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451.閑話 とある事務所での情景2

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二人の仲の良さげな雰囲気を事務所のドアから覗く目があった。
二人の姿を確認した女性はパタパタと走って、その場を離れた。

「本格的な戦になるのは明日かな。明日は土曜日だし。
イベントにはほんと丁度いいよね。さてと仕事の時間になるかな」
清涼は千晴から離れると、手早くパッドを片付けた。
千晴も自分のパッドを仕舞うと、席につき、午後の業務の準備を始めた。

 花の金曜日、略して花金、消えそうで消えずに
この時代までこの言葉はしぶとく残っていた。
土日が基本休みの社会人にとって、
予定があろうとなかろうと明日から休み。
千晴にとっても週の最高の瞬間であった。

「ふうううー終わったー」
千晴の嘆息が近くの同僚たちの笑いを誘った。

おつかれー、おつー、おつかれさん、
総務経理部の面々が声高らかに互いに声をかけながら
事務所を後にした。
その中に唯一、坪内だけは加わらなかった。
坪内は無言で更衣室に向かった。
夕方のためか坪内の影は思いのほか伸びて、千晴を覆った。
一瞬、暗くなったため、千晴は驚いてデスクから顔を上げた。
しかし、当たり前だが、そこには別段、特別なことは何もなった。
坪内の丸まった背が目に映っただけであった。

 定時以降の給湯室には幾人かの女子社員が集まっていた。
「ったくなんなのよ、佐藤って。ほんと、立ち回り上手いわよね。
ねーちょっと、莉々子って聞いてるの?」
反応の薄い莉々子に一人の女子社員が喰いついた。

莉々子は廊下の方へ目をやった。
廊下は定時上がりの社員がちらほらと見えるだけで、
目的の人物は見当たらなかった。

「佐藤が鼻につくのはあれだけど、
坪内は何で顔を見せないの。莉々子何か知ってる?」

莉々子はいらいらとしながら右手の親指の爪を噛んだ。
坪内が顔を見せないことに苛立ちを感じ、
周りでわーわーと騒ぎ立てる頭の軽い女子の声がそれに拍車をかけた。

「ちょっと静かにして」
形の良い眉を顰めて、莉々子はつい語気を荒げてしまった。
一瞬、給湯室の喧騒が収まった。彼女たちの間に微妙な空気が流れた。
それに気づかない程、鈍感な莉々子ではなかった。

彼女は表情を和らげて、作り笑いを浮かべた。
「あっごめね。連日の残業で少し疲れが溜まってるのかな」

ぎこちない雰囲気のまま、その場を繕う言葉を各々、
残して解散となった。

『ちょっと、さっきの莉々子の態度、無いわ』

『ちょっと綺麗だからって、ちょーし乗り過ぎ』

『そうそう、鼻にかけてるよね』

莉々子は解散した後、彼女たちがそんな話をしていることを想像した。

『ヴェルトール王国戦記』では莉々子が開催した
『アルフレート・フォン・エスターライヒ狩猟祭』も
ダンブルの起こした『オペレーションアーチロード』の
イベントの賑わいのためにうやむやになってしまった。
そして、次々に立ち上げられるダンブル絡みの掲示板の賑わいで
自然消滅に近い形で端の方へ追いやられてしまった。

「くそっ」
莉々子はパッドを開けて、アルフレートの所在を
チェックした。
使い捨てのキャラクターをジェイコブ遊軍に
潜ませていたが、いつの間にかアルフレートたちは
軍から消えており、見失っていた。

「くそっ」

また、同じような言葉を吐き捨てると、
廊下に高い足音を響かせながら設計部に莉々子は
戻って行った。
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