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556.大会戦28

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炎の主は誠一たちの前で立ち止まった。
炎は次第に小さくなり、誠一たちはそれが誰であるか
暗闇の中でも分かった。誠一たちは膝を折り、腰を下げた。

炎は小さくなったが誠一たちを睨みつける瞳は
燦然と燃え上がる様であった。
「ダンブルに強襲をかけたのは、貴様らか?
アーロン・フォン・エスターライヒよ、答えよ」

「はっ、我々、クランのメンバーのみです」
誠一は気温の下がり始めている夜も関わらず、汗を滴らせていた。
汗の原因は、バリーシャの纏う炎の精霊のたちの熱だけでなかった。

「勝手な事を。しかもダンブルを捕らえることも
殺すこともできなかったと」
烈火の如くバリーシャが怒声を浴びせた。
遅れてバリーシャに合流した近衛兵団の一部が
その列気に中てられて怯んだ。
 彼女の列気を正面から受けた誠一であったが、
表情を読まれないように頭を垂れて無言で叱責を受け続けた。

「暖簾に腕押しとはこういう事を言うのじゃろう。
そろそろ、落ち着かぬか、バリーシャ。
そもそも敵の総大将を敗走させたのは紛れもない事実であろう。
それは此度の戦での勲功第一位あろうな。
それとも何か我らが知らぬ思惑でも働いているじゃろうか」
ファウスティノの言葉を受けたバリーシャは押し黙った。

誠一はファウスティノの言葉を吟味した。
流石に飛躍し過ぎだと思ったが、バリーシャとダンブルは
裏で繋がっているなどと考えてしまった。
もしくはダンブルの内に秘めた野望を焚きつけたのだろうか。
バリーシャの推進する政策、中央集権、能力による登用、
それらを実現するには数多いる貴族たちを始末する必要があった。
戦争という殺し合いで合理的に始末できれば、
それに越したことはなかった。
 ふと誠一は周囲を見渡した。
暗がりから風に運ばれて聞こえる呻き声、怨嗟の声、
血の臭い、死臭、これほどの惨劇を自ら理想の具に
しようなどと想像の域を超えている。
誠一は思わず女王を前にして苦笑してしまった。

誠一の眼前では売り言葉に買い言葉が拍車を
かけてしまったファウスティノとバリーシャが口論を続けていた。

誠一は肩を軽く叩かれた。振り向くとエヴァニアが立っていた。
「アルフレート君、忘れなさい。
あなたが国に仕え、栄達を望むならば、そういったことも
知り学びなさい。しかし、あなたの望みは別の所あるのでしょう」

エヴァニアの声がバリーシャに聞えると
ピクリとバリーシャの形の良い耳が上下に振れた。
「狭量と噂されるのも癪だな。アルフレートよ、顔を上げて答えよ。
貴様はこの戦に何を望んだ?
そして貴様はこの戦の論功に一体、何を望む?」

「ヴェルトール王国の安定を。
そして、王国の宝庫にあるのならば、万能の霊薬エリクサーを望みます。
もし叶わぬならば、祈りの神殿に関する文献を望みます」
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