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84.リシェーヌの行方2

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 誠一は学院長室の前にいた。
散々、講師や事務員止められたが、
その制止を振り切り、最上階にある学院長室まで
駆け上がった。

深呼吸を一つすると、ドアをノックした。
「アルフレート・フォン・エスターライヒです。
お話があって参りました」

「入り給え」
一言であったが、普段の口調と全く異なる声が
室内から聞こえてきた。
その一言だけで、誠一の勢いは削がれ、緊張した。

「失礼します」

「私は忙しい。手短に頼むよ」
誠一を見つめる眼光は鋭く、声は冷たい。
それらは、普段の学院長からは想像もできなかった。

「リシェーヌについて教えてください。
彼女をどうする気ですか?」
気圧されながらも誠一は、話した。
絶大なる力を隠そうともせずいる学院長の迫力に
誠一は自然と身体が震えていた。

「はてなんのことやら。
君たちは今、夏休みじゃろう。
プライベートのことまで詮索するのは
やり過ぎじゃ。知らぬ」
笑いを湛えているが、踏み込めば、潰す、殺す。
そんな雰囲気を隠す気もなく醸し出す学院長であった。
誠一は察した。
何故、あれほどの知識・経験があり、
多くの治績を残してきたこの男が賢者と
称えられずに大魔導士と言われるのかが。

「察しの良い子だのう。
ならば、そのまま、ここを出て行くがよい。
脅しではないのう。
できれば、有望な学生が行方不明に
なるのは避けたいのじゃが」

如何なる奇策を用いても覆すことのできない実力差。
誠一は元の世界に戻る一縷の望みを持っていた。
そのために例えゲーム内であっても誠一は
死にたくなかった。
誠一の心に逃げ出せ、目を瞑れ、それで全てが
済むと囁かれていた。
誠一の心が少し傾き、身体が180°回りそうになって、
この部屋から逃げ出しそうになっていた。

誠一は、失礼を承知で、ポケットに
忍ばせていたブルーサファイアのような天然石を
握った。心が落ち着き、言うべき言葉を言うことが
できた。
「彼女に渡すものがあるんです。
絶対に彼女に必要になるものです」
と言って、限界突破の宝珠を学院長に示した。

「彼女に必要になることはないじゃろう。
URを限界突破することは至難だのう。
ましてや啓示も受けていないとなれば、尚更じゃ。
アルフレート君、それをしまいなさい」

学院長の物言いが誠一の心の琴線に触れたのだろう。
宝珠を握りしめながら、誠一は絶叫した。
「人の可能性を勝手に決めんなよ。
リシェーヌは必ず到達する。
そして彼女は世界の導となる。
俺はいられる限り彼女の横に立つ。
そう決めているんだ、邪魔するな」
7面メイスを片手に今にも襲い掛からんばかりの
誠一を見て、尚、ファウスティノは言葉を紡いだ。
「国の在り様を変えるには些か性急すぎたのじゃ。
改革に犠牲は付きもの。
それが小さいに越したことはないだろう。
彼女の勇者候補としての存在は低い。
小さい犠牲じゃ。
それに信じて待つことも一つの在り様、納得しなさい」
最後は殺気を解いて、諭すように誠一に話しかけていた。
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