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8.編入

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魔術院への入学までの間、
誠一は出来る限りの情報を集めていた。
ミシャの監視が少々、煩わしかったが、
露骨な妨害をするでもないため、放っておいた。

魔術院に向かう当日、誠一は、ミシャに釘を刺した。
「廃嫡の件のみは皆に伝えておいてくれ。廃嫡の件はな。
爺なら、それ以上のことを言わなくなくても判るだろう」
にやりとして、馬車に乗り込んだ。
ミシャは、ただただ頷くだけだった。

魔術院の建物が誠一の眼に入ると、
13歳らいしい声をあげてしまった。
如何にも魔術の学び舎といった建物、
黒を基調とした雰囲気が彼の想像と合致していた。
バッシュは魔術院の建物を訪れることが滅多になかった。
そのために誠一はこの建物をじっくり見るのは初めてであった。

正門を通り過ぎると、魔界に落とされた者たちの
怨嗟の声のようなものが馬車まで届いた。
その声は尽きることなく響いていた。

「なんだ?一体?大規模な魔術の行使でも行われているのか?」
誠一が呟くと、付き人がそれに答えた。

「これはどうもあちらの方角から聞こえます。
人々の断末魔のようです」

誠一は言われた方に視線を向けると、ぎょっとした。

ローブに身を包んだ人たちが走っている。
そして、模擬刀を持った何名かがへたり込みそうな者たちに
刀を振るって追い込んでいた。

「これは一体?何の罰なのか?」

「いえ、恐らく10数年前から組み込まれている
授業の一環かと思われます。
ここまで、厳しいとは思っておりませんでしたが」

付き人の話によると、10数年前のバッシュとの戦いに
参戦していた大賢者の発案で始まったようであった。
魔術師にも体力は必須であるとの主張であった。
「戦の最中、息を切らしているようでは、
まともな魔術行使は出来ないとの事から、
今ではどこの魔術院でも当たり前の様に行われています。
一説には、長距離を走るだけなら、
同世代では魔術師が一番だとかと噂されています」

倒れているローブ人たちを見るに体力に
あまり自信のない誠一は、一抹の不安を抱えつつ、
編入のための手続きに向かった。

大賢者、ファウスティノ・ソリベス・セドゥは、
現魔術院の学院長であり、13年前の大逆者バッシュを
退けた英雄の1人であった。
魔術師としては、新しい魔術を生み出すといったことより、
無言詠唱、複数の同時魔術、ストック魔術、
体力の必要性という魔術運用、行使に
新たな一石を投じた人物であった。

誠一は、大賢者と対面していた。無論、編入ためであった。
全てを見透かしたような視線を誠一に送る大賢者が言った。

「ふむ、半年の遅れを追いつくことができるかな。
学識は、君の努力次第ですぐにでも追いつけよう。
しかし、体力、持久力はどうかな?
追いつくには血の出るような努力が必要になろう。
できるかな?」

誠一は、「何を馬鹿なことを」
と内心で思いつつも先ほどの情景が脳裏に映った。

「何時間にも及ぶ大魔術の詠唱には
学識才能など何の助けにもならんよ。
詠唱しきる体力が最も重要となる。
無論、魔術の発展と共に変わるであろうが、
集中力を持続するためにも体力は必要であり、
迷宮を探索するにも徹夜作業にも必要である」

誠一は思った。
この爺さんは社畜戦士でも育成しているのかと。
そんな思いとは裏腹に誠一は殊勝に答えた。
「全力で同期の方々に追いつけるように努力いたします」

大賢者は何も言わずにしばらく誠一を見つめていた。
ため息一つつくと、
「今、どのくらいの差が同期生とあるか、知ることも必要だのう」
1人の講師を呼ぶと、練兵場に向かうように伝えた。
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