優しさだ。
 どこの世界に、皇子様が女性向け官能小説に感銘を受けるのか。
 いや、目の前にいるけどさ……。
 もちろん、すばらしい書籍はたくさんある。
 泣ける話もあれば、ドキドキすることも。
 だけど、それは一般的に女性に受けるように作られているので、男が読んで理解できるのかというとそれはまた別ものだ。

 それが春画とかだったら、分かる。
 まあ、男だし? 春画を愛好するのはおかしい事じゃない。
 もしくは男性向け官能小説。
 
 一説には、男が読んで一人で慰められるかどうかが、売れるか売れないかの境目だとか。
 と、そんなどうでもいい事はともかく、つまり、この皇子様の性癖はちょっと変だという事だ。
 普通小説は主人公――……大体の場合は女性の視点で語られて、そして感情移入をする。
 主人公になったつもりで話を読んで、イケメンで素敵な紳士に攻められるところが盛り上がるし、自分と重ねて妄想する。

あれ? そう考えると皇子様……もしかして男性が――……
でも、なんかありえそうだ……。

 ちらりと後ろのルドベキスキー卿を見た。
 背は彼の方が高いし、一応護衛の名目もあるので、皇子殿下よりも体つきはがっしりしている。
 皇子殿下はどちらかと言えば線が細い方なので、ルドベキスキー卿に簡単に押し倒されそうだ……って。

 やめておこう。
 深淵を覗いては行けないのだ。
 わたしは平和に平凡に生きて行きたいのだから、有名人の性癖なんて知りたくない。

「交ざりたくても、交ざれない、そんなジレンマの中、ザーレが君を見つけてくれたんだ。信頼すべきは筆頭側近。ザーレはねぇ、本当に目が良くて……」
「えっ?」

 突然の話題転換にわたしは聞き返す。

「君さぁ、いつもあそこにいるでしょ? お気に入りなのかな? でもさ、実はザーレもあそこの二階の出窓がお気に入りでね、よくそこにいるんだよ」

 筆頭側近のくせに皇子殿下の側にいないとは。
 なかなか不良側近らしい。

「で、ザーレが、君が僕のお気に入りシリーズを読んでいたのに気づいてね、お近づきになりたいと思っていたんだけど……本当に偶然だねぇ。僕はこの偶然の出会いに運命を感じるよ! ザーレもそう思うよね?」
「はい、殿下。とても運命的な偶然だと思います。是非彼女に思いのたけを語って下さい。大丈夫、彼女は大体の本を読んでいるようですし、もし読んでいらっしゃらないようでしたら、殿下のおススメを貸してあげてください」

 偶然を偶然と思えない口ぶりに、わたしは口元が引きつった。
 
 多少はまだ疑っていた。
 しかし、今の発言で確信になった。
 そして、わたしは筆頭側近様をぎろりと睨む。

 筆頭側近のザーレ・ルドベキスキーは、ただただようやく解放されたという顔で、わたしに皇子殿下の話し相手を押し付けたのだった。


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