黒の創造召喚師

幾威空

文字の大きさ
上 下
47 / 244
【黒の創造召喚師 ―Closs over the world―】

第042話 魔物と少女④

しおりを挟む
「リル! お前はそこに倒れてる女の子と比奈菊を連れて一旦後退しろ! 安全圏まで離脱後、比奈菊の張った結界の外で警戒体制をとれ! 比奈菊は安全圏にて結界を展開! フランは俺の後で敵の状態を分析しろ! サクヅキは俺と一緒に鬼退治だ!」
「「「「了解っ!」」」」
 ツグナの指示に従者たちは短い返事で即座に動き始める。

「……いっくぜええぇ! 燎原氷獄りょうげんひょうごく燎原氷獄っ!」

 サクヅキは手にした赫い剣「コズミックレイド」と蒼い剣「クリアリエラ」を駆使し、鉈を持つその腕を瞬く間に細切れに斬り伏せる。

「ウゴガアアアアァァァッ!」

 つい先ほどまで自らが優位だと思い込み、笑みを浮かべていたナイトオーガは、肉塊と化した腕が地に落ちる音と同時に絶叫を上げて痛みを訴える。

「はぁ……やっと楽になった。それでどうだ? フランのスキルで何か分かったか?」
 相手の腕が斬られたことにより競り合いから解放されたツグナは、深く息を吐きつつ傍らに立つフランに問いかけた。
「フフン、バッチリだよ! このフランネル様の『詳細情報分析』のスキルで見えないものはないからね。それで、早速結論だけど……あの『魔に喰われた人間』はもう助からないと見ていい。主の予想通り、ね」
 フランは片眼鏡モノクルをくいっと上げ、キラリとその縁を輝かせながらツグナからの質問に答えた。フランの分析によると、

 ――1.侵食率が100%となると、完全に魔物と成り果て、自我すら無くなるほか、凶暴化する。
 ――2.一度取り込まれた魔煌石は、侵食率が100%となり、討伐されるまで抜き取ることは出来ない。例外的に侵食率が100%となっても自我を持つ個体もいるが、そのようなケースは非常に稀である。
 ――3.取り込まれた魔煌石を無理に取り除いた場合、宿主となっていた人間は灰燼となる。

 との結果であった。
「やっぱそうか……」
 ツグナはフランから伝え聞いた結果に、軽く唇を噛みながらギュッと刀を持つ手を強く握り締めた。
 自分は聖人君子でないことは重々承知している。自分が救える命は、自分が思っている以上に多くないことも分かってはいた。
 それは転生したむこうの世界で嫌というほど味わった、実体験に基づく思いだった。

 向こうの世界で生きることすらおぼつかない時期を経験したツグナは、思いがけない出会いから「家族」とまで呼べる存在を得ることができた。
 生きることは確かに辛い面もある。けれども、一方でその辛さを覆すほどの喜びを得ることもできる。

 だからこそ――このように、人の命を玩具のように扱う輩をツグナは許せない。
 それはただ正義感ゆえの思いだけではない。何故なら、彼は立ちはだかる現実に抗い、勝ち超えてきた経験があるから。
 生きることの難しさと、困難を乗り越えた時の嬉しさを身に沁みて知っているからだ。

 一方、腕を失ったナイトオーガは、ヨロヨロと数歩後退すると、ポツリと呟いた。
「ア゛ァ゛……モ、モゥ……ラグニ……ジデ、グレ……」
「「っ――!?」」
 くぐもった声で上手く発音はできていないものの、ハッキリと自らの意志を伝えるナイトオーガに、ツグナとサクヅキは思わず目を見開いて驚いた。

 一体、何故魔物が言葉を発せられたのかは分からない。既に侵食率は100%に達しようとしており、最早かつての人間だった頃とは全く別の化け物と生まれ変わろうとしている状態にある。

 それは、残されたわずか数%の「人間としての」部分が奇跡的に表に出てきた影響であったのだろう。

 ツグナは軽く俯くと、心の内に湧く思いを洗い流すかのように、深くそして長い息を吐く。

「――お前が人間だった頃のことは、俺は知らない」

「楽にしてくれ」と訴えたナイトオーガの意志に応えようと、ツグナは手にした刀を強く握り締める。
 彼の視線の先に立つナイトオーガは、侵食率が90%を超え、その外見からも「かつては人間だった」という言葉が嘘だと思われるほどに人たる姿形からは大きく外れている。そうした見るからに恐ろしい姿の生き物が一歩街に出れば、大混乱に陥るのは容易に想像がつく。
 今は奇跡的に落ち着きを見せてはいるものの、いつまた暴れ出すかは分からない。

 もしまた再び暴れ出し、それが例えば街中であったとするならば――そこで待っているのは凄惨極まる光景であろう。

「もうそんな状態なら、元に戻ることは無理だろう。なら……」
 ツグナはだらりと腕を下げたまま、ナイトオーガに一歩近づいて目にも留まらぬ速さで刀を振るう。

「――せめてもの手向けだ。安らかに眠れ……百花繚乱」

 ヒュン、とツグナの刀が虚空を走り、その刹那の後にカチンと再び鞘の中に納められた瞬間。それまで彼と対峙していたナイトオーガの身体がいくつもの塊となって崩れ落ちる。

 ――ありがとう……

 ツグナはどこか虚しさを宿した表情で、崩れゆくナイトオーガの幻聴めいた言葉を聞き届けた。

 そして、崩れ落ちたその塊は、すぐに細かな砂礫となって風と共に散っていった。その場に魔物化の元凶となった魔煌石を残して。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

聖女召喚に巻き添え異世界転移~だれもかれもが納得すると思うなよっ!

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:1,455pt お気に入り:846

腹黒上司が実は激甘だった件について。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:859pt お気に入り:139

婚約破棄されたけど前世が伝説の魔法使いだったので楽勝です

sai
ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:2,430pt お気に入り:4,186

婚約破棄させてください!

恋愛 / 完結 24h.ポイント:2,245pt お気に入り:3,013

婚約者を交換しましょう!

恋愛 / 完結 24h.ポイント:255pt お気に入り:125

悪役令嬢、釣りをする

恋愛 / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:142

いずれ最強の錬金術師?

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:16,643pt お気に入り:35,314

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。