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522.会戦直前3

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「アルフレート君、これを君に貸しておく。
フィクションであることを念頭において、
ここから祈りの神殿に関する情報を抽出しなさい。
念のため伝えておくが、この本は稀覯本だから大切に扱うように」

埃塗れに落書きが施された本が稀覯本と言われても
全く説得力を感じなかった誠一であった。
しかし、それを指摘すれば話が長くなるため、殊勝な表情で受け取った。

「まあ実際のところ、それは写本だからもし紛失しても気にしなくていい。
原書から写本を一冊、作ってもらうだけになる。ただそれだけ」

著者の名は、ジェイロブ・ジェルミラ。誠一は唸ってしまった。
著者の末裔にジェイコブ・ジェルミラはなるのだろう。

「そうそう、君の想っている通りだよ。
王を僭称している無能者のジェイコブの祖先だよ。
この著者も相当に無能だよ、眠くなる。
ジェルミラ子爵家は代々無能だ」

読めば眠くなろうが、これは貴重な情報源だった。
誠一は曖昧に頷いて、礼を述べた。

「うむ、悪い気はしないな。
エリクサーだが、市場、闇ルートでも扱われた情報は得られてない。
だが、一部の有名なクランが入手目的で探しているようだ。
理由は分からない。噂では神託を受けたとか」

誠一はクランの名を聞くと心に留めた。
クランの一つに『清き兵団』の名があった。
誠一は千晴に知人のプレイヤーがエリクサーを
探している目的をそれとなく探って貰おうと画策することにした。

「さて、報酬の件はここまでだ。
あまりお薦めはできないが、攻略に向かうも向かわぬも君次第だ。
あー本読みたっ」

誠一は苦笑すると、改めて礼を述べて、館長室を後にした。

エンゲルス家に戻ると誠一は、質素な客間で本を開いた。
冒頭から数行で誠一は集中力を保てなくなっていた。
主人公を賛美する美辞麗句の並ぶ文章。
ジェイコブの祖先のことなど誠一は知りたくもなかった。
一体、何のために読んでいるのか誠一は混乱しまった。
本当にこの本に祈りの神殿のことが書かれているのだろうか。

自然とうめき声を発していた。
「うううっ、何だよこれ」

暫くすると誠一は机に突っ伏してしまった。
そのまま、朝まで顔を上げることはなかった。

誠一は使節団の報告後から忙しい日々を過ごしていた。
祈りの神殿に関する情報収集や魔術院での自習と多忙であった。

魔術院でシエンナと誠一は課題を解いていた。
少し離れたところではファブリッツィオを
中心としたグループが課題を放り出して世間話に夢中になっていた。

「アル、どうも落ち着かないね。ヴェルのことが心配なんでしょ」

「まあそうだね。ヴェルが心配なのは確かだね」
誠一は己の心情を誤魔化す様に言った。
季節は既に冬に差し掛かっていた。夜営や行軍が厳しい季節に差し掛かっていた。

「まったくもう素直じゃないね。ヴェルは大丈夫でしょ。
竜公国の軍にいると思うわ。でも軍を離れることができるかどうかよね」

「ヴェルが無事ならそれでいいさ」
誠一はそう言って、課題を再開した。
課題を再開して、少しするとシエンナは終わったのか
本を取り出して読み始めた。
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