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86.策謀の果てに1

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「ナーシャ様、お久しぶりでございます」

元女王を前にして、些か緊張気味のリシェーヌであった。



「楽にしなさい。

リシェーヌ、あなたには申し訳ないと思うが、頼みます。

この世界の未来に禍根を残す者たちを

倒さねばならないのです」

ナーシャは言葉とは裏腹に申し訳なさそうな表情も

せずにそう言った。



事は始まる直前、今更、ナーシャの顔色を

窺っても仕方ないと思い、リシェーヌは、最も知りたいことを

質問した。

「あいつはここに来るんですか?」



「さて、それは、奴次第だから、分かりかねます。

考え得る最高の餌は用意したつもりだけど。

私とリシェーヌの二人の美女の誘いに

のるかどうかは、奴次第ですね」

ナーシャの説明にリシェーヌは頷いた。



それにしても今日は天気が良い。

風なく、雲一つなき晴天のヴェルトゥール王国で

あったが、主城より見える街には砂塵が舞い上がっていた。

砂塵は一人の男を先頭に紡錘のように広がっていた。



「路を開けろ。巻き込まれれば、怪我をするぞ」

騎上より叫びながら先頭をフリッツが走っていた。

目指すは、この国に数人しかいない公爵家の大邸宅であった。



 フリッツは邸宅の正門をたたき壊して、侵入し、

そのまま屋敷のドアの前で止まった。

砂塵は彼が止まると同時に勢いを弱めていった。



屋敷内は大混乱に陥っていた。

少し前から、奇妙な風体の冒険者や

派閥の違う伯爵や子爵、侯爵までもが

頻繁に出入りするようになっていた。

その変化に漠然とした不安が使用人たちにはあったが、

現当主のくだらない催しだろうと高を括っていた。

しかし、今の現実は、名乗りを上げるは、

当代の勇者フリッツであり、彼が兵を伴って屋敷を

包囲していた。



「おい、ダンブル、聞こえているだろ。

お前の爵位は剥奪された。大逆の罪は重い。

皆殺しだが、使用人どもと12歳以下の子供は

一旦、預かる。さっさと、こっちに引き渡せ」



勇者の喚き声を屋敷の中で聞いたダンブルは、

うろたえる使用人たちを一瞥して、配下の騎士に

命令を下した。

「喚き散らす者は、足手まといだ。

コロセ、奴には死体で渡してやれ」

一階のエントランスホールは、その命令の許、

阿鼻叫喚の地獄絵図となった。

容赦なく騎士たちが無力な使用人たちを

一太刀の下に斬り殺していた。



「くそっ、先手は取られたが、それだけの事ヨ。

領地に戻り籠城して時間を稼ぐ。

幸いにして、障害になりそうなのは

フリッツとファウスティノくらいだな。やれるか?」

ダンブルは騎士たちと違った装備の者たちに尋ねた。



「フファ、あのバカにどちらが

勇者たる実力があるか、教えてやる」

真紅の鎧に身を包み、真紅の大剣を

片手に粗暴そうな男が言った。



「体力がどうとかくだらないことに拘り、

未だに賢者になりえぬ一介の魔術師風情を

恐れる馬鹿がどこにおりましょうぞ」

黒いとんがり帽子に黒いローブ、黒い杖、

肌すらも黒く塗りつぶしている男が言った。



「要は二人を殺せば、それでこの囲いはとけるんだろ。

お抱えの騎士は、その他大勢の相手をさせろ。

邪魔になる」

素手に素足で簡素な布の服に身を包む男が言った。



「我が神よ、我らに勝利の歌を。

虐げられし我が教団にお力を」

金色のゴージャスな僧衣に身を纏い、

僧侶に全く見えぬエネルギッシュな相貌の男が

勝利を祈る。



「多少、名のある連中がいるようだな。

邪魔が入るようなら射殺す。

殺して剥製にでもするかな」

白金の光沢を輝かせる弓を

片手に口笛を吹きながら、嘯く眉目秀麗なエルフ。



「どうでもいいけど、あいつらも中々やる。

ってか、杜撰だな。クーデターを起こすには」

複数の短剣を放りまわして、遊んでいる男。



その後方に数十人の冒険者風の者たちがいた。

どの顔にも緊張の色はなく、不敵な笑みを浮かべていた。

それもそのはず、彼等に対抗しえる冒険者たちの大半は、

ソルテールのスタンピード討伐に向かっているからだった。

彼等にとって、王国の騎士団・魔術師団、兵士など

眼中になかった。

そして、居残った冒険者の参戦など、

スタンピード討伐程度にすら参加できない

3流の冒険者と断定していた。

要するに人数を集めただけの雑魚という認識であった。

方やダンブルの兵は、精鋭のみを選抜し、

雇った冒険者のグループはBランク以上であり、

個人の能力としては、HR以上強者ばかりだった。



ダンブルは、囲まれようとも十分に蹂躙して、

所領に戻れると安直に考えていた。

懸案は、フリッツとファウスティノであったが、

彼等と同格、もしくは格上の6人がいるため、

二人を屠れると判断していた。

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