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貞光さんと磯貝くんの場合。
決意と歩み。
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「……あ」
驚愕を顔に浮かべる昭仁を見て、ここが貞光の実家であることを思い出した。
いつから、昭仁は見ていたのだろう。……いや、どのタイミングから見ていたとしても、誤魔化すことは無理だ。
「昭仁?」
磯貝の様子から察したのか、貞光は顔だけを昭仁の方へと向ける。
「……今、いいところだったのに……」
非常に、不機嫌な声色だ。そして、昭仁に見られていたと知っても、貞光はしっかりと磯貝に抱きついていた。
「えっと、絢也? 磯貝君は友だちなんじゃなかった?」
震えた声で、確認する昭仁。磯貝が何か言おうとする前に、貞光がハッキリと返答する。
「こいつは──颯一郎は俺の恋人だ」
その答えに、磯貝はハッと目を見開いた。
──この人は、自分のことを恋人だと認めてくれている。
「……磯貝君、これは本当?」
少しだけ冷静さを取り戻したのか、静かな声色で昭仁が尋ねる。
先ほどまでは誤魔化そうと思っていた。でも──。
「──はい」
それでは、駄目だ。
「本当です。絢さんは、俺の大切な人です」
「そうかぁ……まじかぁ……」
頭をぽりぽり掻きながら、昭仁は続ける。
「いやぁ、ね? あの絵を見て察してたんだけどね? 今まで絢也は人物画に興味なかったのに、磯貝君を題材にしていたし。過去一で夢中に描いていたのも知っているし」
そう言われて恥ずかしかったのか、貞光は昭仁から顔を背けてしまう。そんな彼に向かって、昭仁は再び口を開く。
「ただ……付き合っているのなら尚更、ちゃんと連絡は返しなさい。嫌われるぞ?」
「うっ」
恐る恐る、貞光は顔を上げて磯貝を見た。若干涙目で、嫌われていないか不安がっているのが丸わかりだ。
「……これぐらいのことで嫌いにはならないけど、心配はしたかな」
「ごめん、以後気を付ける……」
頭を撫でると、安心したのか笑みをこぼした。
その様子を静観していた昭仁が、咳払いする。
「いちゃつく前に、絢也。少しだけ磯貝君を借りてもいい? 大事な話があるんだ」
「話って、一体……」
リビングへと連れてこられた磯貝は、困惑している様子だった。
昭仁は、真剣な眼差しを彼へと向ける。
「絢也が、どれだけ君のことを気に入っているのか、それはよくわかった。だから、問おう」
その目が、刃のように鋭くなる。
「君は、本気なんだな?」
「はい」と、磯貝は目を逸らさずに答えた。ここで、少しでも視線を逸らせば、この関係は終わると感じたからだ。
しかし、昭仁の目は変わらない。
「──もし、貞光グループ目的で付き合っているのなら、今すぐにやめたほうがいい。……絢也が後継者になることはないから」
「そんな目的では付き合ってません! 俺は、あの人が何者であっても構わない。そう、思っています」
「──もしかして、気付いていた?」
磯貝の返答に、昭仁はよほど驚いたのだろうか、目を瞬いた。
「はい。絢さんの悪夢の話と、あとそこの家族写真から、何となく」
貞光絢也の悪夢。あまりにも生々しいその夢が、もし過去の記憶だったとしたら? そう思ったのが、始まりだった。
惨状を傍観しているのが貞光絢也とすれば、ハサミで刺されているのは彼の兄弟で、ハサミを振りかざすのは家族の誰か。しかし、貞光から聞く彼の家族は、過保護なほど彼を大切にしている。……そんな人たちが、そのようなことを行うはずがないと、これ以上考えるのを止めていた──のだが。
写真を見て、気付いてしまった。
「──絢さんは、あなたの実の兄弟ではないんじゃないですか?」
彼の、あの目と同じものを持つ人は、貞光家にはいない。両親も祖父母も兄も、全員黒い目をしていた。
もちろん、目の色が絶対に遺伝するとはかぎらない。だから、自分の考え過ぎかもしれないのだが──。
「それは──詳しくは、答えられない」
その返答こそが、答えだろう。
「とにかく、絢也の心は未だに壊れたままで、僕たちはこれ以上あいつに傷付いて欲しくない。だから──」
「──幸せにします。あの人のことを、ずっと。……俺じゃ、頼りないかもだけど」
昭仁の言葉を掬い取るように、磯貝はハッキリと宣言した。
それまでは真剣な表情をしていた昭仁だったが、磯貝の言葉を聞いて表情を崩し、随分と晴れやかな笑い声を挙げた。
「はー……ごめんごめん、ちょっと前の僕と全く同じことを君が言ったから、つい」
戸惑いを隠せない様子の磯貝の背を叩き、そのまま洗面所で待機していた貞光へと呼び掛ける。
「絢也、今からハルのところに行ってくるから! 磯貝君返すね!」
そして、バタバタと慌ただしく出ていく昭仁と入れ違いで、貞光が部屋に入ってきた。
「颯、昭仁とはうまくやっていけそうか?」
「うん、いいお兄さんだね。……ところで、ハルさんって?」
磯貝の問いに、貞光は暫し黙考したのちに答える。
「──将来的に、俺の義理の姉になる予定の人」
「へえ?」
つまり、昭仁の婚約者ということだろう。
「また今度紹介する」と区切った後、貞光はじっと磯貝の目を見つめる。数刻前──昭仁がやって来る前と似た雰囲気に、磯貝は居住まいを正す。
「その、さっきの続きだが──」
「うん」
「……好きだ。お前の、ことを……誰よりも、愛している」
そう真っ直ぐに伝えられた想いに、心の底から熱いものが沸き上がってくるのを感じる。
「ありがとう……すごくうれしい」
初めて、貞光の口からその言葉を聞いた。──ようやく、本当の恋人になれたのだ。
「大好きだよ、絢さん」
じんわりと余韻に浸っていると、貞光がどこか恥ずかしそうに、口を開く。
「あの、颯一郎? 実は、さっき家族から連絡があってだな?」
「うん、どうしたの?」
「その……今日、この家に誰も帰ってこないらしいんだ」
「うん」
「……もし、予定がなければ……今夜、泊まっていくか?」
「うん……て、いいの!?」
急遽、恋人の家に泊まることになった磯貝。
もちろん、夜には色々とあったのだが……腕のなかで、すよすよと眠る貞光絢也は非常に可愛かったとだけ記す。
驚愕を顔に浮かべる昭仁を見て、ここが貞光の実家であることを思い出した。
いつから、昭仁は見ていたのだろう。……いや、どのタイミングから見ていたとしても、誤魔化すことは無理だ。
「昭仁?」
磯貝の様子から察したのか、貞光は顔だけを昭仁の方へと向ける。
「……今、いいところだったのに……」
非常に、不機嫌な声色だ。そして、昭仁に見られていたと知っても、貞光はしっかりと磯貝に抱きついていた。
「えっと、絢也? 磯貝君は友だちなんじゃなかった?」
震えた声で、確認する昭仁。磯貝が何か言おうとする前に、貞光がハッキリと返答する。
「こいつは──颯一郎は俺の恋人だ」
その答えに、磯貝はハッと目を見開いた。
──この人は、自分のことを恋人だと認めてくれている。
「……磯貝君、これは本当?」
少しだけ冷静さを取り戻したのか、静かな声色で昭仁が尋ねる。
先ほどまでは誤魔化そうと思っていた。でも──。
「──はい」
それでは、駄目だ。
「本当です。絢さんは、俺の大切な人です」
「そうかぁ……まじかぁ……」
頭をぽりぽり掻きながら、昭仁は続ける。
「いやぁ、ね? あの絵を見て察してたんだけどね? 今まで絢也は人物画に興味なかったのに、磯貝君を題材にしていたし。過去一で夢中に描いていたのも知っているし」
そう言われて恥ずかしかったのか、貞光は昭仁から顔を背けてしまう。そんな彼に向かって、昭仁は再び口を開く。
「ただ……付き合っているのなら尚更、ちゃんと連絡は返しなさい。嫌われるぞ?」
「うっ」
恐る恐る、貞光は顔を上げて磯貝を見た。若干涙目で、嫌われていないか不安がっているのが丸わかりだ。
「……これぐらいのことで嫌いにはならないけど、心配はしたかな」
「ごめん、以後気を付ける……」
頭を撫でると、安心したのか笑みをこぼした。
その様子を静観していた昭仁が、咳払いする。
「いちゃつく前に、絢也。少しだけ磯貝君を借りてもいい? 大事な話があるんだ」
「話って、一体……」
リビングへと連れてこられた磯貝は、困惑している様子だった。
昭仁は、真剣な眼差しを彼へと向ける。
「絢也が、どれだけ君のことを気に入っているのか、それはよくわかった。だから、問おう」
その目が、刃のように鋭くなる。
「君は、本気なんだな?」
「はい」と、磯貝は目を逸らさずに答えた。ここで、少しでも視線を逸らせば、この関係は終わると感じたからだ。
しかし、昭仁の目は変わらない。
「──もし、貞光グループ目的で付き合っているのなら、今すぐにやめたほうがいい。……絢也が後継者になることはないから」
「そんな目的では付き合ってません! 俺は、あの人が何者であっても構わない。そう、思っています」
「──もしかして、気付いていた?」
磯貝の返答に、昭仁はよほど驚いたのだろうか、目を瞬いた。
「はい。絢さんの悪夢の話と、あとそこの家族写真から、何となく」
貞光絢也の悪夢。あまりにも生々しいその夢が、もし過去の記憶だったとしたら? そう思ったのが、始まりだった。
惨状を傍観しているのが貞光絢也とすれば、ハサミで刺されているのは彼の兄弟で、ハサミを振りかざすのは家族の誰か。しかし、貞光から聞く彼の家族は、過保護なほど彼を大切にしている。……そんな人たちが、そのようなことを行うはずがないと、これ以上考えるのを止めていた──のだが。
写真を見て、気付いてしまった。
「──絢さんは、あなたの実の兄弟ではないんじゃないですか?」
彼の、あの目と同じものを持つ人は、貞光家にはいない。両親も祖父母も兄も、全員黒い目をしていた。
もちろん、目の色が絶対に遺伝するとはかぎらない。だから、自分の考え過ぎかもしれないのだが──。
「それは──詳しくは、答えられない」
その返答こそが、答えだろう。
「とにかく、絢也の心は未だに壊れたままで、僕たちはこれ以上あいつに傷付いて欲しくない。だから──」
「──幸せにします。あの人のことを、ずっと。……俺じゃ、頼りないかもだけど」
昭仁の言葉を掬い取るように、磯貝はハッキリと宣言した。
それまでは真剣な表情をしていた昭仁だったが、磯貝の言葉を聞いて表情を崩し、随分と晴れやかな笑い声を挙げた。
「はー……ごめんごめん、ちょっと前の僕と全く同じことを君が言ったから、つい」
戸惑いを隠せない様子の磯貝の背を叩き、そのまま洗面所で待機していた貞光へと呼び掛ける。
「絢也、今からハルのところに行ってくるから! 磯貝君返すね!」
そして、バタバタと慌ただしく出ていく昭仁と入れ違いで、貞光が部屋に入ってきた。
「颯、昭仁とはうまくやっていけそうか?」
「うん、いいお兄さんだね。……ところで、ハルさんって?」
磯貝の問いに、貞光は暫し黙考したのちに答える。
「──将来的に、俺の義理の姉になる予定の人」
「へえ?」
つまり、昭仁の婚約者ということだろう。
「また今度紹介する」と区切った後、貞光はじっと磯貝の目を見つめる。数刻前──昭仁がやって来る前と似た雰囲気に、磯貝は居住まいを正す。
「その、さっきの続きだが──」
「うん」
「……好きだ。お前の、ことを……誰よりも、愛している」
そう真っ直ぐに伝えられた想いに、心の底から熱いものが沸き上がってくるのを感じる。
「ありがとう……すごくうれしい」
初めて、貞光の口からその言葉を聞いた。──ようやく、本当の恋人になれたのだ。
「大好きだよ、絢さん」
じんわりと余韻に浸っていると、貞光がどこか恥ずかしそうに、口を開く。
「あの、颯一郎? 実は、さっき家族から連絡があってだな?」
「うん、どうしたの?」
「その……今日、この家に誰も帰ってこないらしいんだ」
「うん」
「……もし、予定がなければ……今夜、泊まっていくか?」
「うん……て、いいの!?」
急遽、恋人の家に泊まることになった磯貝。
もちろん、夜には色々とあったのだが……腕のなかで、すよすよと眠る貞光絢也は非常に可愛かったとだけ記す。
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