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1巻
1-3
第2話 異世界でも現実は厳しい
イグリア大陸の中央に広がる大森林。木々が生い茂り、多くの生き物が生息するその森林の北側に一つの国が栄えている。
――レバンティリア神聖国。
その国の特徴は、国の外縁部を厚く高い城壁で囲っていることだろう。これは森林からやってくる魔獣などに対処するためのものである。
そんなレバンティリア神聖国にある、とある屋敷の一室。そこでは若い男が一人と白衣姿の男が一人、頭を抱えるようにして呻いていた。
「どうして我が家から……」
その言葉は、絶望にも似た響きを伴って流れていく。
「御舘様……厳しいようではありますが、これは現実です……」
若い男の真向かいに座る白衣姿の男は、どうにもならないといった面持ちで淡々と事実を述べていく。
「先ほどお生まれになられた御子息の特徴は――」
もう一度、現実を見せるため。
医師である白衣姿の男は、カルテを持ちながら話を始める。それを聞いている若い男――この辺りの領主であるイリーアス=ハイエルは手で顔を覆ったままピクリとも動かない。
ついさっき生まれたイリーアスの息子。最愛の妻から生まれた、愛すべき自分の子供。その子供の容姿には、大きな問題があった。
黒髪黒眼。
この国にとって、「黒」とは災いを呼ぶ色を指している。全てを呑み込み、喰らい尽くす禍々しき色、災厄の色……人によって受け取り方に差はあるものの、皆そうした「呪われた色」という認識を持っている。
事実、黒をその身に宿す者は、ここレバンティリア神聖国には一人としていない。
いや、「いなかった」と表現するのが妥当だろう。
レバンティリア神聖国の住人は「金髪碧眼」が標準的な外見的特徴となっている。イリーアスの下には、先ほど生まれた子を含めて四人の子供がいるが、うち一人は金髪碧眼の男の子、残る二人は母親譲りの赤髪碧眼の女の子である。ただの一人として黒髪黒眼はいない。
そもそも常識的に考えれば、そうした特徴が現れるはずはないのだ。
「私は……私はアイシャに何て言えばいいんだ……」
そんな領主の言葉が、宙に溶けて消えていった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
(ここは……あぁ、無事に転生できたということか)
神と名乗る幼い男の子と別れ、扉を開けた継那は、ぼんやりとしていた視界が徐々に晴れていくにつれて現状が把握できてきた。
(天井が高いな。身体が思うように動かないし……)
「うぁあ~」
(やっぱり上手く喋れない。まぁ当たり前っちゃ当たり前か)
現状分析を進めていた継那の耳に、ふと目についた扉の先から人の声が届いた。聞こえてくる声は二種類。どちらも男の声だったが、一人はやけに興奮していて語気が荒い。対するもう一方の声は冷静なものだった。
(自分の子供が生まれるってのは、こんなにはしゃぎたくなるもんなのかね?)
あれは父親の声か……親になったことのない継那には分からない感覚だが、自分のことについて話しているのだろうとは何となく予想がつく。
「どうして我が家に『あんな呪われた子』が生まれるんだ!」
だが、先ほどから興奮している男がそんな言葉を発したのを、継那は聞き逃さなかった。
(うん? 呪われた子……? 生まれたってのは俺のことだよな……)
なんとなく雲行きが怪しい、と思いながらも継那は何も言わず(というより話せないのだが)、耳を傾け続ける。
「黒髪黒眼は呪いの象徴だぞ! 我が家系をいくら辿ってもそうした人間はいなかったはずだ! なぜ、なぜ今になって――」
(どうやら俺の容姿に問題があるようだな……こりゃあ失敗したか?)
継那は「マズったなぁ」とディエヴスとのある会話を思い返した。
「ねぇ、キミは外見について何か要望はある?」
「特にないな」
あの白く広い空間で何気なくディエヴスが放った言葉に、継那は即断即決でこう答えていた。「まぁ、ブサイクよりはフツウに。フツウよりもイケメンにってトコだな」と割と無難な補足を付け加えて。
(しっかしまぁ……まさか、外見で弾かれるとは想定外だ)
別に容姿は細かく指定しなくてもいいだろうと思い(というより、面倒だったのが主な原因だが)、転生前の自分と同じようにするよう決めたのだが、それが自分の行く末に関わってくるとは完全に予想外であった。
「どうする、このままではハイエル家が取り潰されることに……」
(オイオイ、本当かよ? 生まれた子供の容姿でそこまで行くかフツー)
どこか呑気に考えている継那であるが、他人が見れば「もっと危機感を持った方がいい」と指摘するだろう。もっとも、現状として継那に何かできるかといって、何もできないのだが。
土地が異なれば風習や文化、伝統は当然違ってくる。地球の中でもそうした状況はままあり得るが、ましてやここは異世界である。
日本で培った常識など、当て嵌まる方が珍しいと言えるだろう。
「どうすればいいんだ……」
そうしている間にも話は続いている。聞こえてくる声が悲壮なものなのは変わらない。
(どうしたもんかね……つっても、俺にはどうしようもないけど)
ちらりと視線を移し、継那はまだ満足に握ることもできないほど小さな手のひらを見つめた。そのか弱さに、見れば見るほど「自分は生まれ変わったのだ」と気付かされる。
(まぁ、もう少し大きくなったら、自分から出ていくっていう選択肢もあるだろうけど……)
継那は「またあの神様と会うのも面倒だ」と言わんばかりに――
「ぁう……」
そんなため息をついて、目を閉じた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
それから幾許かの月日が流れた――
屋敷の大広間では、見るからに貴族らしき五人がテーブルを囲い、夕食を楽しんでいた。
「御父様、よろしいでしょうか」
「何だ」
不意に食事の手を止め、上座の男性に声をかけたのは、まだ年端もいかぬ少年だった。
「先日、先生から『そろそろ実戦を学ぶ頃合いでしょう』とのお言葉を頂きました」
「あら、それは凄いわね。貴方の年頃はまだまだ実戦を経験するには早いでしょうに」
少年の母親である妙齢の女性――アイシャ=ハイエルが、口に手を当てて上品に笑う。それを視界の隅に捉えた少年は、わずかばかり目を細めて微笑んだ。
「えぇ、私の魔法が基礎を終えたということです」
この世界に流れる法則――魔法。そこにはいくつかの系統が存在する。
魔法を使用するには、身体の内に眠る「魔力」を循環させて増幅・強化し、「詠唱」をトリガーとして効果を外界へと顕現させる。
体内を巡る魔力の色によって系統が決定し、詠唱によって顕現させる魔法が決まる。その際、求める魔法の威力に適った魔力量が必要であり、また魔法の系統は個々人の資質に左右される。
一系統を「シングル」。二系統を「ダブル」。三系統を「トリプル」。
レバンティリア神聖国に住む人たちの多くが「シングル」だ。トリプルともなれば、その存在が国中にすぐさま知らされるほどに稀少である。
「それはお前の『四系統』すべてについて、『実戦を交えながら磨いていくべきだ』……と?」
上座の男性――イリーアス=ハイエルはちらりと少年を見て呟いた。
「はい」
父親の疑問に、少年――イリーアスの長子、レイン=ハイエルは短く答えた。
「なるほど。分かった」
「ですが、やはり不安もあります」
前言撤回とも取れるレインの言葉に、イリーアスの手が止まる。
「確かに実戦を交えて自分の魔法技術を磨くことには賛成です。しかし、その前に『練習』しておきたいと思いまして」
「つまり?」
「『アレ』を使って魔法の練習をさせては頂けないでしょうか?」
言外に侮蔑を混ぜたレインの言葉に、イリーアスの手がわずかに震えた。
「『アレ』って~?」
レインの右隣に座る女の子――アリア=ハイエルが、真向かいの席にいる双子の姉――リーナ=ハイエルに疑問をぶつける。返ってきた言葉は「分かんない」のひと言だけだった。
「どうせ『アレ』はハイエル家にとって異物に過ぎません」
「ふむ……」
イリーアスは顎鬚を撫でながら思案に暮れた。
レインの言う通り、「アレ」は異物だ。この屋敷にいるだけでも迷惑な存在。今は巧妙に隠してはいるものの、近い将来には存在を「抹消」する予定である。
ならば――
「有効活用しないとな」
「えぇ。そうですとも」
「それがいいかもしれないわね」
涼しい顔で会話を重ねる親子三人に、ただただ首を傾げる双子の娘たちだった。
第3話 地下室と練習台
いくつもの蝋燭が煌々と輝く部屋。壁際には申し訳程度に小さな机が設置され、書籍が広げられている。その前に置かれた、ギシギシと悲鳴を上げる粗末な木製椅子に、幼い男の子が腰掛けていた。
「なるほど……魔力回復ポーションには月光草と精霊水が必要なのか」
手に『初級錬金教本』と記された本を持ちながら、そんなことを呟く男の子。薄暗い部屋の中に溶け込んでいたその相貌が、揺れる蝋燭の炎によって照らし出される。
闇夜に溶けそうなほどに黒く、艶のある髪と眼。パッと見ただけでは性別の判断が付き辛い中性的な顔立ちである。つるりと卵形の輪郭とわずかにつり上がった眼は、どこか猫を想起させる。
――この世界に転生を果たした元地球人、ツグナ。
彼が二度目の人生を歩み始めてから七年が経過していた。
この名前は転生する前のものだ。生まれてすぐ「忌み子」の烙印を押された彼に名を付ける者などいなかった。これは忌むべき黒をその身に宿す子供に、「ハイエル」の名が冠されることを嫌われた結果である。そのため、「自分の名前を自分で付ける」というなんとも奇妙な事態に陥った。
様々な名前が浮かんだが、どうにもしっくり来ず、結局は元のままの「ツグナ」で落ち着いたのだった。
「えぇ~っと、月光草は夜に仄かに青白く光る草だったっけ。んで、精霊水は綺麗な水を錬金の魔法で精製した水……と」
教本に書かれた説明を読みながら、ポーションの作成手順を頭に叩き込んでいくツグナ。こうして一人知識を蓄えていくのが彼の日課であった。
この世界に生まれたあの夜、ツグナは隣の部屋で自分の親が「呪われた子が生まれた」と話すのを聞いている。生みの親の発言から、ツグナはその後に訪れる展開も予想できていた。
そして、それはほどなく現実のものとなった。
「いいか、お前はこれからここで暮らせ」
「どうしてですか?」
三歳になり、物心が付き始めた頃。ハイエル家の主である父イリーアスに案内されて、ツグナは暗く薄暗い部屋へと通された。
「煩い。いちいち疑問を挟むな」
切って捨てるような言葉にツグナはそれ以上何も言えず、黙って首肯するしかなかった。
「時折こちらから呼び出すこともあろうが、その時はおとなしく素直に言うことを聞け」
「分かりました……」
ツグナはこの牢獄でその後の一日一日を重ねていった。
地下にあるその部屋には窓がなく、滅多に人もやってこない。
もともとは書庫として使われていたため、多くの書籍が棚の中に収められていた。それらを貪るように読んで知識を吸収し続け、現在に至る。この地下室に存在する書籍で未読のものは、現在手にしているものを含めてあと二冊だけとなった。
ちなみに、文字は独学で習得した。ツグナはスキルとして「異世界理解」というスキルを所持している。しかし、このスキルは主に会話や書いてある文字を「読み解く」ためのもので、「文字を書く」ことは対象外となっていた。読めさえすれば生きていけるので、書く方は誰かに代理でも頼め、ということなのかもしれない。しかし、早々に一人で生きていくことを決意したツグナにとっては「読める」だけではダメなのだ。
誰にも頼らず生きていく――そのためにはもちろんこの世界の文字や言語、文法を理解し、書けるようになる必要があった。
幸いにもこの地下室の書棚には辞書や図鑑もあった。時間はかかったものの、今ではすらすらと読み書きできるようにすらなっている。
そうして知識を得ていく過程で、ツグナはこの世界のことを少しずつ理解していった。ツグナの転生前の知識と比べると、細かな名称は異なるものの仕組みとしては大した違いがないことにも気付いた。
まずは時間、特に一年の周期や曜日に関するものである。これはほぼ地球のものと同じだ。一年は十二か月で構成され、月名や日数が異なるものの地球のものと対応させると下記の通りとなる。
一月→光の月 五月→空の月 九月→雷の月
二月→闇の月 六月→水の月 十月→地の月
三月→暁の月 七月→時の月 十一月→宵の月
四月→風の月 八月→火の月 十二月→無の月
ひと月が一律三十日、一年が三百六十日である。地球とは若干の誤差があるものの、すんなり理解しやすいのは嬉しい限りだった。また曜日の概念もあり、こちらはやはり魔法が存在する世界とあってか各曜日を色の名前で呼んでいる。仕組みは地球と同様に七日制である。
月曜→赤の日
火曜→橙の日
水曜→黄の日
木曜→緑の日
金曜→青の日
土曜→藍の日
日曜→紫の日
次に、距離の概念である。さすがは貴族の屋敷、算術(ただしレベル的には算数のような初歩的なもの)の本も取り揃えてあり、距離に対する説明が記されていた。
こちらもほぼ地球に近く、呼び名が変わっているぐらいであった。
ミリメートル→ミメラ(一ミリメートルが一ミメラ)
センチメートル→セルメラ(一センチメートルが一セルメラ)
メートル→メラ(一メートルが一メラ)
キロメートル→キルメラ(一キロメートルが一キルメラ)
(わざわざ新しいことを頭に叩き込むよりかはまだマシだったな……)
呼び名などは未だ慣れない部分があるものの、仕組みとしては地球と同じものであったことに一応の安堵を覚えたツグナだった。
栞を挟み、ぐっと背伸びをした時、ドアがノックされた。
「はい」
「レイン様がお呼びです」
「……分かりました」
ここで「何の用ですか?」と返しはしない。ツグナが呼ばれるのは決まってレインのための「練習台」だからだ。
(……やれやれ。そんなに弟を虐めるのが好きなのかね? 性格最悪だな。まぁ、『あの親にしてこの子あり』ってトコだと思うけど)
コリコリと頭を掻いたツグナは、ベッドの横に立て掛けてあった相棒を掴んだ。その表情に絶望の色は見られない。
転生前から数えれば、精神年齢は既に二十歳を超えている。ツグナは理不尽な要求にいちいち声を荒らげる馬鹿ではない。やるべきことを見据え、来るべきタイミングを待っていた。
ツグナが目的を遂げるまで、あと少しなのだから。
肩に担ぐようにして掴んだ木刀。それは最初に投げ渡された木剣を加工し、元の世界――地球で慣れ親しんだ得物――「木刀」である。
「うん、もうすぐだ……」
ちらりと机の上を見たツグナは、ため息を呑み込んで扉を開けた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ツグナはいつも通り、ギギィ……と重い木製扉を開く。これまで何度となくレインに呼びつけられたその場所は、屋敷内にある訓練場である。
ハイエル家に限らず、ここレバンティリア神聖国の諸貴族の屋敷には少なからず、こうした訓練場がある。家臣団や子息たちが剣技に魔法にと日々鍛練を行い、練度を確保しているのだ。家同士の関係によっては、時折合同訓練なども行われる。
ハイエル家の訓練場はとにかく広い。ツグナの通っていた学校の体育館よりも広いくらいだ。まだツグナ自身の身体が小さいためにそう思うだけかもしれなかったが。
「やっと来たか」
訓練場の中心ではレインが待っていた。端には数名のメイドが立ち、タオルや飲み物を持っている。
「お待たせ致しました……」
「挨拶はいい。さっさと位置につけ」
ツグナは無表情のままに軽く頭を下げて開始線に立つ。両者の間は十メラほど離れている。ツグナの視線の先には、これから行う「練習」を想像したのか、わずかばかりの微笑を浮かべるレインがいる。
(まったく……こっちが魔法を使えないのをいいことに……)
そう心の内で一人ごちるツグナをよそに、レインは「あぁそうだ……」と付け加えるようにルールを宣言する。
「お前は攻撃不可、身体強化魔法の類も不可だ……まぁ、『魔力はあっても使えない無才』のお前にはどのみち関係ないかもしれんがな」
「……」
ここで言い返しても無意味なのは、ツグナにも分かっている。なぜなら、このやりとりは今まで何度となく行われてきた「ルーチン」だから。
「それじゃ、いくぞ……」
レインが手にした得物を構える。それは、刃引きされた鉄の剣だ。ただ、いくら刃引きされたものとはいえ、下手に受ければ骨折程度の怪我は負う。対してツグナの持つ得物は先ほどの木刀。鉄に比べ脆く弱いそれは、明らかに不利である。
けれども、今さら文句を言ってもやはり意味はない。
「はあああぁっ!」
いつもレインの都合で、「練習」は始まってしまうのだから。
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